Fate/ School magics ~蒼銀の騎士~   作:バルボロッサ

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6話

「何故お前がここにいる!」

 

 今年の首席入学である司波深雪、その兄である司波達也が風紀委員の本部へと踏み入れた際に彼を出迎えたのは同じ一年生の――もっともあちらにしてみれば同じとは言い難いだろうが――男子からの怒声だった。

 

「いや、それはいくらなんでも非常識だろう」

「あっはっは!」

 

 その横にいるこれまた同じ学年の男子がケラケラと腹を抱えて爆笑しているのを横目に達也は呆れ声でため息をついた。

 

 昨日、玄関口にて深雪や二科の友人とともに帰宅しようとした達也は、今現在怒声を上げた森崎をはじめとした一科生に遮られひと騒動起こしかけたのだった。

 風紀委員長や生徒会長にも目撃され、校則違反どころか法律違反すらも問われかねないところまで発展しかかった騒動は、しかし幸いにも達也が上手く取り成したことによって丸く収まった。

 ただし、一泡吹かせられた形になった(と森崎は思っているのだろう)プライドの高い一科生にとって、達也は苦々しい存在であると印象づいたことだろう。

 入室早々、理由も問わずに青筋浮かべて怒鳴り声を上げた森崎の態度が如実に示している。

 もっとも、達也がここにいるのは本人にとっては心ならずも上級生(それも副会長)と模擬戦をしてまで実力を証明した結果であって、生徒会から風紀委員に推薦された結果だ。

 ただでさえ面倒ごとの予感しかしない推薦結果だというのにいきなりこれではため息もつきたくなるだろう。

 

「なにぃ!!」 

 

 一方で森崎の方はそんな達也の態度を挑発ととったのだろう。今にもつかみかからんばかりの形相で詰め寄った。そして隣の少年――たしか食堂で森崎を挑発していた“魔術師”の彼はそれを止める気がないらしく、しかし達也に詰め寄る森崎の背後に立つ人物を見て、そそくさと退避していた。

 

「非常識なのはお前の方だ、司波!! 僕は教職員推薦枠で今日からこの風紀、いッ!!!」

 

 他の風紀委員の先輩方がいる前で森崎は背後に気づかずに達也に怒鳴り、その後頭部をスパーンとはたかれた。

 

「やかましいぞ、新入り!」

「ひっ、渡辺委員長!!?」

 

 ちゃっかりと退避した藤丸をよそに、背後に気づいていなかった森崎は振り返った真後ろに風紀委員長が立っているのを見て恐れおののいた。

 

「この集まりは風紀委員会の業務会議だ。ならこの場に風紀委員以外のやつがいる訳がないだろう」

「申し訳ありません!」

 

 昨日、玄関口での騒動の際に危うくしょっ引かれるところだったことを思えば、慄きも当然だろう。

 直立不動から頭を下げる森崎は、しかし横目で達也を睨みつけており、達也はため息をついた。

 

「はぁ……」

「いやぁ、初っ端から笑わせてもらったよ。え~と、たしかシヴァさんのお兄さんだったよね」

 

 入室時点からすでに風紀委員になってしまったことに疲れていそうな達也に、先ほどまで腹を抱えて笑っていた薄情者が、これ見よがしに目尻に涙を残したまま話しかけてきたのだから、あきれたものだろう。

 だが話しかけてきた人物が人物だけに、達也はそれに応じた。

 

「ああ。食堂であったな。司波達也だ」

「おや? 覚えていてくれたのかい。藤丸圭だ。気軽にケイとでも呼んでくれて構わないよ」

 

 すでに何人かの風紀委員を紹介されている達也だが、彼らは一科生二科生のことにあまり執着せずに実力があればいいといった態度であったが、圭はそれよりもさらに頓着のなさそうな態度で話しかけてきていた。

 それを見て森崎はまた忌々しそうな顔になっているが、さすがに先ほど叱責を受けたばかりで、本来は校則で禁止されている差別発言を、取り締まりの総本部でやらかすほど馬鹿ではなかったらしい。

