―――ねぇ、あの子たち、ウィードじゃない?
―――こんな早くから、……補欠なのに、張り切っちゃって。
―――所詮、
聞きたくもない会話が、意識の壁を越えて俺の耳に流れて着いた。
俺は自分に害のありそうな
実に面倒臭い本能ともいえる条件反射の所為で目が覚めてしまった。全く、両方とも迷惑なモンだ。
ウィード、というのは
ブレザーの左胸と両肩に八枚花弁を持つ生徒――一科生をそのエンブレムの意匠から『
第一高校の生徒定員は一学年200名。
その内の半分の100名が第二科所属として入学する。
そして、第一高校は国立魔法大学の附属校であり、魔法技能師育成のための国策機関だ。
政府から予算を受けているので、一定の
それは魔法科大学、及び魔法技能専門高等訓練機関に、毎年100人以上の卒業生を供給することだ。
しかし、残念ながら魔法教育には必ずしも事故が付きまとう。
その多くは実習や実験の最中で、ほんの小さな魔法の失敗でも簡単に「チョットした」では済まされない大事故に直結してしまう。
だが、魔法の資質を持つ生徒たちは命の危険にもつながることを承知の上で、あやふやな”魔法”と言う自身の才能や可能性に己の未来を賭して、魔法師への道を歩む。
稀有な才能を秘め、それが社会的に高い評価を受けるものならば、その才能を捨てられる人はそうはいない。
それが人格的にも理性的にも成熟していない少年少女だとしたらなおさらだし、俺だってそうだ。
そして、未成熟である故に“輝かしい未来”の想像図しか思い描けなくなる。
それが悪であるとは一概には言えないが、一度でも固定化された価値観で行動してしまったことで傷を負う魔法師がいることも事実だ。
幸い、一世紀に及ぶ魔法実験のノウハウの蓄積によって死亡事故や後遺症の残る惨事は減少している。
しかし、魔法の才能と言うのは心理的な原因で簡単に
そして、事故のショックで魔法の存在に懐疑的になった者は、魔法を使えなくなる。
実際に魔法事故が原因で退学していく生徒は少なからずいる。
その穴埋め要員が『第二科制度』で入学した俺たちだ。
学校に在籍し、授業に参加し、施設や資料の使用を許可されている。
けれども、魔法教育で極めて重要な『魔法実技の個別指導』を受けられない。
独力で学び、自力で結果を出す。
それが出来なければ、二科生は普通科高校の卒業資格しか得られない。
普通科高校の卒業資格では、魔法大学に進学することは出来ない。
なぜ、ニ科生は個人指導が受けられないかというと理由は簡単で、魔法科教員免許を持つ魔法師は、現時点では生徒数と比較すると極端に少ないことが理由だ。
それこそ、魔法師の卵や雛鳥を選別しなければならないほどに。
それがどう、一科生とニ科生の差別に荷担しているのかは、いつか説明するとして。
(・・・やっぱり、キッツイなぁ。あの結果は)
さっきは深雪ちゃんの手前、ああ言ったが本音を言えば悔しい。
出来ることなら俺も遙か高みを見て、それを達成したい願望だってある。
だが、俺の生来持っている魔法と受け継いだ魔法のせいで、魔法演算領域を9割以上奪われているから、どうやったって一科になることは出来ない。
そして、俺はその魔法たちをどうやっても捨てられない。
「はぁ・・・」
無意識に口を突いて出た溜め息に、俺は自己嫌悪に陥った。
これじゃあ、また達也に変人扱いされかねない。
「どうした、寝るんじゃなかったのか?」
俺のため息に気付いたのだろうか、達也が声だけを掛けてきた。
意識はたぶん、端末か何かに向いているんだろう、メカオタクめ。
「いやまぁ、本当の家族のことを考えちまってなぁ…」
「・・・そうか」
俺の言い訳に何か言いたそうな顔をしていたが、達也は何も言わなかった。
きっと俺のことを慮ったのかもしれない。万年仏頂面のくせに気だけは良く利くからな。
・・・今はありがたいが。
話が逸れたが、達也たちには俺は、親のいない捨て子だと嘘をついている。
なぜならそれは、俺自身が打診したことであって、昔十師族に要求されたことでもあった。
『俺はもう過去を気にせずに、生活したいです』
『それならば、貴殿には表社会での《龍ヶ崎家》に関する一切の言論、及び行動を自重して頂きたい』
その時、締結された制約でもある誓約がこの一言だ。
