Fate/ School magics ~蒼銀の騎士~   作:バルボロッサ

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12話

 

 

 天空へと昇っていく蒼と紅の軌跡は、神秘の絶えて久しいこの現代においても神秘的な光景で、魔法師たちは茫然としてそれを見上げた。

 だがそれに耽溺できる状況ではない。

 ルキウスは明日香とともに戦場を移動させたが、この近隣一帯がまだ武装勢力による戦場範囲なのだ。

 

「お兄様!」

「深雪、無事だな! 異常な気配が視えたが……状況はどうなっている、藤丸?」

 

 明日香たちが去って行ってすぐ、飛行魔法によって戦場に飛び立っていっていた達也が引き返し、合流。出立前には一高の制服姿であった彼は、独立魔装大隊という部隊の用意したムーバルスーツへと着替えていた。

 見た目はプロテクター付きライダースツのような外観に、着脱式のフルフェイスのヘルメットという黒一色の装いになっている。その中身はトーラス・シルバーが発表した新技術である飛行魔法を専用のCADに組み込み、防弾、耐熱、緩衝、対BC兵器の性能を有し、パワーアシスト機能をも組み込んだ現代の魔法師用の戦闘鎧といったものだ。

 彼が飛び立ち向かったはずの戦場から目的地を急遽変えて戻ってきたのは、彼の鋭敏な知覚──深雪に対する守護に危機が迫ったのを感じたからに他ならない。

 戻ってきた彼が視たのは、今までに感じたこともない密度のサイオンとプシオンの具現が蒼と紅の光となって高速でぶつかりながら離れていくところだった。

 戻ってきた達也のもとに深雪が駆け寄り、達也はその無事をしっかりと確認した。

 そうして状況を問われた藤丸は、端的にそれに答えると克人に向き直った。

 

「もう一体、敵にサーヴァントがいた! 十文字先輩! すぐにここから移動を!」

 

 急がなければならないのは、この場からの移動。

 当初の予定では、ここにシータがいるのを目的に敵のアーチャーをおびき寄せ、明日香とともに叩くという手はずだった。

 だがその明日香がルキウスと戦うことになってしまった以上、この場でのアーチャー討伐は難しい。

 

「分かった。だが当初の作戦方針は遂行できないだろう。どうするつもりだ?」

 

 それは魔術師ではない克人にもよくわかることで、だが無策ですぐに移動する前に方針を定め、明らかにしておくことは必要だった。

 もともとシータが移動することで街中でアーチャーやバーサーカーとの戦闘になることを忌避したのが先の作戦を立てた原因であるし、シータを敵の手に渡すわけにはいかないという前提は変わってはいない。

 

「まずはアストルフォと合流します。ライダーの宝具には高速移動が可能な乗騎がある。シータとともにバーサーカーを仕留めて一撃離脱で包囲網を突破できるはずです」

 

 現有戦力でアーチャー(ラーマ)を倒すことは不可能。

 仮に明日香がルキウスを討伐することができたとしても、そう手早くとはいかない。ましてあのルキウスは………………

 

「────―!?」

「いかがされましたか、お兄様?」

 

 だが現状は、ここで方針を再設定するほどのゆとりも、彼ら与えてはくれなかった。

 精霊の瞳(エレメンタル・サイト)の知覚により、認識した敵性体の存在。ほぼ同時に真由美もマルチスコープでそれを捉えていた。

 

「白い猿!?」

 

 高層ビルの外壁につかまりこちらをうかがう一匹の白猿。

 視線が合い、その猿はニヤリと笑みを浮かべた。

 

「スクリーヴァの白猿!? しまった! アーチャーの索敵スキルだっ!」

 

 それが何かに気が付いた圭の言葉が終わるよりも早く、それが敵だと認識した達也は拳銃型のCADを右手で抜いて、サイオンを圧縮していた。

 

 魔法は物理現象を改変させる技術だ。だがサーヴァントには物理攻撃が通用しない。

 達也の推察ではサーヴァントとは霊体──プシオンを核にした存在であるからだ。

 無論それだけでは説明できない諸々はあるが、基本的に霊体であるため通常の魔法攻撃は通用しない。

 だが霊子体だとしても物理事象に干渉しているのは実体を有していることから間違いがない。つまり情報次元を介して実世界に干渉しているのは間違いなく、ならばこちらも物理事象における実体ではなく、情報次元における対象に直接攻撃を作用させることができるはず。

