【未完終了】インフィニット・ストラトス ━風穿つ者━ 作:針鼠
少女が病室に駆け込むと、そこにはベットに一人少年が眠っていた。そこはとても静かで、あまりにも静かすぎて、少女は呼吸も忘れて魅入られるように少年に近付く。
少年と少女は幼なじみだった。子供の頃はよく遊び、しかし少女の家庭の事情から少年と離れ離れになってしまった。その数年後、とある学園で再会したのだ。
彼は自分を覚えていてくれた。もちろん自分も彼を忘れたことはなかった。
少女は少年が好きだった。少年の気持ちは知らないが、間違いなく自分は彼が好きだったのだ。それなのに、病室は静かだった。怖ろしいほどの静寂。
ベットで眠る少年の顔には白い布が被されていた。少年は動かない。もう怒らない。泣かない。笑わない。
少女は涙を流しながら少年へ顔を近付け……
――――取り落とした漫画が顔にかぶさった。
「ああ、暇だ……」
一人ベットの上で楓は孤独にぼやいた。
無人機との戦闘後、半ば無理矢理教員達に救護室へと詰め込まれたのだ。
ちなみに、先ほどまで読んでいたのは、少し前に面白いから是非読んで欲しいとクラスメートに貸してもらった少女漫画である。余談だが、この後の展開は少女が顔を近付けた途端少年は幽霊となって復活。幽霊となった少年はあらゆる人に乗り移って少女に悪戯するのだが、なんと少女は実は男の子で、それなのにジャンルは恋愛なのだからつまりそういうことだ。最近の少女漫画は描写が過激過ぎると思わされた。さらに余談だが、これを貸してくれた女子は返すときはこれを読んだ上で一夏のことをどう思うか教えて欲しいと言っていた。いっそこの漫画は燃やしてしまおうか悩んでいる。
『――――!!』『――――!?』
そんな興味が一ミリも湧かない漫画を読むほどまでに暇を持て余している楓の耳に、隣室の声が貫通してくる。
隣の部屋には意識を失っていた一夏が寝ているはずだが、どうやら意識を取り戻したらしい。先程から彼の声だけでなくおそらく箒とセシリア、それと鈴音の声も聞こえてくる。
対して、この部屋には未だ誰の見舞いもいない。
「…………」
元々脳震盪で意識を失っていただけなのでそれほど心配していなかったが、本当に無事で良かった。ほんとに。
「爽やかイケメンに呪いあれ!」
本音は隠せなかった。
――――コンコン、と扉がノックされる。
「はいはいどう……ぞ?」
一夏を差し置いて自分に見舞い客が来るとは期待していなかったので、てっきり学園の養護教諭かと思っていたのだが、違った。
モデルのような長身に、長い足に似合う漆黒のタイトスカート。射抜かれるだけで体温が二度低くなると噂される鋭い目つきがデフォルトの女性。見紛うはずがない。扉を開いたのは千冬だった。
「千冬さん部屋間違えてるよ。一夏は隣り」
親指で喧しい壁の向こうを示してやる。だというのに、彼女は引き返すことなく後手に扉を閉めると、ヒールを鳴らしながら部屋を横断して、窓際の壁に背中を預けた。
「具合はどうだ?」
腕を組んで、彼女はこちらを見ることなく尋ねてくる。どうやら部屋を間違えてやってきたわけではないらしい。
「なにを呆けている。聞こえないのか?」
「あの、一夏の見舞いは行かないの?」
千冬はフン、と鼻を鳴らして、
「今行っても喧しくてかなわん」
眉をひそめてそう言った千冬だったが、意外にも彼女も空気を読んだらしい。弟と、その弟に想いを寄せる少女達との時間に水を差したくなかったのか。
それで誰も居ないこちらに来たというなら、かなり惨めな気もするがいいだろう。美人の見舞いは大歓迎である。
「それで具合はどうだ?」
「はっはっは、そらもう完全に折れてました」
白い布で吊った左腕を見せると千冬は鋭い目つきをさらに細めた。
「笑いごとか、馬鹿者」
怒られた。
★
千冬は身内である一夏ではなく、もう一人の怪我人である御堂 楓の病室へ訪れた。
本心を言えば弟の容態が気になったが、一夏の方は軽い脳震盪で意識を失っただけで命に別状は無いことはすでにわかっていた。それに一夏の方には、彼に想いを寄せる少女達が世話を買って出た。そこを邪魔するのは姉として気が引ける。
ならば教員として、
「本当に折れているのか?」
千冬はまだどこか信じられない気持ちで聞き返す。
