「準備が整い次第、明日にでも空中庭園に空襲を仕掛けます」
フィオレは再度広い一室に全てのマスターとサーヴァントを集めた。黒のアサシンをこちら側と協力関係を結ばせた今となれば、後は空中庭園に乗り込むだけだ。
「はいはーい!操縦!飛行機操縦できまーす!」
黒のライダー、アストルフォ。セレニケを失い新たにカウレスをマスターとした今、彼を縛るものは何もない。というのも、アストルフォはセレニケをあまり良く思ってはいなかったのだ。マスターが切り替わったことで、彼の陽気さに更に磨きがかかったように見える。
「操縦はゴーレムにやってもらいます」
「ちぇ」
フィオレにそう言い渡されアストルフォはぶつぶつ言いながら席に座る。
「ですが飛行機ではいい的です。何か対策は見つかったのですか?」
ルーラーが続ける。
「何通りか。しかし決め手が欠けています、このままでは……」
「こっちの生存率は低いまま、か」
岸波は小さくため息をつく。
「あーあ、僕が宝具の真名を思い出せればなぁ」
「え」
ふと呟いたアストルフォの言葉にその場にいた全員が凍りつく。
「え、何?」
「ちょっと待ってください、今なんて……?」
凍りつく空気の中でルーラーは声を絞り出す。
「だから僕の持ってる宝具。真名忘れてて困ってるんだよねぇ」
そう言ってアストルフォは懐から一冊の本を取り出す。
「いやぁ、便利なんだよ。なにせ持ってるだけでいいんだから」
「ですがライダー、それは確か全ての魔術を打ち破れると言われる魔導書……」
「つまり、これがあれば空中庭園の攻撃も突破できる……?」
「しかし真名を忘れているとは……」
ゴルドは呆れたようにため息をつく。
「うーん。思い出す条件なら覚えてるんだけど」
「条件?」
六導が言葉を漏らす。
「うん。月の出ない夜であること。その条件をこなせば僕は確実にこの魔導書の真名を発動できるよ」
「月が出ないということは、新月なら大丈夫なのですね?」
「う、うん……」
ふと呟いたことでここまで問い詰められると思っていなかったのかアストルフォも少し焦ったように頷く。
「次の新月は?」
「今から三日後だ」
「三日後……」
□
出撃は三日後に決まった。三日もあれば空中庭園はルーマニアの外に出てしまう。それはつまり魔術協会も関与してしまうことと同義である。そしてそれはユグドミレニアの敗北を意味する。それでも三日後と決めたのはユグドミレニアの代表だったフィオレではなくその弟であるカウレスだった。
「それにしてもユグドミレニアはなにをしてるんだろ」
「さぁ。今日は城から一日出ていてくれの一点張りだったからね」
トュリファスの街並みを岸波とライダー、そしてアストルフォとルーラーが並んで歩く。
「それよか一日時間空いてんだ、どうすんだ?」
「折角だし、観光」
「と言ってもこの街には大したものはないと思うのですけども……」
「あ、はくのん見て見て!あそこのパイ美味しそう!」
「パイ……?」
ルーラーの目が光る。大したものがあった。呆れた表情でライダーと共に店の中に入れば適当な席に座る。
「あ、えっと白野さん。私あまり持ち合わせがなくてですね……」
「別に聖女様に奢ってもらうなんて考えてないから安心しなさいな」
自分も持ち合わせはそんなにないがライダーの分くらいなら払う気ではいた。
「あ、僕一文無しー!」
胸を張りながらアストルフォは手を挙げる。岸波は小さくため息を付きながらメニューに手を伸ばす。
「私が出すよ」
もちろん後でユグドミレニアから徴収するけども。
「そういえばずっと聞きたかったのですけど、白野さんはどうして聖杯を……?」
「……仕事ってだけじゃ理由にならない?」
「えっと、少し気になったので。貴女は他の人とは違うなぁと」
「……」
注文し、出されたパイを口に運びながら、ルーラーへと視線をやる。
「ルーラーはさ、過去の聖杯戦争のこととかわかるの?」
「まぁ聖杯そのものに召喚されているのである程度なら」
「……赤い服に身を包んだ女の子のサーヴァントって過去にいた?」
「……どういうことですか?」
ルーラーは手を止めて、きょとんとした表情で岸波を見つめる。
「私多分、この聖杯大戦が初めての聖杯戦争じゃない」
