Fate/Apocrypha ―赤の軌跡―   作:穏乃

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18話 開演

 黒のアサシンは空中庭園の通路をひたすらに歩いていた。何も攻撃もなく、何の防衛機能も働いていない。妙だと感じながらも黒のアサシンは目の前にある大きな扉の前に立つ。

「……嫌な気配がする」

 言葉を漏らしながら黒のアサシンは扉を開く。

「ようこそ、黒のアサシンジャック・ザ・リッパー」

 扉を開くとそこは玉座のような場所だ広がっていた。そしてその玉座に座っていたのは、赤のアサシンセミラミス。

「……っ」

「まぁ待て、少し余興を楽しもうではないか」

 セミラミスが指を鳴らせば、扉は締まり、周囲から霧のようなものが室内を充満する。

「何……?」

 黒のアサシンが思考を回転させたときだった、全身に激痛が走り、口から大量の血が吹き出る。

「な、毒……?」

「そうだ」

 セミラミスは笑みを零す。

「く、解体するよ……」

「無理だ」

 セミラミスの周囲に展開された魔法陣から鎖のようなものが黒のアサシン向けて放たれる。

「な……っ!?」

「同じアサシン同士、仲良くしようではないか」

 鎖は黒のアサシンに絡みつき、そのまま壁に叩きつけるように動き出す。

「痛いか、そうだろう?」

「ぐっ……」

 額から血を流しながら黒のアサシンは鎖を切ろうとナイフを腰から抜く。

「少し羽虫の気分を味わってみてはどうだ?」

「くっ、嫌っ」

 ナイフで鎖を切り落とせば、床を転がりながら体勢を立て直す。

「面倒くさい……!」

 黒のアサシンはセミラミス向けて大きく飛ぶ。

解体(マリア・ザ)――」

「みずの、おう」

 毒とはいえ霧が出ており、現在は夜。そしてセミラミスは女性。全ての条件が整っている以上宝具を発動させるだけでセミラミスの霊核を破壊することが出来る。なのに黒のアサシンは宝具を発動させることすら、叶わなかった。彼女の全面に鱗のような壁が投影され、それによって道を阻まれる。それが盾でなくセミラミスが黒のアサシンとの距離を置くためにものであることに気付く。

「刻限か」

「あ……」

 痛み、痛み、痛み。黒のアサシンはそれしか感じることが出来なかった。

「我が宝具驕慢王の美酒(シクラ・ウシュム)は我とその周囲を毒へと転ずる。この空間は水の一滴に至るまでの全てが毒。此度は黒のアーチャーの為にヒュドラの毒を用意したがどうだ、痛いか?」

 全身に痛みを感じ毒を吹き出しながら、黒のアサシンはその場で崩れ落ちた。

「結構」

 毒が体を侵食していき、死が近づいているのがはっきりわかる。黒のアサシンは震えながらも涙を流す。

マスター(おかあさん)、痛いよ……」

「黒のアサシン、貴様は道化だな」

 セミラミスは高笑いしながら玉座に腰を下ろす。

「さぁ、お前がここで死ぬのをここで見守ってやろう」

「……ぁ」

 ここで死ぬのか。アサシンはゆっくりと瞳を閉じる。

 

 

 

 

「ジャック、一つ約束してほしいの」

 空港で飛行機に乗り込む黒のアサシンに、六導は言葉を漏らす。

「……ん?」

「えっとね、ジャック。私は貴女のマスターだけど他の人達と違って何も出来ない。魔術師じゃないから。でもね、あなたが帰ってくるのを待ってるから」

「……うん!」

「帰ってきたらまた――」

 ピアノを聞かせてあげるからね。

 

 

 

 

 他愛ない約束。たったそれだけの約束だが、アサシンにとってはとてつもなく大事な約束でもあった。

「……此よりは地獄」

 アサシンはゆっくりと立ち上がる。

「な、まだ立ち上がれると……!?」

「わたしたちは炎、雨、力」

 驚くセミラミスは直ぐに黒のアサシンへと魔力を放つ。だが既に遅かった。“殺人”が最初に到着し、次に“死亡”が続き、最後に“理屈”が大きく遅れて訪れる。ナイフによる攻撃ではなく、呪いそのものである彼女の宝具が、セミラミスに放たれる。

解体聖母(マリア・ザ・リッパー)

「う――ぐぁぁぁぁああああああああああああああ!!!」

 セミラミスから大量の血が吹き出す。すぐにその場から離れたのか、その血を浴びながら黒のアサシンが倒れその場には黒のアサシンしかおらず静かな空間となった。

「……マスター(おかあさん)

 きっと六導玲霞は空港で黒のアサシンの無事を願いながら待っているのだろう。なら必ず帰らなければ、と黒のアサシンはそんな事を頭に浮かべる。

「……また、ピアノ、聞きたいよ」

 

 

 

 

「失態だな、アサシン」

 大聖杯を前に息を荒げながら落ち着かせていたセミラミスの前に、黒のセイバーが小さく笑みを浮かべながら実体化する。

「セイバー……」

「向こうのアーチャーとセイバーの消失を確認した。対してこちらもランサーとアーチャーを失った」

「……黒のアサシンは」

 とてつもない形相でセミラミスは黒のセイバーを睨みつける。

「……霊基が弱まっているのは確認できる。しかし消失する気配はなさそうだな」

「ちっ」

 セミラミスは黒のアサシンから受けた腹部の傷口を押さえながら悪態をつく。本来ならばセミラミスは黒のアサシンの宝具を受けて消滅するはずだった。だが彼女自身がある程度の呪いに対しての耐性を持っていたため消滅は免れた。とはいえ負った傷はでかい。恐らくは長くは保たないだろう。

