Fate/ School magics ~蒼銀の騎士~   作:バルボロッサ

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11話

 

 達也が国防軍の軍人に先導されていった後、克人や真由美たちも藤林響子の先導により会議場を出た。明日香もここに残るとはいえ屋内を戦場に選ぶつもりはない。

 そのため移動する圭たちを見送るような形になった。

 

「それでは藤丸殿。魔法協会関東支部まで楯岡軍曹と音羽伍長が帯同いたします」

 

 圭が向かうのはシャドウ・サーヴァント、呂布奉先の脅威が目前となっている魔法協会の関東支部。

 国際会議場から支部までは魔術や魔法で強化すれば10分ほどで到着する距離だが、今は街中が戦場になっている。

 そのため不要な損耗を避けるため、藤林は移動用のトレーラーを1台と二人の軍人を案内役としてつけることを提案した。

 

「ありがとうございます。ですがアストルフォが騎乗で向かって来ていますから途中までで構いません」

 

 ただその移動はアストルフォが合流すれば、彼の愛騎に任せた方が早いであろう。

 それに彼らとて戦場に対する覚悟はあるだろうが、無駄に犠牲を増やすつもりもないし、肉の壁にする予定もない。

 アストルフォとともに手早く対処する目算をたてていた圭だが、予想外の提案があった。

 

「藤丸。俺も同行しよう」

「十文字先輩?」

「支部を襲っているのはサーヴァントだけではあるまい。代理とはいえ俺は師族会議の一員だ。魔法協会の職員やそれを守護する者たちに対する責任を果たす義務がある」

 

 圭は渋い顔をしつつも克人の提案を受け入れざるを得なかった。

 

 対サーヴァントとしての戦力として考えるのであれば、克人といえどもあまり意味があるとは思えない。だが克人の提案は半ば予想の範囲のことではあったし、実際襲撃してきているのはサーヴァントだけではないだろう。

 サーヴァントを撃退するのはともかく、異国のとはいえ魔法師を相手にするのはいろいろな意味で危険だ。

 魔術と魔法は、向かう方向性が違うものなので、圭の腕前ではどちらにしても戦闘タイプの魔法師と戦うと対抗できないのだ。

 それにアストルフォを魔法師と戦わせるのも望ましくない。

 サーヴァントの本質は魂食いだ。

 一人殺せば殺人者だが100万人だと英雄だというのは誰が言ったことばであったか。

 英雄とは狂気に囚われやすい存在だ。

 だからこそサーヴァントのほとんどは、理性を失わせるバーサーカーへの適合がある。ましてアストルフォは理性の蒸発したサーヴァントだ。高潔な善性の強い騎士ではあるが、外的環境における倫理観が崩れれば狂戦士にもなり得てしまう。

 

 ため息をついて頷いた圭に明日香が声をかけた。

 

「頼むぞ、ケイ」

「こっちの心配よりも君の方だろう。こっちはシャドウだけど君の方はハイ・サーヴァントだ」

 

 万全のサーヴァントと協力して疑似シャドウ・サーヴァントに相対することになる圭よりも明日香の相手の方が遥かに強大ではある。

 

 

 魔法協会支部へと向かう圭と克人。残ることで戦場を定めた明日香とシータ。

 真由美たちは響子に護衛される形でシェルターに向かうことになっていた。

 将来有望で、現時点においても強力な力を有する魔法師とはいえ、真由美も摩利も、深雪たちも軍属ではなく己の身の安全を考えての行動を優先させたとしても非難されるものではあるまい。

 

 明日香の袖を、そっと小さな手が握りしめた

 振り向くと避難誘導される一団から離れた雫の黒い瞳が不安げに揺れながら見上げていた。

 

 

 

「明日香、大丈夫なの?」

 

 聞かされた敵の強大さ。

 これまでの敵は人の来歴に収まる者たちであった。

 メフィスト・フェレスこそ純粋な人のサーヴァントではなかったものの、それでもこれから明日香が立ち向かおうという相手とは違う。

 今度の相手は神の階に届きうる者。

 手が付けられなくなるとまで告げる相手と、今にも武装ゲリラたちが包囲しようとしているこの場に留まって闘おうというのだ。

 不安。

 

