Fate/ School magics ~蒼銀の騎士~   作:バルボロッサ

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3話

 

「やめろ! やめないか! キャスパリーグ! この見せかけだけの腹黒似非マスコットめっ!」

「フォウ! フォ、キュ!」

 

 ぺしぺしぺしぺしと、白の小動物は先ほどまでの大人しさをかなぐり捨てて、殴り倒した藤丸の顔に追撃を加え続けていた。

 

「覗き見クソ野郎はお互い様だろう! どうせそのもこもこで愛らしいフォルムでいたいけなレディを騙くらかして胸にでも飛び込んだんだろう! あイタッ! 彼女たちの感触を愉しんだのか! いたたたたッッ!! このっ、エロ猫め!!」

「フー、ファゥ! ファ、ッキュー!!!」

 

 小動物と同レベルの争いを繰り広げる魔術師の姿。

 敷地に入ってから異様な雰囲気続きであっただけに、そのあまりに風格のない姿に深雪は口元を手で覆い隠し、ほのかはわたわたとして真由美は呆気にとられ、エリカは冷めた目で魔術師を見下ろしている。

 

「まったく。久方ぶりに姿を見せたかと思ったら、何を考えているのやら」

「フォウ。ファウ!」

 

 不意をうたれて殴り倒された藤丸圭だが、流石にサイズが違いすぎる。ようやく身体を起して白モフの首根っこを掴み上げ、ぺいっと投げ捨てた。

 

「藤丸君、その白いのは君の使い魔じゃ、ない、のかい?」

「勿論違うとも、吉田幹比古君。あれは藤丸の初代がここに住み始めたころから巣食っている謎生物で屋敷の結界内部を自由に闊歩できる特権ナマモノさ」

 

 ひらりと着地した小動物は圭を睨み付けると身を翻し、たったと森の奥へと姿を消した。最後に一瞥、そのアメジストの瞳が雫たちを見たような気がした。

 

「さてと、改めてようこそ藤丸家に。歓迎が遅れたけれど無事で何より。屋敷はすぐそこだよ」

「えっ?」

 

起き上がり土を払う藤丸の言葉で、気づけばあたりには花畑も森もなくなっていた。

 和風なのか洋風なのか、あるいはいずことも分からない異国情緒をどことなく感じさせる建物。

 4段ほどの階段を玄関口に備え、その両脇にはなんだかおかしな石像を構えた屋敷―――少女たちの目的地である藤丸の屋敷がようやく目の前に現れたのだった。

 

 

 

 

 ✡ ✡ ✡ ✡

 

 

 

「明日香は屋敷の方で待たせているよ。一応ほら、お見舞いされる側だからね」

 

 藤丸圭が現れた、ということで期待した雫が辺りをうかがうのを止めて、家主が道を先導し始めると、あれほど長々と森の中を歩いたというのに、来た道には緑こそあれども雀のいない門扉が見えており、進路の先には屋敷が見えていた。

 ここまでの道のりがあれほど長かったのは、やはり敷地内にかけられた結界――奇門遁甲のようなものが発動していたらしく、すでにそれらが解除された道のりは実にあさりとしたものだ。

 

「ねえ藤丸君。たしか前に聞いた時、二人暮らしをしてるって聞いたのだけど、ここに来るまでに3人ほどいた女の子たちはどういう関係なの?」

 

「女の子? いえ、真由美先輩。僕の両親も明日香の両親も海外で働いていてここには僕と明日香、ああ、それと今はアストルフォしかいませんよ」

 

「ほかにもサーヴァントがいるのではないのか?」

 

「いませんよ、十文字先輩。前にもお伝えしたか思いますけどサーヴァントは召喚にも維持にも膨大なリソースが必要になるんです。マスターから供給を受けているアストルフォは例外みたいなもんです」

 

ここまでの道中で遭遇した謎の少女たち。彼女らのことを訝しむ真由美と克人の問いに対して、リソース不足を理由にして否定している藤丸圭だが、残念ながらその言葉には説得力が欠けていた。

 

「こらー! ナーサリー! ジャック! トナカイさん(マスター)に言いつけますよ!!」

 

