Fate/ School magics ~蒼銀の騎士~   作:バルボロッサ

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18話

 

 

 

 世界が光に埋め尽くされていた。

 眩く、温かい。

 神秘というのがどういうものなのか、魔法師である雫にはよくわからなかった。

 けれども今目の前に広がるこの輝きには、たしかに神秘的という言葉が相応しい。

 

 眩いばかりの黄金の光の奔流の向こうで、いないはずの女性が明日香を抱きしめているように見えた。

 光を弾いていながらも透き通るかのようなその女性(ひと)が誰なのかを雫は分からない。ただひどく愛おしそうな顔を明日香に向けていた。

 明日香の手にある装飾の剣が、光のほどけていくにつれて洗練された刃を露わにする。

 黄金の剣。

 

約束された(エクス)──────勝利の剣(カリバー)!!!!!」

 

 左下段に剣を構えた明日香が宝具の名前を声高らかに叫び、剣を振り上げた。

 

 輝きが遠く空の彼方へと去った。

 恐る恐る魔法師の少女たちが目を開けると、そこはすでに戦場ではなくなっていた。

 彼女たちを脅かさんとしていた赤雷は、ローマ皇帝とともに消滅しており、戦場のそこかしこに散っていた白猿たちも主の消滅により姿を消していた。

 極光が駆けた頭上の空は抜けるような蒼穹となっていた。

 光の残滓がわずかに降り注いだが、それはすぐに降り止んだ。

 

 

 

 

 

 エクスカリバー 

 その名は魔術の消えた現代において、今なお伝説や御伽噺に語られることのある古今で最も有名な聖剣の名前。

 昔々のイギリスで、岩より引き抜いた者を王として選んだ選定の剣であったか。

 目視ではその輝きに目を開け続けることが難しいほどの輝きだが、情報界(イデア)を視通す精霊の眼(エレメンタルサイト)では最早その光景は瞳を焼き、情報処理を行う脳髄をさえも焼き付きかねないほどだ。

 達也がそれ以上の精霊の眼の行使を断念していなければ実際にそうなっていたかもしれない。

 魔法の感受器官である“眼”を閉じても分かるほどの激流。

 一つの都市、艦隊を一撃で破壊するほどの威力の魔法。

 明日香がここまであの魔法を使わなかったのは、使えば敵だけでなく周囲一帯を巻きこむ、というよりも諸共に灰燼に帰すことになるからだからだろう。

 実際、魔法の輝きは成層圏を超えるほどまで届いたのが達也には視えた。

 極光の斬撃

 その進路上にあったものは全て──あの強大な敵性サーヴァントと、戦略級に匹敵するほどであった敵の魔法を諸共に消滅させた。

 つまり明日香もまた、戦略級魔法師に匹敵する魔術師だということだ。

 達也と同じく、たった一人で世界のバランスを崩すほどの逸脱者。

 

 

 

 

 ✡ ✡ ✡ ✡

 

 

 

 

「明日香!」

 

 その獅子劫明日香が倒れ、それを予期していたかのように藤丸圭が駆け寄っていた。 

 先ほどまで身を包んでいた蒼銀の鎧は消え、先ほどの眩いばかりの黄金の剣は光の粒子となってほどけて消えた。

 敵の攻撃を受けた様子ではなかった。にもかかわらず倒れたのは先ほどの戦略級魔法が獅子劫明日香の魔法演算領域に過剰な負荷を齎すものであったのか。

 焦った様子で明日香を診ている圭に事態の切迫を覚えたのだろう真由美が焦りを伝播されて尋ねた。

 

「どうしたの藤丸君!? 獅子劫君は、大丈夫なの!?」

「魔力の枯渇です! くそっ! 本当に枯渇寸前だぞっ!? 早く治療しないと間に合わなくなる!」

 

 圭の反応は余裕のないものであり、それはそれだけ明日香が危険な状態だということを意味していた。

 

「やっぱり聖剣を使ったんだね」

 

 悼むようにつぶやいたのはヴィシュヌの攻撃を受けて撃墜されたアストルフォ。彼もその有様は無傷とは言い難い状態であったものの、霊基全損だけは避けられたようで、傷だらけの体を押して立っていた。

 

「アストルフォ! 無事だったか。ヒッポグリフを出せるか? 早く明日香を屋敷に連れて行って回復処置をしないとヤバい」

 

