Fate/ School magics ~蒼銀の騎士~ 作:バルボロッサ
1話
西暦2095年10月31日。
西洋における文化圏のみならず、日本においてもハロウィンとして知られるこの日。
あるいはこの日こそが、世界枝の転換点であったのだろうか。
灼熱のハロウィン。
一週間の後にはそう呼ばれるようになったこの日、世界は戦略級魔法の威力をまざまざと見せつけられることとなった。
戦略級魔法とはそのランクが認知された時から、示威においてこそ威力を発揮する抑止の力と考えられていた。
それは魔法師の成立意義とされたのが、核兵器という戦略級兵器が元々抑止兵器としての役割が大きかったことと、その濫用阻止をこそ自らの第一義として世界的な結びつきをもとうとしたからなのだ。
だが数日前、日本の都市部において実戦の中で用いられた流れは、この日において全世界がその威力と危険性を再認識するに至った。
横浜事変と称されることとなったあの事件の日に発動した戦略級相当の魔法が実際にはいくつあったのかは明らかとなっていない。
乱戦の中で戦略級魔法の応酬が行われたとの報告もあったが、本来一撃で都市を壊滅させるほどの魔法を戦略級と称するのだ。それが一度ならず応酬すれば横浜のみならず関東圏が壊滅していてもおかしくはない。だが実際には横浜は武装勢力による破壊と市街戦の爪痕を残すのみで壊滅とまでは至っていない。
あの日たしかに観測されたのは、成層圏にまで伸びる極光の輝きと相模灘沖で発現した中性子爆弾規模の爆発に似た何かの二つ。
少なくともその二つの戦略級相当の魔法が都市を蹂躙しなかったのは、片や空へと向けて放たれたからであり、もう片方は撤退していく敵戦艦に対して海上にて放たれ消滅させたからに他らならない。
ゆえに関東周辺にいた魔法師たち、優れたサイオン感受性を有する者たちであれば、通常の魔法行使ではありえないほどのサイオンの動きに対して何らかの反応を示したであろうが、非魔法師や世界はまだその脅威を知らなかった。
その後日、世界は今度こそ戦略級魔法という禁断の力が解封されたことを知る。
横浜事変に端を発した今回の騒乱は、その収束をもってしても終わらなかった。
大陸半島からの大亜連合艦隊の出撃準備。
奇襲的ゲリラ攻撃によって首都圏での混乱を招くとともに国家の軍事力と密接にかかわる魔法技術ならびに魔法師を奪取・拉致するだけではなく、その混乱に乗じる形で侵攻することも計画の内であったのか。
敵初手における横浜での奇襲攻撃は、対応して素早く展開した独立魔装大隊や首都近郊の防衛軍、魔法師たちの義勇軍、そして民間からの協力者らによって失敗に終わらせることができた。
だが先手を取られ続けているのは否めない。
「大黒特尉、準備はいいですか?」
「準備完了。衛星とのリンクも良好です」
すでに動員を完了し出撃しようとしている大亜連合艦隊に対して、日本の海軍は横浜事変を受けて大慌てて動員を開始しているところだ。
大亜連合と日本との間には第三次世界大戦以降、講和条約も休戦協定も結ばれていない。
それは戦争状態が継続していると言えなくもない。
少なくとも大亜連合側はその意図を隠すつもりはなく、これもその続きの再開にすぎなかったのだろう。
数時間の後には敵海軍は国土への攻撃を開始できる位置まで侵攻し、対する防衛側の海上戦力の動員は間に合わない。動員が可能な陸と空の兵力だけでは苦戦は免れなかった。
「マテリアル・バースト、発動準備」
「準備完了」
だが現代においては純粋物理な火力兵器によるだけの軍事力は、もはや国力を表すバロメーターになり得ない。
「マテリアル・バースト ──── 発動」
上官である風間少佐の指令を受けて、彼は引き金を引いた。
そこに想いはない。
誇るべき武勇も、殺戮する敵に対する慈悲も、容赦も、憐憫も、憎悪も、人が人として相対するのであれば抱くはずのあらゆる想いを置き去りにして、古代インドにおける破壊神の名を二つ名された魔法師が破壊の魔法を発動させる。