 なにせ少女が三人、きゃーきゃーと楽しそうに走っており、達也たちの脇を追い越して屋敷に入っている光景が目の前を通り過ぎているのだから。

 

「…………あれはサーヴァントではないのか?」

 

 その中の一人は敷地に入って最初に目撃した少女で、残りの2名も中々に印象の残る装いだ。

 一人はボロボロの黒いマントを身に纏った銀髪の少女で顔にはつぎはぎのような手術跡が見え、もう一人は水着を着ているのだろうと思いたくなる露出度の少女で申し訳程度にもこもこのマントを肩口に羽織っているなんだかサンタ?となぜだか思いたくなる少女だった。

 少女、というよりもむしろ幼女と言うべきか。

 いずれも背丈は140cm前後といったところ。不法に屋敷に匿っているとなれば両手に縄がかかってもおかしくはあるまい。

 

「いいえ、十文字先輩それは違います。英霊ではありますがサーヴァントではありません。そうですね、サーヴァントの残滓のようなものです。直接的な干渉力はそれほど強くないです。ただ結界と組み合わさって色々と危険なこともあるので、離れてついていかないようにしてくださいね。一度離れると帰り道の安全は保証できないですから」

 

 いささか藤丸圭の弁明が早口になっているような気がするのは、おそらく気のせいだと思いたい。

 

 ――サーヴァントではないとは言うが、この敷地内限定で存在することのできる疑似的なサーヴァントと見るべきか――

 

 加えて懸念するのであれば、藤丸は不可能だとは言っていない。

 膨大なリソース、おそらく魔力というものを供給できるシステムさえあれば、おそらくサーヴァントを使役しておくことは可能なのだろう。

 事実としてアストルフォは現界しているし、聖杯とやらに喚ばれたサーヴァントたちが暗躍しているのだから。

 

「かつて魔術師としての藤丸の初代――僕と明日香の高祖父なんですけどね――彼は諸事情あって数多の英霊と契約を交わした。そしてここには昔召喚された英霊との絆の結晶、縁の強い因果がある。だから座にある記録が曖昧な英霊なんかが時々ひょっこり歩いていることがあるみたいなんですよ」

 

 日常にあって異常な世界を紡ぐ。それこそが魔術師というべきか。

 

「ところでこの石像については聞いてもいいものなの?」

 

 そしてこれみよがしに玄関脇に置かれた二体の石像。あまりにも目立ち、そして異質なソレに対してエリカが切り込んだ。

 達也も同じく、それを“視て”気にかかってはいた。

 

 ――なんだこれは? 素材が…………?? ―――

 

 竜か悪魔を象った物なのか、角と大きな尻尾がつけられている石像は、モデルが双子の少女を原型にしているようで左右でまったく同じ見た目をしている。唯一前に突き出した拳と構えだけが左右対称で異なるだけで、あとはスカートも関節のロボロボしさもまったく同じ、コンパチのような石像。

 ただしそれらはなぜか、サーヴァントを覗き視たのと同様に、分析することができなかった。

 達也の“精霊の眼”をもってしても覗き視ることができないもの。

 すなわち聖遺物(レリック)…………なのかもしれないが、石像の外見からは到底神秘さだとか歴史だとかは感じ取れない。

 まるで出来の悪いハロウィンの夢が置き忘れられてしまったかのような意味不明な石像たちだ。

 

「…………」

「ねぇってば。無言で通り過ぎるの? ちょっと」

 

 しばしそれに沈黙を返した圭の顔からは、すん、と表情が抜け落ち、エリカの問いかけ、同行者たちの疑問をそのままにして玄関の扉に手をかけた。

 むしろ玄関よりも門扉の方にこれを置いておいた方が人除けになるのでは、と思ってしまうのは達也ならずとも思わなくもない。

 

「まぁ、それはさておき」

「さておかないでよ」

「さておき。ようこそ、魔術師の館へ」

 

 

 

 ✡ ✡ ✡ ✡

 

 

 

 魔術師の館、というと想像するものは何だろう。

達也の家、山梨にある本家本邸ではなく東京にある方は、地下にこそ研究所としての性質を持つ工房があるが、それはまさに工房。現代魔法を研究することのできる機能はあるが、古式ゆかしいものではない。

