Fate/ School magics ~蒼銀の騎士~   作:バルボロッサ

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2話

 

 見上げるほどの高さの門の上には、都会には珍しいことに一羽の雀がこちらを見下ろしている。

 小鳥が「ちちゅん」と小首を傾げる様は、現代ではあまり見ない光景だけに物珍しい。

 とはいえ、それが日常からかけ離れた、不踏迷宮への入り口かといえば、そんなこともない。

 

「ここが獅子劫の、いや藤丸の屋敷か」

 

 閉ざされた門を前にしているのは雫や達也たちだけではなく、厳めしく門を見上げている十文字克人と七草真由美がここにいるのは、果たして藤丸圭の思惑通りなのか。

 雫は藤丸から見せられた招待状、覚えるやすぐに熱もなく燃えてしまった紙片を思い出す。その住所は間違いなくここ。

 

 真由美と克人は必要があったが、摩利や桐原たちは学年が違うことから遠慮し、同学年であっても美月は魔術師の館ということもあって気後れしたのか遠慮した。

 そのため今日来ているのは先輩二名と司波兄弟、そして雫と同行のほのか、そしてエリカと幹比古とレオの9名だ。些か多いが全員が横浜事変で藤丸と共に戦っていた者たちであり、この人数であれば、冗談めかして藤丸圭が言っていた大勢には該当しまい。

 

 招待状を受け取ったのは雫のみで、友人を、と言われてほのかと深雪が来るのは自然の流れであった。そして深雪が来るのならば達也が来るのも当然の理。

 それに加えて十文字先輩と七草先輩が来たのは、横浜事変の際の約束に基づいてのものだ。

 

 あの時、意識を喪失して重傷の状態となっていた明日香を一刻も早く藤丸の屋敷に連れていくため、真由美と克人が魔術師二人に対する責任のいくらかを持つと独立魔装大隊の軍人たちに宣言した。

 その事情聴取を行うつもりなのだろう。

 横浜の空を斬り裂いた極光の斬撃。あの時のサイオンの乱流、あの威力は、魔術と魔法の違いこそあれ戦略級魔法に相当する。

 戦略級魔法は国家間の軍事バランスを担う。

 そも、戦略級魔法とはその定義からして一度の発動で都市をも壊滅することができる魔法だ。先日の“灼熱のハロウィン”での大陸半島部での被害を見れば、その運用は個人ではなく国家によって担われるべきであるとの考えも的外れではなく、その責は到底個人で賄いきれるものではないのは明白。

 かつての核兵器がそうであったように戦略級魔法とは大国間の抑止的兵器としての使われ方をされてきた。

 魔法の成立過程として意味づけられているように、核兵器が禁じられて以降、強力な魔法師は国家にとって重要な戦力であり、兵器だ。

 その戦略級魔法を行使しうる者が国家の監視や監督から外れているというのは国家や軍にとってテロリストが野放しになっているのと同等か、それ以上の脅威であるとの見方も、仕方ないと言えなくもない。

 そんな戦略級“魔術師”を克人と真由美は十師族の魔法師として庇ったのだから、その監督に責任を持つのも分からなくもない。

 だが彼らが藤丸たちを庇ったのは彼らの個人的感情だけではなく、十師族として、これまでサーヴァントによる超常的な脅威を体験し、対処しようと試みてきた者として、今性急に藤丸(魔術師)たちを拘束しようとして敵対感情を煽るわけにはいかないとの思惑があるから。

 だからこそ、今度こそ事情を知るためにやってきた。

 横浜事変においてだけではなく、今この世界に脅威として現れてきているサーヴァントという存在が、なぜ現れ、藤丸たちは彼らと敵対し、あるいは共に戦っているのかの理由を知るために。

 

 ちゅん、とまた一羽の雀が門の上に降りてきた。

 

 前世紀の頃から、ブームが来ては去っていくような環境保全の影響で東京においても緑地はある程度回復しているが、首都機能を決して手放しはしない東京にあっては人口過密と偏重は解決されていない。

 古くから人は文明の発達とともに森を切り開き、生活圏を広げ、さらには自然を支配しようと試みてきた。だからこそ、人あるところでは本来の自然が回帰することはない。それは文明を手放すことと同義なのだから。

 藤丸たち曰く、魔術とは魔法や科学とは異なり、未来ではなく過去に向かうものだという。魔術は最早今の世界にあるべきものではなく、間もなく消え逝くものなのだ。

 であればこそ、この世界に残された魔術師の館が緑に囲まれているのは道理とも思えた。

 

