Fate/ School magics ~蒼銀の騎士~   作:バルボロッサ

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10話

 

バーサーカー(狂戦士)?」

 

 これまで魔法師たちは幾騎かのサーヴァントと遭遇してきた。

 ライダー(コロンブス)キャスター(メフィスト)アサシン(グリム)ランサー(ゲッツ)

 それらはいずれも過去の英霊としての姿であった。

 だが彼らが今回目にすることになったのは、それとは違う、魔法師の肉体を依り代にサーヴァントの紛い物へと変貌した異質の敵だ。

 首をかしげたのは真由美だけではなくこの場の魔法師たちすべてに共通するものだ。

 

「バーサーカーのクラスは、理性と引き換えに能力向上の恩恵を受けるクラスなんです。そのため純粋なスペックだけならほかのクラスで召喚されたサーヴァントよりも強力な場合が多い」

 

 魔術師の言葉通り、藤林の見せた映像の呂剛虎はバーサーカーという評がまさに適格だった。

 目につくもの、視界の中で動くものすべてが破壊の対象。

 こちらの兵や魔法師だけでなく、時折目に映ってしまった同陣営のゲリラすらも肉片に変えて荒れ狂っているようだ。

 戦術はなく、けれども戦略的な目標であるゴール(魔法協会)のことだけは見失っていないのか、立ち塞がるモノを薙ぎ払い、蹂躙して進撃している。

 

「けれど理性を失っているせいで生前の武技の多くは失われることが多い上、サーヴァントの最大戦力でもある宝具の解放もシャドウでしかないあの呂布にはできないでしょう」

「宝具は使えない、か……」

 

 達也が顎に手を当てて圭の言葉を反駁した。

 彼がサーヴァントの宝具を実際に目の当たりにしたのはキャスター(メフィスト)の爆弾宝具の時のみだ。だが精霊の瞳によりイデアを介して得られるはずの情報をすらアサシン(グリム)の宝具は遮断したことを忘れてはいない。

 どちらの時も、達也の想定を超えた“魔法”だった。

 それともあれも魔術であるのか。

 物質的な距離にかかわらず知覚できる精霊の瞳(エレメンタル・サイト)すらもすり抜ける力を内包するだけでなく、鉄壁を誇る十文字克人の魔法障壁をすり抜け、数多の魔法師たちを呑み込むほどの恐るべき力の具現。

 それが使えないというのは考慮すべき事態が一つ減ったという意味で喜ばしい。

 だがあの暴力の具現ともいうべき敵は、それが些細なことにしか思えない。実際問題として、あれは魔法も重火器も通用しない荒れ狂う颶風だ。

 

「それともう一つ。バーサーカーのクラスは能力値の向上と引き換えに大量の魔力を消費するクラスです。通常のサーヴァントでさえ、存在を維持するためにすら膨大な魔力が必要なのに、その上バーサーカーの戦闘を賄うだけの魔力を供給し続けられるわけがない」

「む。足止めをすべきだということか?」

 

 克人が唸るように厳めしく尋ねた。

 

「魔力というのは生命力と等価です。枯渇すれば死に至る。依り代になっているのが魔法師であったとしても遠からず自滅するはずです」

 

 現時点でもあの呂剛虎の前に立ったことでかなりの被害が出ている。

 それが自滅するものなのだとしたら、敢えて戦うよりも回避するのは戦術策として間違ってはない。

 

「藤丸。その遠からずと魔法協会への侵攻、どちらが先になると考える」

 

 ただしそれは敵の戦略的目標を考慮しなければの話。

 敵勢力の目的は魔法協会にある機密情報だ。

 魔法が軍事力となるということはその機密情報が敵の手に渡ることは、軍事力の流出と同義。

 それではここで被害を減らしたところで、未来の被害の拡大につながってしまっては意味がない。

 軍事・防衛上では異なるが、この場における魔法師の代表は十師族の直系である克人でもある。

 克人の問いかけに圭は少し思案して再び口を開いた。

 

「難しいところですね。普通なら魔法師を依り代にしていようと自滅の方が先でしょうけど、縁がある分、現界時間が長くなっている可能性があります」

 

