「ここは……?」
岸波が目を開くと、そこには一人の少女がこちらを見つめながら微笑んでいた。
「起きたか、奏者?」
「……奏者?」
聞き覚えのある響きだ。それにとても懐かしい匂いがする。
「全く、そんなに寝心地よかったのか?まぁ当然であるな、何せローマ製なのだから!」
と、赤い服を纏った少女はふんぞり返る。
「……あ」
そうだ、思い出した。私が何者なのか。
岸波白野。万能の願望気であるムーンセル・オートマトンを巡って戦う月の聖杯戦争に参加したマスターの一人。かつて月の聖杯戦争に挑み岸波白野は幾多の死闘を繰り広げ、そして勝ち抜きこの霊子虚構世界
「奏者、どうしていなくなってしまったのだ?」
「え……?」
赤いセイバー。自らと共に数多の戦場を駆けてきた自身のサーヴァントの様子が急変する。
「奏者は逃げたのだ。余や、アルテラや、キャスターを置いてな」
「私が逃げた……?」
赤いセイバーの指す方向に視線を向けると、そこには赤いセイバーに突き飛ばされるように大型の機械に入っていくのが見えた。
「SE,RA,PH,に突如現れた何かが我らのローマを襲撃した。そして奏者は我らを置いてこの世界に逃げ込んだのだ」
「違う……私は逃げたわけじゃない!」
そうだ、逃げたんじゃない。私は皆を助けたかったんだ。だから、セイバーと一緒に戦おうとしたんだ。
「いや、逃げた。でなければ奏者だけこの世界にいるのはおかしいであろう?」
「私が、逃げた……」
「そう、貴女は逃げたのです!」
岸波と赤いセイバーの前に現れたのは、赤のキャスターだった。
「違う!」
岸波はこの光景を見てはっきりと思い出した。あの時ローマを襲撃した何者かから自分を逃がそうとムーンセル・オートマトンの力を行使し、別の世界へと移動させられたこと。そのショックで記憶を閉ざしてしまっていたこと。今もまだ、セイバー達が戦い続けていることを。
「ですが残念なことに私の宝具がベースとするのは、貴女の記憶なのですよ」
「え……?」
岸波は呆然とする。
「つまり、自らが逃げたと思っているのは我輩ではなく貴女なのですよ」
「違う、私は逃げてなんて……」
再び視界が真っ暗になる。目を開けば、そこには一人の少年剣士と赤いフードで顔を隠した小柄な少女の姿が見えた。
「え……」
赤いフードの少女。顔までは見えないがそれでも覚えている。彼女こそが、SE,RA,PH,を襲撃した本人だ。そしてその隣にいる少年剣士は共に戦ったサーヴァント、シャルルマーニュ。
「シャルル――」
「テラ、ローマの八割方は制圧が完了した」
「そうか、ご苦労」
「え……?」
岸波の体が震える。
「シャルルよ、見るがいい。この世界はもう、余のものなのだ」
「嘘だ……」
シャルルが私達を裏切るはずがない。シャルルは何よりも曲がったことが嫌いだ。なのにSE,RA,PH,を襲撃した者たちに力を貸すなんてはずがない。
「キャスター!いい加減にして!こんな偽りの映像なんて見せて何になるの!?」
「おや、何故偽りだと思うのです?」
キャスターは不思議そうに視線を傾ける。
「現在向こう側の世界がどうなっているのかもわからないのに何故この映像が偽物だとわかるのです?」
「それは……」
「そう、これが真実なのだから!」
「しん……じ、つ?」
セイバーもキャスターも置いて逃げ、シャルルが裏切った世界。これが本当に現実だと、彼はそういうのか。だが、岸波は否定することが出来なかった。何故なら岸波は、何も知らないのだから。
□
「……ここは?」
「来たか、赤のライダー」
アキレウスが瓦礫にまみれた部屋に足を踏み入れると、そこには彼を待ち構えていた黒のセイバーの姿があった。
「……てめえか」
「ようやく決着をつけれるな」
彼らはトュリファスの市街で一度刃を交えている。これは二度目の戦いであり、最後の戦いとなる。
「すまないが貴様には早々に退場してもらわなければならない」
そう言ってセイバーは大剣を構える。
「……戦士に言葉は不要だ」
それに答えるようにアキレウスも槍を構える。
「行くぞ!」
「死ね、アキレウス!」
全身全霊を込めた二人の一撃がぶつかり合う。その一撃の衝撃で付近の瓦礫が消し飛ぶ。
「黒のセイバー、スウァフルラーメ。北欧の主神の血を継ぐものらしいな」
「だから、どうした!」
問いかけに答えながらも彼らは生死のやり取りをやめることはなく、その刃は交じり合う。
「俺を傷つけることが出来たのが疑問だったが、それなら納得だ」
スウァフルラーメは神性のスキルを所有している。ならばアキレウスの宝具、
「……
セイバーは大剣を大きく振るい、アキレウスを吹き飛ばす。アキレウスは空中で体勢を整えながら着地をすればすぐに臨戦態勢に戻る。だがその間にセイバーは宝具を発動させていた。自らの鎧を刃と変える宝具に。
「散れ!」
黒い炎が一閃する。しかし神速の足を持つアキレウスにそのような攻撃は意味をなさなかった。即座に後ろに回り込み、そのまま槍を突き立てる。