「亜種聖杯戦争に参加したことがあると?」
亜種聖杯戦争、世界各地で行われている小規模の聖杯戦争。実際に亜種聖杯戦争に参加したことがあるマスターが赤側にいたと聞く。記憶が無いのはその影響なのかもしれないと岸波はずっと考えていた。
「私七年前より前の記憶がないの。でも最近断片的に思い出したことがいくつかあって」
「それがその赤い服に身を包んだサーヴァントと、過去に聖杯戦争に参加した記憶」
岸波は小さく頷く。
「可能性としてはありえないことではありませんね。ですがそうと確信も出来ません」
「そっか」
でもこうなる以前の自分はどうだったのか。それを未だに知りたくてこの戦いを降りれずにいる自分がいる。
「はくのんも色々あるんだねぇ」
さっきからスルーしていたが、何はくのんって親しげに呼んでるんだろうこのサーヴァント。
□
「こうして街をしっかり見て回るなんて新鮮ね」
六導玲霞はその街並みを見つめながらも、手を握りながら連れ歩くその少女に視線を向ける。
「ねぇねぇ
「そうねぇ」
今まで彼女がこの言葉を聞けば、誰を殺すのかを算段を立てていた。だが今回はお腹が空いたわけでなく何かを食べたいと、そういった。ユグドミレニアの魔術回路と接続した今、アサシンへの魔力供給に問題はない。アサシンのその言葉は魔力が足りなくなったのではなく、街に並ぶ食べ物そのものに興味が湧いたという意味合いだ。そのことに気付いた六導は笑みを零す。
「そう、そうなの!ええ、じゃあ何か食べましょうか。何が食べたい、ジャック?」
「んと、お肉!」
「そう、じゃああそこのお店に入りましょうか!」
六導はとても嬉しそうにアサシンの手を引っ張りながら店に入る。するとそこには先客がいた。
「あら」
「あ……」
「……」
赤のセイバー、モードレッド。ミレニア城塞で顔を合わせており、それ以前に一度刃を交えたこともある相手だ。
「えっと、相席いいかしら?」
「……好きにしろ」
セイバーは口に食事を運びながらそう答える。六導はアサシンと共にセイバーの向かい側に座る。
「今日は一人なの?」
「マスターは出撃に向けて準備中でな、俺は暇だから飯を食いに来たんだよ」
そう、と六導は相槌を打つ。
「……答えにくかったら答えなくてもいい。なんでアサシンの殺人に加担した」
「え……」
不意な質問に六導は唖然とする。
「お前魔術師でもなければ今まで人殺しもしたことがなかったんだろ、なのになんでアサシンの魔力供給に必要な殺人に加担したんだ。それ以前に、なんで聖杯大戦に参加しようと思った」
「ああ、その話」
六導は店員に自分とアサシンの分の料理を頼めば再びセイバーの方に向き直る。
「私はね、元々ユグドミレニアの魔術師に殺される予定だったの」
六導玲霞は普通の一般人だった。普通、というば語弊があるのかもしれない。娼婦で稼いでいたのだから、普通でないといえば普通ではなかった。だからこそ相良豹馬に狙われたのだろうと今ならそう思える。アサシンを召喚する際の生贄として暗示をかけられ、殺害されそうになったのだ。だが召喚されたアサシンは相良豹馬ではなく自分を選んだ。自分の死にたくないという願いを聞き遂げ、救われたのだ。
「私の願いを叶えてくれたこの子のために、聖杯大戦に参加しようと、そう思ったの」
「それが死ぬかもしれなくてもか」
六導は無言で頷く。
「……なるほどな」
大した度胸だ、とセイバーは素直にそう感じた。セイバーはすべての料理を平らげれば立ち上がる。
「明日の戦い、背中は任せるぜアサシン」
「え……?」
六導にとってその言葉は驚き以外の何でもなかった。ユグドミレニアは彼女たちのことを信用していない。当然だ、いつ裏切るかわからない存在だからだ。そんな自分たちに背中を預けると、確かに彼女はそういった。
「……
「ふふ、ジャック。食事を頂きましょうか?」
六導玲霞は初めてだったのかもしれない。誰かに、頼りにされたというのが。
「ジャック、帰ったらピアノ聞かせてあげましょうか。お城にピアノがあったのよ」
「うん、聞きたい!」
口いっぱいに肉を頬張りながらアサシンは笑顔をを零す。
こんにちはこんばんは。
そんなこんなで決戦前のお話です。
まだ少し決戦までお預けです。