「地域教皇、これ以上は持ちこたえられません! 」
仲間たちの叫びが耳を打つ。当然なのだ、こうなったのは当然のことなのだ。自分たちのような零細な、地域に隠れ潜んで生きてきた組織が巨大な組織相手に、戦いを挑むなど無謀すぎるのだ。勝ち目などあるわけがないのだ。
「無駄な抵抗はよせ!ここに『あの男』はいない。あの時のようにはいかんぞ! 」
そうだ、以前に彼らを打ち破ることのできたのは、あの男、まさしく英雄と呼ぶべき男の協力があってこそだったのだ。本来の自分たちの力だけでは彼らに到底勝てるわけがないのである。
「(だけど.....だから見捨てるというのか?.....) 」
これはあの時の恩を返すため、そして国家の利益のために見捨てられようとしている『救われぬ者』を救うための戦いだ。自分たちの信念を貫くための戦いだ。それを曲げてしまっては自分たちがこの現代まで生き残ってきた意味がなくなってしまう。
「そうだ......ここで引くわけにはいかない.......負けるわけにはいかないんだ! 」
地域教皇たる彼の叫びに仲間たちの視線が集まる。そして間髪入れずにその全てが彼の言葉にうなずいた。
そう、彼の思いは皆も同じ、皆が掲げる信念なのだ。
「よく聞け落陽の帝国兵、ここからが俺たちの信念を貫くための戦い、信じるもののための戦...... 」
真上に手にした刀を振り上げながら彼は叫ぶ。
「これからの俺たちの戦いは、この信念のための戦いだ! 」」
刹那、高々と発せられた言葉と共に、イングランドの空に鮮やかな真紅の花びらが舞い散った。
「仏......?それは、どういう意味ですか!? 」
驚愕の表情を浮かべる神裂に楠木は苦笑を浮かべた。もちろんその苦笑は神裂に対してではない。それはこうも自然に彼女に自らの特性を明かしてしまった自分にである。
「(こいつのまっすぐな表情見てると昔の俺みたいでつい気を緩めてしまうんだよな......) 」
そんなことを考えつつも、その内心は一先表に出さずに楠木は、その表情を緩めず、城の外で唸りを上げる大狛犬の改造霊装、『666の獣』に向けて、改めて日本刀『小龍景光』の切っ先を向けた。
「詳しいことは後で話すさ。今はともかくこの目の前の敵をどうにかすることが先だ 」
楠木の言葉と同時に、勢いよく地を蹴って『666の獣』が城に向かって飛び上がった。
「来ます! 」
「焦るな、この城はそう簡単に崩せはしない!」
身構える2人だったが。直後予想外のことが起こった。
今まさに城にとびかかろうとしていた『666の獣』が突然空中で爆発したのである。
「な!? 」
「くっ! 」
予想外の出来事にあっけにとられて動けなかった神裂の手を引っ張って空中に飛び上がった楠木は首を傾げた。
「(何故だ?何故、せっかく改造した霊装をこうもあっさりと?)」
不可解に思いながらも、ともかく今は距離を置くのが先だと思い直し、楠木は神裂のほうに顔を向けた。
その刹那だった。至近距離で振るわれた日本刀が楠木の体を切り裂いた。
「な.....に..... 」
全身から力が抜け、そのまま落下していく楠木は信じられない思いで上空から同じく落下してくる神裂を見上げた。
彼女が自分を裏切ったのだろうか?一瞬そう思った楠木だが、直後にそれが誤りだと気付いた。なぜなら見上げた先にいる神裂はいったい何が起こったのかわからないと言いたげな混乱した表情を浮かべていたからである。
「(俺を斬ったのは神裂の意思じゃないってことか?じゃあ、いったい?) 」
地面に何とか受け身の態勢をとって転がりながら楠木は、思考を続けた。
「(もし何かされたとすればさっきの爆発の時になる.....相手は『666の獣』......) 」
胸の傷はそう深くはない。なかば本能的に神裂の斬撃から身をそらしたことで、致命傷を避けたおかげである。もっとも強烈に痛いことには変わりはないが。
「(痛ってえな......まあおかげで意識がはっきりしてるんだから不幸中の幸いってやつかな.....) 」
そんなことを思いつつ楠木は体を起こし、かろうじて手から離さずに済んだ刀を改めて握りしめる。
「楠木さん! 」
身体の前面を鮮血で染めている楠木に慌てて駆け寄ろうとした神裂に楠木は叫んだ。
「来るな!今のお前じゃ俺を殺してしまう!」
その言葉にびくっと体を震わせて神裂の動きが止まる。
「神裂、さっきの爆発でお前ケガしてないか? 」
楠木の問いに神裂は自分の体を見渡し、そして今更ながらにその右手の甲に傷がついているのに気付いた。
「え? 」
そして同時に気づいた。右手についたのは傷だけではなかったことに。
