Fate/ School magics ~蒼銀の騎士~   作:バルボロッサ

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4話

 

 

「事の発端は、今で言うところの“魔法の再発見”です」

 

 それは歴史の闇へと消えた、埋もれた真実の話。

 現代における魔法の成立と発展。それはきっと100年にも満たない過去において為された偉業こそが魔法の“始まり”なのだと、だれもが思っていた。

 

「現代魔法史ではカルト集団による核兵器テロを異能によって阻止したことが現代魔法の発見だと言われていますが、そもそも核兵器テロの阻止なんかで魔術や超能力の存在が明らかになるなんてことは有り得なかったんですよ」

 

 けれどもそうではなかったのだ。

 

「今の感覚だと分かりにくいですが、当時の常識では魔法や魔術、超能力は御伽噺の中の存在です。そんなものの実在は、夢見る子供でもなければ誰も信じていませんし、そもそもそんなオカルトな力がなくてもテロを防ぐことはできます。

 そして仮に魔術師が核兵器テロを止めたのだとしても、当時存在した魔術組織が魔術の存在を隠匿しなかったはずがありません」

 

 今に生きる世界唯一の魔術師だという彼の述べる過去の物語は、魔法師たちにとって呑み込みづらいものがあった。

 

 

 

 

 

 

 現代魔法師は国家にとって国益に結びつく存在だ。

 戦略級魔法師に限らず、魔法の軍事利用は現代の世界情勢において、重要な軍事力と見做されているからだ。

 だからこそ魔法師は国家に属することが求められる。

 達也が代表として来ている軍の理由の一つが、戦略級に相当する力を示した獅子劫明日香が、政府や軍の支配下にないということもある。

 ただ、各国の兵器としても用いられる魔法師だが、唯一世界全ての魔法師が共同すべきと定める事態がある。

 放射能などにより地球環境が回復不能なまでに汚染される兵器の使用や事態を実力で阻止するという目的だ。

 現代魔法の成立を鑑みて設立された国際魔法協会には、各国の魔法協会が加入しており、時に最前線で殺し合いを演じていたとしても、核兵器使用、地球規模の壊滅などの事態に対しては、その兆候が観測された時点で逃走を中止し、国の境を超えて事態の阻止に協力すると定められている。

 だから克人や真由美は、無意識に、かつての魔術師たちの組織にも、そういった“崇高な”理念はあったはずだと、思うまでもなく前提としてあったのだ。

 

「先ほども言いましたが魔術師にとって神秘の秘匿は絶対です。もしも魔術の存在が明らかになれば、魔術師としての死活問題だからです。個人の、ではありません。その魔術の系譜に連なる数百年、数千年の歴史そのものが無意味に途絶えることになるんです」

 

 けれどもそうではない。

 魔術と魔法は別物で、人類がその歴史を刻み始めてから連綿と続いた神秘を求める者たちの旅路は、他でもない。

 

「そして事実、現在魔術師のほぼすべては消えました。魔法の発見と発展が、魔術を駆逐したのです」

「なっ……そんな……」

 

 それを求めた魔法師たちによって途切れさせられたのだ。

 

「当時、魔術や超能力といった異能を解明しようと研究が進められたそうですが、その行いそのものが、神秘を暴き、魔術を駆逐する行いに他ならなかった」

 

 現代において、魔法とは────―

 四系統八種から成る系統魔法

 物質的な事象ではなく精神的な事象の操作や神霊存在とされるサイオン独立情報体を使役する系統外魔法

 対象のエイドスを書き換えるのではなくサイオンを操作する無系統魔法

 知覚器官外の超感覚を操る知覚系魔法

 

 これらに分類され、サイオンやプシオン、魔法式などによって説明づけられるであろうところまで()()()()()()()いる。

 そこにはかつて神などと呼ばれた存在に対する信仰・神秘はなく、純粋に理論として解き明かし、利用することが追及されてきた。

 

「結果として魔術をはじめとした異能は、そのほぼすべてが現代魔法に置き換えられて神秘を失ってしまったのです」

 

