陽の目を持つ女   作:warlus

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「待て、そこの女」

マタハリがカルデアの廊下を歩いている時の事だ。

マスターからお茶でもしようかと誘われ、自室から向かっていたところに背後から声を掛けられた。

その尊大な男性の声音に十中八九王様のサーヴァントだろうと辺りをつけたマタハリであったが、振り返ってみればやはり王の中の王とも言える存在がそこにいた。

長い歴史を誇るエジプト王朝の中でも、もっとも大きな繁栄をもたらした王、ファラオオジマンディアスだ。

「あら、これは偉大なる太陽王様。私の様な一踊り子にどの様な御用向きでしょうか」

しずしずと深くお辞儀をしながら、マタハリは最大の敬意を相手にみせる。

諜報官として暗躍してきたマタハリには、相手に合わせて礼を尽くす事は既に身に染みついた事であった。

「よい、顔を上げろ。余の尊顔を見て、言葉を交わす自由を許そう」

オジマンディアスの言葉に、マタハリはもう一度スカートの端を持ち上げて礼を示し、顔をあげる。

「偉大なファラオのご尊顔を拝見出来て、光栄の至りでございます」

そのあまりに自然な一連な動作は、知る人が見ればため息を漏らすほどに美しく洗練された動きであったが、当のオジマンディアスはつまらなそうにフンと鼻息を一つつくばかりだった。