 

 ニコニコ顔の同級生に、しかし達也はその笑顔がまるで違う価値観の生物を見るような目であることに気づいていた。

 なぜならば、この藤丸圭こそが魔法科高校における異端児。魔法の祖たる魔術を今に伝える魔術師(メイガス)なのだと、一般人ならざる彼は知っているから。

 

 

 

「全員揃ったな? そのままで聞いてくれ」

 

 達也の懸念や森崎の不満を他所に、メンバーが全員そろったころを確認した風紀委員長の渡辺摩利が一同を見回しながら会議をスタートした。

 

「今年もまたあのバカ騒ぎの一週間がやって来た。風紀委員会にとっては新年度最初の山場になる」

 

 このあたりは達也にとっては昨日聞いたばかりのことだ。

 この一校では部活動に対しても積極的な活動が行われており、魔法系競技、非魔法系競技問わずに多くの実績を残している。

 そして学校側もそれを推奨しているために毎年新入部員の勧誘は過激といってもいいほどに賑わしく行われる。

 

「この中には去年、調子にのって大騒ぎした者も、それを鎮めようとして更に騒ぎを大きくしてくれた者もいるが、今年こそは処分者を出さずとも済むよう、気を引き締めてあたってもらいたい。いいか、くれぐれも風紀委員が率先して騒ぎを起こすような真似はするなよ」

 

 通常の高校ならともかく、一校は魔法科高校だ。そのため勧誘時には魔法が飛び交う事態に発展することもある。本来は特に許可された時以外は魔法の使用も魔法演算補助具であるCADの携帯も認められていないが、部活動やそれに関連する成績をアップさせたい学校側は、この賑わしい勧誘行動を積極的には禁止していない。どころか入試成績上位者のリストが秘密裏に部活間で出回るなど推奨している節があるくらいで、デモンストレーションの必要もあることから勧誘期間中はCADの携行も許可されているのだ。

 そしてその毎年のバカ騒ぎでは、取り締まるはずの風紀委員が問題を大きくしてしまうという事態が往々にしてあるということも……。

 達也はちらりと藤丸圭を見た。

 食堂でのやりとりを見るに、森崎は問題ごとを起こすタイプだが藤丸圭は問題ごとを嬉々として大きくするタイプに思える。

 今も渡辺摩利の注意に対して心当たりのある上級生たちが目をそらしたのに対して藤丸は口笛でも吹きそうな、ワクワクとした感じを隠していない。

 もっとも、達也自身もまた騒動の種になるのだということは、今の本人が知るよしもない。

 

「今年は幸い、各部署からの推薦枠が充足した。紹介しよう。一Aの森崎駿と一Bの藤丸圭、そして一Eの司波達也だ。今日から早速、業務に携わってもらう」

 

 そんな不穏な新人に気づいているのかいないのか。摩利が新人三人を紹介した。

 

「役に立つんですか」

「ああ、心配するな。三人ともそれぞれお墨付きだ」

 

 生徒会副会長を模擬戦で倒した生徒会推薦枠の達也。早撃ち(クイックドロゥ)も森崎一門にして一科生で教職員推薦枠の森崎。部活連会頭の十文字克人推薦の藤丸。

 いずれも今の時点ではケチのつけるところはない……わけでもないが、お墨付きは確かだ。

 

「これより、最終打ち合わせを行う。巡回要領については前回まで打ち合わせのとおり。今更反対意見はないと思うが?」

 

 すでに毎年恒例のことで、新人の補充ができた時点で準備は整っているのだろう。打ち合わせといっても今更特に追加することもなく、確認程度にメンバーを見回した摩利。

 

「よろしい。では早速行動に移ってくれ。レコーダーを忘れるなよ。新入りの三人については私から説明する。他の者は出動!」

 

 

 

 

 

 風紀委員長の号令を受けて上級生の委員たちはそれぞれにCADを携行して巡回を開始し、新人の3人は彼女から簡単なレクチャーを受けた後に巡回へと出た。

 