 魔力とサイオンは近しい。

 魔術師が魔法師と呼ばれるようになって、その異能の行使にあたって必要とされるエネルギーが魔力からサイオンと呼ばれるように変わったからだ。

 現代の魔法師の概念ではサイオン量の多寡は評価されない項目となっている。

 CADにより展開の速度や起動式の展開が補助されるようになり、ひと昔前では重要視されたサイオン量は現在ではあまり重視されない。

 中には|術式解体グラム・デモリッション》のように大量のサイオンを圧縮する必要のある魔法も存在するが、それはどちらかというと対抗魔法。現代魔法における“魔法”というのはあくまでも現実を改変させる力のことだ。

 勿論、魔術と魔法が別物であるように、魔力とサイオンも別物だ。

 むしろ魔力は生命力に近い。

 ただ、圭の推測でも、そして達也の推測でも非魔法師に比べて魔法師ではサイオンが多く、そして魔力を精製するための源も非魔法師に比べれば多い。

 無論のこと、魔力を精製する鍛錬を行っているわけでも、その知識があるわけでもないので、魔術師に比べれば微々たるものだ。

 だが、今回はいささか事情が異なる。

 そもそもサーヴァントが存在の維持にさえ魔力を必要とするのは、サーヴァントが世界にとっての異物。現世には存在しないはずの霊体だからだ。

 だが現世の肉体を器にし、そこに縁という鎖を加味したこのシャドウ・サーヴァントは、おそらくほかのサーヴァントよりも消費される魔力、世界にみなされる異物感が小さい。

 ゆえに、呂剛虎がその命を枯らしきるよりも前に、敵の戦略的目標である魔法協会の陥落は先になってしまうだろう。

 

「我々は魔術師、藤丸殿ならびに獅子劫殿に対し、この敵勢力ならびに脅威の排除について協力を要請する」

 

 敵の戦略的目標は阻止しなければならない。

 そしてそのためには魔法師や軍だけでは被害が大きく、魔術師であればその被害を減らせる。

 何よりも、これは魔術師の利用価値を確かめる絶好の機会だ。

 軍──―殊に風間少佐の所属する独立魔装大隊は、日本の治安維持が十師族に依存していることを憂慮している組織だ。

 表向き十師族は公的権力と結びついてはいないことになっている。

 つまり十師族とは私的集団に過ぎない。

 けれども魔法師、特に外国からの敵性魔法師の脅威に対抗するには優れた魔法の力が必要で、その頂点に位置するのが十師族なのだ。

 十師族に組しておらず、けれども彼らでさえも手玉にとられるサーヴァントという存在。

 たしかに仕組みの解明されていない魔術は脅威でもある。だが同時にその力を軍に取り込むことができれば────―。

 

 

 それはかつて、人理修復という偉業を成し遂げた偉大なマスターが、けれども人の歴史に名を残すことも、その功績を残すこともなく消えたのと同じ理由。

 それでも何も手を打たないというのはなしだ。

 だってそれは違う。

 それは()()()()()()()()()の在り方ではない。

 

「まぁ、仕方ない。この状況では不干渉というわけにもいかないからね。ただ…………」

「ケイ。君はアストルフォと合流してあのシャドウ・サーヴァントの撃破に向かってくれ」

 

 協力の意思を示すかのように思われた圭だが、うかがうような視線を明日香に向けると、その彼からは真由美たちにとって予想外の言葉が指示された。

 

「僕はアーチャーとともにここに残る」

「だと思ったよ」

 

 真由美たちが驚き、風間少佐が眉根を寄せた一方で、圭はため息をついて理解を示した。

 

「獅子劫。あれは喫緊に対処すべき問題だと考えるが」

 

 明日香の圭に対する指示に対して、克人が口を差し挟む。

 記憶している限りでは2度。九校戦の事件を加えるならば3度。克人もサーヴァントが絡んだ事件に関係している。

 魔法師だけではサーヴァントに対抗できない。

 それは首都の防衛という役目をもつ十文字家の総領として遺憾なことではあるが、だからこそ事実としての彼我戦力を見誤るわけにはいかない。

 そして魔法師の頂点たる十師族だからこそ、魔法協会を陥とされるわけにはいかない。そここそが両軍における重要拠点だという認識なのだ。

 

 風間少佐の思惑や克人の指摘した懸念は明日香としても分かる。

 けれどももう一つの情報が彼の動きを制限せざるを得ない。

 