対馬要塞から海峡を越えて大陸の半島、鎮海軍港へと放たれた一撃の魔法は、太陽の具現と比喩されるほどの地獄をそこに顕現させた。
計測不能の高熱が船体や基地のあらゆる金属を蒸発させて消し去り、音速を超えて広がった熱線と衝撃波と金属蒸気の噴流によって艦隊も港湾施設も消滅した。
近くのモノも、人も、全てが蒸発した。少し離れたところにあったモノや人は爆発し、焼失した。
全てが紙屑を燃やし尽くしたかのように焼滅した。
その中には世界の軍事的バランスを崩しかねない要因、公的に認められた十三人の戦略級魔法師の一人までもが含まれていたが、その命すらも何の価値もないかのように燃え尽きたのだった。
魔法を放った側の見解では民間人の居住する都市には影響を及ぼさなかったというのは、果たして不幸中の幸いと喜んでいいことだったのか。
✡ ✡ ✡ ✡
✡ ✡ ✡ ✡
論文コンペの日から2週間が経過していた。
横浜の国際会議場には、一高からコンペの関係者以外にも大勢の生徒が応援や聴衆として赴いていたが、幸いにも死者や行方不明者、目立った怪我を負った者はいなかった。
会場での混乱を素早く治め、現生徒会長の中条あずさの指揮のもとに速やかに避難したこと。服部や沢木といった警備にも参加していた武闘派の生徒たちが、遭遇したゲリラを撃破したことなどが功を奏したのだろう。
避難通路が崩落し、サーヴァントと遭遇するという危機的状況も一度はあったが、サーヴァントとしての力を振るった獅子劫明日香によって撃退されたとのこと。
ただ怪我がなかったからといはいえ、突如として戦場に放り込まれたことで動揺は大きかった。とはいえ、学生たちの立ち直りが早かったのは彼らが魔法師であるからか。
「おはよう、ほのか、雫」
「おはよう、深雪」「おはよう」
軍属としての籍を有することを明らかにした達也は数日、学校を欠席して、ほのかなど友人たちを心配させたが、一週間が経つ頃には復帰していた。その数日沈み込んだように沈鬱になっていた深雪も、今はすでに日常を取り戻したかのようだった。
「獅子劫君は、……まだ来ていないのね」
「…………うん」
深雪がぐるりと教室を見回し、雫は目を伏せた。
あの日、激しいサーヴァント戦を繰り広げた獅子劫明日香と藤丸圭は、日常へと回帰した今になってもまだ姿を見せていなかった。
横浜事変において、セイバーのサーヴァント、ルキウス・ヒベリウスを死闘の末に光の剣で消滅させた明日香は、意識不明のまま北山家のヘリで移送した。
その際も屋敷へは着陸する場所の問題から藤丸家へは行かなかった。魔術師としての二人に配慮したためであるが、そのため明日香がその後どうなったのかは、二人が学校に登校しておらず、連絡もないことから分かっていない。
あるいはもう戻ってこないこともあり得るのかもしれない。
古式魔法師にしても現代魔法師にしても、名家と評される家門は自身の情報を出し惜しむ。
現代魔法の発展のために広く魔法式を公開し、研究している動きはあれど、こと家系における独自魔法や戦闘系にも応用の強い魔法は秘奥とされることが多い。
他家の魔法を深く詮索しないというマナーがあるのもそれがためだ。
ならば魔法師の源流たる魔術師が、現代において多くの情報を伝えずに消えた彼らだからこそ、情報を秘匿しようとするのは有り得ることだろう。
以前、藤丸が魔術について行った説明によれば、魔術の源は神秘。
多くの人が信じることにより力を増す一方で、多くの人に識られることで力を失う。
そうして現代魔法がかつて超能力や魔術と呼ばれた異能の数々を解明していったことが、魔術師の衰退を招いたのだとも言っていた。
だからこそ、こうして彼らが姿を見せなくなったのは、これ以上魔法師と関わることを止めたからだとも考えられる。
自分を助けてくれた魔法使いが、自らの正体を知られたら去ってしまうというのは何のおとぎ話であったか。
「………………」
日常の光景から空席となっているのは獅子劫明日香だけではない。日常になりつつあった中に、横浜事変で消えてしまった