「ところで先輩。これから私はどちらに連れて行かれるのでしょうか?」

 

 そしてその場で分かれた達也と森崎とは別に圭は風紀委員長に同行するように言われて連行されていた。

 

「真由美から連れてくるように言われていてな。生徒会室だ」

 

 風紀委員本部で分かれた達也と森崎は、風紀委員長のいる前では一応殊勝な態度をとっていたが、二人が離れた途端にまた森崎がなにやら達也に因縁をふっかけていたのを圭は見ていたし、あの大声では隣を歩く彼女も気づいているだろう。

 ただ一科生の無駄なプライドは斟酌するつもりがないのか呆れているのか、戻ることはなく連れ立って生徒会室へと向かっていた。

 

「なるほどなるほど。先輩との甘い逢瀬かと期待してしまいましたよ。いや残念残念」

 

 風紀委員の本部と生徒会室は業務で連携することも多い都合上なのか、直結しているのだがその短い道行きの合間ですら圭は上級生にしてこの学校の三巨頭の一人を呆れさせていた。

 向ける眼差しは白く、ピシッとした彼女の雰囲気と相まってなかなか鋭いものがあるのだが、圭はむしろ嬉しそうにも見えるくらいにニコニコ顔だ。

 

「君は随分と……いや、十文字から聞いていた話とだいぶ違うな」

 

 摩利が部活連会頭の十文字克人から聞いている情報によると、今年入ってくる魔術師(メイガス)の二人は、ある事件で彼や真由美の妹と出会ったことがあるらしく、率先して事件解決に協力して颯爽と真由美の妹を助け出した王子様かナイトかという人物像であった。

 だが軟派で愉快的な感じが漂っているこの新入生からは、残念ながらナイトや王子様という言葉は到底当てはまりそうにない。

 まして情報源はあの厳つい十文字克人なのだ。真由美の妹にしても王子様呼ばわりしているところからは夢見がちな感じがしないでもないが、それでも十師族の一員なのだ。世間知らずのお馬鹿さんなどでないのは知っている。

 

「ああ、それはたぶん明日香のことですね。ひょっとしてその真由美先輩が会いたいのも明日香の方では?」

「………… 一応、十文字から推薦のあった魔術師(メイガス)を連れてこいという話だ」

「それはなんともご愁傷様です」

 

 きっとそうなのだろう。

 入学式の日に十文字と話している二人の姿を思い出して、摩利は心中で一応真由美に謝っておいた。

 オーダーは叶えている。ただしそれが希望どおりでなかっただけのことだ。

 それとは別に、摩利としても魔術師(メイガス)というのは興味深い。

 彼女がその身に修めている魔法の祖たる魔術の継承者。

 転換期以降、長らく表舞台から姿を消してはいても、魔術師(メイガス)という存在にはある種神秘的な感じがある。

 どんな魔法を使うのか。どんな人物なのか。何を考えて表舞台に現れたのか。

 それらは政治的な思惑とはやや距離を置いている摩利にとっても心惹かれる関心の的であり、十師族の真由美や十文字、そして学校側にとってみればなおさらだろう。

 彼らをなるべく深く身内に囲うというのは学校側の思惑とも合致するところがある。

 二人一緒にさせておくよりも、二人をバラバラにさせておいた方が取り込みやすいという思惑と十文字克人が彼らと知り合いだから推薦枠を部活連のものとして使ったが、それがなければ教職員枠は森崎ではなく彼らの内のどちらかだったかもしれない。

 この軽薄な新人と一科二科の対立を無駄に煽りまくっているプライド高い新人のことを思えば、むしろ教職員枠でもう一人のやつを推薦しておいてくれればよかったのにと思わなくもない。

 

「ここが生徒会室だ。―――入るぞ、真由美」

 

 観察する間もなく白い目を向けている間に二人は生徒会室へと到着し、摩利はこの後友人がするだろうガックリ感を思って少しだけ悪いと思いつつ、ノックをして入室をうかがった。

 すぐに扉の向こうか入室を促す声が返ってきて、圭は生徒会室へと足を踏み入れた。

 