 達也のその推測は魔術の“本質”であるところの“神秘”をブラックボックスとしているというところで確実性には欠けていた。だが“神秘”を“不可解”なものと捉えているがために、そして極々僅かであるものの、彼にも()()()()()ために、サーヴァントのスキルにより顕現している実霊体に対して効果を及ぼした。

 

「なっ! 達也、君は……」

 

 白猿が撃ち落とされる。

 圭が驚きに目を見張る。だが追及している暇はなかった。

 

「詮索している場合ではないぞ、藤丸。来るぞ!」

 

 達也はすでに視線を敵に見据えており、圭も市街地に視線を向けた。

 先ほどの白猿は斥候。

 そしてその目的がこちらのアーチャー(シータ)にあるのなら、ここに敵が集まってくるのは当然の流れ。

 市街地からは10体以上の白猿が姿を見せていた。

 

「くっ! アーチャー迎撃をっ!」

「承知いたしました!」

 

 先ほど、高位のサーヴァントであるルキウスには通用しなかったシータの弓矢だが、相手がスキルによるエネミーならば通用するはず。

 一射五矢に放たれた高速の矢が迫りくる白猿たちをめがけて降り注ぐ。

 けれどもそれは当たればの話だ。

 弓の武勇をもたざる弓の英霊、シータの技量では人以上の矢を放つことができても所詮そこまで。

 白猿たちの動きは素早く、遠距離からの射撃は容易く回避されてしまった。

 

 サーヴァントである以上、戦闘ができないわけではない。三騎士の一つ、アーチャーのクラスで召喚されているのんだからある程度は打ち合うことも可能だ。

 だがシータの攻撃レンジは中距離以上。射撃を回避されて近接戦闘であれば、スキルによるエネミー相手に一対一で倒すことはできても他者を守りながらという余裕はない。

 圭にとっても同じだ。

 むしろ一対一の戦闘力に欠ける分、より圭の立ち回りは分が悪い。

 ただし、そこにいるのは守られるばかりをよしとする者たちばかりではなかった。

 克人が攻性障壁を放ち押しつぶさんとする。それは白猿によって回避されるが矢よりも制圧面積が広い分、その回避運動は大きくなり接近を牽制していた。

 同様に真由美がドライ・ミーティアで、雫も九校戦での戦いを通じて習得したフォノンメーザーを使って迎え撃つ。

 そして中距離以内に接近してきた白猿に対しては、速度と白兵戦技に長けるエリカが真っ先に特殊警棒を手に切り込み、レオと桐原もそれぞれの得物を発動させた。

 エリカは今日の押しかけ警備のためにいつもの得物である警棒を鍔の無い脇差形態の武装一体型CADに持ち替えて、自己加速魔法で駆け抜けながら銀閃を振るっている。

 レオにしてもこの日のためにエリカの生家である千葉道場の門を通って殺傷性のある秘剣を会得してきていた。

 だが────―

 

「おおおおっ! ッッ!?」

「くっ、西条! こいつら────ッ」

 

 レオの会得した技は薄羽蜻蛉。カーボンナノチューブ製シートの刀身を完全平面上に硬化させることにより、どんな刀剣よりも鋭い刃となって敵を切断する必殺の剣閃。

 桐原の魔法もただでさえ殺傷性の高い高周波ブレードを真剣に発動させて振るっており、鉄であろうとも容易く切断するはずだ。

 だがそのいずれも、当たらない。

 レオは業で斬ることになるこの秘剣を修得するために一時とはいえ千葉家の門下となって修練を積んだし、桐原は言わずもがな。

 けれどもそんな彼らの技量よりも、英霊のスキルによって呼び出された白猿の技量が勝っていた。

 レオの剣閃が躱され、一撃を腹部に受ける。その一撃は得意の硬化魔法での防御を貫き、軽いとはいえないレオの体を吹き飛ばす。

 

「がはッ!!!  ぐ、ッ────」

「ッッ────―!」

 

 追撃を受ける寸前、エリカの剣閃がそれを遮るが、この中でもっとも白兵戦技に優れ、近接での速度を持つエリカですらも、白猿の速度を上回ることができていない。

 二人の危機に真由美が射座を生成して死角から白猿を狙い撃つ。

 そこでようやく白猿に攻撃が届くも、手に持つ武器によって易々と撃ち落とされる。

 

「くっ! 気をつけろ、みんな! こいつら、雑魚じゃない!」

「分かってる!」

 