本邸の方にしても魔法使いの工房というテンプレートの感はないが、現代魔法を開発・構築していく過程で設立した第四研究所の遺物を受け継いでいるだけあって研究から、ちょっとした軍隊の演習設備まで備えているようなところだ。

侵入者を惑わせる結界が敷かれているのはお互い様なのでとやかく言えたものではないが、来客を迎えるような意思がなさそうな本邸にしても見栄えを気にした調度品くらいはある。 

 藤丸の家は庭にこそおかしな結界があったようだが、屋敷自体はテンプレートな魔術師のイメージからは離れていた。

 玄関脇にあった石像も然りだが、収集意図のよくわからないものが多く、和洋折衷、どこを目指しているものなのか分からない物品が多く飾られている。

古美術品らしきものが飾られていたりもするのだが、稀にどう見ても拷問器具にしか見えないものがあったり、大きな瓢箪があったり、なぜだか屋内に大きな鐘が安置されていたりもするのはどういう目的なのだろうか(おそらく衝くことは目的にしていないのだろう、吊るされてはいない)。

 まさかこれ見よがしに魔術的な品物を配置していたりはしないだろうが、念のために“精霊の眼”で視ても、レリック(聖遺物)のような感じはしない。サイオンの気配も特になくサーヴァントらしき残滓はそれらには視られない。

 

 案内されて通された広間にはすでに来客をもてなす準備が丁度今終えられたかのようにセットされていた。人数が十分に席に座れるくらいに大きめの円卓の上に置かれたティーポッドとお茶請け。

そして、ラフな装いをした明日香がそこに居た。

 

「やぁ、圭が招待したと聞いたけど、わざわざすまない」

「明日香……」

 

 雫の声が震えるような吐息とともに漏れ出た。

 記憶に蘇るのは傷だらけの満身創痍の剣士の姿。

 だが、今の明日香には見た目上にはその痕跡は見られない。

 

「思ったよりも元気そうね。明日香君。本当は妹――泉美もすごく来たがっていたのよ?」

「ええまぁ。ご心配おかけしました。肉体的な損傷自体はすぐに回復しましたから。どちらかというと事後処理の方が大変で」

「事後処理?」「まあ、無事そうでよかったぜ」

 

 言葉通り思ったよりも無事な姿にホッとしたのだろう。ここには来させられなかった末妹の狼狽えぶりを思い返した笑みを浮かべている。

 ほのかやレオも安堵したかのように声をかける。ただ、真っ先に駆け寄った雫の瞳にはいまだに不安の色が宿っていた

 

「本当に?」

 

 猜疑というよりも不安の色濃い

 

「宝具という魔法を使って、シータさんは消えた。明日香は本当に大丈夫、なの……?」

 

 サーヴァントや魔術について幾らかの説明を聞いてはいても、雫たちは魔法師に過ぎない。目にした事実として、アーチャー・シータは、極大の神秘を具現化した自身の必殺技を発動させたことにより消滅し、明日香は瀕死寸前となって倒れた。

 それが宝具を発動したことによる代償なのか、それとも別の原因によるものなのかは分からない。

 大輪の華の如き業火に包まれ、儚い笑みと共に光の粒子となって消えてしまったシータの姿が思い出されて、不安が消えなかった。

 命のあらん限りを溢れさせたかのような極光を放ち倒れた明日香が、彼女と同じように消えてしまったのではないかと。それは今もなお残る。

 親しい友人でなければ無表情と見紛うことも多い雫の顔に、色濃い怯えと不安とを見た明日香は目を瞠り、そして表情を柔らかくした。 

 

「アーチャー、シータが開放した宝具は彼女自身の逸話を再現した伝承宝具だ。雫はラーマヤナにおけるシータの伝承は知っているかい?」

 

 魔法言語を学ぶ必要からサンスクリット語については多少の知識があるし、シータと関わっていたために多少は調べはしたが、日本においてインドの文学は決してメジャーではない。

 彼女が魔王に攫われ、長い年月の果てに伴侶であるラーマに助けられ、けれどもその最期が離別に終わってしまったことを概略的に知っているのみだ。

 