「市街地の広範囲に展開している白猿。あれはおそらく敵のアーチャーの宝具によるもの、そしてその狙いがおそらくこちらのアーチャーだからです」

「敵のアーチャーだと?」

 

 克人にとって予想外の情報にただでさえ厳めしい顔に険しさが増した。

 サーヴァントはサーヴァントをもってしか倒せない。

 かつてキャスター討伐の際にほかでもない明日香が言った言葉だ。

 シャドウとはいえ暴れ狂うサーヴァント一騎に魔法師たちが圧倒されつつある、今この戦況でさえ危ういのにそこにさらにもう一騎敵性サーヴァントの存在が示唆されたのだ。

 

「真名をラーマ。古代インドにおける理想の王とされるコサラの王。インド二大叙事詩の一つ、ラーマヤーナにその名を轟かす英霊。つまりシータの王配となる王様です」

 

 再びの驚きが場を覆う。

 視線がシータに集まる。そこに込められているのは猜疑。

 特に、行動を共にすることの多かった雫は、シータがそのラーマという英霊のことをどれだけ想っているのかも聞いたことがある。

 であれば、あるいはシータはラーマの側にいつついてもおかしくはない。

 

 むしろ、その彼と敵対しているような立ち位置にあることの方がおかしく、克人や達也は驚きを呑み込んでいた。

 特に達也の場合、彼の精神構造自体が驚愕とは無縁のものだけに平静を取り戻すのは早かった。

 

「相手の正体がわかっているのか」

「一度明日香が交戦し、撃退していてね。その時に深手を負わせているんだ。加えて言うなら、ほら、最初にシータ王妃と会った時、彼女を襲ったサーヴァントがそのアーチャーなんだ」

「えっ!?」

 

 雫たちの視線に耐え切れなくなって、ではないだろう。

 愛しい相手に、明確な敵意を向けられた時のことを思い出してか、シータは顔を曇らせていた。

 

「本来、シータとラーマという英霊は同時には現界できないはずなんですよ。離別の呪いといって、互いが互いを求める限り、決して会うことができない。英霊としては霊基を共有している状態なんです」

「え、でも……」

 

 説明が、矛盾している。

 今ここに、シータはいるのだから。それでは敵にラーマという英霊がいるはずはないのだ。

 けれど────―

 

「サーヴァントは基本的にその英霊の生前での全盛期の姿で召喚されます。ラーマの場合、召喚されるとすれば、ラーマヤーナで最も語られる攫われたシータ王妃を求める姿で召喚されます。けれど明日香が交戦したラーマは肉体的な全盛期、王として君臨していたころの姿でした」

 

 論文コンペの始まる前。誘い出される形で応じたラーマとの戦いで、明日香が目にしたラーマは藤丸家(カルデア)のデータにあるラーマの姿ではなかった。

 シータと同じはずの赤い緋色の髪は白くなり、面貌からは表情というものが消えていた。

 

「ラーマは14年間もの長きにわたってシータ王妃を求め続けましたが、ラーマヤーナにおいて最後にはシータ王妃を自ら追放してしまうことになります。────失礼、シータ王妃」

「いえ、事実ですから……」

 

 愛していても、お互いが想い合っていていたとしても別れることはある。

 世界にはそんなことがあることがわかっていても、まだ恋する少女であるほのかや雫には受け入れがたい。

 

「なん、で……」

 

 思わず口をついてでた言葉は雫のものだったのか、それともほのかのものだったのか。

 いずれにしてもこの場にいる少女たちにとっては受け入れがたいもの(過去)には違いない。

 

「王として君臨するがゆえに、王としての判断がゆえに、ラーマ王はその決断をすることになる。ラーマとシータがともに現界しているということは、一つにはラーマの霊基が王としての彼になっているからだと推測されます」

 

 圭の言葉に、軍人である風間少佐はもとより、重要な情報であることを理解している克人も、そして達也も心が揺れ動くことはなく、ただ必要な情報のみを拾っていく。

 

「ただし、それでもおそらくラーマの霊基は完全ではない。戦う力はかなり弱いとはいえ、こちらのシータに霊基の一部を分割している状態だからです。ラーマは完全な自分になるためにシータの霊基を取り込もうとするでしょう。そしてラーマの霊基が完全になってしまうと明日香でも手がつけられなくなってしまいます」

 