 今また一羽の雀がやってきてその隣に降りた。

 そろって小さく鳴き、こちらを見下ろしているのは、よほど人馴れしているからか。

 門の向こうに見える敷地には緑が多く、屋敷を伺うことはできないが、それでも都心から隔絶しているわけではない。

 ただ何となく、こういう所もあったのかと、誰しも思うような隙間に存在していたかのような場所だ。

 敷地も、見たところ一般家庭に比べればかなり広い敷地のようだが、有数の富豪である北山家ほどではない。ただ、やはりどういうわけか木々の向こうにあるはずの屋敷を覗くことができないのだ。

 

「それで。インターフォンが見当たらないけど、勝手に入っていいの?」

「いや、エリカ。招待状があるとはいえ魔術師の館だ。不用意に入らないほうがいい、と思う」

 

 インターフォンも呼び出しボタンもついてはおらず、屋敷自体が見えないのだから呼びかけても聞こえはしないだろう。

 そもそも見舞いにきてそんな大声を出すというのもおかしな話だ。

 人を迎え入れる気のないことを表している門構えにエリカが呆れたように門に手をかけ、幹比古は少し慌ててそれを止めた。

 周囲には出入りを監視しているカメラのようなものもないので、どうやって来訪者のことを知るつもりなのかは分からないが、無断で侵入するのを避けたいのは達也も同じだった。

 

 現存する最後の魔術師、藤丸の館。

 

 軍などの国家権力、魔法協会、そして四葉をはじめとした十師族など魔術師と関わりをもとうとした者たちは多かった。

 それは彼らに対して好意的な近寄り方もあっただろうし、悪意的な近寄り方もあった。

 事実として達也もそうした情報収集が行われていることを知っている。

 あわよくばサーヴァントや魔術の情報を入手するだけに留まらず、そのものを手に入れようというアプローチ。おそらく関東での諜報活動を主として担う七草家も行っていたことだろう。

 そしてそれらの全てが、表の方法にしろ、裏の方法にしろ、意味をなさなかったことも知っている。

 

 人を惑わす迷宮、人呑む冥府の入り口、あるいは魔窟。入れば無事には戻れぬ不帰の魔境。

 だからこそ今回の招待は稀有なチャンスなのだ。

 血気に逸って侵入と見られるような真似は避けたい。

 どうすべきかと困惑している一同に倣うではなく、達也は携帯端末で直接藤丸にメッセージを飛ばそうとして──

 

「うん?」

 

 何かを見つけた。

 

 真由美たちが呼び出しボタンを探して目線の高さあたりに注意していたが、達也の視線は手に取った携帯端末に落としており、“それ”はそんな下方、門の隙間から這い出ようとしていた。

 

「どうしたの達也君?」

「いえ、七草先輩。アレを」

 

 達也の視線をおって真由美もそちらに視線を向けた。

 白い何かがいた。

 

「フォゥ。フォ────―ウん、きゅうッ!」

 

 隙間はその体のサイズギリギリで、ジタバタジタバタと前足をばたつかせていたそれは、一息に力を込めてすぽんと抜け出した。

 小柄な猫かあるいはリスか。

 ただしピンと尖った耳はウサギほどとまではいかないがリスや猫とは違う特徴。長毛の白い毛並みは不思議なことに光に透かすと虹色めいて見え、瞳はアメジストのような色合い。

 地面で擦った体をいまは「きゅうきゅう」言いながら毛繕いしており、胸元に巻かれた赤いリボンと背中の青いマントは、これが不思議な野良生物ではないのだと訴えているかのよう。

 

「フォウ?」

「……なんだこいつ?」

 

 見上げる瞳はつぶらで愛くるしいが、屋敷の敷地内からでてきたということはただの小動物ではあるまい。

 見たことのない小動物の姿にレオが発した問いは皆が抱いた疑問だろう。

 

「リス、かしら……達也くん分かる?」

「いえ、真由美先輩。俺も初めて見る生き物ですが……これは……幹比古、分かるか?」

 

 生徒会長でもあった真由美はつまり3年生の主席であり、それは魔法に関する知識量においても抜きんでていることを表している。そして達也は一年生ながら他のどの学年の生徒よりも、あるいは教師よりも知識に長けると評判の劣等生だ。一高の中でも取り分け知識量の多い二人ですらも見たことのない生き物。

 現代魔法に関することであれば達也は他の追随を許さないと言ってもいい。だがその知識がすべてではないことを知っている。

 

「化成体ではないようだけど魔法生命体、魔術師の使い魔の一種かな?」

 