叱られた楓は調子をいつも通りに戻して応える。
「ポッキリと。まあ、綺麗に折れてるからすぐ治るらしいけど」
楓の言う通り、ISの登場に際して世界の科学技術は軒並み上がった。軍事的な方向にやや傾いてはいるもののそれは医療方面にも言える。ただの骨折程度ならすぐに治るだろう。
――――しかし問題なのはそこではない。楓はISに乗っていたのにも拘わらず、骨折という傷を負ったこととが問題なのだ。
「御堂、貴様のISはなんだ?」
その問いかけにはあらゆる意味を込めていた。
「ISは現行、間違いなく最強の兵器だ。そしてそれは同時に、最も安全性の高いものであるともいえる」
例えば刀に鞘があるように。例えば銃にセーフティーが付いているように。
兵器は、武器は、その威力が高ければ高いほどに使用者を傷付けないような高度な安全装置が備えられている。
ISでいえばそれはシールド、そして絶対防御。
今回、一夏は敵の攻撃をまともに受けて気を失った。ISに乗っていて気を失うほどのダメージというのも稀だ。
あのとき《白式》は度重なる戦闘でほとんどのエネルギーを失っていた。――――否、表示だけなら間違いなくゼロだった。だが実は、表示されるエネルギー残量と実際に機体に残っているエネルギーにはズレがある。
考えてみれば当たり前で、本当にエネルギーが尽きるまで戦ってしまったら戦闘終了と同時に搭乗者はISの展開が強制的に解かれて、最悪生身で空高くから地面に叩きつけられてしまう。
つまりISは、表示される以上のエネルギーを常に機体に残しているのだ。具体的にはしばらくの飛行、そして絶対防御が発動可能な分だけ。
だからこそ、エネルギーを表面上は失い、鈴音を庇うためにまともに強力なビームをその身に受けてさえ一夏は無事でいられた。そう、
「あいつはあれだけの状態で攻撃を受けても軽い脳震盪で済んだ。それに比べて貴様はどうだ?」
事前に聞いた学園の医療スタッフの報告では、左腕の骨折だけでなく全身の筋肉が断裂しかかっているらしい。
ISという、この世で最も安全なものに乗っていたにも拘わらず。
「疑問はまだある。貴様の傷は織斑のように攻撃を受けて負ったものではない」
無人機との戦いで、楓は終始無人機を圧倒していた。遂にまともなダメージを一度たりとも受けなかったと記憶している。
「それなのにこの有り様ということは、最後のあの動きが原因なのだろう? ――――それとも最後の砲撃か」
「…………」
「貴様は言ったな。自分のISは飛行能力を犠牲にして通常のISを凌駕する速さを得た、と。しかしそれは本当か? 飛行能力という絶対的な機能を犠牲にして得たものが、本当にスピードだけだというつもりか?」
しばらく無言のまま時が過ぎた。やがて楓は観念したように無事な右手を挙げた。
「答えるから! 答えるから睨まないで」
失敬な、とは思っても言わない。最早見舞いではなく尋問しにきたと言われても仕方がないと自覚していたから。
意識的に少し昂っていた感情を抑えると、彼は小さく息をついた。
「さて、んじゃ問題です。最強の兵器ってなーんだ。あ、ISを除いて」
「……ふざけてるのか?」
「違うって。これが多分千冬さんにとって知りたいことに繋がるんだよ」
未だ彼が言いたいことが千冬にはわからない。しかし質問に答えるというなら付き合うことにした。
「核か?」
「あー、そういうことじゃないんだ。そうだな……理想の兵器に必要な絶対的なもの、かな?」
千冬は顎に手をあてて数瞬考えて、
「射程と威力か?」
「大正解。さすが千冬さん」
右手で膝を叩いて拍手する楓。
「そう、理想の兵器っていうのはたとえどんな場所にいようとも確実に、そして自身は絶対の安全圏にいながら対象を抹殺出来るもの」
初めは拳。次は棍棒や石。剣。銃。今ならミサイルか。
兵器は、人は、そうやって進化してきた。
「俺は嘘をついた。《八咫烏》はシールドビットを利用した超高速の立体駆動をメインにした接近戦型なんかじゃない。むしろその逆。
楓はこちらを見上げる。
「どうしてみんな気付かないのかねえ。篠ノ之 束は完璧だ。天才でも天災でもない。あいつはあらゆる意味で完成された人間だ。そんなあいつが、今更《白式》みたいな欠陥持ちのISを作るのが精々なはずがない。初めからあいつはなんだって作れた――――いや、作っていた」