 神道系として古式魔法を伝承する、比較的古い家系である吉田家では、星降ろしの儀などの儀式や、神祇魔法のように精霊・神霊に関する儀式が今も続けられてはいる。

 けれどもそれに参加し、実際に神霊への接続を試みたことのある幹比古には、神霊というのは巨大な独立情報体だと認識している。

 人の処理限界、許容できる限界を超えた情報の渦こそが神霊の存在──そう認識している。

 かつて幹比古が自身の魔法力を喪失したと、()()していた頃、儀式で接続した存在は紛れもなく神霊──竜神であったと思っていた。

 自らのスペック、想定を超える存在に対して確かに畏怖し、神聖を感じ、その存在そのものを神秘に覆い隠した。

 だが、達也との会合を経て、幹比古はかつての“あれ”が、神秘ではなく、自身に理解できる、自分の手に余るだけの情報でしかなかったのだと折り合いをつけた。

 結果、幹比古は失っていた自信を取り戻し、魔法力を回復し、かつて吉田家の神童とまで言われた魔法師へと戻ることができた。

 それが過ちだったとは思わない。

 現代魔法において、古式魔法を含めても、理解不能の領域にあった“竜神”を畏れ、

 落ちこぼれ(二科生)になることに甘んじていた頃よりも、それを解き明かし、魔法を自在に操れると自信を取り戻した今の幹比古の方にこそ、成長があると認めるだろう。

 

 それが魔術と魔法の違い。

 

 これまで魔術と魔法とを比較して、不要なものを切り捨てて発展したのが魔法であるが、サーヴァントに対抗するためにはその切り捨てたものを解き明かす必要があると考えていたのだ。

 だが違った。

 その解き明かすという行為そのものが、切り捨てた神秘を得ることから遠ざかってしまう行いだったのだ。

 だが達也は戦闘系魔法師であると同時に研究者でもある。

 魔法の理論を解き明かし、構築し、改変し、時にそれを世界に知らしめてきたこともある。

 知るという行いは人の持つ欲求にして力だ。解き明かすという行為は、自身が力を手に入れるために必要であり、自らの力を確かにするものでもある。

 たしかに魔法の力は、現在完全に解明されているとは言い難い。その力の源がどこから来ているのかということも、ある程度の仮説はあれども実証されてはいない。

 だからこそ、不要と切り捨てはしても魔法の中にも神秘は内包されている。それは解体され、希釈され、もはや信仰とはいえないまでに薄弱としてしまったものだ。

 そして魔術や神秘という概念において、神秘はより強大な神秘に屈するという。

 神秘というものを解体してしまった魔法の中に、神秘の塊であるサーヴァントに対抗する手段を模索するというのは、矛盾の中に絶対の答えを見つけるようなものなのだろう。

 

 

 

 

 魔術師、藤丸圭が語るそれは、彼のアイデンティティ────魔術師という存在を絶滅させたことであるはずなのに他人事然としていた。

 それはもしかしたら、幾度か藤丸が語っていたように、藤丸家という魔術師の一門は、通常の魔術師とは違う在り方を是としてきたためかもしれない。

 

「それじゃあ、魔術の存在が明らかになった事件というのはなんだったの?」

 

 真由美の問いかける声がわずかに震えているのは、歴史の重大な真実を知ったから、というのもあるだろうが、それよりも魔法師としての根幹が揺らいでいるように感じたからだろう。

 十師族の直系であり才も責任感もある彼女や克人などは、意図してのことではなかったとはいえ魔法師が魔術師を滅ぼしたということに感じるところがあるのだろう。

 

 世界が異能の存在を認め、解き明かしたことが魔術の駆逐につながったというのであれば、そもそもなぜ魔術の存在が明らかになってしまったのか。

 魔術師たちは神秘の秘匿を旨としてきて、古代や中世において時にそれを信仰や神秘の中に取り入れることで、魔術を独占し守ってきたはずなのに。

 一体なにがあったというのか。

 

「カルデアは魔術と科学の両方の側面から、星の行く末、人理の継続を保障していました。

 だからこそ、魔術世界の組織でありながらも国連のように世界の表側の組織とも密接にかかわる必要があったのです。けれど同時に、それは魔術の存在を世界に広めてしまう危険性も内包していました。

 カルデアが、魔術世界が、魔術の存在を隠しきれなくなるほどとの事件──────それは人類史の消滅。西暦以前より起こった人類の歴史すべてが、焼却され、人類は一度滅亡したのです」

 

「え…………?」

 

 誰ともなく、呆然とした呟きが漏れた。

 達也でさえ、動揺が不自然な精神構造によって抑えられ、無表情として藤丸をまじまじとした視線を向けていた。

 