 魔術とは現代魔法の原典であり、古式魔法の方がそれに近い。

 けれどもその間には明らかならざる断絶(ミッシングリンク)が存在しており、古式魔法としての大家である吉田家にも魔術についての知識はないに等しい。

 ただそれでも見慣れないこの生物が、通常の生命の営みの輪の外にいる存在であることだけは、薄っすらと、本当にうっすらとだが察することが出来た。

 ただ、それ以上を識ろうと手を伸ばすと、ちりっとうなじがささくれ立つような気がした。ただそれだけのこと。

 

 そんな無害で愛くるしい小動物は、向けられる視線に返すようにアメジスト色の瞳を向けて深雪を見て、真由美を見て、ほのかを見て、エリカを見て──―

 

「フォウ」

「え、きゃ!」

「雫!?」

 

 短く一声鳴くと雫の胸に跳び込むように跳ねて、驚いた雫が胸前に回した腕をよじ登り身体軽く肩に飛び乗った。

 

「この子……やっぱりこの子、明日香の……?」

 

 肩口ほどに伸びている雫の髪の裾野に頭を回して、すんすんと匂いを嗅いでいるような行動は、誰かを確かめているからか。

 こんな生き物は見たことはない。

 魔法であっても、魔法ではない生物としての知識としても、雫の記憶にはこの子のような生き物を見た覚えはなかった。

 時の彼方、夢の遠遥にて紡がれるのかもしれない縁は、今の雫には覚えのあるものではない。

 過去において、雫にはこの獣との縁はない。けれどここではない過去(未来)において、雫はすでに縁を繋いでいるという矛盾。

 

「フォゥフォウ!」

 

 一通り雫の肩口を愉しんだ小動物は飛び降りるととことこと門の前まで歩くと、雫たちを振り返りながら今度はてちてちと門を叩いた。

 

「入れってこと?」

「エリカ、気を付けて。それが藤丸の使い魔かどうかは分からないんだ。魔術師の館に無断で立ち入って無事に帰れた魔法師は居ないという話も────」

「フォウ!」

 

 誘われるように門扉を押そうとするエリカを諫めた幹比古の言葉は、誘う小動物に遮られたかのようだった。

 達也は幹比古の言葉が、誇張かどうかはともかく事実に近しいことを知っている。

 四葉本家に今日、魔術師の館を訪れることを報告した時、四葉分家の中でも諜報を担う黒羽家の、子飼いの諜報員が侵入を果たせなかったことや、達也が知る限りにおいてその道の最優のスペシャリストである九重寺の忍びたちですらもここへの侵入が果たせなかったという話を聞いている。

 

「なに言ってんのよミキ。一応私たちはお見舞いに来たんでしょ。ちゃんと招待状も受けてるんだから、無断じゃないでしょ」

 

 もっともエリカの言うことも一理あり、無断で屋敷の扉を開けているわけでもなく、そもそも敷地門扉に呼び出しすらもないのだから、そういうものともとれる。

 あっけらとしたエリカが門を押すと鍵はかかっていなかったのか、すんなりと開き、小動物はするりと敷地へと入った。

 

「フォウ」

 

 ただエリカとそれに続くレオを除いたメンバーが、後に続くか躊躇するのに小動物が振り返り、後に続けと言わんばかりに一声鳴いた。

 

「ここで待っててもしょうがないでしょ。玄関まで行けば出てくるわよ」

「といっても、ねぇ……十文字君?」

「千葉の言うことももっともだ。進むとしよう」

 

 エリカの言葉に、真由美は不安げな顔を克人に向けるが、厳めしく頷いて門を通った克人に続いて達也と深雪が中に入るのを見て、真由美はため息を一つついて皆に続き、戸惑っていた幹比古も意を決して足を踏み入れた。

 

「チュチュん?」

「チュンチュン」

「チュンチュチュン」

 

 扉が閉まり、その構えの上に止まって彼らを見送った雀は9匹ほどになっていた。

 

 

 

 

 

 ✡ ✡ ✡ ✡

 

 

 

「広いな」

 

 敷地に入り、小動物を先頭にしてしばらく歩いている克人たちだが、思った以上に、あるいは不思議なほどに敷地の中は広く見えた。

 なにせ入ってきた門がすでに見えなくなっているのにもかかわらず、屋敷はおろか建物の一つも見えず、まるで森の中にでもいるかのように草木しかあたりには見えないのだから。

 

「敷地面積からすればありえない景色です。おそらく何らかの魔法、いや、魔術がかかっているのではないでしょうか」

「お兄様、それは古式魔法の奇門遁甲のようなもの、ということでしょうか?」

「おそらく。だが幻影魔法の類のようなものにしては、()()()()()()()()()