組んだ腕の中で、千冬は拳を握った。いや薄々感づいていたことを突きつけられたことに戦慄したのか。
おそらくそれに気付いていながら、楓は告げた。
「第零世代――――《八咫烏》は、束が生み出した
★
ISには開発された時期、性能によって世代が存在する。兵器として完成を目指した第一世代。現在最も世界に普及されている第二世代。《ブルー・ティアーズ》や《甲龍》のような、未だ試験機の域を出ないながら世界最新鋭の技術の結晶である第三世代。そして、世界中の科学者が未だ机上ですら実現することの出来ない、束だけが作り出すことが出来る《白式》の第四世代。
だが第零世代などという世代は世界中の誰も聞いたことがないだろう。もしそういったものがあったとして、それが当てはまるものは世界にとって始まりのIS、《白騎士》だけだ。
「だけどそれは違う」楓は言う「《白騎士》ですら、束が世界へお披露目するために調整したものに過ぎない」
世界が戦慄した伝説の機体ですら、あくまで世界が受け入れられる、理解が出来るギリギリを見極めて彼女が作ったものに過ぎない。もっと正確に言うなら、世界に受け入れられ、かつ搭乗者に合わせて作った、だ。
「そこのところはあんたの方が詳しいんじゃない?」
茶化すようなした質問にも、彼女は怒りもせず答えない。はたしてその余裕が無いのか。
おそらく、《白騎士》の搭乗者は彼女だ。当時、束が心を許していた人物は限られている。家族である箒とその幼なじみの一夏、そして千冬。証拠はないが、確信はある。
しかし今はそんなことを問い詰めても意味が無いし興味もない。
束は完成されている。束に出来ないことはない。
例えれば迷路だ。誰もが入り口から迷路を始めるにも拘わらず、束だけがいつも迷路のゴールに立っている。そして彼女は時々気紛れで分岐路に自分の姿を見せる。それが彼女が世に出す作品達だ。IS、《白騎士》もまた然り。
つまり最初から彼女は作ることが出来た。ISが世に出る前から、第一世代だろうが第二世代だろうが、今世界がようやく辿り着いた第三世代だろうが、最初から彼女は作ることが出来た。何故なら彼女は最初から迷路のゴールにいるのだから。
「ともかく、《八咫烏》の高速機動なんておまけもいいところ。って言っても、そのスピードだって別に俺のISが特別なんじゃない。あのスピードはISが本来持つものだから」
千冬が言うように、兵器にはそれ相応の安全装置が存在する。現行最強の兵器であるISの安全装置はこの世で最も安全性の高いものといって過言ではないだろう。そして安全装置とはそのほとんどが、兵器そのものの能力を多かれ少なかれ阻害することで成り立っている。そうでなければISのような単なるパワードスーツで戦闘機並の超スピードの世界で戦うなど出来るはずもない。
《八咫烏》はその楔を切っている。故に《八咫烏》のスピードはIS本来のスピードと言っていい。
そこに《神威》による補助、急加減速、直角に等しい急旋回が加わればハイパーセンサーすら追い切れない速度を出せる。
ただし、それは誰にでも操れるものじゃない。
もし楓以外の人間が《八咫烏》に乗ればおそらく一瞬で意識を飛ばすだろう。PICの完全制御があったとしても搭乗者にかかる負荷はそれほどに計り知れない。
所有者である楓でさえ、普段から体を鍛え、負荷に慣れているとはいえこの有り様だ。
「こいつの本当の特性は一撃必殺の長距離砲撃だよ。兵器としての究極の姿」
耳のピアスに触れる。
《八咫烏》の単一仕様能力《ワンオフ・アビリティー》、《神威》は周囲の大気を操り取り込み、それを超圧縮することで弾丸として叩きつける。性質としては《甲龍》の衝撃砲に近いが厳密には違うところは多々あり、何より規模が桁違いだ。理論上、《八咫烏》の射程は数十キロに及び、撃ちだす弾丸の範囲は都市すら丸ごと叩き潰せる。
《八咫烏》が飛べない理由はPICの制御を全て搭乗者の負荷軽減に向けているからだ。しかしそれは決して欠点ではない。何故なら飛ぶ必要が無い。
《八咫烏》の射撃は正しく一撃必殺。射角も射程も埒外の長距離砲撃。故に、飛ぶ必要もなければ撃った後の反動すら関係無い。
「確かに大した威力だった」