 見るからに重傷のアストルフォの傍らには、同時に撃墜されたヒッポグリフの姿がない。

 宝具であるヒッポグリフはアストルフォであってもヴィシュヌの攻撃にはダメージが大きかったのだろう。だが宝具であるからこそ完全に消滅はしていないはずだ。

 この場から一刻も早く離脱するにはヒッポグリフの脚が一番早い。

 今の明日香はまだ呼吸こそあるものの、魔力がほとんど底をついている。

 魔力とは生命力とも同義。

 マスターやカルデアからのバックアップもなしの聖剣解放など、魔力が枯渇してもおかしくないレベルの魔力消費。

 アストルフォの霊基の損傷具合も危険だが、異世界のマスターから無限の魔力供給を受けている彼は、消滅さえしなければ回復もできる。だが魔力を自前でしか用意できない明日香はこのままでは生死に直結しかねない問題だ。

 

 その状態がどれほどの危機かは魔術師ではない魔法師の達也や雫たちには分からない。

 ただ達也の眼には、今の明日香は常人と大差なく視えた。

 あれほど眩かったサーヴァント特有の太陽のようなサイオン光の内包が視えない。ただ感触として消滅したわけではないのだけは、深雪からの封印が解除された今だからこそ感じ取ることが辛うじてできた。

 本来、達也の魔法に対する感受性は視覚に秀でているように、深雪の感受性は嗅覚と触覚に優れている。封印解除のつながりがあるからこそ、おそらく達也でも今の明日香の異常に触れることができたのだろう。 

 それを加味してみても、今の明日香の症状は魔法に当てはめるとよく似た症状を達也は知っていた。

 

「待て、藤丸。見たところ魔法演算領域のオーバーヒートに症状が似ているようだが治療できるのか?」

 

 十文字克人が口にしたのは魔法演算領域のオーバーヒート。

 達也と深雪の知人、母のガーディアンであった女性を喪った原因がそれであり、達也も症状が似ていることには気づいていた。

 あるいは魔法師にとってのオーバーヒートとは魔術師にとっての魔力枯渇と同じ原因であり、魔術師にとっては治癒可能な症状であるのか。

 

 この時の達也はまだ知らなかったが、克人がすぐに思い至ったのは、この症状が彼にとって──十文字家にとって魔法演算領域のオーバーヒートは馴染みある弊害であったからだ。

 そして十文字家にとってそれは不治の病。魔法師としての死に至る病であり、その治療方法は研究こそされているが、完全な解明には至っていない。

 達也の知る十師族の一門 ──― 四葉家にとってもそれは同じだ。

 四葉の魔法師にとっても過去同様の症例を発症した魔法師がおり、これについては研究されている。

 この症状が軽ければ治癒することも可能だが、症状が重ければ魔法師としての死だけではなく、実際に命を落とすこともあり得る。

 精神分野に特化した魔法師がこの場にいれば、症状を和らげることも可能かもしれないし、可能ならば今の獅子劫の症状を調べもできるだろう。

 だが実際には、今ここはまだ戦場の只中であり、四葉の魔法師たちはいない。

 そして今の明日香は、傍目には軽い症状ではない。 

 

「ここでは応急処置が精々です。でも藤丸の屋敷でならなんとか。なので早く移送しないと──―」

 

 残念ながら藤丸圭にとっても直ぐに治療という訳にはいかないらしいが、それでもこの状況から治療する術があるというのは、魔法師よりも歴史の古い魔術師ならではの知恵というものか。

 けれど、その動きが途中で止まったのは達也の背後に集うように軍人の魔法師たちが集まってきたからだろう。

 

「独立魔装大隊の風間さん、でしたね。すみませんが今は立て込んでいるのですがね」

 

 ルキウスの赤雷の宝具の余波によって撃墜された軍人魔法師たちだが致死一歩手前で、達也の再成が間に合ったため、見た目上は怪我も損傷もない姿で集っている。

 藤丸圭の声が警戒心を帯びているのは、彼ら(軍人魔法師)の纏う空気が、戦場の雰囲気としてだけでなく、ピリピリとしたものであるからだろう。

 

「ふむ。先のサーヴァントとの戦いは凄絶だった。私たちにとっても脅威としか言いようがない。倒してくれたことに感謝しよう。そしてその結果、獅子劫君が倒れたのだろう? 医療機関への輸送は我々に任せたまえ」

 

 風間少佐の申し出に、けれども藤丸圭は警戒心を解くのではなく、ちらりと獅子劫明日香を見ると庇うように立ち上がった。

 