「大丈夫。仕留め損ねはしたが、一度勝った相手だ。霊基が不完全な今ならまだ勝てる。ラーマを討ったらすぐにシャドウ・サーヴァントの方に向かおう」

 

 くしゃりと明日香の手のひらが雫の髪を撫でた。

 大丈夫。いつもと変わりない温もり。

 身長差の関係で少し頭上から見おろす明日香の眼差しも、この非常時にあってもいつものように少し色の褪せた黒い瞳が────―

 

「明日香?」

 

 手が離れ、見上げた明日香は険しい顔つきで別の方向を睨んでいた。

 

 男が立っていた。

 さしておかしい装いではない。現代の文化レベルに合わせた設えの衣装。

 燃えるような赤い髪に大柄な体躯。克人と比べれば控え目な体型だが、服を着ていてもその肉体が引き締められているのは容易に見て取れた。

 なによりもその存在に気が付けば、むしろなぜ今の今まで、ここまで接近されるまで気づかなかったのか不思議なほどに存在感に満ち溢れた大男だった。

 

 その男には見覚えがあった。

 エリカとレオはいつか見た、圧倒的な威圧感を持つ男だと気づき、身構えようとした。

 戦場となったこのような場所にあれほど悠々とした態度の民間人がいるはずもない。まして男の持つ雰囲気は逃げ惑い、ここに来てしまった者のような弱弱しさを感じられなかった。

 克人や響子らは身構えようとした。

 だが──────

 

「久しいな。アルトゥールス」

 

 たった一言。

 赤髪の男から言葉が紡がれただけで、彼の気配を隠していた何かが消えたのか、あたり一帯を濃密な威圧が襲い掛かった。

 

「──────―ッァ」

 

 その重さは、戦いを知るエリカや克人ですら総毛立つほどで、戦う者ではないほのかや美月などにとっては呼吸の仕方を忘れさせるほどであった。

 

「ルキウス」

 

 魔法師たちを背に庇うように一歩、前にでた明日香。

 その声は先ほどまで雫に向けていたモノとは別人のように硬質だった。

 けれどもその声で、ほのかや美月たちはハッと我に返り、重苦しいながらも息の仕方を取り戻した。

 

 

 

 

 魔法師たちが突然現れた男の発する強大な圧に驚愕し、呑まれていたのとは別に明日香の内心も大きく動揺していた。

 彼が、というよりも彼の内にある霊基が訴えかけていた。

 

 在りし日の姿。その身に宿る霊基が覚えるかつての男とまったく変わらぬその姿。

 それはあり得ないはずの対峙。

 明日香の口から呟かれた名前に圭もまた驚愕した。

 

「ルキウス? ルキウス・ヒベリウス!!? バカな……」

 

 以前、エリカとレオから赤髪の大男と遭遇した話を聞かれたとき、明日香の真名が敵に把握されていることを感じたとき、脳裏をその名前がよぎらなかったわけではない。

 生前の“彼”と縁深い人物。

 そして味方ではなく、彼の王に敵対していたかもしれない人物について。

 けれども圭ではなく、明日香は聞いた容貌から真っ先に思い浮かんだ人物を明確に否定した。

 ──彼が召喚されることは有り得ない────と。

 

 英霊とは人類史──人理にその名を刻まれた存在だ。

 その存在が実在していたか、あるいは虚像の中にしか存在しないものかだとしても、歴史の中にその逸話、為した功績がなければ存在しない。

 だからこそ有り得ない。

 彼の英雄(……)こそは大陸最強なりし華の皇帝。

 神祖の築きし大帝国の繁栄とコロッセオの衰退を招き、数多ある諸王と魔術師、滅びゆく超常の存在たちを率いて侵略を試みた地上の神たる王。

 聖剣の輝きをもって、()()()()()姿()()()()()英霊ならざりし虚ろな英雄。

 

 だからこそ、彼がこの現世に召喚されることはあり得ない。

 

「これは貴様が仕向けた茶番か、ルキウス」

 