「いらっしゃい。ようこそ生徒会室へ。遠慮せずに入っていいわよ」

 

 奥から声をかけてきたのは生徒会長モードで猫を被った状態の七草真由美。

 

「連れてきたぞ、こいつがうちの新入りの一人――――藤丸だ」

 

 そしてそれ以外の生徒会役員は学内の巡回に出ているのか会計の三年生、市原鈴音のみがいた。

 

「私とは初めましてよね、藤丸 圭君。二年前は妹がお世話になったわ。父に代わって改めてお礼申し上げます。当校の生徒会長長、七草真由美よ」

 

 小悪魔的な魅了をもたらすかのごとき微笑み。それは今年の総代である深雪が入学するまで、この学校の男子の多くを魅了してきた当校きっての美女の微笑みで、たとえば生徒会副会長である服部がいたりすればクラリときた後で猛烈な顔で睨みつけていたことだろう。

 

「いや〜、どうもどうも。一昨日ぶりですね、七草生徒会長」

 

 その魔法ならざる魅了ある美女の微笑みに、女の子好きな態度を隠そうともしていなかった圭はしかし変わらぬ笑顔を貼り付けたように対応していた。

 だがそれよりも真由美が気になるのは、彼の挨拶。

 

「あら? 会うのは初めてだと思うのだけど……」

 

 彼と真由美とは今日が初対面。事件の後に対応したのは十文字家と七草家の当主が中心で、当時まだ魔法科高校に入学したばかりであった真由美は事件には関われていなかった。

 一昨日も確かに真由美はマルチスコープのスキルを使って彼と獅子刧明日香を観察していたけれど、式の忙しさやその後の生徒会としてのやることの多さから今日まで気になる彼らと話しはできていなかったはずなのに。

 

「いえいえ。入学式の最中にも熱い視線をくれていたじゃありませんか。まあ、直接の視線ではありませんでしたし、少しばかり視点が横にずれていたりした気もしますけど、貴女のお美しさの前では些細なこと。真由美嬢ほどの美女のお顔を忘れるなんてとんでもない。だからこそ、今日は会長の至宝の如き瞳を直に拝見することができて喜ばしい限りです」

 

 真由美のマルチスコープのスキルは、実体物を多面的に視ることのできる知覚系魔法であり、実際の視線を向けていなくとも、あるいは障害物の向こう側でも見ることができ、隠密性には優れている。アクティブスキルであるためあるいは魔法を発動していることは分かるだろう。だが発動していることが分かったとしても、どこを見ているかなど分かり様ハズもない。

 軟派な言葉に紛れ込んでいる意味に真由美はゾッとさせられた。

 彼は真由美がマルチスコープを使って彼の隣に座っていた人物を注視していたことを認識していたのであり、先程の言葉は「貴女の監視程度お見通しだ」と言っているのだから。

 

「なかなか性格が悪いわね。藤丸君?」

 

 これが魔法の祖たる魔術師の系譜。

 真由美は口元を引きつらせながらも、微笑み返した。

 

「おや? そんなこともありませんよ。これでも私は紳士で通しているつもりですから」

「紳士が会ってすぐの上級生に色目をつかうのか……」

 

 摩利は彼の異能に気づいているのかいないのか。彼のこの伊達男じみた態度の被害には既にあっているようだということは分かった。

 

「それは勿論。美しい花は愛で、美しいと褒め称えるもの、でなければ美しく咲く(女性)に対して失礼でしょう?」

「なぜ十文字はコイツを推薦したんだ……」

 

 いけしゃあしゃあと宣う新入生の歯の浮くようなセリフに摩利は深々とため息をついた。

 真由美もため息をついた。

 教職員枠の森崎もなかなかの問題児だが、こいつはこいつで頭の痛くなりそうな1年生だ。

 

「明日香にはやる事がありましてね。僕としては、愉しい学校生活を彼も送ってくれることを期待しているのですがね」

 

 ただ、そう言って微笑む藤丸圭は親友のことを本当に案じているようにも見えた。

 