「申し出は感謝します。ですが、たしか魔法演算領域のオーバーヒートというのは一般の病院でも魔法師の治療でも治すことのできないものなのでしょう。治療は屋敷で行います」

 

 藤丸圭の拒絶の言葉に風間少佐の表情は変わらなかったが、その部下の数名の顔が動き、警戒レベルが一段増した。

 風間少佐の申し出は、事態解決にあたってくれた義勇兵への感謝からくるものでは決してない。風間少佐の、というよりも軍の思惑としては、強力な兵器(サーヴァント)である明日香が動かなくなっている今のうちに確保したいのだろう。

 それは風間少佐の、という以上に緊張した面持ちの部下たちの様子と戦闘態勢そのものである体内のサイオンの活性下様子がなにより色濃く物語っていた。

 その内の一人に数えられているであろう達也ならずともそれは察することができるほどにあからさま。

 

「魔術師 藤丸圭、獅子劫明日香、抵抗せずおとなしく我々と来ていただきたい。市街地での戦略級魔法の使用の件もある。個人が私的に備えるには強大で危険すぎる力だ」

 

 風間少佐のその言葉に、藤丸は顔を顰め、真由美たちは不安そうな顔で成り行きを見ている。

 

「話が聞きたいというのなら後日、達也君にでも魔法協会にでも十師族にでも説明しよう。今は時間がないので、邪魔をしないでいただきたいのですが」

「いや、今、来ていただく。彼の治療もこちらで手配しよう」 

 

 魔法師では魔力をほぼ枯渇させている明日香の治療はできない。そのことを知るがゆえの圭の重ねての否定は、けれども魔法師側にとっては好都合。

 風間少佐は硬い声で告げると片手を上げた。それを受けて部下たちが緩やかに散会し、明日香と藤丸を取り囲む。

 

 一撃で艦隊を壊滅させ、大都市を灰燼帰すことのできる戦略級魔法は前世紀でいうところの戦略核兵器と同義だ。国家間の示威、抑止力として使われるほどの存在であり民間の一個人が有していていい戦力ではない。

 魔法師が属人的な技能である以上、戦略級魔法もまた一個人に属することが仕方ないとはいえ、そういった魔法師は軍もしくは国家に所属して管理されているのが常だ。

 他ならぬ達也自身が特尉という扱いで軍属の身となっている。

 たった一人で国家間の軍事バランス、世界の均衡を崩し得る存在。それが戦略級魔法師という存在なのだ。

 時に政略の道具となり、時に殺戮の道具ともなる。

 それにいつまでも甘んじているつもりは達也にはないが、今は達也といえども勝手にはできない。

 そしてそれは魔術師であっても同じだ。

 技術とは本来、年月とともに蓄積され進歩していくはずのものだ。

 魔法も同じで、かつての魔法よりも現代の魔法の方がその複雑さにおいても精密さにおいても、そして為しうる威力においても上回っている。

 そう言った意味では、かつての魔術よりも今の魔法の方が技術としては優れているはずだと、それが在るべきはずの理論だ。

 だが魔術には年月の進歩とは別のなにか、むしろ真逆の性質があると達也は感じている。

 サーヴァントの力、魔術師の力。今まで彼らが見せてきた力がすべてだとは思っていなかった。むしろ魔法にあるのだから魔術にも戦略級に匹敵する魔術があるとは思っていた。

 ただでさえサーヴァントという科学も魔法も超越したような存在を有しているのに、それに加えて都市や艦隊でさえも一撃で殲滅し得る力があるともなれば、警戒しないわけにはいかない。

 

 

 

 

 圭はちらりと視線を落とし、倒れている明日香を伺った。

 現状、到底明日香が動けるようになれる見込みはない。

 むしろまだ明日香の魂が存在していることすらも運がよかったといえるような状態なのだ。

 とるべき行動とそれが生み出す因果を考える。

 圭たちにとって、現代の魔法師との共闘は必須条件。

 これから起こるだろう災厄に立ち向かうためには、今この世界にある全てを動員して、それでもなお足りないであろうことがカルデアのかつての戦いから予想されている。

 けれどそれがために、明日香の力や魔術を取り込まれるわけにはいかない。

 すでに世界には魔術が生きていく余地がない。

 いまさら魔術を研究するなど文明を逆行させているのに等しい。

 サーヴァントの力を利用させたくない、というのは今更に過ぎ、カルデアに属する自分たちが言えたものではない、そんな権利はない。

 ただ少なくとも明日香は────────―

 

 

 

 

「アストルフォ。明日香を連れてヒッポグリフで離脱できるかい?」

 