これを順守しないと、俺は
十師族如きに追い立てられようが、逃げ切ることと生き残ることに自信はあるにはあるのだが、それが一生となると面倒だ。
だから、今は静かに従っている。ま、
いや、そう言う話じゃなくて。
達也の『心中察します』みたいな反応に俺は、多少思う所もなくはない。
だけども、俺はこの平穏な生活を壊したくはないので、話せないし話さない。
「新入生ですね? 開場の時間ですよ」
不意に聞こえた女性の声に、俺は考え事を中断した。
達也も移動しようと思っていた矢先だったようで、中腰のまま数瞬止まっていた。
「すいません、すぐに行きます。・・和樹」
「・・・あいよ、っと」
達也の合図で俺は凭れていた桜の木から立ち上がり、達也の横に並んだ。
そこで、女性は俺に気付いたようでわずかに目を見開いていた。
まず、俺が目についたのは、制服の右腕の肩に近い位置に付けられた白い腕章。そこには、生徒会の文字が書かれている。どうやら生徒会の先輩のようだ。
次に、左腕に巻きつけられた幅広のブレスレット。
それは、現在最も普及しているタイプよりも大幅に軽量、薄型化が図られ、デザイン性も考慮されている最新式のCADだった。
別称として、デバイスやアシスタンスと言うのがあげられる。この国では
CADは魔法師に魔法を行使するための起動式――呪文や呪符、印契、魔法陣・魔法書などの伝統的な手法や道具に代わる現代魔法の設計図――を提供するための精密機械だ。
精密機械とは言っても、大戦時に起きた主要国家の度重なる
現代魔法では、一つの単語や一つの文節によって使い分ける呪文は未だ開発されていない。
呪符や魔法陣を併用したとしても、短くて十数秒、ものによっては一分以上の詠唱を必要とする複雑な魔法を、CADを使えば一秒未満の簡単操作で取って代えられる。
CADを使わなくとも魔法は発動させられること自体は出来るが、高速化されたCADを使った魔法発動よりも何倍もの時間を擁し、なおかつ個人の素質によって左右されてしまう。
だからと言っては何だが、現代魔法師としてCADを所持することは普通であり、重要なことになっている。
最近では『
――余談はここらにしておいて。
達也の横に立って、俺は生徒会の先輩の方へ向く。
身長は俺たちよりも20センチ以上低い、がかなりグラマラスなプロポーションをしている。
腰にまで届くほど長い、緩くウェーブの入った黒髪は、良く手入れがされているのか、とても艶やかだ。
容貌は見まごうことの無い美少女で、おっとりとした両の瞳は貴石のように澄んだ紅色をしていた。
だが、どうしても素直に綺麗な人だ、と思えないのは俺が捻くれているせいなのか。それともこの先輩になにか原因があるのか。
・・・多分、前者だろう。こんな人に限ってそんなことはないハズだ。
「あら、もう一人おられたんですか。気付かなくてすみません」
「これは癖のようなものなので、お気になさらないで下さい」
先輩の謝罪に失礼にならない程度に返しておく。
「そうなんですか、どうして?」
「いや、ちょっと厄介な人に師事を仰いでしまったモノですから。……それで、ご用件は何だったのでしょうか?」
「あ、そうでした。入学式の開場の時間になったので移動案内を」
「わざわざありがとうございます。えぇと」
「あ、自己紹介がまだでしたね。私はこの学校の生徒会長を務めています七草真由美、と言います。七草、と書いて、さえぐさ、と読むんです。よろしくね?」
七草と言った先輩は小さく咳払いをした後、簡単に自己紹介をした。
それは、語尾に音符のマークが付いていても何もおかしくない軽々としたものだった。
だがまあ、哀しいことにそういった性格の人種には慣れているので、苦手意識や意外感なんてものは微塵もない。
――しかし、彼女の苗字は、俺
なぜなら、『七草』という一族が、十師族の二大筆頭の片割れであることに起因する。
魔法師の能力は遺伝的素質に大きく左右される。
故に、魔法師としての資質には、家系が強い意味を持つ。
そして、この日本では魔法に優れた遺伝的素質を持つ家には、慣例的に数字が組み込まれた苗字が与えられる。
それらの総称を
七草家の魔法適性は“苦手らしい苦手がない”、
裏の魔法師界では情報戦を得意とし、清濁併せ飲む、武力筆頭の四葉とベクトルは違うが同程度の危険だと俺が感じる師族だ。