 

 

     ✡  ✡  ✡

 

 

 

 

 生徒会室を後にした藤丸は鼻歌でも歌いそうな足取りで校内を巡回していた。

 新入生の争奪戦たる部活動勧誘の期間は本来は禁止されているCADの携行が許されていることもあってそこかしこで魔法が発動しているし、新入生の取り合いや勧誘場所の取り合い、デモンストレーションのための時間のぶつかり合いなどで様々な騒動が起こる。

 普通に人の多い場所を巡回していれば、多かれ少なかれ騒動を目にすることにはなる。

 のんびりと歩いている圭が露骨にサボって人気のいないところを巡回しているかというと、そんなことはない。

 

「おや? あれは……」

 

 巡回するルートを考えていた圭の目が捉えたのは、同じく風紀委員となったはずの同級生――――司波達也だった。

 (森崎)と共に先に巡回に出ているはずの達也だが、今の彼は巡回をしているようには見えなかった。

 なにせ赤髪の美少女の手を引いて人気のない方に走っていっている姿だ。

 

「ふむ……」

 

 校舎の向こう側の死角になる部分に飛び込むように消えた二人を見て、圭は少し考え、胸元のレコーダーを確認して、愉しそうな方へと足を進めた。

 

 

 

 ――――藤丸には先祖から伝えられた使命がある。

 今の魔法師には伝わっていない魔術師としての使命――「 」への到達、ではない。

 元より藤丸という系譜は魔術師としてなら極めて浅い歴史の一族なのだ。だが人理に対して極めて重大な使命と知られざる功績を持つ一族。

 明日香の獅子刧というのも数代前に枝分かれしたに過ぎない分家というよりも親戚で、だからこそ明日香にも、使命を果たす力が宿った。

 だが、だからといって先祖も、その宿った者も、圭も、彼ら自身の人生を全て捨ててまで果たすことを望んだわけではない。明日香はなまじ適応しすぎてしまったために、彼の王の人を捨てた部分に影響されかけているが、圭はもっと愉しめばいいのにと考えている。

 人との関わりを。

 この瞬間にしか得られないものを。

 いわゆる青春の謳歌を。

 それは圭の楽天的で享楽的な性格から来ている、のではない。もはやこの世界、この時代は、一つの特異点《正史から外れた歴史》となりつつある。そしてその歪みの極点に至る場とでもいうのがこの魔法科高校を中心とした学校生活なのだ。

 ならばあれこれ街中を探して闇雲に走り回るより、学校生活を存分に謳歌した方がいいというものだ。――――

 

 そんなこんなで圭は面白いことになっていそうな人物の後をつけてみると、そこには期待していたものよりも、進んだ状態になっていた。

 

 

 ――おおっと、これは……――

 

 予想以上に愉しそうな事態に圭はニンマリとして声を抑えた。

 

 二人は既に立ち止まっていた。

 鍛えてあるからか、それとも大した距離を走ったわけではないからか、どちらも息を乱してはいなかった。

 

「エリカ。…………」

 

 先を行く達也が後をつける者に気づいたのか、それとも単に手を引く少女を気遣おうとしたのか、足を止めて後ろを振り向こうとした。

 振り向いた拍子に後を歩いてきた圭と視線があって、それよりも目の前の光景に視線が吸い寄せられた。

 

「っ、見るな!」

 

 何かを口にするよりも早く、少女のほうに視線を奪われそうになった達也に放たれた鋭い静止。

 後方の圭に気づいたわけではないだろう。あるいは普段であれば気配で気づいたかもしれないが、今の彼女には色々余裕がなかった。

 

 髪は酷く乱れており、緑色のブレザーは片側に大きくズレ、手には彼女自身の胸元を締めている筈のネクタイが握りしめられている。

 当然、ネクタイの抜き取られた制服の胸元ははだけるとまではいかずとも大胆なほどに開かれており、少女の方はなんとか抑えようと苦心していた。

 敢えて見たままの状況に推測を付け加えるとするならば彼女は何らかの軽い乱暴を受けてああも羞恥的な格好になっているように見える。

 