 ここで必要なのは、今現在の敵サーヴァントが万全ではなく、今ならばまだ明日香が倒せるということ。

 そして同時に、敵にこちらのサーヴァントが渡れば対抗手段がなくなるということだ。

 

「ラーマは日本ではマイナーですが、西暦以前の、数ある英雄の中でも最古に近い英霊です。しかも来歴からして神性持ちだ」

「神性持ち?」

「ラーマヤーナという叙事詩の大筋は魔王ラーヴァナに攫われたシータを奪い返しに行く叙事詩ですが、そもそもラーマという英雄は神々をだまして力を得た魔王(ラクシャーサ)ラーヴァナを倒すため、神々の願いを聞き届けたヴィシュヌ神が転生した現身だとされています」

 

 ラーマヤーナの物語については達也とて調べはした。

 けれどもあれはあまりにも“物語”過ぎる──―などと侮りはしない。

 かつて魔法という異能が御伽噺の類とされていたころ、忍者や魔法使いはファンタジーの住人であったのだ。

 錬金術における“賢者の石”然り、かつてのファンタジーの世界の住人の活躍は非魔法師からすればまさに“物語”だろう。

 けれども現代の魔法が発展している世界を鑑みれば、かつて御伽噺と科学的に切り捨てられてきたものの中には、異能の存在を含んでいたというのは十分にありうる。

 

 人々の伝承の中に生きた神や悪魔、魔王といった存在。

 科学的には証明されず、近代以降には存在そのものを否定された“神秘”。 

 

「ラーマが完全な霊基を有した場合、ヴィシュヌ神としての権能を持つ可能性がある。神秘というのはより古く強大な神秘に屈するものです。ただでさえ人類史の中でもとびきり古く強大な英雄なのに、英霊どころか神霊に至るだなんてことになれば手がつけられません」

「ちょ、ちょっと待って! 英霊というだけでも規格外なのに、神様って! そんなの……」

 

 克人や風間少佐たちは現状の敵の勢力を把握するために神秘や魔術など自身の領域の埒外にあるものをそういうものとして定義したようだが、なまじ魔術師と交流を深めようという方針を真に受けていた真由美にとってはすんなりと受け入れられるものではなかった。

 そして達也にとっては────―

 

「幹比古。古式魔法における奥義に神霊と接続するというものがあると聞いたが、同じことなのか分かるか?」

 

 手の届かなかった領域に手を届かせるキザハシのようであった。

 神霊──―以前一度だけ、達也は幹比古からそのことを聞いたことがあった。

 古式魔法の名門。神祇魔法の大家、吉田家。

 かつてその神童と呼ばれながらも、魔法事故によってその才を喪い、けれども現代魔法との融合を果たすことで取り戻した天才。

 その時の会話では、彼ではない彼女(柴田美月の瞳)の秘密を共有するためのものだった。

 あの時、幹比古は神霊という存在について言及していた。

 

「…………分からない。たしかに古式魔法の中でも、僕の扱う系統では神霊との接続、神霊の喚起は奥義とされるものだ」

 

 魔術と古式魔法は違うものだ。

 けれど現代魔法は魔術が失われのちに発展してきた技術なのに対して、古式魔法は魔術が存在していたころにも、その歴史を有する。

 それがなぜ変質してしまったのか。

 なぜ魔術から魔法へと転換したのか。

 それもまたミッシングリンクとして歴史から消え去ってしまっているが、現代魔法よりも古式魔法の方が魔術に近しいのはたしかだ。

 現代魔法は未来に対して発展していく技術であるのに対して、古式魔法の大部分は過去の天才たちが成立させ、隆盛を誇った過去がある。

 少なくとも、現代魔法には神に繋がる術法の探索、などという曖昧模糊とした目的は存在しない。あるのはよりよい魔法へと至るという未来に進むという目的だ。

 

「あくまでも僕の流派における魔法理論においては、だけれども、僕の考えでは神霊というのは膨大な想子情報体だ。人間の脳では処理できないほどの情報構造体。魔法に当てはめるると行使される規模や強度は比較にならない、それこそ現代魔法の戦略級魔法に匹敵するほどの力だって…………」

 

