もう少しで終わります。
いろいろ考えてます。いろいろ。
「灼き尽くせ――
「撃ち落とせ――
対神宝具と対軍宝具がぶつかり合い、その余波がありとあらゆるものを破壊し尽くす。それはセイバー自身も例外ではなく、肉体が軋んでいるのが分かった。
「く、そったれ……がぁ!!」
負ける。最初から勝てるなんて思っていなかったが、このままだと本当に負けてしまう。それはつまり、全てを失うことになる。マスターも、勝利も、聖杯も、
「はは……」
セイバーは気付いてしまった。自分でも気付かないうちに敵であり、気に食わなかったユグドミレニアやルーラーや、ライダー達を仲間だと思っていたことに。
「だったら、負けれねぇよな……」
押し返す。無理なのだとわかっていてもセイバーは諦めることが出来なかった。
「セイバー!!」
「なっ――」
それは驚きの何でもなかった。今現在この部屋はランサーの宝具とセイバーの宝具がぶつかり合う最中。部屋のあちこちがその余波で崩れ落ちているというのに、その部屋に生身の人間であるセイバーのマスター、獅子劫界離が姿を現したのだから。
「二画の令呪を以って命じる。今こそ王になれ、セイバー!!」
令呪ブースト。全ての令呪を以ってセイバーの宝具がなんとかランサーの宝具を押し返しだす。しかしそれまでだった。それ以上は動かない。少し、押し返すことは出来た。少しでも時間を稼ぐことが出来た。だが押し返し、勝利するまでには至ることはなかった。
「これでも駄目なのかよ……――」
「やらせるもんかぁ!!」
燃え盛る空間の中に一人の英霊が姿を現した。それは予想外で、予測外で、予定外の出来事で、黒のライダー、アストルフォが持つそれは彼の宝具ではなかった。
「お前、何を……!?」
□
「ライダー」
「なんだい、ライダー」
空港で彼の宝具である
「これを持っていけ」
そう言ってアキレウスは円状の物体をライダーに投げ渡す。ライダーは慌ててそれを受け取る。
「ん……待ってこれ、宝具じゃないか!?」
「ああ、今回盾の役割を担うのはお前だ。俺にはそいつは必要ねえ」
「でも……」
宝具を渡すということは、その英霊の人生を受け取るのと同義。背中を合わせた彼の王ならまだしも、全くゆかりのないギリシャの英雄であるアキレウスの宝具を受け取るなんて彼には出来なかった。
「それで、俺の代わりに誰かを救ってくれ。そいつは真名を発動させればお前でも使えるからよ」
その真名は――
「
真名を解放したと同時に、そこに生み出されたのは世界そのものだった。ライダーの目には彼の生き様、彼の生きた世界そのものが映し出された。その世界はランサーの宝具を包み込み、それを完全に阻んだ。神をも殺す赤のランサーの槍は彼の宝具によって生み出された世界そのものは殺すことは出来ず、そのまま崩れ去っていった。
「……あれは、一つの世界か?」
自らの宝具を完全に防ぎきられたことに呆然としていたランサーに、一つの剣撃が浴びせられた。セイバーの宝具でもある
「殺った……!!」
「甘い……!!」
これが最後の勝負だった。投擲され地面に突き刺さった剣と槍。同じ箇所に刺さった二つの宝具に二人は手を伸ばす。先に手にしたほうが勝ち。の、はずだった。
「な……!?」
セイバーはまだ剣を手にしていない。にも関わらず、ランサーはセイバーによってその胸に剣を突き立てられたのだ。
「……成る程、一歩及ばなかったか」
それはアストルフォの持っていた剣だ。彼が今の今まで抜くことがなかった剣をセイバーは投擲の際にライダーから奪い取っていたのだ。
「……これは俺の勝ちじゃねぇ。俺だけなら確実に負けていた」
「これは聖杯大戦だ、サーヴァント同士が協力するのは当然だろう」
彼の言っていることは正しい。だが彼はモードレッドをセイバーとしてでも反逆の騎士としてでもなく、モードレッドとして戦ってくれた。であるなら一対一で挑みたかった。というのが彼女の本音でもあった。
「ありがとう、カルナ」
ランサーは満足そうな笑みを浮かべながら崩れ落ち、その肉体は消滅へと近づいていく。
「俺は何もしていない」
「いや」
カルナがいなければモードレッドは自分の本当の願いに気付くことが出来なかった。自分が王になるのではなく、父の孤独を癒やしたかっただけなのだと。
「さらばだ、モードレッド」
セイバーの言葉を聞き、遂にはカルナの肉体は消滅した。彼は最後まで、サーヴァントとして有り続けたのだ。
「おい、獅子劫!」
セイバーとライダーが振り向けば、全身に火傷を負いながら横たわっていた獅子劫に寄り添うように声を上げるカウレスがいた。二人はカウレス達の元へと駆け寄る。
「……駄目か」
「あぁ……」
獅子劫は聞こえるのか聞こえないのかわからないような声で答える。
「でもお前には先がある。ユグドミレニア、あの嬢ちゃんと契約して――」
「俺はここが終点で構わねぇ」
そう言いながらセイバーは獅子劫の隣に座り込む。