 

 古式魔法、奇門遁甲。

 横浜事変の際に大亜連合の指揮官である魔法師が使っていた魔法で、方位を見失わせる魔法。

 魔法協会支部の建物への侵入に使われたそれを、深雪は美月と幹比古の助力を得て破ることに成功していたが、これはその時の術よりも奇怪な術に見えた。

 屋敷までの道筋が分からないのだから道に迷っているというのとは少し違うのかもしれないが、そもそも達也の言うように、都内にある敷地の屋敷としては藤丸家の敷地はかなり広いとはいえ、明らかに外から見た敷地面積の目測と中に入ってからの体感とがかけ離れすぎている。

 まるで本当に異界に迷い込んでしまったような気さえし始めていた。

 先導している白い獣は果たして実在するものなのか、夢幻のものなのか。その白く柔らかなモコモコの毛並みと揺れる尻尾が現実感を一層あやふやなものにしているかのようだ。

 

「あら? お客様?」 

「──!?」

 

 不意に声がかけられた。

 それは達也にとっても、そして克人やエリカたちにとってすら不意なこと。

 

「ふふふ。お客様がいらっしゃるなんて、本当に久しぶり。ねぇ、お茶会をしましょう?」

 

 振り向いた先にいたのはワンピースの黒いゴシックドレスに身を包んだ小さな少女だった。 

 腰ほどにも長い銀髪を三つ編みにして、頭には黒い帽子を被り、口元を手で隠して淑女らしく微笑んでいるが、その表情は無邪気な子供そのもの。

 

「お茶、会? えっと、あなたは藤丸くんの妹さん? 私は七草真由美。藤丸君から聞いていないかしら」

 

 顔立ちは圭とも明日香共に手は居ない。どちらかというと灰がかった髪色の圭と似ていると言えなくもないが、どちらかに妹がいるという話は今まで聞いたことがなかった。

 真由美の背丈も低いが少女の身長はなお低く、小学生といったところだろう。腰を屈めて目線の高さを合わせて話しかける真由美に、少女はキョトンとした顔になり首を傾げた。

 少女の目は小さな白い獣を捉えていた。

 

「あら……、そう。あなたたちは…………」

 

 あっ、と言う間もなく、少女は身を翻すと林の中に消えてしまった。

 

「なんだったんだ今の? 藤丸の妹か?」

「私が知るわけないでしょ。雫は? 明日香か藤丸圭に妹がいるって聞いたことある?」

「ううん。聞いたことない」

 

 樹木が生い茂っているという程ではないにもかかわらず、少女の姿が暗闇に消えるように見えなくなってしまったのは、やはりここが結界の中なのか、幻影魔法に彼らが囚われてしまっているからか。あるいは先ほどの少女の姿そのものが幻影魔法なのか。

 真由美と同じ予想を抱いたレオだが、その答えはなく、エリカの問いに対して雫も首を横に振った。

 

「フォウ!」 

 

 白い小動物が一声鳴き、再び先を促した。

 

 

 

 

 

 

 

 歩き始めた道行は先ほどまでと同じだったが、どことなくぎこちなさを、あるいは薄気味の悪さを感じていた。 

 魔術師の屋敷。

 たとえば魔法師の中でも十師族のそれは、すなわち魔法開発の途上期に国家により主導された研究成果の集積と同義であり、相応の設備を誇っている。

 特に悪名高い四葉などはその場所でさえ秘匿されているほどだ。魔法の開発というのはそれだけ秘匿性の高い研究成果であり、それは倫理に反するものである。

 あるいは魔術師の屋敷というのはそれに匹敵するものなのかもしれない。

 

 達也再び誰かの声を聞いたのは歩くのを再開してからほどなくで、その声はひどく蠱惑的に魔法師たちの耳に届いた。

 

「ふふふ。あかんなぁ、案内もおれへんのにフラフラとしとったら、あぶないえ? 彷徨い歩いとる鬼に、がぶぅと、いかれてまうかもしれへんよ?」

 

 今度は何だと、思い振り向いた達也が目にしたのは、耳の蕩けそうな声の主らしい少女だった。

 先ほどの少女とは異なる。

 背丈としては決して大きくはない。だがその声、その眼差し、立ち居振る舞い、それらが男女を問わず人を蕩けさせるかのような存在。

 蠱惑的な装い。

 片手に持つ大杯になみなみと注がれている透明な液体は酒精を孕んだ何かなのか。うっとりと見惚れるような動きで喉を蠢かせて大杯を傾けて飲む少女の笑み。

 

