「……キャスターの宝具ですか」
ルーラーは退屈そうに言葉を吐き捨てた。ルーラーの視界に映ったのは血に染め上げられた城の中、だがそれが幻であることは彼女も理解していた。
「赤のキャスター、こんな事をしても無駄です」
「ほう、無駄ですか……?」
その場に赤のキャスターが姿を現す。
「ではせめて、彼の言葉だけでも聞いていって下さい」
赤のキャスターの姿が死角になって見えていなかったが、彼の後ろにいたのは紛れもなく生前にルーラーと共に戦った軍師、ジル・ド・レィだった。
「な、何故貴方が……」
いや、これも幻だ。これこそが赤のキャスターの宝具なのだ。
「いえ、彼は偽物ではありません」
「なんですって……?」
「彼は紛れもないサーヴァント。外見だけですけどね」
ルーラーは驚きながらもジルの方に視線を向ける。
「見てくださいジャンヌ」
そう言ってジルは抱えていたものをルーラーに見せつけた。それは、ここまで共に戦ってくれた友、岸波白野の生首だった。
「な……やめなさいジル!」
「何故ですか?人類を愛する貴女が何故、そのようなことを言うのですか?」
「え……?」
ルーラーは引きつったような表情を浮かべる。
「万人を愛する貴女が誰かに助けを乞うと?そんなこと許されるわけがない!ジャンヌ、貴女が本当に彼らを友と呼ぶのであれば何故死地へ追いやったのですか?」
「私……が?」
岸波白野、六導玲霞、獅子劫界離、フィオレ・フォルヴェッジ・ユグドミレニア。数多のマスターがこの戦いに赴いている。
「貴女はこの戦いで自らが独りであることを忘れている!万人を愛する貴女が個人に肩入れしてはいけないのです、そうでなくては聖女ではないのです!!」
「それは……」
「友と呼びながら彼らを殺したのは貴女だ!」
□
最早ルーラーと岸波に戦意など存在しなかった。赤のキャスターの宝具によって心が折れてしまった二人は共に赤のキャスターを前に跪くしかなかった。
「ルーラー、貴女は所詮小娘だ。いくら聖女と振る舞っても17年の朴訥とした日々は消せはしない」
精神状態を追い詰められたルーラーは息を荒げる。
「人としての感情を捨てた貴女が、人としての感情を持ち続けた私に勝てるわけがないでしょう!」
「私は……」
「さぁ、道化の時間はこれにて終了!」
赤のキャスターは持っていた時計を投げ捨てる。
「それでは我らがマスター、天草四郎時貞の登場!人類救済の始まりです!」
赤のキャスターの振り向く方向。大聖杯から全てを成し終えた一人の男が姿を現した。天草四郎時貞、本来のサーヴァントとしての姿を取り戻した彼が。
「叶ったぞ、我が願い。ここに確かに叶った、人類の勝利だ」
突っ伏していたルーラーがゆっくりと顔を上げる。
「ジャンヌ・ダルク、第三魔法は成立しました」
「第三魔法、魂の物質化?」
「これよりこの庭園は世界各地を周り、あらゆる霊脈から魔力を吸い上げ、人類を肉体という枷から解き放ちます」
それが天草四郎時貞の考えていた人類の救済、魂を物質化させること。
「生存としての本能は消え去り、我欲は薄れ、人は思考する精神体となる。愛や情は失わず、人はただ不死となる」
ただそれだけのこと。それだけのことで、天草四郎時貞は本当に人類を救済できると考えている。しかしそれは一つ間違えれば災厄にもなりうる。
「問いましょう、ジャンヌ・ダルク。これを救済と言わずなんとします?人類はいずれこの領域に到達する、ただそれが早まるだけだ」
「それは――」
「目を開きなさいジャンヌ、もうお分かりでしょう」
問いかけに割り込んだのは赤のキャスターによって召喚されたジルだった。
「世界は未だ残酷なのです。無垢な子供に救済などなく、私は貴女の主で狂乱し、悍ましい罪を犯した。けれどこれで全て償える。この奇跡によって、貴女の罪も償えるのですよ」
「償い、私が……?」
「そう、あの人間たちの命は世界が必要としたものだったのです!」
「違う!」
ルーラーは必死に彼の振り払う。
「彼らが死んだのであれば、それは私が負うものです!世界に負わせたりはしない!」
「ほう、完全に折れてはいませんか」
呆れたように赤のキャスターが言葉を零す。
「ジャンヌ・ダルク、私に戦意はありません」
天草四郎がゆっくりと、聖杯から降りてくる。
「大聖杯を完全に制御し、第三魔法を成就させた今貴女は敵ではない。協力しましょう、貴女がいればこれ以上人が死ぬ恐れはありません」
