【未完終了】インフィニット・ストラトス ━風穿つ者━ 作:針鼠
一話
シャルル・デュノア――――彼女は自身が名乗るべき名前を胸の内で確認する。そしてやや緊張した面持ちで今一度自身の格好を確認した。
指定制服はスカートが基本のこの学園で特注のズボン。口調、趣味、何気ない動作に至るまで今日まで訓練を積んできた。訓練では隠しようのない胸の膨らみをはじめとした女性らしい体つきに関しては、会社がこのために開発した特殊スーツで誤魔化している。最後に、暗示のように繰り返している言葉を胸の内で紡ぐ。
――――僕は男だ。
シャルルは……否、本当の名前をシャルロット・デュノアという少女は、このIS学園に男として入学してきた。
事の始まりは彼女の生まれにある。性のデュノアは量産機ISシェア世界第三位を誇るデュノア社の正真正銘の娘である証だ――――が、彼女は愛人の子だった。母が亡くなった後、後見人として現れた父に連れられた家で彼女は初めてその事実を知った。
謂れもなく疎まれ、居場所のない少女が悲しみに暮れる暇もなく事態は進む。
実は彼女の父が経営するデュノア社は深刻な経営危機に陥っていた。シェア第三位といえど所詮は第二世代。世はすでにその次のステージ、第三世代の開発に力を注いでいる。そしてデュノア社はその第三世代の開発に行き詰っていたのだ。
そこで、追い詰められた社長は適正の高かったシャルロットに目をつけた。それもただ優秀なパイロットとして使うのではない。世間で話題になっている世界初の男性IS適正者、織斑 一夏に次ぐ二人目の男性パイロットとしての広告塔。そして同時に学園にある各国の第三世代、及び
唯一あった誤算とすれば、二人目という看板は突如現れた御堂 楓という男に取られてしまったことか。
そういった経緯で彼女はIS学園にフランスの代表候補生としてやってきた。父親が一体どういった手を使ったのかはわからないが、シャルロットは書類上、間違いなく『男』として審査を通り、どころか件の男性操縦士達と同じクラスで、さらには同じ部屋で暮らせるようにまで手を回したらしい。
本当に、一体どのような手段を取ったのか。驚きよりも怖ろしさがシャルロットの身を震わせた。
「準備はいいか、デュノア」
「は、はい!」
呼び掛けに意識を現実に戻す。
目の前に立つ女性をシャルロットは知っている。世界最強と呼び声高いブリュンヒルデこと織斑 千冬。
デフォルトらしい彼女の鋭い目につい萎縮してしまう。それは自分が悪いことをしているという自覚もあった。けれどその眼差しに、ふと思った。もしかしたら彼女は自分の変装を見抜いているのではないか、と。
(いけない……)
浮かび上がった不安を押し込めて彼女は背筋を伸ばす。変装は完璧だ。堂々としていなければ余計疑われてしまう。
変装がバレるということは父の会社が終わることを意味し、そして父の期待を裏切るということだ。
間違っているのはわかってる。歪んでいるのも。許されないことだというのも。
だけど、シャルロットは唯一残された肉親の期待を裏切りたくなかった。たとえ道具だとしても、母から与えられた名前を偽ろうとも。この最後の居場所を、失いたくなかった。
父の期待。会社の命運。これから出会う人達を騙すことへの罪悪感。
心優しい少女にはあまりにも重たすぎるものを背負いながら、孤独な彼女は扉をくぐる。
★
「シャルル・デュノアです。皆さん、よろしくお願いします」
教壇に立つ真耶の隣りで、そう言って彼ははにかんだ。――――そう、彼。
「お、男……?」
誰かが今クラスメート達が浮かべる疑問を口にする。
「はい。ここに僕と同じ境遇の人達がいると聞いて、本国より転入を――――」
「「きゃあああああ!!」」
一斉にクラスが湧いた。
「男子よ男子!」
「二人目の! 二人目の美形!」
「しかも織斑君とは違って守ってあげたくなる系の!」
今二番目に声上げた岸原 理子はあとで説教と心に決めながら、楓はクラスの熱狂に圧倒される転校生を眺める。
クラスが騒ぐように確かに美形だ。見た瞬間は男か女かわからないほど可愛らしくもあり、凛々しくもある顔立ちの美少年。
「美少年……」
「静かにしろ馬鹿共!」
千冬の一声でピタリと静まる教室。
そのあまりの切り替わりの素早さに、爽やかなシャルルの笑顔が引きつって見えた。
このクラスではすでに日常的なこの光景を受け入れている辺り、自分も中々ここに染まってきたらしい。
「織斑」千冬は一夏を見据えて「デュノアの面倒を見てやれ。同じ男性同士な」
「はい」
「――――お前もだぞ、御堂」
「へーい」
「不満があるなら言ってみろ」
スパーン、と弾丸のように飛んできた出席簿が額を貫いた。痛い。
「……はい喜んで」
「よし。――――ではこれより二組との合同でISの実習を行う。各自準備を終えて速やかに第二グラウンドに集合。以上、解散」