 知らず、一行の周囲には桃色がかった靄のようなものが、彼ら彼女らの思考を蕩けさせており────

 

「フォウ!」

「──―!!?」

 

 今までの鳴き声よりも険を帯びた固い鳴き声に、達也たちはハッと我に返った。

 桃色がかった靄のようだった思考がクリアになり、改めて少女を見た。

 

「なぁんや。残念。こわいこわい案内がついとったんか」

 

 先ほどまでの蠱惑的な声はそのままだが、その声音は興覚めしたかのように、先ほどよりも白けたようで、鬼の少女は姿を消した。

 

「えっ! 消えた……」

 

 妖艶な少女の姿は掻き消え、追おうとした真由美の手は宙をさまよった。

 

「おそらく霊体化、というやつだろう。だが今のは…………。魔術師の館に踏み入ろうとした輩が無事ではすまない、というのはあれのせい、か?」

 

 サーヴァントという存在は実体があるようにみえるが、基本的には霊体と呼ばれる存在であることは克人も藤丸たちに聞いて知っている。

 そしてあれから感じることができたのは、悪の性状。世に混沌を撒き散らし、人に害悪をなす気配。

 

「お兄様……」

「ああ。あれは……鬼、か?」

 

 少女の額には明確に人とは異なる特徴──すなわち2本の角があった。

 英霊とは伝承などにより人の思いの具象化したものであるという。ラーマやシータのように神話・英雄譚に語られるような存在からグリムのように近代において著名に知られ、人の口伝てにその在り様を語られるような存在。

 メフィスト・フェレスの襲撃の際には悪魔のようなものまでいたのだ。ここが日本なればこそ、鬼と呼ばれる存在が在ってもおかしくはないだろう。

 

 ただ達也にしろ、克人にしろ、あれにはかつて遭遇したサーヴァントと決定的に異なる違和感を覚えていた。

 すなわち、存在の希薄さ。

 サーヴァントに対峙した時にはいつも、圧し潰されるような圧迫さを感じていたはずが、先ほどの鬼やその前の少女からは気配を絶っているというよりも、存在そのものがあまり感じられなかったのだ。

 

 まるでこの道行きと同じく、其処(彼岸)にあって、其処(此岸)にはないもののように。

 

 

 

 

 

 

 白い小動物の先行きを再び追っていくと、今度は木々の向こうから鼻歌らしきものが聞こえてきた。

 ここには誰も来ないから、ここを訪なう者はいるはずがないから。

 他者には決して見せない内心をこっそりと楽しんでいるかのような鼻歌。

 

 木の迷路の先には花畑があった。

 一面の黄色い花。

 そこには少女が一人、鼻歌交じりに如雨露で水を遣っていた。

 慈しむように、懐かしむように。

 目深にかぶったフードの端から、長い金髪が風に遊ばれている。

 

「フン♪ フン♪ フ、ん? ………………」

 

 不意に少女の鼻歌が途切れた。見ればフードの少女は雫たちの視線に気づいたようで、唖然としてこちらを向いていた。

 その手にある如雨露から暫し、水が流れて、そして止まった。

 

「ぎゃわっ!!?!? なななっ! なんでここに普通の人間が来ているのだわ!?」

 

 愕然と、動揺が丸わかるような反応をしたフードの少女は慌てて身を翻した。

 

「待って!」

 

 今度こそ、と静止を呼びかける雫の声は風が吹き上げた黄色い花に遮られるようにして、少女の姿をかき消す。花畑に舞う黄色い花びらは不思議なことに達也の知覚すらも覆い隠すように舞い上がり、視界を遮る。

 

「────―まったく」

 

 ただ、その先には道なきの道ではなく、それまでとは異なる者があった。

 

「出迎えようと思ったら、こんなとこまで入って来て。魔術師の工房に随分と無防備な」

 

 灰がかった髪は風に踊り、稚気を湛えた口元はどこか冷ややかさを帯びている。

 

「まぁ、招待状を送ったのはこちらだ。ともかく今回は歓迎の意を示そうじゃないか。ようこそ魔法師のみなさん。久方ぶりの花の魔術師、藤ま「ドッフォ────ゥ!!!!」ぶふぉぅ!!!」

 

 見ようによっては苛っとするその顔に、白の小動物が容赦なく、コークスクリューが如くに全身に回転を加えて弾丸のように、その小さな手に在る肉球で藤丸圭の頬にぶちかました。

 

 

 

 

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