 圭たちを囲む軍人たちがざわついた。

 ヒッポグリフ。

 魔法という存在が現実になった今においても、いや、むしろ異能が科学によって解き明かされつつある現代であるからこそ御伽噺の中でのみ語られるべきはずの幻想の獣。

 魔法師がようやく自由に空を翔る魔法を手に入れ、戦いに用いるようになったこの戦場で、あの獣を駆ったアストルフォは音速での空戦を行えるほどだった。

 サーヴァントに通常兵器も通常の魔法も効果がない以上、アレに乗って離脱されれば魔法師たちにそれを阻むのは難しいだろう。

 意識を失いサーヴァントとしての力の発揮どころか動くことすらない明日香を諸共に撃ち落とすのであれば、達也にとってそれは可能ではあるだろうが、それは軍の望むところではないだろう。

 外患誘致の嫌疑とは言っても、今のところ獅子劫明日香も藤丸圭も、魔法師に対しては敵対的ではなく、むしろサーヴァントに対する重要な情報源なのだから。

 

「ギリギリ一人だけなら。ヒッポくんもボロボロだから3人乗りは無理かな」

 

 アストルフォの体は霊体であり、十全の魔力があれば休息とは無関係に修復することができ、それは彼の宝具であるヒッポグリフも同じ。

 そして今は裏側に行ってしまったマスターからの魔力供給はほぼ無限にある。

 ただそれを取り入れて霊基を修復するにはある程度の時間が必要だ。

 ヴィシュヌの攻撃をまともに浴びたヒッポグリフは宝具であるがゆえに消滅こそしていないが、今はまだ完全な再召喚を行うことはできない。

 ただでさえチャリオットの無い状態では3人乗りは定員オーバー。

 

「ならいい、明日香を藤丸の屋敷へ。屋敷に戻れば、まだ回復する可能性がある」

「君はどうするんだい?」

 

 だから彼に託すのは剣。

 

「心配しなくてもいい。これでも僕は花の魔術師を自称しているからね。口八丁でけむに巻いてみせるさ」

 

 彼らにとって藤丸は明確な敵対者ではなく、情報源。

 あまりにも強大すぎる力(サーヴァント)を有していて、今はそれが機能しないからこその現状だ。

 ならばそこは藤丸圭にとっての舞台に他なるまい。

 

 

 

 

 

 ✡ ✡ ✡ ✡

 

 

 

 ──さて、どうするべきか…………──―

 

 風間少佐や柳大尉と藤丸たちが剣呑な対峙状態になっている中、達也は自らのスタンスを決めかねていた。

 達也としては身も心も軍人として国に捧げたつもりはないのだが、獅子劫明日香(サーヴァント)を脅威に感じているのは同じ。

 その能力を解析して対抗力を講じるチャンスがあるとすれば、たしかに今は絶好の機会と言える。

 まだゲリラとの戦闘が終結はしていないが、重要拠点である魔法協会支部周辺の敵勢力は排除し、ゲリラ側の主力であった白猿は敵性サーヴァントの消失とともに消えている。

 そしていつもであれば太陽の放つ熱量の如き情報の深淵によって明日香のサーヴァントとしての情報は解析ができなかったが、魔力の枯渇とやらが原因なのか、今の明日香は達也の精霊の眼(エレメンタルサイト)をもってすれば構成情報を読むこともマーカーを打ち込むことも可能な状態だった。

 サーヴァントへの対抗策は達也にとっても急務の課題。今回、サーヴァントにも通用する攻撃手段を講じることができたが完成したとは言い難い。

 デミ・シャドウ・サーヴァントという極めて劣化した存在相手にこそ通用したが、上級サーヴァントに対してはまったく通じなかった。通じる目途が立たなかった。

 だからこそ不意に訪れた誘惑は、その存在が強大であるからこそ耐え難い。

 軍としては、藤丸から魔術の情報を抜き出すか、あるいは強大なサーヴァントの力をコントロールできなければ安心しないだろう。

 だが藤丸たちがそれに素直に従うかというと別問題だ。

 事実、藤丸圭は風間少佐からの拘束──言い方こそ救護のための移送だが実態としては、明日香が見せた戦略級魔法の確保だろう──を受け入れがたく、反発の意思を示そうとしている。