 だが事実として、皇帝はここに現界している。

 かつて聖剣を担いし円卓の騎士王の前に立ったのと同様、恐るべき敵として。

 

「これとは? ああ、このバカ騒ぎのことか。であれば魔術師モドキどもが騒ぎ立てているにすぎん。もっとも、この国が貴様の枷だというのであれば、滅ぼしてやるのも一興ではあろうがな」

 

 この国を守る魔法師としては激昂してもおかしくはない暴言。

 大言壮語にも聞こえるが、この男の口から言の葉に乗せられると、それがさもあり得る事実であるかのようであった。

 

「ならばなぜここに居る」

 

 存在し得ないはずの英霊の現界。

 明日香の瞳が褪せた黒色から碧眼へと変わりつつあるのは、心の揺れ動きが彼だけのものではなく、彼に宿る霊基が訴えかけているからか。

 

「知れたこと。────貴様だ。アルトゥールス」

 

 険しく敵を見据える明日香に対し、ルキウスと呼ばれた男は鋭い瞳に悦を宿して応えた。

 

「スワシィの谷での戦いは、コロッセオが廃れて以来、久しくない心躍る戦いであった。そしてそれが、俺に残る最後の時だ。他でもない、貴様が終わらせたのだ。この俺の時を。人類史そのものから」

「雪辱を果たすためにこの世界に仇なすか、ローマ皇帝たる君が」

「否だ。俺が求めるものは存在理由だ。歴史から俺の存在が消えた以上、残されているのは貴様との戦いの記録のみ。貴様を欲し、貴様の領土を侵し、亡ぼす。それだけが俺の望みだ」

 

 当初の作戦方針の中にはなかった新たなサーヴァントとの遭遇。

 この位置取りではサーヴァントの戦闘にもろに巻き込まれることになる。

 明日香は会話で注意を引きつつ移動して圭たちから距離を取っている。

 その隙になんとか動きを取り戻した圭は克人や藤林に視線を送った。

 彼らもこの状況はよくないことを感じているはずだ。

 

「獅子劫様」

「……すまない、アーチャー。君とともに戦うことは、できそうにない」

 

 シータとともにラーマに当たる。それが当初の作戦方針だった。

 だがそれはルキウス・ヒベリウスという強大なサーヴァントの出現によって崩壊しているといっていい。

 現状、明日香がとれるのは、ただ全霊をもってこの強敵に当たることのみ。

 

貴様の国(ブリテン)も亡びた。我がローマもまた亡びた。なれば俺が求め欲するものはただ一つ。貴様だ。アルトゥールス。貴様という星の光を、俺は落とす」

 

 皇帝の手に真紅の魔剣が握られた。

 その刀身に咲き乱れる百合の花を刻みし、花神フローラの加護を受けし、皇帝剣フロレント。

 切っ先がかつて己を消滅させた男と同じ顔を持つ男に向けられる。

 

 赤雷が落ち、皇帝の姿が戦装束へと変わる。

 疾風が吹き荒れ、デミ・サーヴァントの姿が顕現する。

 セイバーとセイバー。

 最優を誇るクラスに冠された剣士が対峙し────―

 

「はぁあああああ!!!!」

 

 咆哮とともに、不可視の剣を構えた明日香が、不敵な笑みを浮かべる剣帝に斬りかかった。

 

 

 

 

 

 

 目の前で始められたサーヴァント戦はこれまで雫が見てきた、記憶にあるどれよりも苛烈な剣戟だ。

 剣と剣とが打ち合うたびに衝撃が強風となって雫の小柄な体を吹き飛ばしそうになる。

 雫自身は魔法科高校の学生としては優等生で、魔法師として優秀な卵だという自負はあるけれども、彼と肩を並べて戦えると自惚れることなんかできはしない。

 それでもいつかは、少しでも、ほんのわずかでも────。アストルフォやシータと接するうちに強く想うようになってきたそんな考えは、けれどもこれまでとは比べ物にならないあのサーヴァントの存在感と戦いの激しさに崩れ落ちそうだった。

 彼女にできるのは圧力に心を潰されかかって血の気の失せて自失しかかっているほのかや美月らの意識を取り戻させることくらいだった。

 