暴走する神霊として雫たちのみならず横浜の街そのものすらも葬り去らんとした“
鮮やかな赤い髪の、可憐な少女。
友達になれたと思っていた。
大昔の英雄譚の登場人物というのは、サーヴァントとして成立しているのだから知識としては知っていた。
けれど実際に話して、触れ合うことのできた彼女は、等身大に感じていた彼女は、雫やほのか、深雪たちのように誰かに恋して、誰かを愛して一途にその心を捧げて一生懸命だった女の子だった。…………だったと思っていた。
だから、淡い花のような微笑みを浮かべながら焔と大地に消え逝く彼女が、本当に数週間を共に過ごした英霊だということを、もう消えていなくなってしまったのだと、その喪失を納得できてはいない。
最後に明日香を見た時の光景が目を閉じた雫の瞼に浮かぶ。
鮮烈な輝きの向こうに立つ騎士の背中。
赫光の雷を切り裂き呑み込む極光の輝き。
そして倒れて意識を失う、今までに見たこともないほどに消耗した姿。
あれが明日香と会えた最後の時であったかもしれない。
そう思うと胸の奥が絞めつけられるようだった。
あれが終わりであったなんて────―
「やぁやあ、久しぶりだね。雫ちゃん、ほのかちゃん、司波さん、といっても2週間ぶりほどだけど」
何事もなかったかのように扉を開けて入ってきた声は、望む者の声ではなかった。
だがその声の主はこの2週間音沙汰の無かった魔術師のもの。
彼もまた、あの日の騒乱において強い疲弊を見せていた。
「2週間ぶりですね、藤丸さん。お加減の方はもうよろしいのですか?」
「どうも、司波さん。いやまぁ、僕の方は割と早く回復はできていたのだけどねぇ。ハロウィンのあれこれで色々と忙しくて……」
ハロウィンの、という言葉に深雪は眉をぴくりと動かして反応した。
魔術師・藤丸が酷く煤けたような雰囲気を漂わせているのは、魔法師や世間一般でも大きな話題になった“灼熱のハロウィン”が、魔術師である彼らにも騒乱をもたらしたということなのだろうか。
祭事としての意味合いのあったハロウィンの意義は遠い昔、今世紀の初めごろに見られたバカ騒ぎ的なお祭り騒ぎをするという意味でのハロウィンも、世界的な群発戦争や寒冷期を経て後、自粛ムードが続いたことで昨今は落ち着きを見せていた。
ただ今年に限って言えば、そして今後ハロウィンという用語は、あるいは魔法師にとって特異な意味を有することになるかもしれない。
機械兵器やABC兵器に対する魔法の優越を決定づけた出来事の日、魔法師にとっての歴史の転換点と。
「いや、ほんと……タイヘンだったよ……ほんとに…………はろ…………」
遠い遠い、虚無を見通すかの如く、感情が摩耗したかのような、死んだ魚のような目。
灼熱のハロウィンのもたらしたものが、果たして魔法師ならぬ魔術師に対しても影響あることなのかは分からない。いや、むしろ世界の影であったはずの異能が世界的な軍事力の担い手になることで影響がないはずはないだろう。
それを成した人物が誰かを深雪は知っている。
歴史の表に、世間に報せることなどできないが、他ならぬ愛しの人こそが、その宿命の担い手に祀られてしまったのだから。
「藤丸。明日香は、無事、なの……?」
一方で圭が遠い目をしている理由よりも気になることがある雫は、逸る気持ちを返ってくるかもしれない答えへの不安に圧し潰されそうになりながら尋ねた。
相方である藤丸圭が来たのであれば、なにも言わずに彼ら二人が姿を隠すということはないのだろう。
だが──────────―
「ああ、明日香かい。無事だよ、一応」
「一応って、どういうこと」
「気になるかい?」
返ってきた答えはなんとも頼りない不安になるような答え。ただあっけらとした様子からは最悪の状態ではないのだろうとは思う。
雫の表情は険しい。
2週間が経ってなお、姿を見せたが圭だけだというのは明日香の状態が余ほどに悪いのではないかと不安にさせるから。
親友のほのかはそんな雫の様子を不安げに見守っている。
そんな少女たちの様子に圭は苦笑すると胸ポケットから一切れの折りたたまれた紙を取り出して雫に差し出した。