 かつて幹比古は竜神──―幹比古の流派における神霊の最上位へのアクセスを試み、その喚起を行おうとしたことがあった。

 結果、自分のキャパシティ、処理能力を大きく超える能力を吐き出し続けることを求められ、失敗に終わった。

 以後、達也と出逢い、問題を気づかされる時まで思うように魔法を行使できないジレンマを抱え込み、才を失うこととなった。

 今でこそ、その才覚は取り戻すことができたが、あの強大さを忘れたことはない。

 

「神霊クラスのサーヴァントであれば、一つの街を壊滅させるくらいはわけないでしょうね」

 

 幹比古(古式魔法師)の想い描く神霊と(魔術師)の示す神霊とは異なる。

 けれどもそれが人の領域を遥かに凌駕する存在であるということだけは一致している。

 そしてそれが破壊という力を振るった時の被害の甚大さも。

 

「本来、神霊がサーヴァントとして召喚されることはありません。元々サーヴァント一体であっても、必殺の兵器とされるくらいの力はあります。そんな普通の英霊であっても、圧倒的な霊格でサーヴァントのクラスに合わせて一側面として切り取っているものなのに、神霊クラスになると霊基が耐え切れないからです」

 

 存在しないはずのサーヴァント。そしてその上でさらに現界しえないはずの神霊。

 強大な力の具現であるからこそあり得るはずはない。

 けれども魔術師たちはそれがあるものとして動こうとしている。真由美に生じた疑問はこの場に集う魔法師たちの疑問でもあった。

 

「ならどうして……?」

 

 現界しえないはずの神霊系サーヴァントの召喚。それに対しては圭はある仮定があった。

 

「確かなことではありませんが、おそらく一つにはシータと霊基を分割しているからだと思います。完全な霊基を有してはいないから霊格を通常のサーヴァントクラスにまで落として現界することができている」

 

 神霊クラスのサーヴァントが成立した例がないわけではない。

 かつてカルデアでは幾柱かの神霊系サーヴァントが契約を結んだという記憶がある。

 ある神霊は別の英霊に相乗りする形で。

 ある神霊は疑似サーヴァントとして聖杯に所縁ある適正者に融合する形で。

 ある神霊は分霊にその身を分け与えることで霊格を制限して。

 

「それだけじゃないな」

 

 加えて、圭の予測に明日香が前回の交戦で得た所感からの予想を付け加えた。

 

「前回交戦したとき、あのアーチャーからは別の魔力を感じた。あれはおそらく……」

 

 歪な魔力。

 なにがしかの願いを受けて、無理やり拡げられた魔力。

 

「聖杯か…………ッ」

 

 明日香の予想に圭が顔を顰めた。

 聖杯。いつかの事件の顛末の時に聞いた覚えのある聖遺物の名称をここで再び聞くこととなり、真由美が「どういうこと?」と尋ねた。

 

「外部供給を受けているんですよ。おそらく本来召喚されるはずだった、あるいは召喚されていたラーマの霊基を後付けで拡張して変質させた。そのときに霊基の一部が分割してしまってシータが現界したのでしょう」

 

 霊基の分割させたことによりシータにはサーヴァントとして戦う力がほとんどない。けれどもその存在を成立できるだけのリソースは割かれている。

 それは英霊ラーマの咄嗟の退避行動であったのか、それとも単なる余剰の漏れ出たものにすぎないのか。ラーマではない彼らには分からない。あるいはラーマ自身にも分からないであろうが……

 

「理由はともかく、敵のアーチャーの狙いはこちらのアーチャーだ。そして渡すわけにはいかない」

 

 現状において重要なのは、シータが対サーヴァント戦においてさほど戦力にならずとも、敵の戦力に対して重要な鍵を握っているという点だ。

 だからこそ明日香は市街地線となるであろう呂布奉先との戦いには赴けない。

 

「シャドウ・サーヴァントの方を討つために市街地に向かうと、シータを奪いに来るラーマに挟撃された上、市街地で戦うことになり、かなりの被害がでるおそれがあります。それよりも臨海部に近いここで迎え討った方がいい、ということだね」

「バーサーカーの方はライダーとケイに任せる。肉体に依存したシャドウ・サーヴァント相手なら純粋なサーヴァントのライダーの敵じゃないはずだ」

 