 

「くそっ! 皇帝特権で気配遮断をしていたのか」

 

 圭は舌を打った。

 いくら明日香やシータの感知能力が高いとは言えないレベルであったとしても、ここまで接近されて気配に気づかなかったというのは、何らかのスキルでサーヴァントとしての気配が隠蔽されていたからだろう。

 本来気配遮断はアサシンクラスのサーヴァントのスキルで、セイバーのクラスのサーヴァントが保有していないわけではないが、あの強大なインパクトのある皇帝が保有しているスキルとしてはいささか理に合わない。

 おそらく皇帝特権のスキルを使って気配遮断相当のスキルを使っていたのだろう。

 だからこそこちらに存在が認識された時点でそれは解除された。

 もはや気配は隠すことなく、剣戟の衝撃と巻き散らされる存在の圧力だけで気がどうにかなってしまいそうなほどだ。

 

「すまない、アーチャー。ラーマには明日香と当たってもらう予定だったがその作戦は破棄せざるを得ない。なるべく早くアストルフォと合流してバーサーカーを倒すしかない」

 

 瓦解した作戦方針に拘泥することほど愚かしなことはない。

 圭の素早い方針転換

 

「ちょ、ちょっと待って! ここで先にアレを倒すべきじゃないの!? 今なら私たちだって──」

 

 花音が叫ぶように異を唱えた。

 それは勇気を振り絞っての、自らの魔法力における優等生としての義務感から生じたものであろうが、その声の震えは隠せていなかった。

 ただその思いは克人や真由美も同様であり、けれども克人たちが発言しなかったのは、以前にサーヴァントと明日香の戦いを間近で見た経験があったからだろう。

 あの時よりも遥かに強大な圧を感じさせる敵。

 

「バカ言うな!! すぐにここから離れるんだ!」

 

 ゆえに圭の返す言葉は決まり切っていた。

 

「見捨てていく気なのか!?」

 

 だが圭の決断はあのバカげた存在感を放つ恐ろしい怪物と戦っている明日香に押し付けて自分たちは退避するということ。

 達也の役に立つため、戦う場所を求めて刃を磨いていたレオやエリカにとっては殊更屈辱だったようで、さきほどまで息を詰めていた様子を一転させ、むしろ覚悟を抱いた戦場で気圧されていただけに、歯ぎしりせんばかりに気を吐いている。

 だが今回ばかりは、以前のキャスター討伐線の時とは違い、彼らの参戦を見過ごすわけにはいかなかった。

 

「あれは今までのサーヴァントとは格が違う! 正真正銘のトップ・サーヴァントだ! 魔術師だろうと魔法師だろうと、素の人間が太刀打ちできる相手じゃない! 援護どころか足手纏い、いや、それ以下だ!」

 

 普段の飄々とした態度とは異なる顔を持つことは、九校戦の時の戦いで真由美も知っていた。だが今、彼が見せる焦りの表情はこれまで以上にあの相手がヤバいということを訴えていた。

 何よりも真由美自身、幾度かサーヴァントという存在に触れているだけに、これまでよりも圧倒的に違う圧力を感じていた。

 生物としての根源的な恐怖。かつて人間が神にひれ伏し、怪物に恐怖し、英雄を畏怖したように。自己よりも圧倒的に霊格の異なる相手を前にして、無意識でだが神秘を感じ取り、呑まれているのであろう。

 克人が険しい顔つきのまま黙然とし、藤林も圭たちが高校生だからと意見を蔑ろにするつもりはないらしい。ちらりと主導する立場にいる三人が視線を交わし、代表して真由美が口を開いた。

 

「…………」

「……わかったわ。ここは一度────―」

 

 だが、その決断は轟音に遮られた。

 物理法則を無視したかのように地面と平行に吹き飛ばされた何かが、ビルへと激突した音だ。

 その音に反応して真由美たちが振り向くと、そこにはすでに戦いの光景はなくなっていた。

 

「えっ…………」

 