「人類の滅亡……それを魔術を使って防いだ?」

 

 人類の滅亡。そんなことは有り得ないと理屈では明らかだ。

 今も世界は続いていて、彼ら自身が今なお世界と共に存在しているのだから滅亡しているはずがない。

 かれども真由美の声に先ほどにもまして動揺があるのは、心のどこかで感じるなにかがあったからか。

 

「いえ、防げませんでした。遥かな過去、紀元前の時代から続いた歴史すべてが、20XX年の時点をもって一気に焼却され、人類史そのものが消滅してしまいました」

 

 人類が一度滅んでいた。

 

「カルデアではこれを人理焼却事件と呼んでいます」

 

 その事実を、魔術を受け継ぐ最後の魔術師が語った。

 

「ありえないわ! そんなこと。だって……」

「七草。落ち着け。真偽はともかく、まずは話を聞くために来たのだろう」

 

 先ほどの、魔法師が魔術を駆逐したということ以上の動揺に声を荒げた真由美を、克人が諫めた。

 だが、その彼にもやはり信じがたいといった表情だ。

 

 核兵器テロによる世界の破滅を防いだのが当時の御伽噺の中の存在であった魔術だというのが信じられたのが不自然ではないのであれば、一度世界が滅亡したというのを信じない理由はなかろう。

 

「人理焼却事件。事件の主犯は、紀元前の──―人類の文明のスタート地点から現代に至るまでのいくつかの重要なターニングポイントに爆弾を仕掛けたんです。

 時が来た瞬間、それが一斉に起爆し、人類史は崩壊した。過去から現在に至るまでが破壊されたのですから、現代にいた人類に打つ手はありません。完全犯罪成立です」

 

 これから結実する犯罪であれば対策や対抗のしようもあるだろう。

 だが過去においてすでに結実した犯罪を防止することはできない。それは過去の情報を読み取り再成することができる達也とて不可能だ。

 達也の力はあくまでも可逆的な事象を遡行できるにすぎない。死という不可逆な変化に対して蘇生という奇跡を起こせないし、過去を読み取る力もせいぜいが24時間が処理可能範囲の限界だ。

 

「そんな! 全人類の焼却なんて、そんなこと一体どうやって行ったっていうの!?」

 

 問題はそんな事態がなぜ、どのように引き起こされたのかということだ。

 元々の言い伝えでは、核兵器のテロによって世界が危機に瀕したということだった。

 現在では核兵器を含めた核分裂の使用は環境や人体への長期的な汚染の問題から()()()使われていない。

 魔法師の世界的に共通の責務が核兵器の使用阻止なのも、それが世界を滅ぼし得るものだと多くの人間が考えたからだ。

 だがそれは全人類の焼却とまではいかないはずだ。

 世界同時規模の核兵器テロであったとしても生存する者はいる。

 汚染を受けたとしてもすぐさまに死ぬわけではない。

 著しく人口の減少や文明の衰退を招くことにはなるだろうが、人類滅亡とまでは想定されない。

 それが危機ではなく、行われたというのであれば、それは核兵器テロなどという手法ではない。

 

「聖杯です」

 

 それはおそらく史上もっとも有名な聖遺物(レリック)の名前。

 サーヴァントを現界させている力の源としても説明されたものだ。

 

「あらゆる願いを叶える万能の願望機。その実態は超抜級の魔力炉心。犯人はその聖杯の力を使って過去の歴史を改竄したんです」

 

 サーヴァントは聖杯によって召喚され、その力を供給されているのだという。

 サーヴァントは過去の英霊、死者だ。その蘇生ではなくとも、ある意味では死者蘇生をも上回るほどの奇跡の術法。

 ならば過去に干渉することも不可能ではないということなのだろう。

 

「タイムパラドックスか」

 

 考えが口をついて出た。

 

「過去の改竄というのが実際にできるというのは俄かには信じがたいが、実際に過去が改変されたとなれば、タイムパラドックスが生じるはずだ」

「あー……と、達也くん。それってたしか本来生まれるはずの人が生まれなくなる、とかいうあれ?」

 