「……だがあちらは残りのサーヴァントで厄介なのは赤のライダー、アキレウスのみ。であるならば私がそれを討てば、我々の勝利は揺るがないな」

「油断するなセイバー、貴様の宝具は強力とはいえ撃てる回数は……」

「わかっているさ」

 黒のセイバー、スウァフルラーメ。北欧神話に登場する主神、オーディンの血を引く王。彼女自身の逸話は少ないが彼女の持つ魔剣は群を抜いて有名だ。ティルヴィング、呪われし黄金の魔剣。セイバーが二人のドワーフに作らせた鉄を布のように切り裂き、狙った相手は外さないという力を持つ魔剣。しかしこの剣には呪いがかけられており、所有者が三度願いを叶えると死ぬ。その逸話が宝具となっているため、彼女はこの宝具を一度の限界において三度までしか真名を発動することが出来ない。それは疎か、三度目の真名解放で何が起きるのかもわからないのだ。

「だが呪いなど、私は認めない……」

 

 

 

 

「ルーラー!」

「白野さん……?」

 ルーラーの背を視界に捉えた岸波は大きな声を張り上げる。

「赤のアーチャーは、アタランテはどうなりました?」

「わからない、アキレウス――ライダーに任せてきたから」

 というよりは、恐らくあの戦いはマスターである岸波ですら見届けることに抵抗を覚えた。アキレウスと彼女を、二人きりにしてやりたかったという想いがあったのだ。

「……この先に負傷したこちら側のアサシンの気配があります」

「黒のアサシンの?赤のアサシン、セミラミスは?」

「わかりません。ですが、この感じだとアサシンは既に……」

 ルーラーの様子を見て岸波は表情を曇らせる。

「とにかく急ごう」

 岸波はルーラーと共に黒のアサシンのいるである部屋まで走る。そこにはあちこちが崩壊した玉座と横たわったアサシンの姿があった。

「……アサシン」

 目を覚ますことはなかった。死んではいない、しかしまだこうして現界しているのが奇跡なほどに、霊基そのものは損傷している。

「……セミラミスの宝具ですね」

 最古の毒殺者、セミラミス。ごくの宝具を持っていても不思議ではない。

「……アサシン」

「……行きましょう白野さん。きっとこの先に大聖杯があります」

「……」

 そのまま奥の部屋へと駆けていくルーラーに対し岸波は携帯を取り出す。

「はい、もう限界かと。……わかりました」

 いつくかの言葉を漏らせば岸波は携帯をアサシンの横に置き、ルーラーの元へと駆け寄る。

「行こう、ルーラー。ここからは彼女達の時間だよ」

 その言葉を聞けばルーラーは小さく微笑みながら奥へと走り抜けていき、岸波もそれに着いていく。

「……ジャック?」

「……」

「よく、頑張ったわね」

 携帯越しに六導の声がその空間に響き渡る。

「ご褒美を、あげなくっちゃね」

 六導の言葉に対してアサシンは何も返さない。毒のせいで聞こえていないのか、言葉を返すことすらままならないのか。それでも六導は声を震わせながらも問いかけるのをやめはしなかった。

「ハンバーグが好きだったわね。食べ終わったら一緒にお風呂に入って、それからピアノも聞かせてあげましょう」

 涙が止まらない。それでも六導は声を絞り上げる。

「あとは、そう……お友達がいっぱいできたから。だから――」

 その言葉を最後まで口にする前に六導の腕に刻まれた令呪が消失するのを見てしまう。令呪の消失はつまり、黒のアサシンの消失を意味する。

「……あ」

 何もできなかった。そんな感情が六導玲霞を包み込む。

「ジャック……」

 

 

 

 

「……これが大聖杯?」

「はい」

 大きな地下の空間に置かれた異質な存在。これが大聖杯であることは岸波でもすぐに理解できた。

「いや、はっはっは」

 二人の思考を掻き消すように、愉快な笑い声がこだまする。

「……キャスター、シェイクスピア」

「如何にも」

 二人の前に現れた男性はそう答えた。

「我輩の名前はウィリアム・シェイクスピア、しがない一流作家でございます」

「降伏をおすすめします、貴方では私には勝てない」

 ルーラーが端的に述べる。

「いいえ滅相もない」

 赤のキャスターの手に一冊の本が握られる。

「お楽しみはこれからだ!さぁ開幕だ。席に座れ、煙草はやめろ。写真撮影お断り、世界はすべて我が舞台」

 ルーラーと岸波の視界が、真っ黒に染まっていく。

「我が宝具の題名は開演の刻は来たれり、此処に万雷の喝采を(ファースト・フォリオ)!開演!」

 再び目を開いたとき、岸波の目の前に広がっていたのはルーラーや赤のキャスターのいた大聖杯の部屋ではなく、赤い玉座に座る自分とそこに寄り添うようにその場にいた赤いセイバーの姿だった。




ぐだぐだしましたが、ようやく岸波白野の出番です。
さてさてアポクリファの作品も大詰めを迎えようとしているのですが、実は新作考えています。そちらの方はゆっくりと軸を練っていきますので、新作の方を楽しみにしつつこちらの方も楽しみにして頂けたらなと思います。

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