だが、それは現当主の七草弘一のことであって、それが次期に持ち越されるかどうかは分からない。
それに、俺に対して龍ヶ崎に関連するものの封印を命じてきたのもあの男だった。
どこから情報が露呈するのかもわからないのは、総じて不利だな。
しかし、と言っては何だが、
具体的に言えば、人を騙す妖狐や化け狸の資質だ。
だから、ひとまずは安心して学校生活を送ることができるだろう。
「自分は司波達也と言います。そしてこっちが」
「自分は司波の義弟の瀧波和樹と言います。以後よろしくお願いします、七草生徒会長」
先に挨拶をした達也に視線で促され、達也と同じように自己紹介をした。
「司波達也くんと瀧波和樹くん……そう、貴方たちなのね……」
俺たちの名前を意味ありげに反芻した会長の視線には、他の一科生のような軽蔑や嫌悪といった負の感情は籠っていなかった。ただ単に、俺たちの名前を聞いて(控えめにだが)驚いているようだった。
その上、俺にとっての問題は最後に呟かれた言葉だ。
中学時代に色々とヤンチャをしたことのある俺にしたらこの呟きは居心地の悪いもので、どこかで達也たちに迷惑のかかることをしたのだろうかと、内心恐々しながら聞いてみる。
「と言いますと?」
すると、表情から俺の内心を読み取ったのか、会長はクスッと軽く笑った。
「大丈夫よ、瀧波くん。貴方の思ってる事とは違うから」
「と仰いますと?」
今度のは、達也だ。
「先生方の間では貴方たちの話で持ちきりなのよ?」
「それは一体?」
もう一度、同様の質問をする達也。
初対面や年上の人に言葉少なになるのは、達也の悪い癖だ。本人は、万が一のことを警戒してなのだろうが。
「それはね。入試試験の7教科平均が二人とも100点満点中96点。
特に圧巻だったのは、魔法理論と魔法工学。合格者の平均点が70点にも満たないのに、司波くんは文句なしの満点で、瀧波くんはケアレスミスで惜しくも98点。前代未聞の高得点だって」
くっそぉぉぉぉ、達也に負けたぁぁぁぁぁ!!
心の中で頭を抱え、叫びたい気持ちを抑え無言を貫く。
今まで、達也に負けないように死ぬほど机と向き合っていたのに、それでも負けるのかよ。
隣を見ると、達也は澄ました顔をしているが僅かに口角が上がっている。
ムカツクな、おい!!
今の俺が出せる最大の怨念を込めて達也を睨みつけると、案の定、達也は笑みを濃くした。
「ふふっ」
いきなり聞こえてきた笑い声に俺と達也は顔を見合わせた後、会長を見た。
「どうされました、先輩?」
まず、達也が感情も生気も消えたような顔で聞く。
「い、いえ。何にもないわよ?」
当の会長はまだ、口を押さえている。
「そんなに面白かったですか?」
俺は心底嫌そうに顔を歪め、別の方向へ視線を向ける。
こういう演技は得意中の得意だ。
「い、いえ。貴方たちを見ていると楽しそうで良いなって思っちゃって。でも気を悪くしたなら謝るわ。ごめんなさい」
「いえいえ、謝られるほどのものでもありませんし、自分たちもからかいすぎました。すいませんでした」
「すいませんが、自分はこれで失礼させて頂きます」
こんな空気感が余り得意じゃない達也は、生徒会長に浅く頭を下げ、少し逃げるように講堂へ歩き出した。
その顔には、微少に焦りの表情が浮かんでいた。若いな、達也は。
「では自分も失礼させて頂きます」
流石に、一対一で七草生徒会長と平穏に話せる自信はないので、俺も達也の後を追おうとした。
「ええ、じゃあまたお話しましょうね?」
「そうですね、機会があれば」
最後に見た会長の笑みは、何処か次の展開が分かっているようなものだった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
先に講堂に入っているはずの達也が、その講堂の入り口で止まっているのを見つけて、声を掛けようと思ったのだが。
「どうしんだよ、何かおかしいヤツでもいたのか?」
「周りを良く見てみろ」
いきなり変なことを言いだした達也に、呆れそうになったのだが講堂の中を見渡してみると言いたいことは分かった。
「一科が前で、二科が後ろ……てか、席順ってあったのか?」
俺の記憶では無かったはずなんだが、何故だ?