「はいこれ」
反射的に受け取ったそれは、手書きのメモ用紙。
現代では書簡のやり取りの多くはメールで済まされるようになり、ちょっとした備忘録であっても携帯端末によるやり取りが主流となっている中で紙媒体というのはよほど重要なことか、でなければ古風なものだが見慣れないほどではない。
記されていたのはどこかの住所。
2週間前、思い浮かべた地図上では明日香たちを乗せたヘリを着陸させた場所に近いようだが。
「覚えたかい、雫ちゃん」
「……覚えたけど」
そう言うと圭がパチンと指を鳴らし、瞬間、雫の手に在ったメモ用紙はまるで幻であったかのように花弁になって散った。
まるで手品。
それとも彼が常々嘯いている花の魔術師とやらを演じたものか。
「明日香だけど、まだちょっと本調子ではなくてね。お見舞いにでも来てくれたら安心できるんじゃないかな」
「お見舞い?」
「そ、お見舞い。今週の土曜日とかどうかな」
それは魔術師から誘いの招待状。
藤丸圭のにこりとした微笑みは胡散臭そうで、正直二の足を踏みそうになる。けれどもそれ以上に明日香のことが気にかかる。
──魔術師の館への招待状。それは…………──
深雪には雫の手の中で花びらとなって消えた招待状の中身は見えなかった。
「ああそうそう、お見舞いなら、何人か知り合いが居ても問題はないけど、あまり大勢で来られるともてなしが十分できなくなってしまうからね。真由美先輩なんかも呼んでくれると、僕としては嬉しいね」
魔術師たちの2週間の出来事・・・・・・・
この国の年号が令和・平成とされた時代は遠く去り、21世紀もあと僅かな年月を残すこととなった。
魔術、超能力、呪術、そういった異能の存在が暴かれ、白日の下に晒された。神秘の衰退はより一層のものとなり、かつて魔術師たちが追い求めた“魔法”はその意味すらも変えられて社会文明に投げ出された。
「えぇぇ………………………………」
「これは………………………………」
かつて、カルデアのマスターは数多の時代を探索し、幾つもの人理定礎を修復してきた。
それには魔術王と名乗った存在が仕組んだ特異点の解決に加えて、人理焼却の余波を受けて歪んだ自然に、あるいは不自然に発生した聖杯による微小特異点の修復もあった。
「なんというか……これは、なんというか……えぇぇ…………」
歪んだマンションや夢中の監獄のような魔術王の使嗾によって成った微小の特異点だけではなく、どこからともなく聖杯を拾ってきたサーヴァントによって成立しかかった微小特異点をも、カルデアのマスターは修復のために駆けた。
「あの下の方の部分は逆さになったピラミッドだよな。たぶん初代の言伝にあったチェイテ城の怪だと思うけど、肝心のチェイテ城は上からも下からも圧し潰されて真っ二つになってるし」
その話――――というより与太話だと思っていた昔話が事実であったことは、この日を以って体験によって確認できたわけだ。
「というか門だけ無事だけど明らかにチェイテ城と時代も様式も違うというか、あれは絶対に影の国とか異界につながってるよね。全部まとめておでんみたいに串刺しになってるけど串の部分のあれは最果ての塔? そもそも空中に浮かんでるあそこに行くのにどうすればいいかというか、チェイテ城(?)浮いてるし。あの下、あれもう明らかにファーストステージというか1面みたいに見えるんだけど」
「1面どころか8面くらいありそうだな」
だが、平成に置いて行かれた分からの久々登場と言わんばかりの、盛りに盛っている成長具合というか壊れ具合はどういう訳か。
「初代はこれを2週間かそこらで踏破したという話だけど……どうする明日香?」
「どうするもこうするも……行くしかない。……んじゃないかなぁ……」
まさか
「――――――――!! ――――――――!!!!」
「うん?」「げっ!!」
果たしてその答えとばかりに叫ぶ声が、最新最後のカルデアの者たちを、容赦なく呑み込んでいった。
2週間ほどレムレムやってました。