額をさすりながら席を立ち上がる。するとこの後の展開を先読みしたのか、珍しく勘を働かせたらしい一夏がシャルルの手を握って教室を飛び出していく。
クラスの女子達が悔しそうに歯噛みしている。
「……うーむ」
転入生の背中を見送って、どこか感じる違和感に首を傾げながら、楓も着替えのため教室を後にした。一夏に手をひかれるシャルルの横顔が赤くなっているように見えたな、と思い出しながら。
★
「着替えないのか?」
一夏は首を傾げる。更衣室に転校生のシャルルを案内して、彼は突然こちらから目を背けるように背中を向けてしまったのだ。
次の授業は姉の授業。一秒でも遅れればどんな罰が待っているか。
「着替える! 着替えるから!」
というくせに着替え始める様子はない。
「なにやってんだ?」
「楓」
親切心から、今一度シャルルに早く着替えるよう促してやろうと思っていたところでもう一人の男性操縦士である楓が更衣室にやってきた。彼はこの状況を見るなり首を傾いでいた。
「そういえば自己紹介まだだったよな!」
女子達の騒ぎがあったのでまだ落ち着いて自己紹介していないことに気付いた。シャルルと楓はまだ話してもいないはずだ。
「え?」
思わず振り返ったシャルルは一夏の半裸を見るなりまた慌てて背中を向けてしまう。仕方なしに背中に向けて声をかけた。
「俺は織斑 一夏。一夏って呼んでくれよ! 仲良くしようぜ」
「……仲良く?」
「ああ。同じ男同士だし、当然だろ?」
シャルルはか細い声で『うん』と答えて頷いた。
応じた背中が突然小さくなったように見えて、男にしては華奢な体格もあって一夏は一瞬彼が少女のようだと思えた。
「ありがとう一夏。僕のこともシャルルでいいよ」
しかしそれも本当に一瞬のことで、すぐにその感覚は溶けて消えた。
「でこっちが」
「御堂 楓だ。よろしく」
「よろしく。……御堂君」
楓はシャルルの方を見向きもせず、素っ気ない態度で着替えている。
シャルルの方も、楓の強面も相まって萎縮したように肩を竦めている。
「なんだよ楓。なんかシャルルに冷たくないか?」
御堂 楓という人間はその見た目とは裏腹に、話せば基本明るい反応を返してくる。特に初対面の人間には。本人曰く、その見た目の印象を払拭するべく意識的にそうしていると言うが、やはり根っから裏表のない気持ちのいい性格をしていると思う。だから一夏だけでなく、クラスでも彼は特に親しまれている。
それなのにシャルルに対する今の反応は珍しい。初対面に限らず、こんなぶっきらぼうに対する友人を見たことがない。
「んなことねーよ。てか、くっちゃべってないでさっさと着替えろ」
「いてっ! 蹴るなよ」
「時間ないぞ」
「うえ!? やば……!」
言われて見てみればもう授業が始まってしまう。
「あんたも早く着替えな」
「う、うん!」
ようやく楓の方からシャルルに喋りかけるものの、更衣室で楓がシャルルに目を向けることは一度もなかった。
★
「デュノアってあのフランスのデュノア社か?」
「え?」
着替えを終えて更衣室から出たのはシャルロットと楓だけだった。一夏はスーツを忘れたと言って慌てて教室に戻り、今再び更衣室へ戻ってきたところだ。
外で待っていることにしたシャルロットだったが、思いがけず喋りかけてきた楓に素で驚いた反応をしてしまった。
楓はそれにバツが悪そうに頬を搔く。
「あー、さっきはその、ちょっと考えごとしててな。気ぃ悪くしたなら謝る」
「あ、いや! こっちこそ、その……ごめんなさい」
さっきまでとは打って変わって顔を見て話しかけてくる楓に、まだ少し驚きを抱きつつ失礼な反応だったと素直に謝る。
御堂 楓。一夏に次ぐ二人目の男性のIS適正者。両親はすでに逝去。三月末、前触れもなく発見された彼を学園は急遽迎え入れたとされている。
シャルロットが楓について事前の情報として渡されているのはこの程度だ。特別な背景もない。中学もごくごく普通の公立学校。もとは施設育ちで、そこから引き取った人物については何故かわからなかったらしいが、織斑 一夏と比べれば際立つものはない。
実際に会ってみて、その強面にびびったのは事実だ。更衣室でも無愛想だったので何か気に障ることをしてしまったのかと不安になったほどだった。
「それで? シャルルってデュノア社の関係者なのか?」
「うん。僕の父の会社なんだ」
「んじゃやっぱ専用機もあるのか?」
「あるよ」
胸元のペンダントを見せると、彼は興味深そうに唸って兵装などを訊いてくる。
その後もISに限らず他愛ない世間話をしてくる楓に、気付けばシャルロットも最初に抱いていた楓への恐怖心が消えていた。それどころかいつの間にか笑顔まで浮かべて、まるで友人とそうするように普通に会話していた。