クラスや出席番号などは入学式の後に、入学通知と同じ封筒に同梱された生徒IDカードに事務室で上書きされることになっている。だから入学式の席順は本来、自由でこうもキッパリ分かれることはないはずだ。
それならば、理由はほぼ一つに決まる。
「差別意識、か」
「比較的弱者の方が強く意識をしてしまうタイプだ」
達也の言ったことも一種の生きる智恵で、生物学的にも一理あるものだ。
だがそれでも、やはり近くにいて気持ちいいものではないだろう。蔑む空気も自嘲する空気も、俺は嫌いだ。
「うわ~、俺のクラスはそんな奴が少ない方がいいな。切実に」
「そう言うな、案外楽しいかもしれないだろ?」
「お前がそんなことを言うとはねぇ。――録音しておけば良かった」
「待て、お前はそれを何に使うつもりだ!?」
いきなり、俺の肩を掴んで声を荒げる達也。
それに俺は、何とも言えないような表情を作って、弁解する。
「いやいや、変な事には使えねぇよ。……ただ深雪ちゃんに横流しするだけで」
「おい待て、それは……別に大丈夫か」
「だろ? ならいいじゃないか」
「何も加工をしなければ、の話だ」
「そ、そんなことするわけないじゃないか」
「ダウト1、だ」
「そんなに俺は信用ならないのか……?」
「自分の胸に聞け」
「うわー、非道だぁー、あんまりだぁー」
「和樹、いい加減にしろ」
「分かってる、わざに決まってるだろ」
表情を引き締めて、達也の眼を見て話す。
その時に、達也は呆れられたような表情をしていた気がするが知らん、どうでも良い。
「まあ、どんなことをされてもお前らが居場所になってくれればいいさ、俺は」
「ダウト2、リーチだ」
「それはないさ、達也。俺は
「勝手に一人になるなよ?」
深雪が淋しがる、と続けた達也に訝しむ視線を送るが、全くの無反応。
こうなったら俺は。
「分かってらぁ」
こう返すしか選択肢がなくなる。
聞く人によっては軽くない軽口を叩きながら、椅子のクッションに身をゆだねていると。
「あの、お隣は空いてますか?」
「え? あぁ、はい、どうぞ」
「ありがとうございます」
その声に対して、軽い会釈を返事代わりにして俺は背もたれに体重を預け、瞼を閉じた。
だが、またもや意識が完全に落ちる前に、声がかけられた。
「あ、あの…」
「何でしょうか?」
声を掛けられて出来る限りの愛想笑いで応対する。
「私は、柴田美月って言います。これからよろしくお願いします」
クレームか何かと思っていた矢先に突然の自己紹介。
正直、いきなりなんだと思ってしまったのだが、失礼にならない程度に返答する。
「自分は瀧波和樹と言います、こちらこそ。……それで、コイツが」
「ん? ああ、司波達也と言います、よろしく」
達也にも無理矢理、自己紹介をさせてこの場を終わりにしたかったのだが、そうは問屋が卸さなかった。
「あたしは、千葉エリカ。よろしくね、司波くん、和樹くん」
千葉さんはどこか含みのある語調で、俺の名を言った。
「こちらこそだが、和樹…お前は千葉さんと知り合いなのか?」
「あれ、そうだっけ? 少なくとも俺は知らないけど?」
「ヒドーイ。和樹くん、昔にウチの道場で住み込みで剣術をしてたじゃない」
「千葉さんはこう言っているんだが?」
そんなこと、言われるまででもない。
俺は昔のことは、余り憶えないようにしている。
だが、人との繋がりの記憶は否が応なく記憶してしまうのだから矛盾しているが。
まあ、それも友好関係のためじゃないのが、嫌味なものだけどな。
「あー、そういや、師匠の伝手で行かされたっけな。その時の女の子かな、千葉さんは?」
頭の片隅から記憶を引っ張り出して照合してみる。
「やっと思い出した? それでも、今まで忘れてたなんて心外だよ?」
「いやぁー、あのころとは違って大人になってるし、あまりに綺麗だったから、別人かと思っちゃったよ」
「そ、そう? なら、許してあげなくもないけど」
俺の言葉にエリカは、頬を少し朱く染めていた。
やっべ、選択肢を間違えた。これ深雪ちゃんに殺されかねないぞ!
「瀧波さん・・・」
「和樹、お前……」
柴田さんのどこか悲しそうな目と達也の呆れかえってどう深雪ちゃんに告げ口してやろうか思索する視線が俺に突き刺さる。
柴田さんもそんな目で見ないで! これは俺の本心が出ちゃっただけなんだから。
達也、お前は後で覚えておけよ、利子を付けていつか晴らしてやる。
「あれー? エリカちゃん、何でそんなに赤くなってるのかなー?」
「へっ? 何でもないよっ? ホントなんだから!」
「私たちはまだ何も言ってないよぉー?」
俺の隣で、それも俺たちを空気にしながらガールズトークというもので盛り上がる女子たち。
「はいはい、エキサイトしてるのは良いんだけども、もうすぐ入学式が始まるから静かにしような?」
「う、うん……」
『これより、西暦2096年度国立魔法大学附属第一高校の入学式を始めます――』
エリカが言い淀みながらも返答した瞬間に、講堂の舞台に上がった司会から入学式の開式が発せられた。
はい、頑張ってます、橘柚子です。
最近滞っていた更新をテスト最終日だった今日やっちまおうと思いました所存です。
文章の構成面が著しく後退しているので読むに堪えなかったかもしれませんが、本当にすいませんでした。
また、批評や感想、誤字脱字等々何かありましたらメッセージをよろしくお願いします。
最後に、この拙い駄文で楽しんで頂ければ、こちらとも幸いです。
2014/10/11 本文改訂、及び不足分を追加