 そしてどちらもまだ動きださないのは、それが魔術師と魔法師、あるいは軍との決裂の引き金になることをお互いに懸念しているがゆえだろう。

 だがそれもタイムリミットが迫る。

 藤丸圭の見立てではすぐに治療を開始しなければならないほどに明日香の状態は危機的なのだろうから。

 そして時間が限られているのは軍としても同じ。

 ゲリラ勢力による破壊活動はあらかた鎮静化しているとはいえ、まだ偽装揚陸艦をはじめとした敵勢力の駆逐には至っていないのだから。

 風間少佐の、というよりも101旅団の意向としては、ここで彼らが強硬な態度にでるのであれば、国外の定かならない勢力と関係があるらしいという情報を建前に、魔術師に干渉を強める公算なのだろうが。

 ただこれは敵対行動一歩手前。明日香が戦闘不能になり、アストルフォも重傷を負い、藤丸圭も消耗激しい状態は干渉するには好機だが、明らかに魔術師からの心証は悪くなり、以降の協力を得られなくなる可能性すらある強硬策。

 少なくとも信頼関係、信用には値しないだろう行為だ。

 

 達也としては、今その一手まで踏み込むべきかは決断しかねていた。

 もっとも、現在の達也は大黒特尉。軍属として風間少佐からの指示があれば、それが四葉の命令と衝突しない限り従うことになるだろう。

 そして今現在、四葉から達也に魔術師に対する介入についてはなんの指示も出ていない。

 

「待ってください!」

 

 行動を起こしたのは達也ではなかった。

 

「何かな、七草真由美嬢?」

「彼らは魔法協会支部を守るために奮戦してくれたのです。十師族七草として、その助力に対しての報いがこれでは道義にもとります」

 

 真由美が藤丸たちに肩入れするように口を挟んだのは七草が魔術師を取り込もうと画策しているから、というよりも純粋に真由美の気質からくる義侠心と正義感からだろうか。

 幼い、あるいは青いとでも評すればいいのか。

 達也からすれば真由美の言動と行動は時機を見逃していた。

 彼女の父である七草弘一であれば、あるいは同じ行動をしながらも藤丸たちに恩を売り、自分たちの側に取り込もうと言葉を弄しただろうが、真由美のそれは純粋に獅子劫と藤丸たちの行動に対する返礼のようなものだ。

 彼らの力は魔法師からしても軍事力からしても脅威的で、だからこそ獲れるときに獲りにいくべきで、独立魔装大隊の行動は、道義としては正しくなくとも、戦略的には正しい。

 それに真由美は七草弘一から聞いていないのかもしれないが、藤丸には密かに国外の組織勢力と繋がりを持っている疑惑がある。

 今日の騒乱の首謀者とはむしろ敵対関係にあるのかもしれないが、それすなわち国益に利するとは限らない。

 街中での戦略級魔法相当の破壊兵器の使用は口実ではあるが事実だ。それに対して国外組織との繋がり──外患誘致の準備罪は強力な拘引理由だが、そこまで口にしてしまうと引き返すことのできない関係まで駒を進めてしまう。

 風間少佐がそのことを口にしなかったのはそれがためと、物的証拠としても藤林少尉の電子調査能力をもってしても確信には至っていないからだろう。

 そして真由美を援護するかのように十文字克人もまた立った。

 

「彼らに事情を説明する意思があるというのなら、今この場は十師族十文字家が預かりましょう。事情の聴取が必要というのであれば、後日聴取した内容を共有します。それで如何か、風間少佐殿」

「…………いいでしょう」

 

 七草家と十文字家はともに首都周辺の関東地区を監視、守護する役割を帯びており、今回の騒乱においても、藤丸は彼らに助力していたといえる。

 十師族が表向き政治とは無縁であり、独立魔装大隊が十師族という私的な武力を有する集団から分離した魔法集団としての成立過程を有しているとはいえ、彼らを蔑ろにはできない。

 風間少佐は幾許かの逡巡を見せてから、眉間の皺をやや深めて十文字先輩の提案を呑んだ。

 

 

 十文字先輩と風間少佐は、まだいくつかの詰めの交渉を行っているが大勢は決着したと言っていいだろうことに、圭はホッと息をついた。

 先ほどは大見え切ってはみたものの、実際にはかなり厳しかったのが本音だ。

 圭は自身の魔法の腕前も魔術の腕前も一級品からは程遠いことを理解している。

 多少、特異的な能力として先を見ることが得意ではあるが、得てしてそれで問題を回避出来たことは少ない。その程度の能力なのだ。

 他に比較する魔術師は今この世界の表側にはいないので、そういう意味では魔術の腕は一級品と言っていいのかもしれないが、それで一線級の実践魔法師、しかも複数名相手に通用するようなものではない。