 摩利の遅まきながらの注意にエリカが反射のように言い返す。

 言われずともこの白猿が十把一絡げに斬り捨てられるような容易い相手ではないのは、一合目で理解していた。

 一匹一匹、いや、一騎一騎がそれこそ魔法剣の大家である千葉家の、本家の魔法師以上の戦力を有している。

 回避しているということは魔法でも通用するのであろう。

 だが市街地で防衛にあたっている魔法師や防衛軍たちが苦戦しているのは純粋にその戦闘力が高いがゆえだ。

 独立魔装大隊の藤林は、真由美やエリカたちをただの高校生とは見なしていない。すでに十分な力をもった戦力だと考えていただけに、それを上回る敵戦力の高さは想定以上だった。

 ましてこの敵は、サーヴァント本体ではなく、ただのスキル。古式魔法での化成体のようなものに過ぎないのだ。

 

 ──魔術と魔法の違い、ではないのか──

 

 圭の魔術にしても同じこと。むしろ純粋に物理的な威力に乏しい分、より苦戦を強いられていた。魔法にはない“何か”を持つ魔術であれば、サーヴァントを打倒できるとまでは達也も考えていなかったが、圭のその苦戦は達也にしても想定をかなり下回っていた。

 対サーヴァントを想定した達也のサイオン徹甲弾も、現状では複数相手に作用させられるほどの習熟度には至っていない。まして相手の動きは早く、情報世界におけるターゲットの動きも速くては簡単には狙いがつけられない。

 

 ──必要なのは純粋な威力か、クリティカルな攻撃、それなら──────

 

「深雪! 連中の足を止めてくれ」

「はい、お兄様!」

 

 兄の指示に深雪が減速系魔法を展開し、白猿たちの動きを凍りつかせようとした。

 その氷結の魔法は今までの深雪の魔法よりもより洗練されていた。

 それは封印の解除によるもの。

 戦いに赴く前、深雪は達也の封印を解いた。彼の強大すぎる力、世界を滅ぼしうる破壊の力を抑えるために彼女たちの一族がかけた封印。

 そのために普段の深雪の魔法力は、一部が達也の封印のためにリソースが割かれている状態だったのだ。それでも飛び抜けた魔法力ではあったが、力の制御は完全ではなかった。

 達也の封印を解いたことにより、彼女自身の魔法力へのリソースもフルに使える状態になっている。

 速度に優れる白猿たちの足を止めるには効果的な魔法で、広範囲かつ適切に作用されたその魔法により白猿たちの体が氷結する─────かに思えた。

 

「さっすが深雪。────なっ!!?」

 

 動きの止まった敵を砕かんとエリカが攻勢に転じようとして、だがその刃は敵の毛にぎりぎり掠めるものとなった。

 

「そんな、深雪の魔法が利かないなんて!」

 

 深雪の魔法力の高さを、その威力を知る者ほど驚きは大きい。ほのかの驚きは、達也とて同様だった。

 

 ──速度は魔法師の自己加速魔法と同等クラス。その上、対魔法力は深雪の魔法をこうまで軽減するとは、ッ! ──

 

 今はまだ有効打を与えられる達也と多少なりと足止めができる深雪、シータと共闘している圭はただですら量に勝り、質においても同等以上である敵の勢力に押されつつあった。

 

 魔法師は現在の戦場において有用な戦力としてみなされている。

 かつて戦場における華であった騎士たちは銃火器の登場により衰退していった。

 人が人をより効率的に殺傷して、勝利するために弓矢から銃に、銃から魔法へ変わり、より遠距離から、より素早く、より大規模に、戦争は進化していった。

 現代魔法師はもっとも洗練された人間兵器といった側面もたしかに存在する。

 だがここにあるはそれを否定する存在だった。

 発動が高速化された魔法をかいくぐる猛者たち。

 真由美のドライ・ミーティアによる亜音速の多角的連続射撃をものともせず、克人のファランクスによる面制圧すらも躱す。

 

「くっ!? 」

「摩利! ────―ッ!」

 

 至近まで詰められた摩利の手元には今、武装型のデバイスはない。

 とっさに自己加速術式をかけた真由美が体当たりして、襲い掛かる白猿から距離をとるが、体勢が崩れては追撃に対処できない。

 だが敵がその追撃の体勢から動く前に、エリカの脇差が一閃を薙いだ。

 

「ぼさっとしてないで、さっさと立って!」

 

 思わぬ相手に庇われた形となった摩利が、数瞬状況を忘れて目をしばたいた。

 