 そしてその姿を拝もうとした達也を静止した鋭い声。これで双方合意のもとでこの状況に陥ったという線は薄くなったようだ。

 

 

 

 ――よりにもよって、こんな時に……――

 

「達也くん。見た?」

 

 現実逃避的に、先程振り向きかけた際に見えた人物のことを考えていた達也だが、エリカからの恥じらいを含んだ声にモラトリアムが過ぎ去ったことを感じ取った。

 第三者にこの状況を見られていることを彼女に伝えるべきかどうかともの考えたが、今詰問されているこの状況でそれを切り出しても事態の解決にはならないだろう。

 そもそも平時のエリカであれば気づいていただろう存在に気づいていなさそうなことから、今の彼女が平常心ではないと分かる。

 

「見・た?」

 

 二度目の問いかけは先程よりも危険なシグナル。

 そして少女の身繕いは終わったことを察した達也は、危険な予兆を感じ取って、しぶしぶといった様子で再びエリカに振り向いた。

 離れたところにいる圭と視線があった。

 ひらひらと手を振りながら浮かべているのは微笑ましいものを見る(殴りたくなる)ような笑顔。

 幸いにも、エリカの方に視線を戻すと、彼女は乱れた着衣をきちんと整え直しており――つまりは断罪の準備はばっちりというわけだ。

 

「見えた。すまない」

 

 おとなしく謝罪をした達也。この件に関して、エリカの着衣が乱れたのは達也のせい、とは少しばかり言い難いのだが……。

 部活動勧誘を行う者たちの中でも、特に非魔法競技系の部活動にとって、エリカという陽性の美少女の存在は格好のマスコットのように映ったらしい。あるいは彼女という美少女とお近づきになるチャンスとも。男女問わずに勧誘員から誘われ、ベタベタとまとわりついてくるのは女子部員であったが、あまりの纏わりつき方にエリカが悲鳴をあげ、放置していた達也が強引に連れ出したのは少し経ってから。

 その結果、連れ出されたエリカは暑かったからという理由で制服の第一ボタンを外してネクタイを緩めていたせいもあって、見事に扇情的な格好に乱れてしまったわけだ。

 つまり、先程振り向いた際に正面の達也からはエリカのベージュのブラの際が見えてしまったわけで、そうするとやはり達也にも責任はあるだろう。

 

「ばかっ!」

 

 顔を真っ赤にしたエリカは怒声とともに達也の脛を蹴り飛ばし、クルリと背を向け――――――――圭の姿に気がついた。

 

 ふりふりと手を振ってくる一科生の風紀委員。それも食堂でなにやら軟派めいたことをほざいていた優男との遭遇。

 

「やあやあ、達也君とそのお友達だったね。偶然とはいえ逢い引きに立ち会うような形になってしまったのは、うん、双方にとって不幸(僕にとっては愉快)な出来事だったね」

 

 圭の立ち位置と距離からではエリカの下着や胸元までは見えなかっただろうが、やりとりを邪推するには十分すぎる情報を与えてしまっていた。

 

「なっ、逢い引き⁉ ちがっ!」

「それじゃあ任務に勤勉な風紀委員の僕は巡回に戻るけど、達也君はゆっくりしてくれたまえ」

 

 はぁ、と重い溜息をついた達也。エリカは圭のセリフに不穏なものを感じて顔を真赤にしており、その間に圭はゆうゆうと背を向けた。

 

「ああそうだ。生徒会の人たちも巡回に出ているようだから、万が一にもシヴァさんとは鉢合わせしない方がいいかと思うんだけど、どうだろうか?」

「なっ! ちょっと待て、藤丸」

 

 ついでに付け加えられた言葉に達也も一緒になってしばし、碌でなしの風紀委員を追いかけるハメになったのであった。

 

 

 

     ✡  ✡  ✡

 

 

 

 

 魔法科高校から距離をおいた某所にて

 