 そもそも神秘の濃淡を別にすれば、魔術よりも魔法の方が威力も利便性も遥かに上であるのは技術の進歩という点から見ても明らかで、圭自身それはよく分かっている。

 魔法科高校では優等生として一科生に属しているが、所詮学生レベル。目の前で展開している軍属魔法師たちを相手にできるほどではないし、“風間”の名前を持つこの指揮官魔法師をだまくらかすのは今の圭には難しかった。

 

「父がヘリを手配してくれていると連絡があったから、それに乗せて移送できる」

 

 雫から移動手段についての提案も有難かった。

 

「いやー、それは助かる。ヒッポくんもまだ十分に回復できてないから」

 

 いくらアストルフォが無限に等しい魔力の供給を受けられるらしいとはいっても、供給されるスピードと受容し利用できる速度はアストルフォの霊基に縛られ、それは決して大きくはないのだから。

 

「いいのかい、雫ちゃん?」

「うん、もちろん。だから今は明日香の手当てを」

 

 アストルフォが早々に雫の提案を受けている以上、最早移動手段は雫に頼らざるを得ないが、この状況下で頼ることで北山家に何らかの不利益をもたらさないかとの懸念だったが、それは雫のみならずヘリを手配した彼女の父も織り込み済みらしい。

 すでにヘリはこちらに向かっているとのことだ、それでもまだ今少しの時間がかかる。

 その間にと応急処置を行おうとした圭は、けれども“視線”に気づいて振り向いた。

 

 

 

 

 

 この場でのサーヴァントを巡る戦いは一応の決着がついた。だがまだ戦場全体では散発的になりつつも残党が抵抗しており、敵の部隊も撤退を開始しようとしているころだろう。

 克人とのやりとりを終えた風間少佐は、まずは部隊の者たちに指示を出していた。

 

「……特尉」

 

 そしてその指示に紛れて、風間少佐は物言う視線を達也に向けた。

 十文字家と七草家。十師族の大家である二家への配慮もあってこの場は引いたが、ただ黙って引き下がるつもりはないのだろう。

 “大黒特尉”に視線を向けたのは意図あってのこと。

 その意図するところは達也の利害関係とも一致している。

 サーヴァントの、獅子劫明日香の力の源泉を視る、あるいはマーキングして魔術師の本家への情報界からの調査を行う。

 これまで魔術師の館(藤丸家)は魔法的に、あるいは魔術的に隔絶されていた。

 電子の魔女たる藤林響子ですらもなぜか、電子界からの情報コントロールはできず、侵入を試みようとした魔法師、あるいは非魔法師も数多いたが、その内情は杳として知れなかった。

 けれども今、その主力たる獅子劫明日香は沈黙している。

 先ほど明日香を回復させようとして、藤丸曰く、肉体的な表層情報しか修復できなかった。

 達也の精霊の眼がサーヴァント(明日香)の本質にまだ届いていなかったのだ。

 けれども確かに階に手はかけた。

 魔弾をサーヴァントに干渉させる感触も得た。

 ならば、対魔力とやらが全く働いていないだろう今なら、獅子劫明日香のサーヴァントとしての情報を視ることも可能なはず。

 情報界からの解析。その視線を感知できるのは、深雪か、あるいは同じ瞳を持つ者だけのはず。

 

「意識のない相手の中を覗き見しよっていうのはあまりいい趣味とは言えないと思うけどね、達也くん」

 

 だが、魔術師はその視線を、感知した。

 

「何のことだ、藤丸」

「とぼけるつもりならそれでも構わないけど、君の魔眼で視えているということはこちらからも感知できるということくらいは想定していたのだろう」

 

 そう言って藤丸圭は上着のポケットから何かを取り出した。

 握りこぶしの中に収められたそれが何かを窺い知ることはできないが、達也の精霊の眼(エレメンタルサイト)対策なのだろうことは推測できた。

 しばし睨み合った末、退いたのは達也。

 イデアへの接続を閉ざし、視界を情報世界から現実世界へと映す。

 その違いまでは感知できたとは思わないが、達也の退いた様子に藤丸も握っていた何かをポケットに戻した。

 咎めるような視線が柳大尉から向けられているのが分かるし、風間少佐は流石に表情を変えていないが内心では同様だろう。

 

 この判断が正しいものなのかは未来を視通す千里眼を持たない達也には分からない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──―第四章 Fin──―

 

 

 

 


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