 エリカの問いに頷きをもって応えた。

 タイムパラドックス、あるいは本来の意味とは異なるが寓意的な意味でのバタフライエフェクトと捉えるべきか。

 小さな蝶の羽ばたきが、地球の裏側で竜巻を巻き起こす。

 歴史における小さな変化が巡り巡って後の歴史を大きく見出し、人類の滅亡につながったというべきか。

 タイムマシン、タイムトラベル、タイムパラドックス。いささかSF小説じみているし、いずれも現代魔法理論からは逸脱してしまうが、物理法則が時間に影響を及ぼすことはアインシュタインの頃から指摘されている。

 推測を口にして藤丸に確認するように視線を向けると、彼はゆるりと首を横に振った。

 

「いや。実際には多少の過去改変では未来はそうそう変わらないんだ」

「そうなのか?」

 

 残念ながら推測は当たってはいなかったらしい。

 隣に座る深雪が少しだけムッとした気配を漂わせているのを感じたが、口を挟もうとはしないのは、ことが事だけに深雪も情報を得ることが重要だと認識しているからだろう。

 

「そもそも人類史というのは魔術的には大きな川のようなもの、あるいは大きな木のようなものなんです。右を向くか左を向くか、そんな些細な違いもありますし、まったく違う歴史が進むケースもあります。人類史というのはいくつもの並行世界から成り立っていて、いくつもの枝分れがあり、最も太い幹を編纂事象といって、まぁ、今いるこの歴史だと思ってください」

 

 タイムパラドックスと同じく、パラレルワールドというものがSF小説で広く知られているが、そのようなものだろうか。

 その説の中には、たしかに些細な枝分かれ、川の支流に入り込んだとしても、その川幅が広ければ行きつく先は大海には違いない。

 

「現代の魔法的見地でもたしかにこの世界は見た目上の3次元、時間軸を含めた4次元上の世界ではなく、より高次元の世界に閉じ込められた次元の壁が存在するとされているが……魔術ではそれが実証されているのか?」

 

 現在達也は軍属ではあるが、どちらかというと知的好奇心を探求する研究者としての側面もある。その知識に照らせば余剰次元理論のように別の次元の存在を指摘している理論がある。

 ただそれらはあくまでも観測結果から齎され、実証された事実というよりも机上の論理である。それを実証する方法もあるとされるが、危険性やコスト面、倫理面などの観点から、物理科学的にも魔法学的にも実証には至っていないはずだ。

 達也が問いかけると藤丸は「ふむ」と口元に指をあてて少し考えてから、七草先輩の方を向いた。

 

「真由美先輩。アストルフォが現れた時のことを覚えていますか?」

 

 今は姿を見せていないが藤丸家を拠点にしているライダーのサーヴァント。

 現時点において魔法師にとって唯一味方としての振る舞いをしている貴重なサーヴァントで、魔法協会としても十師族としても、そして“四葉”としても、確保しておきたい存在だ。

 達也はあのサーヴァントが現れたという場面に居合わせることはできなかったが、その場面は敵性サーヴァント—──―アサシン(グリム)ランサー(ゲッツ)との交戦中に、アサシンの召喚陣に割り込む形での登場だったという。

 

「アストルフォは元々、別の世界のルーマニア。トゥリファスという地で行われた聖杯戦争の亜種──―聖杯大戦で召喚され、勝ち残ったサーヴァントです」

 

 聖杯戦争というのは、元々は日本のとある地方都市において行われていた魔術儀式だったのだという。そして藤丸の説明によるとその魔術儀式は魔術の再発見以前の時点において停止しており、勿論魔術自体が失われてからは行われるはずのない儀式だったのだという。

 それが今現在、より大規模な形で聖杯を探索する事件へとなってはいるのだが、──―ただ、彼の召喚された年代に、この世界のルーマニアで聖杯戦争が行われたという事実は歴史的にも魔術的にもなかったのだという。

 

「だからこそアストルフォはこの世界線とは別の時間軸から来たと言えます。

 話を戻します。基本原則として、仮に聖杯を使って過去を改竄したところで、歴史の復元力によって過去の事象は平均化される。人類そのものが滅びるなんていう結果にはならないんです。ある程度の誤差は同じ幹の中の筋の違いのようなもので、数多ある並行世界の全てが崩壊するなんていうことは起き得ません」

 

 あの時異なる選択肢をとっていれば……。そう思うことは個人としてはままあることだ。だが、それは大抵において個人の問題に帰結する。立場によってそれが組織レベルになることはあるが、国家レベルでさえ、それに左右されることは少ないだろう。