「彼女の場合、伝承において自らの命と引き換えにして自身の潔白を証明し、大地を裂いて地母神に身を捧げたという逸話があるんだ。英霊の中には時折そういったタイプの伝承に由来した宝具を持つ者があって、そういった宝具は、発動条件がサーヴァントの霊基と引き換えということもある。つまり特攻宝具といったところだね。僕の場合、魔力消費が桁違いに膨大で供給が追い付かなかったけど、そういった命を代償にした宝具とは違うよ」

 

 以前にも説明を受けたが宝具というのはサーヴァント—―英霊の伝承・逸話が具現化した神秘なのだという。単なる強力な武器やCAD、レリックのようなものではなく、英霊の生前の歩みそのもの。それゆえにサーヴァントのみが宝具を使える。

 シータ王妃の伝承における最期は悲劇に終わる。

 国に疎まれ、夫であるラーマによって追放され、それでも自らの貞淑を証明するために命を捨てた。

 その伝承を具現化したものが彼女の宝具なのであれば、確かにその発動は彼女の命と引き換えになるだろう。

 そしてその理屈であれば、明日香の――彼の英霊としての宝具は彼の生命そのものとは異なる。

 

「エクスカリバーって、言ってたよな。それってたしか、昔のイギリスの王様の剣、だっけか」

 

 レオですら、というと語弊があるが、魔術師との距離がもっとも遠く、おそらく神話・英雄譚を改めて調査することをしていないであろうレオでさえも知っているほどに有名な聖剣。

 それこそがデミ・サーヴァントとしての明日香の宝具。

 

 横浜事変の後、その後始末に出向く必要があった達也だが、その後、本家の方から謹慎を申し付けられていた間に情報については調べてあった。

 それ以前から世界的な英雄としていくつか候補として絞り込んでいた中でも大本命と言えるだろう剣に纏わる伝承を持つ英雄。

 

「アーサー王。古代イギリスの王の一人。円卓の騎士と()()()()()で有名な英雄だったな。エクスカリバーは彼が岩から引き抜いた王剣だという話だったと思うが……違うのか、明日香?」

 

 インドの英雄ラーマならともかく、アーサー王ともなれば調査前から一応名前くらいは知っていたが、達也が口にした内容に明日香は少し目を丸くしていた。

 

「少し違うかな。達也の言うのは、王を選定する岩の剣、カリバーンだね。エクスカリバーはカリバーンが折れた後、湖の乙女から授けられた聖剣だよ」

 

 正直その違いはよく分からない。

 だがその英霊を宿している身としてはこだわりがあるのだろう。

 

()()()()()、アーサー・ペンドラゴン。それが僕に霊基を譲り渡した英霊の真名だよ」

 

 現在は西EUに所属する国家の一つとなっているイギリスの、1500年以上前の国の王として、伝説と伝承の中に物語を残す騎士の王様。

 その英名はガウェイン、ランスロット、トリスタンといった円卓の騎士の名と共に、現代においてもなお語り継がれる世界で最も有名な英雄譚の一つ。

 調べた記憶を参照すれば、一説には不老であったり、竜の化身であるとも言われており、中世においては騎士道の理念を体現する9人の英雄である九偉人の一人にも数えられていたはずだ。

 かつての王にして、未来の王。

 その実在は伝説と伝承の中で確かなものであるかは定かではないが、紛れもなく神秘をその身に受けた英雄であろう。

 

「さて、十文字克人殿、七草真由美殿。先の戦場では貴方達の取り成しのおかげで危ういところを助けられました。藤丸家の魔術師として礼を述べます」

 

 パンと手を打って場の空気を換えた藤丸が改まった口調で述べた。

 

「約束通り、戦場で尋ねようとしていた質問にお答えしましょう」

 

十文字先輩はそちらに向き直って鷹揚に頷き、七草先輩もちらちらと視線を明日香に向けつつも向き直った。

 

 横浜の戦場で明日香が宝具を発動して敵のサーヴァントを討った後、一刻も早く戦場を離脱したい藤丸たちと、戦略級魔法の街中での無許可行使を理由に魔術師とサーヴァントを確保したい独立魔装大隊との衝突を取り持った際の約定。