「受け入れましょうジャンヌ、誰も傷つかない誰も穢されない誰も殺し合わない。そんな楽園が今実現されるのです」
「誰も、傷つけない楽園?」
「その通りですとも」
でも、傷つかない世界にきっと彼女は。そう考えながらルーラーは岸波に視線を向ける。
「白野、ルーラー!!」
「な……」
唐突に聞こえた声に、ルーラーが振り向く。それはボロボロになりながらもこちらに向かって走ってくるアキレウスの姿だった。
「……アキレウス?」
「白野、大丈夫か!?ルーラーは!?」
「あ……」
何故だろう、何故私はこんなにも彼らが頼もしいと思ってしまうのだろうか。だが、そんな彼らをここへ連れてきたのは私だ。私が彼らを殺したのだ。
「私は……」
「何を迷う必要があるのですか!?救済がなければ人は悪しきものとして苦しみ続けるでしょう。善性などこの世には存在しないのです、貴女も――」
「違う……」
言葉を漏らしたのは岸波だった。
「確かにこの世は悪にまみれている。善が悪に裏返ることだってあった」
でも、人は善であろうとしている。それは彼が教えてくれた。私のサーヴァント、アキレウスが。こんな悪の塊であった私に、善が何かを教えてくれた。忘れてしまっていた世界の在り方を、思い出させてくれた。
「私はもう間違えてしまっているけれど、でも私には仲間がいる。ルーラーも、アキレウスも。だから正すことが出来る。だから善性がないなんて悲しいことは言わないで……!」
その言葉を聞き、再びルーラーは顔を俯ける。
「どうしたジャンヌ、弱々しく泣くなど貴女らしくない」
「かもしれませんね。でもやはり、私は悲しい」
決意をしたように、ルーラーは顔を上げた。
「天草四郎時貞、貴女の救済は認められません。認めてはならないのです」
「ほう、何故です?」
「貴方の行為は人類への不信だからです。人は内なる悪と戦い幾度と敗北しようと認めず、戦い続けてきました。我々はサーヴァント。約上に基づき生者に力を貸す死者であり、それ以上を行ってはならない。人間に対する苦悩、悲しみ、そして怒りとの戦い。貴方の救済はそれを救い上げるのではなく、押し潰すもの。やはり私には認められないのです」
「お待ち下さいジャンヌ、それでは私の犯した罪を償えない……」
「償いを彼の救済に求めてはいけません。犠牲になったものに、償う方法などないのです。貴方も、私も」
「あ……」
その言葉を聞きジルは崩れ落ちる。
「私は、永遠に許されないのですか?」
「主は全てを許し、貴方が殺したものは決して許さないでしょう。貴方は自身を憎みながら、それでも英霊として生者を救わなければならないのです」
「それが、それこそが私に与えられた罰なのですか?」
「貴方も理解しているはず、人が不老不死を奇跡として与えられれば人間の可能性を信じられなくなってしまう。そして与えたものを敬うだけの、無意味な生命体となる」
「いいえ、それでも無意味な生命体になりません」
黙って聞いていた天草が言葉を漏らす。
「これが救いかどうか60年考えた。断言する、これは救いだ。誰がなんと言おうと。それ故に、私は貴女を殺す」
「それ故に、私は貴方の夢を壊す」
シロウが小さくため息をつく。
「ヘブンズ・フィール起動、万物に終焉を」
シロウの言葉に応えるように大聖杯が起動する。
「そして可能であればこの殺戮が、世界最後でありますように」
大聖杯は大きな翼を広げるかのように、光を帯びる。
「……ジル、旗を任せていいですか?」
そう言ってルーラーは俯いていたジルに、旗を差し出す。
「ジャンヌ、まさか……」
「剣を使います」
ルーラーの言葉を聞き、ジルは涙しながらも旗を両手で受け取る。
「お供仕ります」
「……生前、伝え忘れていたことがありました。貴方と共に戦えて、幸せでしたよ――ジル」
「……私もです。私もです、ジャンヌ」
二人の中にあった葛藤。彼の存在が仮に偽りだったのだとしてもきっとこのやり取りだけでそんなものは消え去ってしまったのだろう。ルーラーはジルのその姿に満足そうな笑みを浮かべる。
「あなた達がいてくれて本当に良かった、私は甘い夢に溺れそうだった」
振り返ればルーラーは岸波の手を握りしめながら岸波とアキレウスに視線を向ける。
「それを救ってくれたのはあなた達なんです、だから――」
どうか、私の側にいてください。
それは彼女が初めて聖女ではなく、一人の人間として抱いた願いなのかもしれない。
「はぁあ!!」