 彼女とエリカの仲はあまりよくない。

 摩利がエリカの異母兄である次男の修次と恋仲であるためだ。

 だが同時に摩利は千葉門下において目録を受けており、一門でもある。なにより、家族の中でエリカが唯一慕っている次兄の恋人なのだ。

 複雑な心情を棚上げして、咄嗟に動いた体が摩利と真由美を救った。

 

「エリカ……──ッッッ!!」

 

 けれども咄嗟にとった行動に、エリカ自身が一瞬、動揺してしまったがゆえに、次のアクションが遅れた。 

 それは刹那の迷い。

 けれども同等以上の、そして歴戦の猛者を相手にして見せてはいけない隙だった。

 

「しまっ! ────―かはっ!」

 

 エリカの手から得物が弾き飛ばされ、押し倒された。

 地面に背中を打ち付けられて肺から空気が漏れ出た。

 エリカの戦闘力はこの中でも低くはない。

 むしろ達也が出会ったことのある魔法師の中で、もっとも高速近接戦闘が可能なのはエリカであるかもしれない(純粋な移動能力だけなら疑似瞬間移動が可能な者の方が上だが)。

 だがそれも得物を失い、地面に押さえつけられた状態では発揮できない。

 

 ──まずい! ──  

 

 魔法師はCADがなければ魔法が使えないわけではない。

 魔法を生み出す根源は完全には解明されてはいないが、魔法演算領域という無意識領域から起動式を書き起こす作業を高速化しているのがCADの役割に過ぎないので、起動自体はできる。

 けれども圧倒的に発動の速度は遅くなり、この強敵相手に実用に耐えられるものではない。

 達也が動揺したのはエリカが危機ということもあるが、戦力バランスが崩れることを危惧してのこと。

 現代魔法の発動が高速化しているとはいえ、魔法をかいくぐって白兵戦を仕掛けてくるような相手に対して、前線を支えられているのはエリカとレオ、桐原の中でもエリカの力が大きい。

 圭とシータはそれよりもさらに前で抑えてはいるが、だからこそこちらのフォローは難しい。そしてエリカが落ちれば、あとは歯の欠けた櫛がボロボロと崩れ落ちていくように壊滅していくだろう。

 白猿の手が、エリカの体を押さえつけ──────上から落ちてきた槍によって貫かれた。

 

「ギィ────―」

「え…………」

 

 たなびく白の外套。三つ編みにされたピンクの長髪。携えるは魔法の馬上槍。

 

「さぁて、ちょっと出遅れちゃったみたいだけど、行くぞぉ!」

 

 空から落ちて来て、一直線に敵を貫いたのは()()ライダー。アストルフォが魔法師たちの戦場に参戦した瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 それはまさに不条理の塊と言えた。

 伝承においてアストルフォという英霊は決して強い英雄としては描かれていない。

 シャルルマーニュ十二勇士においてはむしろ明確に弱い部類に属するとされている。

 けれども彼の聖騎士は巨人カリゴランテを倒した勇者にして数多の冒険を潜り抜けた正真正銘の英雄。

 

 ──これが純正のサーヴァントの力かっ! ──

 

 ライダーというのは文字通り騎乗兵。つまり騎馬にて勇名を馳せたという証であったはずであり、その本領は騎乗において発揮されるはずだ。実際、夏休みに達也がアストルフォに会った際に、彼の宝具としてヒッポグリフなる彼の愛騎を見せてもらった。

 けれど騎馬なく自らの脚で駆ける速度は魔法師の自己加速魔法に勝るとも劣らない速さ。

 むしろ加速という魔法の性質上、直線的な動きが多く、自然な身体の制御が困難な魔法以上に自然な高速戦闘。

 明日香のように魔法の後押しによって疑似瞬間移動染みた動きではなく、達也の眼に映る速度であるがために、その力の凄まじさがよくわかる。

 達也がかなりの消耗と引き換えに放つ魔弾によってなんとか倒していた白猿が、易々とその槍に貫かれる。シータや圭の攻撃を容易く躱していた白猿に軽々と追い付き、上回る槍捌きで蹴散らしていく。

 摩利が、真由美が、克人が、追い込まれつつあった白猿たちが瞬く間に一人の英雄によって駆逐されていった。

 

「助かった、アストルフォ」

 

 会議場前に集結していた白猿が駆逐されるまでそれほどの時間はかからなかった。

 