ようやく千冬は口を開く。その顔には呆れがありありと浮かんでいた。
「貴様の砲撃でアリーナの四分の一が吹き飛んだ。レベル四のシールドを粉々にしながらな。修繕に一体どれくらいかかるか教えてやろうか?」
「げ……」
頭に血が上っていたとはいえ、ちゃんと範囲も絞っていたし、射線に生体反応が無いことも確認済だった。しかし躊躇いが無かったのは間違いない。
まさか修繕費を請求されるとは思わないが……というか、されても払えない。
顔を青くする楓。
千冬は一つ、ため息をついた。
「もう一つ、貴様に言っておきたいことがある」
まだあるのか、とは言わない。これ以上何があるのかと楓が戦々恐々とする一方、なにか千冬の様子がおかしい。
「その、だな」
珍しく歯切れの悪い様子に首を傾げる。
「んん! ……一夏を守ってくれてありがとう。礼を言う」
らしくない小さな声で千冬は言った。彼女は言葉を繰り返そうとはしない。窓に背けた横顔が赤く見えるのは、果たして夕焼けのせいだったのだろうか。
「――――そろそろ限界か」
不意にそう言った彼女は部屋の扉に向かって歩を進める。
呆けていた楓はそれを目で追う。
千冬が扉を開けると、比喩ではなく雪崩のように女子が雪崩れ込んでいた。それはクラスメートの女の子達だ。
「あたた……」
「おーもーいー」
「貴様等、教室で待っていろといったはずだぞ」
千冬に咎められて苦笑いするクラスメート達だが、事態が見えずベットで呆ける楓を見つけるなり駆け寄った。
「大丈夫御堂くん!?」
「お見舞い来たかったんだけど、織斑先生が戻るまで止められててさ」
「腕大丈夫?」
楓は己の目を疑った。女の子達が自分を心配している。一夏ではない。この自分をだ。これが夢でなくてなんだ。
「俺の見舞い……? 心配して?」
「当たり前じゃない」
大勢の女の子達が微笑んで頷く。
これが、これがハーレムというやつなのか。
感激のあまり身を震わせる楓は彼女達に報いようと口を開いて、
「それで織斑くんの部屋の様子は!?」
「――――は?」
硬った。
風の如く女の子達は壁際に集まる。耳をあて、真剣な顔で隣の部屋の様子を探る。
「く……やっぱりいつもの面子が揃ってるわ」
「修羅場!? 修羅場なの!!?」
「きゃー! 織斑くん悲鳴あげてるー!」
「ちょい待てお前等、まさかここに来たのって」
「いやだな御堂くん。私達は御堂くんのこと心配してたよ。ほんと。マジで」
「その心は?」
「ここなら織斑くんの部屋の様子がわかるかなーって」
「お前等の優しさはよくわかった。表出ろやあああああああ!!」
怒り狂う楓に追われて楽しげに悲鳴をあげる者達。その間も必死に一夏の部屋を窺う者達。
隣りに負けず劣らず騒がしくなった部屋で千冬は頭を抱えた。しかしその口元が微かに笑みを見せた。
楓は知らない。たしかに彼女達はいつものメンバーを相手に一夏の部屋に乗り込む勇気はなかった。野次馬根性で一夏の部屋の様子を知りたいという思惑があった。
だが、彼女達が楓を心配して千冬にお見舞いをしたいと願い出たのは事実だ。一夏だけでなく楓のことも間違いなく、心から心配していた。
だから、彼女達はあんな怖ろしい出来事があった直後にもこうして笑うことが出来る。大切な友人が無事だったことが嬉しくて。
閲覧ありがとーごぜえます。実は一度投稿して、書き忘れた箇所思い出して消しましたのはここだけの話。
>楓は意外とクラスに受け入れられている、というお話でした。そして正面切って御礼を言うのがちょっと恥ずかしかった千冬さんでした。
ちなみに、クラスにとって一夏はクラスメートであると同時にアイドルな存在。楓はアイドルとは程遠い気安い友人です。
言うなれば高級料理=一夏。庶民料理=楓。親しみやすいけど彼はアイドルにはなれない。
>白騎士って第零世代になってたんですね。むしろ第一世代だったような(これは記憶違いかも)。
これを書いていた当初はウィキに第零世代なんて記載はなかったので、これ幸いとありがちだなーとあとがきに書きつつも設定作りました。
なので今回書いてるときに公式に零世代がいるので設定変えとこうかな、と考えたのですが、まあ大筋変えなければいいかということで変更しませんでした。
>鈴ちゃん編はこれにて終了。次章は人気の僕っ娘と銀髪さん登場!!