シロウの呼び出した使い魔が、ルーラーの元へと這い寄る。それに対して恐れを感じずにルーラーは腰に据えていた剣を抜き、その刃を握りながらしゃがみ込み祈りを捧げる。
「諸天は主の栄光に。大空は御手の業に。昼は言葉を伝え、夜は知識を告げる。我が心は我が内側で熱し、思い続けるほどに燃ゆる」
刃に触れる手から血が流れ、刃を伝い、それは徐々に輝きを増していく。
「あの剣はまさか……。く、行け!」
シロウの命令に従うように、使い魔が攻撃を仕掛ける。だがルーラーの旗を持つジルが前に立ちふさがり、その攻撃を防ぐ。ルーラーの結界宝具である
「させん!彼女の祈りが終わるまで、我が生命絶えると思うな!!」
「我が終わりを此処に。我が命数を此処に。我が命の儚さを此処に。残された唯一の物を以って、彼の歩みを守らせ給え」
紅蓮の炎がルーラーや岸波達を覆う。
「主よ、この身を委ねます」
我は、満ちたり。その炎に包まれながら、ジルは満足そうに消滅していく。そして炎は更に辺りを覆いだす。
「これは第二宝具?」
□
岸波は確かに見た。炎の中で、あのルーラーが弱音を吐く瞬間を。彼女らしくない。でもそれは多分間違いなんだ。聖女ジャンヌ・ダルク。その在り方を、理想を押し付けてしまっていたんだ。
「誰もが私を聖女と呼ぶ、けれど他ならぬこの私がそう思ったことは一度もないのです」
きっと、だから彼女は聖女と呼ばれたんだ。岸波は彼女の背中を見つめながらそう思った。
「……ちょっとだけ怖かった。死ぬことではなく、離れることが怖かった」
召喚されてから彼女はずっと召喚された使命のために独りで戦ってきた。それが当たり前で、当然で、それこそがルーラーの在り方だったから。だからこそ、仲間という温かみを知ってしまった彼女は失うことを恐れてしまった。
「こんな気持ちは初めてだけど、でも私はこれでいい」
こちらを振り向いたルーラーのその表情は弱音を吐く女性の表情ではなかった。
「人の未来、そして
私は何度だって、命を懸けられる。
□
「絶望の後には希望が待つ!」
炎の中から姿を現したルーラーのその姿は先程までとは少し違っていた。白を強調した鎧、彼女はそれらを纏っていた。その姿はまさに――
「
剣の柄から咲いた一輪の花。そこから放たれた巨大な炎は一直線に大聖杯に向かって行く。
「させるか!」
シロウの使い魔が炎から第聖杯を守るように立ち塞がる。しかしそれは無意味。使い魔は剣から放たれる炎によって文字通り一瞬で消滅する。
「舐めるな聖女!60年の執念甘く見るな!!」
シロウは直ぐ様次の一手を討つために剣を構える。
「
シロウは何の迷いもなく、自らの右腕を切断する。
「
切断された右腕が媒介となり、そこに小さな何かが生まれる。それはまさに暗黒物質。ありとあらゆる存在を取り込もうと魔力が暴走を始める。
「炎を吸い上げろ、崩壊の星よ!!」
ブラックホールのようにそれはルーラーの命の炎を吸い上げていく。
「はぁぁぁぁあああああああ!!!」
「耐えろ大聖杯、人類の希望のために……」
ルーラーの宝具である炎は徐々に勢いが無くなっていき、ルーラー自身も体をふらつかせる。
「さぁ、自らの命を使い果たして堕ちろ!!」
しかし、シロウの宝具である暗黒物質は彼女の炎に耐えきれず、その場で大きな爆発を起こす。アキレウスはとっさに岸波の体を守るように抱きしめながら爆発に背を向ける。
「……どうなったの?」
辺り一帯が瓦礫となり、目の前には力尽きて倒れたルーラーの姿があった。
「ルーラー!!」
岸波はアキレウスから離れ、そのままルーラーのの元へ駆け寄る。
「しっかりして、ルーラー!」
「あ……白野、さん?」
岸波白野。月の聖杯戦争の勝利者であるマスター。
「あ……」
なんて、悲しいのだろう。ルーラーは素直にそう思った。だって彼女は此処での戦いを終えた後、きっとまだやることが残されているのだから。だったら、仲間である彼女にもう一度。
「死なないで、ルーラー!」
「大丈夫」
力のない声で、ルーラーは声を絞り出す。
「どんなに時間がかかっても、必ず会いに行きます……から」
「……うん、待ってる」
岸波は涙をこらえながら、消滅していくルーラー『救国の聖女ジャンヌ・ダルク』の最期を看取った。
ジークがいないルーラーにとっての弱み。結構前から考えていたんですけども、今まで無くて困らなかったけどいざ手に入ってしまうと失うのが怖くなる。よくあることですね。
さて長かったようで短かったこの話も次回で最終回になります。