一夏に楓、どちらも新参者の自分を温かく受け入れてくれることにいつの間にか心がゆるんでいるのを自覚した。
やがて、こんなに優しい彼等を騙していることに途方も無い罪悪感が胸を襲った。
★
二組合同の実習では、セシリアと鈴音を相手にあのいつものんびりしている真耶が圧倒するという驚愕の光景を見せられた。あの胸然り、IS学園の教員、それも千冬に付いているのだから只者ではないと思っていたが予想以上だった。
「やっぱあの巨乳は伊達じゃないか……」
「なにか言った? 御堂君」
「んにゃ」
不思議そうに首を傾げるシャルル。次いで彼は気遣わしげにこちらを見る。
「その腕本当に大丈夫?」
「ああ、平気平気。もうほとんど治ってるようなもんだし」
笑って応えながら布で吊った左腕を揺らす。先日の無人機との戦いで負ったものだ。今日は大事を取って訓練も最後のグループ分け以外は見学だったが、すでに骨もついている。
シャルルに最初怪我について訊かれたときは思わず誤魔化してしまった。まさかISに乗っていて骨折したとは言えない。
「――――それにしても、本当に僕もいていいのかな?」
「いいに決まってるだろ」
シャルルの問いに答えたのは一人はつらつと笑う一夏だけ。そう一夏だけ、だ。
シャルルが気にするのも無理は無い。なにせ今この屋上には、おそらく、きっと、いや絶対、二人きりのランチタイムを妄想していた三人の少女が睨みをきかせているのだから。
「そうだぞ。気にしても疲れるだけだから気にすんな」
なので肩をポンと叩いて言ってやる。無論、一夏への皮肉なのだが彼は呑気に首を傾げている。
本当に、こんな状況になる可能性はいくらでも予想出来たのに、何故自分はのこのこと一夏に誘われるまま屋上にやって来てしまったのか、と楓は頭を痛めた。
さて、思惑は外れたものの少女達の睨み合いは続いている。ふと、一夏は鈴音の持つパックの中身を見て声をあげた。
「おお! 酢豚だ!」
先日では一夏と鈴音の因縁の種にもなった料理。
一夏の喜々とした顔に、してやったりとほくそ笑む鈴音。
「ん、んんっ!」
わざとらしい咳払いと共に今度はセシリアがバスケットを広げる。
「一夏さん、わたくしも今朝は作りすぎてしまいまして」
「セシリアはサンドイッチか。美味そうだな」
ふふん、と勝ち誇るセシリア。
「一夏っ!」
最後に箒が包を開く。
「おお……!」
一夏のみならず、シャルルからも感嘆の声があがった。
箒の重箱から覗ける料理はどれも手の込んだ手作りを感じさせるものばかりだった。玉子焼きに唐揚げ、きんぴら、おにぎり。和の雰囲気を残しつつ定番なメニューである。
(だけどそれをたまたま作りすぎたは無理があるだろうよ)
偶然にしてもあまりにも完成度が高い。そもそも一人分を一夏に手渡す時点でおかしい。
しかしさすがはドの付く唐変木。一夏は微塵も疑わずに彼女の言葉を額面通りに受け取って、唐揚げを口へ。
「美味い!」
「そうか! うん、うん。よかった」
「箒も食べてみろよ」
「え……!?」
言うなり一夏は箸で掴んだ唐揚げを箒の前へ。
箒は顔を赤くしながらおずおずと口を開き、差し出されたそれを口に収める。
「「あ……ああああああ!!」」
「いい。いいものだな……」
どれだけ早起きしたのか知らないが、箒の努力が報われたことにそっと祝福の拍手を送る。
「なあ、美味いだろこの唐揚げ」
「よーし一夏。歯食いしばるか?」
「な、なんでだよ楓!?」
わからなければそれでいい。それでいいから一発殴りたい。
そんな楓達のやり取りどころではないのが箒以外の少女達。
「やり直し! やり直しを要求しますわ!」
「そうよ羨ましい!」
鈴音の本音が漏れつつある。
「それならみんなでおかずを交換し合えばいいんじゃないかな? 食べさせあいっこすればいいでしょ」
このメンバー内で最も常識的であるシャルルが和解策としてそう提案するが、それは戦争の引き金であった。
「じゃあ酢豚食べなさいよ一夏!」
「いいえ一夏さんわたくしのサンドイッチを!」
やがては放心していた箒も参戦して激化する屋上の戦い。
しばらくそれを眺めつつ、横を向いて、
「購買の場所知らないだろ? 案内してやろうか?」
「……うん」
二人は大人しく購買へ向かう。昼休みの時間は限られているから。
閲覧ありがとうございましたー
>てなわけで三章開始。今章は楓の視点が少なくなりそうだなぁ、と考えつつ僕っ娘登場でいきなりネタバレ。
銀髪美人は次話です。
>現在放送中の2期を見ているんですが……これどうしましょう(動揺)
まるで介入するイメージが出てこないうえに、ドタバタ誕生日回とかシャルロットの履いてない回とか色んな意味で介入の余地なしが多いです。本編よりサイドストーリーメインなんですかねえ。
とりあえず、現在は楯無姉妹をメインに無理矢理進めていこうかと妄想中であります。