 視界の中に立っているのは赤髪の大剣士のみ。

 不可視の剣を振るっていた蒼銀の騎士はおらず、轟音のあった方向にはまるでトラックが突っ込んだのではと思うほどに破壊され、瓦礫と化した残骸があった。

 

「明日、香…………」

 

 雫の声は震えていた。

 これまで獅子劫明日香が対サーヴァント戦において真っ向勝負であれば敵を圧倒してきた。

 コロンブスの宝具を捌き、メフィストの宝具を耐え切った。そのいずれもを斬り伏せてきたし、ピンチに陥ったランサーとの戦いも、雫たちを守りながらの上にアサシンとの2対1の戦いであったからだ。

 その枷から解き放たれ、アストルフォという助力を得て2対2になってからは明確に相手を上回り打倒した。

 迅風のごとき剣閃。宝具の直撃に耐える対魔力。魔法師の自己加速魔法を上回る身体速度と制御。

 だが、それらが、今明確に上回られた。

 

「どうした、その程度か、アルトゥールス? サーヴァントになったからとてその腑抜けようはないな」

 

 かつての仇敵の霊基を有する男を蹴り飛ばしたルキウスは余裕をもって、一歩、残骸へと歩く。

 

 

「そうではないはずだ! 貴様の力はそんなものではなかろう!! 千の魔術師すらも凌駕する竜の心臓はどうした! 我が巨人の腕(ブラキウム・エクス・ジーガス)をさばいた剣技は! この俺を存在から焼き尽くした聖剣の輝きは!!!」

 

 かつてローマ皇帝たる己を歴史上から抹消するほどの力を示した相手(霊基)の体たらくにルキウスが檄した。

 その声で、茫然としていた雫の認識が現実に追いついたとき、彼女は叫んだ。

 

「明日香!」「ぬぅん!!!」

 

 ほぼ同時に、克人が魔法を発動して放った。

 十文字家が誇る鉄壁の魔法。その鉄壁を攻撃に転じた攻撃型ファランクス。

 多種多様、物理障壁を含んだその多重連続魔法はあらゆるものを押しつぶす魔鎚であり、魔法師相手であれば押しつぶされること必定の脅威となる。

 だが────―

 

「ああ。そういえばあの時も貴様の部下を幾人か遊んでやったのだったな」

「対魔力が高すぎる。アイツに魔法は通じません!」

「くっ」

 

 赤髪の大剣士はその脅威をものともせず、一瞥もせず歩みを止めなかった。

 サーヴァントに魔法の効果が薄いことは分かっていた。

 けれども以前の悪魔に対しては足止め程度の効果はあったのに、魔法が接触しているという感触はあったはずなのに、この敵に対してはそれすらもない。

 鉄壁たる十文字家の障壁魔法が紙ほどにも歩むための障害になれていない。

 その事実に、魔法師たちが唖然とした。

 

「なら。足場をやれっ、花音!」

「はいっ、摩利さん!」

 

 だからといって、まったくの無策というわけにはいかない。

 直接的な攻撃魔法では通じないとしても、その周囲の空間に対してであれば魔法は通用し、物理世界に干渉している以上は物理法則から完全に逃れることはできないはず。

 摩利の指示に花音が応えてCADを操作して千代田の得意魔法を放った。

 地雷原。

 地面に干渉して強力な振動を与えることにより効果範囲内の地上の物質を破壊する百家本流である“地雷源”千代田家が得意とする魔法だ。

 これならばあくまでも魔法が干渉しているのは周囲の空間に対してであり、サーヴァントに影響を与えるのは副次的・派生的効果に過ぎない。

 けれども──────

 

「そんな、まったくの無傷だなんて……」

 

 対物破壊能力に関して言えば、千代田花音の魔法はこの中でも抜きんでており、摩利をも上回るほどだ。

 だがそもそもサーヴァントに対しては物理的干渉すらも効果はなく、ルキウスの足元はには亀裂すらも入っていなかった。

 

 サーヴァントに対抗できるのはサーヴァントだけ。

 その言葉の意味を、魔法師たちは目の当たりにしていた。

 だからこそ、この場には一人のサーヴァントがまだいる。

 