「神裂、その右手の刻印が何を意味するか分かるだろ? 」
右手に表れている刻印、『獣』を表す数字。
「666の.....刻印? 」
そう、神裂の右手には『666の獣』に刻まれていたものと同じ、『黙示録』に出るところの『獣の刻印』が刻まれていたのだ。
「あの爆発は、操り人形を作るためのものだったんだ。さすがは異端審問局が改造しただけのことはある。下手な模造品より優秀な性能だな 」
『ヨハネの黙示録』には獣について次のような記述がある。
『また、小さき者にも大きな者にも、富める者にも貧しき者にも、自由な身分の者にも奴隷にも、すべての者にその右手か額に刻印を押させた 』
獣が人々を従わせるために彼らに刻むのが『獣の刻印』と呼ばれる印であるというこの記述を異端審問会は忠実に再現したといえるだろう。
すなわちなんらかの手段で『刻印』を体に刻まれたものは『666の獣』、正確にはそれを操る者の支配下に置かれるということである。
「(だがまだ、神裂は完全に支配はされていない。たぶん聖人であるが故に支配が右手だけにとどまっているんだろうな......だけど......) 」
部分的にしか支配されないといっても、もし先ほどのような攻撃を額、頭部に受けてしまったらもはや取り返しのつかないことになる。そうなれば神裂は完全に操り人形になってしまうだろう。
「(ともかく神裂を、これ以上攻撃にさらさせるわけにはいかない.....) 」
楠木はしっかりとその視界に捉えていた。先ほどの爆発で飛び散った破片の突き刺さった地面から無数の『666の獣』が形造られているのを。
「神裂!右手が疼くだろうがなんとか抑えていてくれ! 」
そう叫ぶと楠木は地を蹴って走り高跳びの要領で神裂の頭上を飛び越えた。
一瞬神裂の刀身が動きかけたが、すぐに彼女自身が無事な方の手で右手を抑え込み、首を上げて頷いた。
神裂に頷き返して、楠木は今も次々と地面から湧き出している獣たちの群れに突っ込んだ。
「レナート!あいにくだが神裂をお前らの好きなようにはさせないぜ! 」
迫りくる獣たちの攻撃を紙一重のところで躱しながら楠木は、獣たちの群れの向こう、地面に刺さる小さな逆十字架に視線を向ける。
『ほう......できますかな?』
その逆十字架から放たれる声と共に楠木の行く手を阻む形で前後左右から隙間なく、獣たちがとびかかってくる。
「『血風湊川!』 」
楠木の叫びと同時に、全方向から飛びかかろうとしていた獣たちが一斉に吹き飛ばされた。
いや正確にいえばごくわずかな時間差をおいて順番に『殴り飛ばされた』といったほうが正しい。
『ほう......仏の名は伊達ではないようですね。一瞬とはいえ力天使73体分の天使の力(テレズマ)を使役して見せるとは.......これは思いもよらない収穫です 』
「そうかよ。勝手に満足しておけば良いさ。だが今は引いてもらうぜ 」
楠木は一瞬という時間を超えたまさに韋駄天となって地面の逆十字架に向けて迫り、その刀を振り上げた。
「あんたたちがなにをしようと、俺の信念は変わらねえ。救われぬ者に....... 」
その刀身を勢いよく振り下ろしながら楠木はその言葉を叫んだ。
「救われぬ者に、救いの手を! 」
刹那、凄まじい轟音と巨大な閃光と共にすべてを操っていた十字架は破片となって飛び散った。
久しぶりに投稿できました(汗)見てくださっている数少ない読者の皆様お待たせしてすみませんでした。
今回の話では、神裂があの 「魔法名」を名乗るきっかけとなった場面というコンセプトで書いてみました。実はこの時点で神裂は『魔法名』を持っていないいう設定にしています。
何故かというと魔法名は『魔術師』が名乗るものだからです。神裂はイギリス清教の一員として作品に登場した際に『魔術師』として魔法名を名乗っていますが、本来神に使える身分の者は『魔術』を使ってはいけないことになっています、『アニューゼ部隊』のシスター達やビオージオなどはその典型ですね。
それを踏まえて考えるとイギリ清教に所属する前の神裂がその『女教皇』という立場であるにもかからず『魔術師』の名乗りといえる『魔法名』を名乗るというのは不自然な気がしたのでこのような設定にしました。
さて、今回で楠木がその実力を見せますが『天使の力73体分!?』と画面の前で目を丸くされた方もいるかのしれません。そんな方は『力天使』という言葉でググってきてください。自分が苦心の末にこういう展開にした理由がわかると思います。
それでは今回はこのあたりで終わらせていただいて次にまたあとがきをかけるよう頑張ります。これからもよろしくお願いします!