 問題は強力なステータスを有するクラスであるバーサーカーの対処に当たるのが圭とアストルフォになってしまうことだ。

 ただサーヴァントとして召喚され、十全な魔力供給を得ているアストルフォはサーヴァントとしての力をフルに使える。

 それに対して呂布奉先はシャドウ・サーヴァントであるのに加えて魔力供給も十分ではないはずだ。

 明日香と圭の定めた方針は、軍属である風間少佐や魔法師としての損耗を第一とするのであれば彼らとは異なるものだ。

 戦略的な最重要拠点は魔法協会であり、自国の魔法という未来への戦力を敵に流出させないことが重要なのだからだ。けれども魔術師たちの方針は完全に違えるものではない。

 そして少なくとも魔術師たちの協力を得られるという点においては確約されたのだから。

 

「方針は定まりましたか? 特尉にはムーバル・スーツをトレーラーに準備してあります。急ぎましょう」

 

 克人を案内してきた軍服の男性が達也たちを戦場へと誘う。

 まだすべての情報について、特にこのような事態にでもならなければ得られないだろう魔術についての情報を得たいという思いはあれども、いつまでもここに留まっているわけにもいかない。

 明日香とシータはここに残ることを決めているが、達也たちはそれぞれの戦場に、真由美たちは包囲されつつあるこの戦場からの避難を行わなければならないのだから。

 

 

 

 

 同じ独立魔装大隊の真田に声をかけられた達也は、己に求められている役割を理解しつつけれども逡巡するように深雪を振り返った。

 彼にしては珍しいことに迷いがあった。

 サーヴァントが出現し、通常の魔法師では対処できないほどの何かがうろついている戦場で深雪から離れるというのは彼の使命としても心としても承服できない。

 けれどもここで彼が大黒竜也特尉として参陣しなければ防衛線はさらに押され、戦火が深雪にまで及ぶ可能性が高まる。

 彼女を置いてでも戦うべきか、それとも心に従って離れないでいるべきか。

 

 以前であればこうも迷いはしなかったであろう。

 彼の知覚、そして魔法は距離に隔てられることなく深雪の存在を知覚し、その危機を感じ取り、守護することができるという絶対の自負があったから。

 けれどもそれはサーヴァントという超常の存在の出現によって崩された。

 もしかしたら深雪を感じ取れなくなるかもしれない。

 自分の目の前であれば、触れ合ってさえいれば、深雪を見失うことはない。

 たとえその命が消え行く最後の一瞬であっても、彼の力が届きさえすれば取り戻せる。

 絶対に、何があろうと、何と引き換えになろうとも。

 

 けれども手の届かない距離がある。

 自分の知らないところで彼女が傷つくかもしれない。

 そんな、誰もが当然に抱きうる恐怖が今、達也の行動に迷いをもたらしていた。

 

「お兄様」

 

 達也の逡巡を定めたのは最愛の妹の決断であった。

 彼女の手が迷いなく、震えることもなく、達也の顔に伸ばされた。

 その手が優しく頬に添えられる。

 間近に美しい(かんばせ)が迫る。

 

 

 彼女とて離れがたい思いはある。

 けれども最も恐れているのは、自身の存在が達也の足手纏いになること。

 だからこそ深雪はその行為にありったけの想いを込めた。

 

 達也はそっと膝を折り、片膝をついた。

 深雪はそのまま腰を屈め、達也の額に口づける。

 目を灼くほどに激しい光の粒子が、達也の身体から沸き上がった。

 其れは魔法の源となる粒子。物理現象における光ではない。

 あるいはその光を目にした者は、その輝きを指して“神秘”とすら評するのかもしれない。

 ありえないほどに活性化した想子が、達也を取り巻き吹き荒れる。

 さながら嵐の王(ワイルドハント)のごとく。

 

「私は、大丈夫です。どうかご存分に」

 

 彼女の存在自体が達也にとって枷になる。

 それがこの上なく嬉しく、この上なくもどかしい。

 彼女にできるのはありったけの想いを込めて、せめて兄を見送ることだけだ。

 

 解き放たれた封印。

 しかし力を解放されたのは達也だけではなく深雪もだった。

 解放された達也と深雪の潜在的な能力は、あるいは神秘を宿しているかのようですらあった。

 旧い世界の神秘が消えていく今の世界で、けれども魔法という新たなる力の中にも、別の神秘が宿り始めようとしているのかもしれない。

 ────―それが人理にとっていいものか、悪いものかはともかく…………

 

 

 

 

 

 

 

 

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