「すぐで悪いが、バーサーカーのシャドウが別のところで被害を出している。そちらの討伐を頼みたい」

 

 ただそれでも今の戦況の変化に対応するにはゆとりがあるとは言い難い。

 今この時も明日香はルキウス・ヒベリウスと戦っており、魔法協会支部に向けてシャドウ・バーサーカーが進撃を続けている。

 道行で合流する予定であったが、ここで合流できたのは幸いだった。

 アストルフォの宝具であれば軍用車で移動するよりも速くに空を翔けてバーサーカーのところに向かえる。

 

「バーサーカーかぁ。そっちもなんとかしたいのは山々なんだけど、ちょっと難しいかなぁ」

 

 だがここまで空を翔けてきたアストルフォは難しそうな顔をした。

 そのことに訝しみを覚えた一同は、空を見上げた。

 

「なんだ? 空から…………あれは!?」

 

 空に何かが鎮座していた。

 その姿は舟のようでもあり、けれども空に浮かぶその在り様はまさしく神秘。

 そして一騎の──いや、一柱のサーヴァントが見下ろしていた。

 

「なっ!? あれはまさか、ヴィマーナ!?」

 

 天翔ける戦車にして戦船。神々の乗機にして荘厳なる宮殿。大地を見下ろし、宇宙にすら至るという、“神が空を飛ぶための何か”。

 

「■■■■■■■───────ッッ■■■」

 

 なればこそ、そこに騎乗する者は英霊には収まらない。

 

「ラーマ、様…………」

「アーチャーのときと霊基が違う。あれはもう英霊クラスの霊格じゃない。紛れもない神霊────ハイ・サーヴァントだっ!」

 

 可能性としてはあった。

 ほかでもないシータを取り込むことによってそこに至る可能性があった。

 

 ──古代インドの神霊 ヴィシュヌ──

 

 ラーマというアヴァターラで顕現したトリムルティの一柱。

 

 通常──といってもそれ自体が異常なことではあるが、聖杯戦争において召喚されるのは英霊のクラスまでだ。

 魔術とは神秘を扱うものであり、英霊であっても破格の神秘だが、神霊ともなればそれ自体がまさに“神秘”なのだから、魔術で扱える範疇を超える。

 神おろしといったものもないではないが、英霊召喚システムによって神霊そのものを召喚するなど不可能だ。

 けれども稀に、神霊の霊基へと自身を昇華することのできる宝具やスキルを有する英霊もたしかに存在する。

 とある月の聖杯戦争においては、自身の霊基(リソース)の損壊を代償にすることでその重大なルール違反を為したサーヴァントもいた。

 

 つまり、リソースさえ確保できれば、聖杯召喚システムの隙間をついて神霊として顕現することは確かに可能。

 

「君たち、ここから離れて。アイツは僕が相手をする」

 

 ハイ・サーヴァントであるヴィシュヌ、トップ・サーバントであるルキウス。そのいずれも、ただのサーヴァントであるアストルフォの力を大きく上回っているのは間違いない。

 けれど、彼はその()()に臆することなく槍を構えて前に出た。

 

「アストルフォ。アレはエクストラクラス──── アルターエゴだ」

「だろうね。でもまぁ、なんとかなるでしょ」

 

 甲高い指笛が鳴らされ、幻馬が翔ける。

 その背にアストルフォが飛び乗ると、大きな翼を広げて羽ばたいた。

 

「頼むぞ、アストルフォ」

「任された──────いくぞ、ヒッポ君!」

 

 かつて王としてのラーマは最愛の妃であるシータを放逐した。

 14年もの歳月を求め続け、戦い続けて取り戻した彼女を、王としての責務から捨てた。

 古代において王とは神の代弁者。地上における神権の代行者。

 ことにヴィシュヌのアヴァターラであるラーマにはその側面が強い。

 ゆえに、ラーマならざるヴィシュヌには、ラクシュミーならざるシータは切り捨てる対象でしかなく、()()()()()()()()()()()()存在

 ヴィシュヌが今なおシータを求めるのは、その霊基(リソース)によって自身の霊基を補填するためにほかならない。

 

「シャルルマーニュ十二勇士、アストルフォ! 推して参る!!」

 

 なればこそ、この聖騎士(パラディン)は立ち向かおう。

 理性が蒸発しているからこそ臆することなく、されど善性に寄り添う騎士として、とびっきりシャルルマーニュ(かっこいい王様)の勇士として。

 

 

 

 


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