 弓の英霊(アーチャー)、シータ。

 一高の制服を纏っていた彼女は、瞬きの間に霊衣を装着した。 

 緋色に輝く髪に映える白と赤の霊衣。手にはかつてラーマが婚約の証として自らの武威を示すために手に持った大弓。

 彼女自身に武勇の伝承はなくとも、その身はラーマと霊基を同じにするアーチャーのクラスの英霊。

 なればこそ、生前にその弓を弾いた伝承がなくとも、それはまさしく彼女の宝具たる武器であり、生身ではない英霊だからこそ、そこにつがえる矢は必要ではない。

 魔力で編んだ矢が一射五矢。ルキウスに襲いかかる。

 それはルキウスの生きた時代よりもさらに古い神秘を纏っており、だからこそルキウスにも届きうる。

 だがコロッセオ至高の剣帝の剣技は、武勇の誉れなき英霊の矢が通ることを許しはしない。

 斬撃の軌跡すら見せない一振りで五矢を撃ち落とした。

 

「くっ」

 

 だがそれは魔法師を気にも留めなかった剣帝が見せた明確な反応。

 セイバー(明日香)だけを見据えていた視線を気だるげに横に流し、歩み寄る足を止めた。

 

「だがブリテンの騎士どもと違って、現代の魔術師モドキ共の脆弱さはまさに虫けらとしか思えん。遊んでやるつもりで潰すことになるだろうが、まあ、その程度の者どもだ。質を考えれば、貴様の本気を引き出すためにはあの時よりも多い贄が必要となろう」

 

「────ッッッ!」

 

 視線が、向けられる。

 これまであのサーヴァントは、魔法師たちを見ていなかった。

 明日香だけを見ていた。

 あのサーヴァントの気配はこれまで会ったサーヴァントと比べて強大だというのは、錯覚だった。

 比べようもない。

 この剣帝の意識に留められた、ただそれだけで、エリカもレオも、先ほど攻撃を仕掛けた花音も摩利も、雫もほのかも、克人と真由美、軍属の藤林たちでさえも、死の恐怖(ヴィジョン)を見せつけられていた。

 あれこそは死神の具現。

 人たるの身では決して抗えない、災禍にして神威なのだと。

 

「それとも────王妃を部下に寝取られた腑抜けの貴様には女が犯されている様を見せつけてやった方がその気になるか?」

 

 剣帝の視線が、一人の少女に焦点を合わせた。

 手が震える。

 これまで彼女を護ってくれた“彼”。絶対の窮地に駆けつけてくれた明日香。

 その彼をいとも容易く撃ち破ってしまう相手に、玩具のごとくに目をつけられた。

 彼女が北山雫であるというアイデンティティにも、優れた魔法師であるという価値にも、一切興味はなく、ただ“彼”の力を引き出すための贄として。

 

 手が、脚が、心が震えて崩れ落ちそうになりながらも、それでも雫は震えを抑えて、拳銃型の特化型のCADを向けた。

 込められている起動式は雫が行使し得る魔法の中で最も殺傷能力の高い魔法。九校戦で達也の助力を経て獲得したフォノンメーザー。

 人体であろうと軽々と貫通しうる高度な振動系魔法が、このサーヴァントにさしたるどころか全くの脅威にはなり得ないことを理解していながら、その手に魔法を──剣をとることを無駄とはしなかった。したくなかった。

 

 かつて彼は言ったから。

 ──過程と結果はワンセットじゃない。それらは別のものだ──

 

 自分よりも強大な相手に、深雪に挑み、完敗した時の慰めの言葉ではあったけど。

 

 ──過程も結果も、それぞれが独立したヒトの意志だ。時には選ぶこと自体が答えになることだって、きっとある──

 

 戦うという選択をしたこと。それこそが代えがたい“答え”なのだと、明日香が言ってくれたから。

 

 だから────たとえ通用しないと、抗いようのないと分かっている相手にであっても、戦うという意思も選ばずに終わることだけは、したくない!! ──―

 

 雫の思いなどさしたるものともせず、剣帝は一歩、歩みを進める。

 圭とシータがそれぞれもつ杖と弓とに力を込めた。

 

「させない」

「!!」

 

 ──轟ッッッ!!! 

