――中空に満月の浮かぶ闇夜。
都会の喧騒から隔絶された、静寂が支配する森林の中を、一人男が走っていた。
その男は顔に汗をにじませながら、追手がいるのか、しきりに背後を見やっている。
「ぐぁ・・・くそガ」
樹木の根に足を取られ、地面に転げ回るが男は足を止めようとしない。
だが、それから数十分、男は走り続ける。
そしてふと、男が不意に足を止めた。
「・・・ぁ、ぁあ・・・あぁ」
ごく小さな呻き声を男は上げたが、それが助けを求める絶叫には到底為り得ない。
逃げ出そうと足を踏み出しても、身体は蛇に睨まれた蛙のように固まっていて、動かない。
男の目は見張ってあっても焦点を一切結んでおらず、そしてどこか諦めた雰囲気を持っていた。
何故なら――。
「なぁ、おっさん。いい加減鬼ごっこは止めにしてくれねぇか? 俺ぁ、疲れたぜ」
――男の目の前には、一人の少年が
上から吊るされるとか、男より高い位置に立っているとかそういった
黒の礼服に同色のロングコートを着込んだ少年は、まさに闇と同化し、死神の使い魔、と言われても、特段不思議とは思えない。
そして、少年の背には、一対の龍の翼に似たもの――羽自体は蝙蝠に似て、手羽と思われる部分は鱗に覆われた――が生えていた。
それが一度、ゆっくりと羽ばたくと少年は地に足を付け、男と対等な目線を持って、聞いた。
「さて、やっと止まってくれたな。じゃあおっさん、死ねよ」
濃密な殺気を放ちながら少年が発したのは、あまりにも簡素で無情な死刑宣告だった。
そして少年の手には、いつのまにか反りの浅い二尺五寸余りで片刃の釼が握られており、それが
「・・・ひ、ひぃっ! いやだぁ! オレはまだ死にたくはない!」
男は悲痛な声でわめき、逃げ出そうと後ろに振り返るが、少年は冷めた瞳で男をただ俯瞰していた。
「・・・ね」
少年は誰にも聞こえない様な小声で、一人呟いた。
そして、男がそれを訝しみ、問おうと口を開きかけた瞬間。
「――ッ!」
少年は手に持っていた刀で男の首を、右から左に横一文字に切り裂いた。
だが、周囲が男の血に塗れることはなかった。
なぜなら、男の亡骸や鮮血は大地へと落ちる前に『ボウッ』と突然、黒い炎に巻かれた後、塵と化したからだ。
屍の行く末を見届けた少年は刀を腰の鞘に収めると、長く深いため息を吐いて頭を押さえた。
「………はぁ、ダメだ。こんなんじゃ」
少年の悲痛な面持ちから零れた呟きは、周囲の木々たちに吸い込まれていった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
誅殺の現場のすぐ近くにあった大木の根元に、少年は座っていた。
彼は何をするでもなく、星の瞬く夜空をただ、眺めている。
星空を眺めて三十分ぐらい経っただろうか。不意に、突然にズボンのポケットから、この場に合わない軽快な音楽が流れ始めた。
音楽の発信元は、通信端末で、通話の着信を知らせていた。
少年は、面倒そうにわざとゆっくりと、それを耳に当てた。
「はい、瀧波です」
『あら、和樹君。やっと出てくれたわね』
和樹と呼ばれた少年は、端末から聞こえた妖しげなソプラノに、無意識に顔を顰めていた。
「・・・御当主殿。何度も申し上げているはずですが、自分のような小間使いには葉山執事長や青木第四執事を介してください。それから、こんな夜半にお電話など、御当主殿のお体に触ったりでもしたら、自分は葉山執事長に何と申し上げればいいのか分かりませんので」
和樹が当主と呼んだ女性――『十師族』四葉家の現当主、四葉真夜である。
四葉家は、十師族――日本魔法師界で最有力とされる二十八家の内、四年に一回の師族会議で選定される十家――の武力の筆頭とされている一族で、兵士としての魔法師を唯一貫いている家でもある。だが、魔法実験の中には、魔法師自体の生命に関わるモノも含まれているため、十師族では『異端』と言われている。
彼女自身も魔法師の間では『
『心配しないで大丈夫よ。貴方に身体をイジってもらった時に、ある程度治っているからねぇ』
「それでも、です。せめてもう少し体面を気にしてください。自分は今、十師族
『あらあら、心配してくれているの? そのことなら大丈夫よ、臨時の師族会議で正式に貴方を
少なくとも和樹にとっては重要な案件をさらっと流す辺り、流石十師族といったところか。
それを聞いた和樹は、苦虫を潰した表情をしたが、それが言葉に出ることはなかった。
「そうでしたか・・・。でしたら、自分に少し暇を出して頂けませんか?」
『理由を聞いても良いかしら?』
「そんな深い理由などありませんが。・・・強いて言うなれば、高校生活を楽しみたいというのが一番ですね」
軽く考えるそぶりを見せ、苦笑いと共に和樹は続ける。
『分かったわ。学期中はあまり貴方に仕事を流さないように、葉山さんたちに言っておくわね』
「ありがとうございます。ですが、第一高校に害をなそうとする不埒な輩の情報は逐次お願いします」
『ふふっ、本当に貴方って人間は面白いわね。こんな人が四葉の小間使いだなんて、勿体無いわ』
「はぁ・・。御当主殿が何をお考えなのかは知りませんが。自分は自分。役職などただの飾りだと思いますから」
『ふふっ、その通りでしょうね。・・・じゃあ、和樹君。いつでもまた本邸にいらっしゃい?』
「御意」
その言葉を最後に通信は切れた。
だが、和樹は端末をしまうことはせず、地面に腕ごと強く叩きつけた。
(・・・クソ、何が”御意”だよ)
そう心の中で毒づくと、和樹は徐に立ち上がる。
精神統一のために目を閉じた和樹は、静かに呪言を呟く。
「竜の神霊よ、我らに力を示し給え。大地の龍脈よ、神霊たちに源を分け給え。我は蟒蛇の化身なれば、天に浮くこと児戯に等しきなり」
その呪言が終わると和樹の足元には円形の魔法陣――中心に龍のような紋章のある――が顕れた。
それと同時に、和樹の背に先ほどと同じ龍の翼が浅葱色の光の粒子によって形成され始めた。
それが終わると和樹は深呼吸を一つ、ゆっくりとした。
「……フッ!」
翼が羽ばたくのと同じタイミングで垂直跳びの要領で地を蹴ると、途轍もない勢いで風が吹き荒れた。
そして、風が収まった時には和樹の姿は、その場にも、周囲を見渡し確認しようとも、見えなくなっていた。
残念だったな。これはまだ、序章に過ぎぬのだ!
本当にすいません、出来心なんです怒らないで下さいお願いします。(←土下座
……はい、仕切り直して。
どうもおはようございます、橘 柚子です。
えぇ、また次回に先送りです。本編は。
批評や感想、誤字脱字などのご指摘があれば、メッセージをお願いします。
このような拙い文章ではありますが、楽しんで読んで頂ければ幸いです。