 

「ですがもし、改竄されたのが人類の歴史を決定づける究極のターニングポイントなら、話は別です」

「究極のターニングポイント?」

 

「終わるはずの戦争が終わらない。成功するはずの航海が成功しない。世紀の発明がなされない。成立するはずの国が成立しない。

 そんな“その過去が変わってしまえば人類の歴史が大きく狂ってしまう”という時代と場所が究極のターニングポイントで、魔術的にはそれを人理定礎と呼びます」

 

 そんな事態が果たして起こりうるのだろうか。

 ほのかやレオ、エリカたちはうまく呑み込めていないという反応を示していたが、達也は別のことを考えていた。

 

 魔法師の兵器として以外の価値を示すための道を作ろうとしている彼にとって、そして実際に世界を滅ぼしうる力を持つと言われて疎まれてきた彼。

 もしも彼がなんの制約も誓約もなく、自らの力を振るえば

 もしも彼の行っている研究が破綻に終わり、ただ力のみを戦闘に用いることを強いられれば────

 

「人理というのは人類をより長く、確かに、強く繁栄させるための理────人類の航海図のことです。人理定礎とは、人類史をより強固に支える礎であり、この積み重ねが、人類史をより長く、強く、確固たるものにしています。

 世界というのは有形、無形の力をもって、この人理定礎が確固たるものになるように後押ししています」

 

 世界というのは存外脆く、存外強固なものなのだという。

 魔法師たちが核兵器を用いた戦争を止めようという意思を同員しているものであったり、戦略級魔法師が無思慮に大量破壊を繰り返さない振る舞いを行うのも、それらは人が潜在下に持つ集合無意識から滲み出たものなのかもしれない。

 

「事件は聖杯の力でこの人理定礎を破壊することで人類史を土台から崩されたことで、人類の滅亡が確定してしまったのです」

 

 だが世界は終わってしまったのだという。

 地上に生きる数十億の命を、生きた何百億、何千億、無数に連なる命と集合無意識のすべてを焼却させて。

 

 だが今もまだ世界は続いている。

 解決した者たちがいたからだ。

 

「ただ、当時のカルデアはそれに対する備えをしていました。特殊な磁場と幾重にも張り巡らせた論理防壁。それによって世界で、いえ、()()()で唯一、存続を誤魔化せたようです」

 

 過去からの人類史の全てが焼却されたのだから、それはただその時において逃れたのではない。

 

「ですが、カルデアでも事件そのものを防ぐことはできませんでした。なにせ敵は過去からの侵略。気づいた時にはすべてが終わり、カルデアそのものも多大な被害を受けたそうです。生き残ったカルデアは人理焼却に対する対抗手段として、グランドオーダーを遂行しました」

 

「グランドオーダー?」

 

 そのワードは、おそらく彼ら──カルデアの魔術師にとって大きな意味のあるものなのだろう。

 

「人の未来を取り戻すための戦い。永きに渡る人類史を遡り、運命と戦い、抗うための聖杯探索です」

 

 過去の歴史そのものが改竄されて人類史が終わってしまったのだとしたら、それを解決する手段はやはり過去に干渉するしかない。

 

「人理定礎を破壊されたターニングポイントは、正常な時間軸から切り離された現実になる。これを特異点と言います。カルデアは残された最後のマスターを霊子的に変換することで特異点へと跳躍させ、聖杯を回収し、破壊される人理定礎の修復を行いました」

 

 ──特異点──

 

 それは藤丸や明日香が時折零していた言葉。この時代を指していると思われるワードで、であれば…………

 

「つまり魔術を使って過去へとタイムスリップし、事件を防いだということ?」

 

「いえ、真由美先輩。タイムスリップというのとは少し違います。当時のカルデアには、というか()()ではタイムスリップによって過去に遡行することはできません。

 それは有り得ざる奇跡の領分です。

 けれども正常な時間軸から切り離された特異点に対しては、特殊な手段を用いて跳躍することができたようです」

 

 過去の改竄、というのは本来、それだけ強固なものなのだろう。

 

「そして特異点において、原因を排除するための手段としてカルデアが準備していたのが、聖杯戦争における英霊召喚を基にした守護英霊召喚システム・フェイト。サーヴァントを召喚し、契約・使役するためのシステムでした」

 