 

 一瞬早くルキウスが飛び退り、その居た空間を暴風の鉄槌が圧し潰した。

 

「ッ! 明日香!!」

 

 その声は雫が聞き違うはずもない明日香のもの。

 彼が激突し瓦礫とかしたビルへと視線を向けると、そこには果たして彼が立っていた。

 ただ、それは今まで雫が見たこともない姿だった。

 蒼銀の鎧はそのままに、けれども荒れ狂う暴風がその体から──剣から吹き荒れている。

 可視光線すらも屈折させ、その内に秘める宝具の姿を隠すほどに圧縮された風。それが紐解かれるようにほどけていき、その剣の姿を現す。

 光は此処に。輝きはその手に宿る。

 

 ──風王結界 解除──

 

「霊基再臨……」

 

 圭の呟きが思わず漏れた。

 それは明日香の膨大な魔力であってもおいそれとは成すことのできない再臨。

 眩い光は一瞬で、けれども輝きはあり続けた。

 これまで明日香の手に握られていた不可視の剣。その姿が魔法師たちの目に晒されていた。

 

「僕は“彼”ではない。…………だが、貴様がこの世界に仇なし、彼女たちを傷つけるつもりなら、聖剣の輝きをもて、斬り伏せてみせる」

 

 蒼銀の鎧を纏う金髪碧眼の騎士。

 その手にあるのは輝ける()()

 

「ふっ。…………くく……くはっ、はーっはっは! そうだ! その輝きだ! それでこそだ! アルトゥールス! 赤き竜! 聖剣遣い!!」

 

 明日香の姿が、雫たちの視界から消えた。

 ほぼ同時にルキウスが皇帝剣フロレントと明日香の聖剣とが激突し、その衝撃は空間を揺らす。 

 

「きゃあっ!!」「くっ!!」

 

 敷き固められた地面は割れ、一瞬遅れてから周囲へと放たれた圧力によおって雫や真由美たちも衝撃波に吹き飛ばされそうになる。

 先ほどまでの明日香が疾風を纏うが如くと評するのなら、今はさながら大嵐を纏うが如く。

 剣速のみならず移動速度そのものが瞬間移動めいた瞬足となり、打ち込む一撃一撃、ルキウスが迎え撃つ一合一合ごとに衝撃波が周囲に破壊を撒き散らす。

 振り抜かれた剣圧が、フロレントで防いだルキウスの体を上空へと吹き上げる。

 空中で体勢を整えようとするルキウスに対して、下段に構えられた明日香の聖剣が光り輝く。

 逆袈裟に切り上げた剣閃が飛翔し、宙空にあるルキウスを襲う。

 逃げ場のない空中での追撃、だがルキウスはその剣閃を斜めに弾くことで防御し、反動をつけて回転、ビルの壁面に着地すると、その壁面が陥没しビルごと吹き飛ばすほどの脚力をもって跳躍。

 切り上げの体勢からの残心をすぐさま引き戻し、上空からの撃ち下ろしの一撃を防いだ。

 今度は聖剣で防御した明日香の踏みしめる足元が陥没し、大地に亀裂が奔る。

 

 我が巨人の腕(ブラキウム・エクス・ジーガス)

 ルキウス・ヒベリウスの有する魔獣の膂力を発揮する強化のスキル。その一撃には重力と加速に加えて巨人に匹敵する。

 けれども明日香はそれを凌ぎ、切り返し、再び打ち合いを続ける。

 

「ッッ、明日香!!!」

 

 打ち合いは互角。だが周囲の魔法師は、魔術師であっても耐えられるものでは到底ない。圭の叫びを耳に捉えた明日香は、すぐさまその場を跳躍。

 高層ビルの壁面に()()()()()

 すぐさまルキウスがそれを追尾し、二人のサーヴァントが高速でビルを落下するように翔け昇る。

 ビルの壁面をあたかも大地のように足場にして剣劇が続き、蒼銀と真紅の光芒が軌跡を描くように上空へと昇っていった。

 

 

 

 

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