 達也としてはあの状況下ではやむを得なかったであろうとは思う。

敵も戦略級の攻撃を仕掛けていたのだ。自衛の観点からも防衛の観点からも、あの時明日香が宝具を使っていなければ防ぐ術はなかった。

その意味で達也だけではなく深雪の命をも救ってくれた恩人とも言える。

そして()()()戦略級の力を秘めている者としても、戦いの場において己が力を行使したことに否やを唱えることの理不尽さも分かる。

 

だが世界の軍事バランスさえ変え得る戦略級魔法の使い手は、自身の力を行使することの責任が自分個人で負いきれるものではない。

だからこそ達也は独立魔装大隊に特尉の肩書で一応とはいえ所属しているし、()()()使()()()()()軍の統帥権の下で行ったものだ。

 まして独立魔装大隊の調査によれば、彼らには国外の勢力との繋がりがあることが示唆されている。

今回の横浜事変で侵攻してきた大亜連合とは別物で外患誘致の疑惑とまではいかないものだが、警戒せざるを得ない状況は深まったと言える。国家権力を用いて強引に適用すれば外患誘致罪に問うこともあり得るだろう。

そして明日香にはその戦略級としての力の前にサーヴァントという魔法師さえも凌駕する力がある。

それは軍人としても四葉としても、そして深雪を守るための力を得るためにも、何としても調査して手に入れなければならないものだ。

 あの時、道義と友誼から明日香たちを庇った十文字先輩や七草先輩にも、彼らが国外勢力に連なっていることは伝えてある。

 

「まず確認することがある。司波も聞いていたことだが、お前たちが戦場から離脱した後、風間少佐からは、お前たちに国外の勢力と通じている疑惑があることを聞いている。そして市街地での戦略級魔法の無許可使用についてだ」

 

 だからこそ、十師族の代表としてこの場に来ている、十文字家の総領としてはまずそれを確認しておかなければならないだろう。

 初耳だったのか、あの時明日香たちをヘリに乗せて帯同していた雫やほのかはぎょっとしている。

 明日香と藤丸の二人は、その質問が来ることも予想していたのか、ちらりと視線を交わし、藤丸が口を開くことを示し合わせたようだった。

 

「そうですね。それではまず僕たちの所属から明らかにしましょう。―――――僕と明日香は、人理継続保障機関カルデアという機関に所属する魔術師です」

 

 国外勢力との繋がりを否定しなかったことに七草先輩がぎゅっと唇を引き結んだ。十文字先輩の方は分かりにくいが、もとより巌のような雰囲気の重さが一段増したように感じられる。

 藤丸が口にしたのは聞きなれない固有名詞。

 その名称は四葉の諜報能力をもってしても恐らく掴んではいなかったのではないだろうか。

 

「それは魔術師たちの組織ということか」

 

 成立して100年足らずの魔法師にさえ、十師族や魔法協会のような組織があるのだ。それ以前から連綿と発展してきただろう魔術師にそのような組織がないはずがあるまい。

 

「正確には違います。カルデアは魔術と科学の枠を超えて国連主催で設立された特務機関です。その役割は人類の未来をより長く、より強く存在させるための観測所、でした」

 

 ―――――でした……?――――

 

「ちょ、ちょっと待って藤丸君!」

「はい? どうかしましたか真由美先輩」

 

 慌てたように七草先輩が口を挟んだのは、藤丸の説明があまりにも突拍子のないものに感じたからか。

 

「えっと、その、何というか……。人理継続というのがちょっと……。人類の未来を観測するっていうのは、魔法幾何学のアプローチのことなの?」

 

 現代魔法においても未来予測の技術とういのは重視されつつある。第一高校の教員である廿楽という先生は魔法大学でもその分野を研究していた魔法師だから馴染みが全くないというわけではない。

 だがそれは未だ研究分野というものであり、それをもって特務機関――それも国連が主催するような組織ができたなどというものは聞いたことがなかった。

 

「ああ、たしか現代魔法にも似たようものがありましたね。えっとたしか……」

「魔法幾何学の多面体理論だな。世界を単純な立体の集合として捉えるシステムにより、無限の相互作用が織り成す世界を、相互に作用する単純な多面体に抽象化することで、限られた情報から未来の事象をシュミレートするという魔法理論だ」