「何いってんのさ!最優であるセイバーの君を失うわけにはいかないだろ!?」
「俺もそう思う。セイバー、姉ちゃんと契約して……」
「断る」
「なんでさ、君だって叶えたい願いがあるだろ!?」
「もういいんだ」
小さく溜め息を付きながらセイバーは笑みを浮かべながらライダーとカウレスに視線を傾ける。
「この解釈が間違っていたって構わない。誰よりも俺が納得した」
だから、もういい。
「……行こうマスター」
ほんのりと涙を浮かべながらもライダーはセイバーに背を向ける。
「モードレッド、円卓の騎士。そのあり方に敬意を表するよ」
そう言ってライダーは走って部屋を出ていく。カウレスも無言でそれを追いかけていき、その場にはセイバーと虫の息である獅子劫が残った。
「やっと静かになったな」
「そんな性分だな」
「死にに来たあんたには負けるよ」
死にに来た、そうだ。宝具同士がぶつかり合い倒壊していく部屋にわざわざ入ってきたのはセイバーに最大まで魔力を送るためだ。サーヴァントとマスターの距離が近ければ近いほど魔力を多く供給することが出来る。だからといって宝具同士のぶつかる部屋にまで入ってくるのは死にに来ているようなものだ。人間がそんなところを耐えれるわけがない。案の定、全身に火傷を負い、もはや生きているのが不思議な状態だ。
「どうだ俺、いいサーヴァントだっただろ?」
「ああ。ここまで来れたのはお前がサーヴァントだったからだよ」
少しの沈黙が続く。
「マスター、俺は自分が見えていなかった。父上は空に輝く星を手にするために王になったんじゃない、道端に転がる石ころを慈しむために王になったんだ。だから、選定の剣なんて夢はもう見ない、必要ないんだ」
「そうか、いい王になれたのにな」
獅子劫の言葉にセイバーは苦笑する。
「なぁマスター、それくれよ」
「あ……?」
そう言って獅子劫は最期に吸っていた煙草に目を向ける。
「仕方ねえな」
「へへ、悪いな」
そう言って獅子劫の懐から煙草を取り出し、一本咥える。
「……うぇ、なんだよこれ」
「セイバー、楽しかった……か?」
力を失ったような声で獅子劫が問いを投げかける。
「……」
これまでの戦い、これまでマスターである獅子劫界離と共に過ごした日々はモードレッドにとってかけがえのないものであることは間違いなかった。
「ああ、楽しかったぜ」
その言葉を聞けたのか、わからなかったが獅子劫は意識を失ったかのように崩れ落ちた。
「……」
父上の最期もきっと。
□
「消えろぉ!!」
アーチャーの放った矢は無数に拡散し、そのままアキレウスに向かって降り注ぐ。
「……っ!!」
だが最速の英霊であるアキレウスにとってその程度の攻撃、止まって見えていた。直ぐ様アーチャーの背後に回れば持っていた槍を振るう。その一撃に反応するようにアーチャーも弓で防ぐ。一撃、二撃、三撃と何度もアキレウスの槍とアーチャーの弓が衝突する。
「うぅぁああ!!!」
再び放たれた無数の矢にアキレウスは恐れを知らないかのように、突っ込んでいく。
「アタランテぇぇぇぇええええ!!!」
正に神速。一瞬で距離を詰めたアキレウスの槍は、アーチャーの腹部に刺さりそのまま地面を抉るように衝撃を起こす。
「……」
ピクリとも動かないアーチャーの腹部から槍を抜けば、その右肩に宿るカリュドーンの毛皮をアーチャーから引き千切る。するとアーチャーの姿は元の姿へと戻っていき、狂気にまみれた様子は既になくなっていた。
「……ライダー、私はどうすればよかったんだ?」
目を覚まし、我に戻ったアーチャーが言葉を漏らす。
「わかっていたさ、こんなことであの娘達を救うことなんて出来やしないってことくらい」
涙を流すアーチャーをアキレウスが無言で抱き寄せる。
「でも、どうすればよかったんだ。もしルーラーの言うようにあの娘達を切り捨てる決断が正しく、守ろうとしたことが間違いだったというのなら……この世界は――」
呪われている。
彼女にとってそれは呪い以外の何物でもなかった。
救いたいものも救えず、それを間違いだと言われ、道に迷ってしまった彼女の嘆きだった。
「それでも」
アキレウスは堪らず言葉を漏らした。
「それでも俺はアンタが堕ちていくのを止めたかったんだ」
それはアーチャーの意思を無視したただの我欲だ。だがその言葉を聞いてアーチャーは寂しそうにアキレウスの頬に触れる。
「愚か者だな、ライダー。私はそれでよかったのだ、
堕ちるところまで堕ちてしまえば、夢に向かって飛ぶこともなかったのだ。
「それでもだ」
アーチャーの姿が消えていくなか、ライダーはその姿を目に焼き付ける。
「馬鹿だな、お前は」
手に平から零れ落ちるように、赤のアーチャー『アタランテ』は消えた。アキレウスはしばらくしてから立ち上がり、マスターである岸波白野のいる方へと歩きだす。
「姐さん、アンタとアンタの夢は美しかった」
何より、報われないと知りながらそれでも尚挑み続けるアンタ自身が。