 人類史における過去────特異点に介入するというまさに魔法のような術があったとしても、敵は究極のターニングポイントを破壊して人類史そのものを崩壊させるような怪物。

 魔法師、いや魔術師であろうともただの人にどうにかできる存在ではなかったということだろう。

 現に、今この時代においても、サーヴァントという存在にいいようにかき乱されているのだ。

 

 だからこそ恐ろしい。

 通常の時間軸とは異なるとはいえ、過去に介入し、人よりも遥かに強大なサーヴァントを従えることのできる術を持つ、魔術師という存在。

 

 国防軍も、十師族も、そして達也も、懸念はむしろ深まっていた。

 同時に、そのような力をもしも得ることができるのであれば────

 その端緒だけでも明かすことができるのであれば、それはどれほどの力となり得るのであろうか…………

 

「ただ、現在のカルデアにはそれらの機能は存在していません。魔術の崩壊とともに喪失しました」

 

 その懸念は、無為なものだと魔術師は告げる。

 すでに世界は魔術の存在を過去のものとし、その神秘のことごとくを解体して進んでいるのだからと。

 だが────―

 

「待て、藤丸。魔術が喪失したとは言うが、現にお前たち(魔術師)が残っているだろう。それにサーヴァントの召喚システムについては獅子劫という実例がいる以上、その説明には整合性がない」

 

 達也の指摘はした矛盾には十文字先輩たちも気づいていたのだろう。訝し気な視線を藤丸に向けている。

 魔術が失われ、カルデアの機能も喪われたというのは、藤丸という実例がある以上、否定できる説明なのだ。

 

「まず藤丸家というのは、元々は魔術師の家系ではありません。人理焼却事件の際に、マスターとしての適性────魔術師としての素養があるために巻き込まれた一般人が魔術師としての初代・藤丸です」

 

 魔術が明るみに出た事件の際に見いだされた魔術師の家系。

 なるほど、それでは現代の魔法師の来歴とはほぼ変わらない。

 むしろ古式魔法よりも浅い歴史と言えるかもしれない。古式魔法師はミッシングリンク──―藤丸の言う人理焼却事件で失伝しているものもあるが、基本的には異能の発見以前から存続しているものだと言われている。

 

「サーヴァントの召喚についてですが、アーサー王はカルデア式の英霊召喚によって召喚・契約された英霊ではありません。アストルフォ(ライダー)と同じで別の並行世界から移動してきたサーヴァント。何らかの原因で座という大本に還らず、現界し続けることになった英霊。漂流者ともいわれるタイプのサーヴァントです」

 

 以前の話では、メフィスト・フェレスや鉄腕のゲッツ、グリムらは聖杯によって召喚された

 

「そしてアストルフォの場合は聖杯大戦を勝ち抜いたのと、マスターから十分な魔力供給を受け続けているためですね」

 

 本来、サーヴァントというものは人類史における人の生きた影。時に聖杯と縁により現界を果たしたとしても、その役目の終わり、聖杯戦争の終結とともに聖杯からのバックアップを失うことで仮初の肉体である霊体を失い、座へと帰還する。

 だがアストルフォの場合、マスターが契約を破棄せず、聖杯を保有したまま世界の裏側に行ってしまったため、時間の経過や魔力不足で消滅することがなくなってしまったのだという。

 不滅ではないが、不老の存在。

 だが基本的に世界は異物を嫌うものであり、ましてアストルフォは過去に死した人の影。そういう存在は得てして世界からはじき出されてしまうもの。

 アストルフォがこの世界への現界を果たしたのはアサシンの宝具によって道がつながったがためだが、そもそも世界を渡ることになったのは、彼が次元跳躍の宝具、ヒッポグリフを持っているがためであり、また世界からはじき出される寸前でもあったのだという。

 

 そしてアーサー王の場合──────―

 

「元々、彼はある敵を追って世界を漂流していたんです。この世界にはその気配を察知して、漂出したのですが、その時にはまだ敵も本格的な行動をとっていなかったようです」

 

 ドリフトといって同じ次元世界に留まることを許されずにある程度の時間経過で漂流してしまうのだということが、カルデアの記録にはあった。

 そして彼が追いかけてきたという大いなる敵の存在。それこそが彼が明日香にデミ・サーヴァントという形で自らの力を託した理由でもある。

 

 

 

 

 

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