「ぐっ……!?」
辛うじてその攻撃を受け止めるも、流石に先程の宝具で魔力を消費したからか息を荒げている。
「あんたじゃ俺には勝てないっての」
「ふざけるな……!」
彼女の持つ魔剣が黄金に輝く。
「宝具か……?」
「本来なら天草に使うつもりだったが、仕方ない」
セイバーの持つ黄金の剣から、斬撃が飛ぶ。
「
全てを貫き、狙った獲物を追い続ける魔剣の真名が解放される。
「くそっ……」
つまり回避はできない。そう割り切ったアキレウスは直ぐに口笛を鳴らす。すると空間を裂いて、三頭立ての戦車が姿を現す。
「クサントス、バリウス、ペーダソス行くぞ!命懸けで突っ走れ!」
天駆ける戦車に飛び乗り、それはまさに流星のようにセイバーの宝具に突っ込んでいく。
「
2つの対軍宝具がぶつかり合う。その様子が本当に、戦争のようだった。爆風が辺り一面を吹き飛ばせば、ゆっくりとアキレウスとセイバーが姿を現した。二人共立っているのが不思議なくらいにボロボロになっていた。アキレウスは不死の肉体を持っているというのに、神性を帯びたその宝具によって、体中から出血しており動けるのが不思議なくらいであった。
「……何故だ、何故そこまでして戦える」
「……、が……ってる」
「……?」
黒のセイバーが警戒しながらもアキレウスの言葉に耳を傾ける。
「マスターが、待ってる」
「……そうか」
そういうことか。黒のセイバーは思い出してしまった。彼女が、スウァフルラーメが何故力を求めたのか。何故こんな魔剣を作らせたのか。
彼女は王だ。王は民草を守らなくてはならない。スウァフルラーメは願った、民を守れる絶対的な力を。彼女はただそれだけのために、剣を手にしたのだ。守るために、戦ったのだ。
「その結果がこれだったが……」
だが彼は違う。私のように間違った道を進みはしないだろう。
「……長らく忘れていたよ、戦う理由を」
力を追い求め、その理由を忘れていた。この剣の力を取り戻せばいいと思っていた。それだけ成し得ることが出来れば。
「……決着のときだ、アキレウス」
再び黄金の魔剣が輝きだす。
「……くそったれが」
「悪いが貴様には本気の一撃を使いたくなった」
黄金に輝く魔剣に、彼女の纏っていた黒い炎が纏わりつく。そしてそれは黒い輝きとなり魔剣を覆い尽くす。
「この宝具は大聖杯と接続して初めて使用できる特殊な宝具でな、天草から使用を禁じられていたが構わん」
その一撃がやばいことはアキレウスも肌で感じとる。先程受けた宝具ですらこのざまなのに更にでかいのなど耐えられるわけがない。
「それでも諦めるわけにはいかねえよな……」
そう言ってボロボロの体を動かし、その手に持つ槍の宝具を構えた。
「この宝具は私の憎しみの宝具を使って本来の黄金の魔剣の力を再現する宝具」
しかし既にセイバーは宝具を二度も使用している。三回目は何が起きるのかわからない。それでもセイバーは宝具の発動をやめようとはしなかった。
「これが私の戦士としての礼だ!
それはまさに憎しみそのもの。今までとは比べ物にならないそれがまっすぐとアキレウスに死を与えようと迫ってくる。
「
死に物狂いで真名を発動させたアキレウスの宝具は今にも砕け散りそうに死を物質化させたそれに向かって一閃する。
「うぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」
アキレウスの咆哮も虚しく、彼の体を徐々に黒い炎が侵食していく。槍は燃え、彼の弱点である踵は焼き尽くされ、不死の肉体である宝具は消失する。それでも諦めずにアキレウスはそれを押し返そうとする。
「くそ、駄目なのかよ――」
「……」
やはりこれにだけは勝てないのだな。
「なっ……!?」
アキレウスは目の前で起きた現象が信じられなかった。本来ならこのままセイバーの宝具に押しつぶされて敗北するはずだった。だが彼女の宝具は突然ガラスが割れたように消滅し、セイバーの持つ剣から放たれた刃はまっすぐ彼女を貫いた。腹部に突き刺さった剣撃は彼女霊核を貫いており、そのままセイバーの肉体は霊子化していく。
「まさか、これが呪い……」
信じられないと言いたげな表情でゆっくりとアキレウスはセイバーの元に足を運んだ。
「ああ、どうやら自分自身には勝てなかったらしい」
自身の消滅を受け入れるように、セイバーは座り込む。
「……あんたわかってて宝具を使ったのか?」
「さてな。だが――」
呪いなのだとしても、悔いはない。ようやく取り戻せた気がする、自分の願いを。今何をなすべきなのかを。
「急げよアキレウス。貴様のマスターとルーラーはこちらのキャスターが殺す。彼女らとの相性は、最悪だ」
「……っ!?」
それを聞き、アキレウスは軋む体を必死に動かし、走り出す。
「……ふ」
まるで、若い頃の自分を見ているようだ。そんな風に思いながらセイバーはアキレウスの背中を見送った。