 

 藤丸も多少は聞き覚えがあるようだったが、やはり現代魔法について幅広い分野を詳細に理解しているわけではないらしく、言い淀んだそれを補足すると、藤丸と明日香が少し驚いた表情を見せた。(エリカやレオ、ほのかなども感心した様子を見せていたのは、彼女たちも知らなかったからだろう)

 

「ああ、なるほど。うん。カルデアの観測技術というのはそれに近いものでした。魔術だけでは見えない世界、科学だけでは測れない世界を、魔術と科学の両面から観測し、アプローチすることで人類が百年先の未来においても存在していることを保障していた」

 

 ――()()()()……?――

 

 魔法はもともと魔術から発展して成立したと言われている。その過程で失われたものもあるのであろうが、未来予測技術については失われつつも現代魔法の発展によって取り戻せた技術といったところか。

 藤丸の説明には気になるところがないでもないが、分からなくもない。

 

「おかしくないかしら? 以前、藤丸くんは魔術について少し話してくれたけど、魔術って科学と相性が悪いとか言ってなかったかしら?」

 

 藤丸はこれまで幾度か魔術に関する情報を七草先輩や十文字先輩を通して十師族側に提供している。そしてこの情報については達也も聞いていたし、同様の趣旨を九重八雲師匠からも聞いていた。

 

「その通りです。真由美さんたちには以前伝えましたが、科学やそれによる現代魔法が人の進歩、未来へと発展していくものだとすれば、魔術というのは過去に向かって発展していくものだと言われています。正直そこらへんは藤丸家が魔術師としては異質なのであまり詳しくありませんが、基本的には魔法と違って科学と魔術は相容れません」

 

「ん? どういうことだ?」

 

 ただその情報はここにいる全員の共通認識というわけではない。レオやエリカ、ほのかなどはその情報までは知らなかったらしい。

 

「魔術の力の源が神秘だからだよ。神秘は人の概念によって作られる。その概念を信じる者が多く、強固であるほどに力を増す一方で、その()()を解き明かし、識る者が多くなってしまうと力を失っていく。科学というのは目の前の現象を解き明かしていくものでしょう? だから魔術が人目に晒されると力が弱まってしまう。

それゆえかつて魔術は秘匿されるもので、神秘の隠匿は魔術師にとって最大級の掟()()()そうです」

 

 御伽噺の一説によると、魔女はその力を人に知られてしまうと魔力を失うと云われていた。現代魔法では勿論そんなこと程度では魔法力は失われないが、魔術では違った。

 だからこそ魔術師は世界から隠れてきた。

 

 だとしたら―――――

 

「さっきから聞いてるとさ。あんたの説明ってなんで過去形なの?」

 

 エリカの指摘は根幹を突いている。

 現在形ではなく過去形。今ここに藤丸と獅子劫という魔術師が、すでに魔術が存在しないかのように告げている矛盾。

 たしかに現在、日本国内のみならず世界でも、古式魔法師ではない、魔法発見以前からその術を継いでいるとされる真正の魔術師は藤丸と獅子劫の二家しか確認されていない。

 その二家にしても親戚関係であり、実質藤丸一家のみが現存する魔術師と見做されている。

 最初に発見されたはずの“最初の魔法師”。異能を以って世界の危機を救ったとされる魔法師の家系は、()()()()()()()()()()

 世界最強を自認するUSNAにも、多様な国家を内容している東西のEUにも、広大な国土を有する新ソビエト連邦にも、古来の古式魔法師を有する大亜細亜連合にも、そして日本にも、“始まりの魔法師”は存在しない。

 魔術・異能が発見され、魔法が成立するそのミッシングリンクは、今もって謎とされている現代魔法史の謎だ。

 

 そしてその答えが―――――‐

 

「現代に魔術師というのはもうほぼいないからだよ。魔術自体が世界から駆逐されたと言っていい」

 

 “始まりの魔法師”の家系の系譜と見做される唯一の魔術師からもたらされた。

 

 

 

 

 

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