「茶番はそこまでにしておけよ、暗殺者のサーヴァント。

生前はそれぞれに立場があれど、今の貴様と余は同じ一騎のサーヴァント。

過ぎた敬意は、時に無礼となるぞ」

「あら、そんな事を言っていただけるのですね。それでは少し崩した態度で接っさせていただきますわ、ファラオ」

少し雰囲気が柔らかくなったマタハリに対し、オジマンディアスは漸く満足そうに眦を下げる。

「よい、許す。まったく、ニトクリスめもこのくらいに理解いただければ楽というものを…いや、ここでは関係の無い話であったな」

「それで、ファラオは私になんの御用ですか?」

ブツブツと何かを呟くオジマンディアスに、マタハリが言葉を促す。

「わたくし、今マスターに呼ばれているのですけれど」

「うむ、立華には後で余から言っておこう。今は王の勅命である、とく許せ」

さっきは王も踊り子もないと言っていたくせに、という言葉をマタハリはすんでのところで飲み込む。

「貴様、名をなんという」

「今はマタハリで通していますわ、ファラオ」

「そう、マタハリだ。立華の話によれば、その言葉の意味する所は『陽の目の女』だそうだな」

瞬間、マタハリにはざわりと空気が震えた様に感じた。

目の前の男から発せられる空気が、明らかにそれまでと別な物に変質していたのだ。

「…ええ、そういう意味の名を戴いておりますわ」

ゴクリと、一つ息を飲み込んで辛うじて声を出す。

今この瞬間において、言葉を発するという事はそれだけのプレッシャーであるようにマタハリには感じられたのだ。

「つまり、貴様の家系には太陽に類する血縁を持った者がいるという事か、貴様自身に太陽としての加護があったか…それとも、」

ギロリと、オジマンディアスがマタハリを見据える。

それだけで、マタハリは身体の全身に感じたことの無い悪寒が走るのを感じた。

今この瞬間、自身の命はこの男の意志一つに委ねられてると、本能で理解したのだ。

社交界、舞踏会、数多くの政略謀略が渦巻く戦場を闊歩してきたマタハリが、恐怖で身をすくめたのは無理もない。

なぜならこれは敵意でも無ければ殺意でも無い、神代で王として君臨したものが持ち得る、裁定者としての王気による圧迫感であるからだ。

「それとも、貴様が余の許しをなく太陽の名を騙っているかだ」

「っ…」

マタハリは何も言えず、その場で一歩退がる。だが、それだけで既に答えている様な物であった。

「本来であれば、我が太陽の威光を騙らんとする者がいれば、その場で誅殺をくれてやる所だ。

だが、先も言った様に我らは立華に呼ばれた同じサーヴァントだ。

余にとって咎人であったとしても、死ねばあやつは哀しもう。

それ故に、貴様に一つ寛容を与えてやる」

「…それは、なんでしょう」

辛うじて絞り出したマタハリの声は、喘ぎ声の様でもある。

「簡単な事だ、貴様が太陽を語るにだけたる存在である事を、余に証明して見せよ。それがそのまま、立華にとって役立つ存在である事への証明にもなろう」

「証明…?」

オジマンディアスはその威圧を消さぬまま、鷹揚に応える。

彼にとって王としてある事は、それだけ当たり前のことなのだ。

「そうだ、貴様はその瞳の輝きを持ってして、太陽と讃えられた。

余にその目を見せてみよ」

そう言って、そっと優しくオジマンディアスはマタハリの頰に触れる。

マタハリは優しく持ち上げられた顔をなすすべなくオジマンディアスに晒す事となった。

「ふむ…なるほど、余のネフェルタリには遠く及ばぬが、確かに美しい瞳をしている。

今は恐怖に濁っているが、それは余の王気に当てられたならば仕方のない事であろう」

一見すれば肯定している様な言葉ではあったが、オジマンディアスの物の鑑定をする様な目つきに、マタハリはまったく安心できなかった。

「だが、やはり太陽の名を語るには、あまりに弱い。弱く、乏しいな。

まず何よりも貴様自身がその光を信じられず、どうしてそこに陽を灯せるというのか」

「…っ」

その言葉が、それまでのマタハリの恐怖を全て掻き消してしまうほどに、何よりも深く突き刺さった。

それまでの威圧など、自身の全てを見られる事の恐怖に比べれば、いかほどのものだというのか。

「…ならば、その輝きを灯せるだけの何かを余に見せてみよ。

さすれば今回は不問としよう」

真っ白になって固まっているマタハリに、オジマンディアスはそう一方的に告げると、すっと彼女の頰に当てていた手をはなして、一歩退いた。

だが、肝心の彼女には芯を刺された衝撃で、もはや彼に何を求められているかさえ判然としなかった。

「何か…?」

「そうだ、何かだ。貴様がサーヴァント足らんとするその輝きで貴様に足りぬ陽を補う事で、今回は不問に致そうと言ってるのだ。

さあ、疾く見せてみよ」

彼女は考える。

自身がサーヴァントである理由を、その特技を。

そう彼女は今、それについて考えねばならぬ程に、思考が麻痺していたのだ。

そして勿論、その様な状態で目の前の裁定者が満足するだけの物が見せられるとは、マタハリにはとても思えなかった。

この男を前にしてしまえば、自身の積み重ねてきた数々の技がほんのガラクタのように霞んで見えてしまうのだった。

端的に言ってマタハリは、この時自身の死を覚悟した。

「…できぬか。

ならば貴様に余が誅罰を下そう」

そしてオジマンディアスは手に持っている杖を少し高く掲げる。

それをぼんやりと見上げながらマタハリは今際の際で、最後に彼女を喚んだ一人の少年を想起した。

 

「ちょっっっとまったぁっ!!!」

 

オジマンディアスがその杖を振り下ろさんとしたその瞬間、廊下に少年の大きな叫び声が響き渡った。

「待ってくださいオジマンディアス!

マタハリがいつまで経っても来ないと思えば、貴方何してるんですか!」

マタハリが本来向かう所から走ってきたのは、誰であろうたった今彼女が思い描いた、彼女達のマスターであった。

オジマンディアスは、向こうから掛けてくる藤丸立華の姿を確認すると、露骨に不機嫌そうに顔を顰めた。

「立華か、いかにマスターであれ手出しは不要だ」

「そうもいかないよ、こんな場面見過ごせる訳ないでしょう!?」

二人の側まで寄ってきた藤丸が声を荒げる。

「それでもだ、たわけ。

これは王としての裁定だ、貴様とて邪魔立てするのであれば命を捨てることを覚悟しろ」

「うっ…確かに命を取られるのは嫌だ。

でも、マタハリを貴方に殺されるのはもっとやだ!

貴方も彼女も、僕には必要だから!」

ひるみながら、それでも藤丸立華は堂々と言い放つ。

オジマンディアスから流れる明確な敵意と王気にも、遅れを取る事はない。

今までどんな状況であっても、彼は散々虚勢を張り続けて来たのだ。

ならばここでもう一つ勇気を見せたとしても、彼にとっては変わらぬ日常のうちであった。

「よかろう、余が支えるマスターがそこまで言うのであれば、何か対価を出せ」

「令呪3画」

即断だった。

言葉を放った次の瞬間には、彼の手の甲の赤い輝きと彼自身の魔力の大部分が失われていた。

その魔力全てを受け取ったオジマンディアスは、先ほどまでの険のある表情を収めて、満面の笑みを浮かべた。

「ハハッ、フハハハハハッ!

よい、よいぞ、その覚悟!確かに対価を受け取った!

そこの女、マスターの献身に免じて、僅かばかりの猶予をやろう。

今晩余の部屋に来い、そこで先ほどの問いの返答を聞こう」

オジマンディアスはそう言うだけ言ってしまうと、高笑いとともにその場から去っていった。

後に残されたのは、疲労困憊の藤丸立華と、困惑を隠しきれないマタハリのみだった。

(続く

 


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