「なるほど司波達也。……高い魔法力や高価で稀少なアンティナイトなしに魔法を無効化する技術を有しているとなると、これほど我々の計画に都合のいい人物はいない」

 

 魔法科高校の生徒の一人が、怪しげな人物へとその日得られた情報をもたらしていた。

 それは今日実際にあった不可解な事象。

 魔法力に優れるはずの一科生が魔法力に劣る二科生によって魔法を封じられ、地面に叩きつけられるという“事件”があったことについてだ。

 情報を伝えているのは胸元に八枚花のない――ウィードの三年生。

 

「決定的な証拠をつかむためには、キミ自身が仕掛けるしかないようだね……頼めるか?」

「はい」

 

 伝える者も受けている者も、今の時代には珍しい眼鏡をかけている。

 学生である方はともかく、情報を受けている方は仕草や白い衣服の佇まいもあってなにやら胡散臭い印象を受ける。だが伝える学生の方は彼のことを心底信頼しているかのようで、自身で後輩を襲撃しろという提案じみた命令に諾として従っている。

 

 彼の名前は司甲。剣道部の三年生主将であり、胸元にない八枚花弁が示すとおり二科生だ。

 情報を受けているのは彼の義理の兄である司一。

 反魔法活動を行っている政治結社“ブランシュ”の日本支部リーダーを任されている男だ。そして――――

 

「今のが義弟さんですか?」

 

 義弟の去った後、暗がりから悪魔が声を発するかのように問いかけてきた声があった。

 司一はその唐突さにビクッと驚き、それを隠すために眼鏡を手で押しやって誤魔化した。

 

「ああ。例の二科生の風紀委員に関する情報だ」

 

 “これ”はブランシュの、さらに上の上の、彼では話すことのできないほどに上の方から与えられた“使い魔”だ。

 恐れることはない。どれほど悪魔じみた存在であっても、所詮は“使い魔”なのだ。

 

「なるほどなるほど。くふふふふ。なかなかおもしろそうな情報ですよねぇ。でもでも、うふふふ、くはははは、はっはっはっは、っげほげほ」

 

 嗤いすぎて噎せている。それほどおかしな話をしていたわけではないはずなのに、なにがそれほどツボに嵌ったというのか。

 そもそも格好からして巫山戯て見えるこの“使い魔”の態度と、そんな“使い魔”に驚かされたことに司一は腹立たしくなって奥歯を軋ませた。

 

「魔法による評価を考慮しない魔法社会ですか。なんてツマラナイ。そんなもので本当に操られてしまうものなのですか?」

 

 “使い魔”の疑問はブランシュが掲げているお題目。その裏の目的を隠した表向きのもので、義弟のような愚か者を引き込むための綺麗事だ。

 

「無論だとも。人間ではないキミには分からないかもしれないがね。人間とは脆いものだ。魔法など所詮は一つの才能。だが持たざる者は持つ者に嫉妬する。持つ者であってもそれが劣った才であれば劣っているという事実から目を背けたくなる。人とは他者の足を引っ張りたくて仕方のない者なのさ。そして持っている者は他者を見下したくなる。だからこそ我々が付け入る隙が生じるのだよ」

 

 饒舌になったのは自身の立場を思い出して一層奮起したからか。

 ペラペラと語る彼の姿に“使い魔”はピエロのような笑顔を向けていた。

 

「ケヒヒヒ。ですがそうでない者もいるのでしょう? 愉しみですねぇ。そういう人が現れてくれるのが」

 

 彼は現在、この司一に仕えている“使い魔”だ。彼はそういう存在であり、生まれついての“使い魔”なのだ。

 “魔術”的な契約こそなされていないし、魔力の供給などはないが、そういう契約だ。

 だが彼にとって他者とは自身を愉快にさせてくれる面白おかしい人物のことだ。

 その意味でこの司一という男は十分にマスターだ。逆に彼の義弟のような安易に騙され流され、利用されてしまう存在というのは面白くない。

 

 彼にとって最高に愉快なこと――それは“使い魔”によって裏切られ、絶望に叩き込まれたマスターが破滅するときの姿なのだから。

 

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