【未完終了】インフィニット・ストラトス ━風穿つ者━ 作:針鼠
「大丈夫だったのか楓!?」
シャルロットが更衣室へ入るとちょうど先に楓を追った一夏が部屋から溢れるほど大声を放つ。見ればツンツン髪の後頭部が大きく項垂れていた。
(まさかやっぱり怪我を!)
生身でISの攻撃に晒されたのだ。それもおかしくな
「死ぬかと思った……」
結論から言って大丈夫だった。
ロッカーにしなだれかかる楓の額には冷や汗がびっしり浮かんでいる。
てっきりあれだけ格好良いセリフを吐くものだから余裕なのかと思っていたが、そうでもないらしい。
楓は唇を尖らせて、
「勢いに決まってんだろ。あいつがシカトばっか決めるから頭にきただけだよ」
「き、気を付けなきゃ駄目だよ。本当に危なかったんだから」
そんな子供っぽい理由だとわかって苦笑いしつつ、シャルロットは嗜める。
しかし、実際はどうだっただろうか。本当に楓が危なかったのかと問われると、シャルロットは素直に頷けない。
思い返してみればラウラの放った砲弾の軌道は彼を直接狙っていなかった。おそらく脅しのつもりだったのだろう。それでも充分に危険だが。
(それに……御堂君ならあっちが本気でもなんとかなったかもしれない)
思い出すのは先程の攻防。
ISの部分展開。ISの一部、もしくは兵装のみを部分的に展開させる高等技術の一つである。しかし高等技術とはいうものの、これはある程度ISに乗り慣れた者なら可能な程度の技術ともいえる。かくいうシャルロット自身も使える。
だが楓が行ったのは兵装の一部、それもビット兵器の展開だ。
ビット兵器は現在開発されている特殊兵器の中でも最も扱いが難しいものの一つである。それを楓はISの補助を受けずに生身の演算能力で操ってみせた。
その難易度は腕などの一部を展開させる単なる部分展開より遥かに上だ。
そしてもう一つ。部分展開に限らず、ISの展開速度は人間の反射神経を超えることは無いと言われている。所有者が展開を念じ、ISがそれを受信して装甲が展開される、という流れなのだからそれは当然である。この搭乗者からの送信とISの受信ライン――――つまりはISとのシンクロ率が高ければ高いほど速度が上がる、というわけだ。
世界大会に出るような熟練の者になれば思うと同時に展開されると聞く。楓の速度はまさにその限界に近いと思われる。少なくとも、シャルロットが知る中で楓以上に素早い展開を見たことがない。
ラウラとの交戦はほんの一瞬だった。それでも彼女の実力の高さ、その片鱗は感じることが出来た。
しかしだからこそ、ラウラを軽くあしらった楓の実力は測り知れない。
「あんなに早くISを展開させる人、僕初めて見たよ」
「展開速度なんて慣れだよ慣れ。あんなもん、練習すれば誰にだって出来るようになるよ」
シャルロットとしては心からの敬意をもって送った賛辞だったのだが、楓の応対は素っ気ない。
人によってその物言いは傲慢に聞こえたかもしれない。けれど他人の心の機微を読むのに長けたシャルロットにはわかった。
威張るでもない。謙遜するでもない。もちろん蔑みの気持ちなど欠片もない。『あんなもの』と言い捨てたその言葉は、彼にとってそのまま真実なのだ。
特別な才能も技術もいらない。時間さえかければ誰にだって出来る。
そうかもしれない。ISの絶対数が少ない現在、特定のコアとのシンクロ率を上げられるものは少ない。だから部分展開が高等技術とされながらさして珍しくないのと同様に、彼の言葉の通り、環境と時間さえあれば出来るものなのかもしれない。
だとしてもあれほどISを見事に操れることは誇っていいとシャルロットは思う。
ますます楓という人間がわからなくなる。男でありながらISに乗り、どこかの国の代表生でもないのに専用機を保有し、誰よりも自在にISを操る。
一体彼は何者なのか。どんな人生を歩んできたのか。
「なにはともあれ楓が無事で安心したぜ」
「うん。本当に」
「もうあんな無茶しないでくれよな」
「一夏にだけは言われたくねえ」
兎角、この話題は終わる。そろそろ寮の門限が迫っているのだ。
するとおもむろに、いや当然として、一夏は上半身のスーツを脱いだ。
それを目撃したシャルロットの顔が瞬間的に赤くなる。視線を他所へ逃すと、自分のロッカーから荷物を掻き抱いてそそくさと扉の方へ。
「じゃ、じゃあ僕は先に部屋に戻ってるね」
「えー。またかよ?」
一夏は明らかに不満そうな声をあげる。すると何を思いついたのか、僅かばかり悪戯顔を浮かべてシャルロットの方へ歩み出す。上半身裸で。
「ひゃ!」
「たまには一緒にシャワー浴びようぜ」
シャルロットは正真正銘の女だ。そんな彼女が男としてばれずにいるのはデュノア社が開発した特殊スーツのおかげと言っていい。しかし当然シャワーを浴びるときは裸になる。裸になるということは特殊スーツの恩恵は当然消え、彼女の女性らしい肉体は露わになる。
まあ仮にその解決法があったとして、初心な少女が同年代の男の子と一緒に入るなど不可能だったわけだが。
ジリジリと間合いを詰めてくる半裸の一夏。あらゆる意味で高鳴る鼓動を必死に押さえながら、絶望に暮れるシャルロット。
「俺も今日は帰るわ」
「楓もかよ!?」
そんなとき、シャルロットにとってノアの方舟に等しい声が降り立った。
「ギブスは取れたけど一応定期健診には来いって言われてるし。風呂は部屋で入る」
言うなり鞄を肩に背負って部屋を出て行く楓。これ幸いとシャルロットもそそくさと更衣室を後にする。
ただ、扉が閉まる直前、一夏が寂しそうにため息を吐くのを見て彼女の心は締め付けられた。
★
夕日ももうすぐ落ちようかという時間、検診を終えた楓は学内の敷地を一人で歩いていた。入学初日、千冬に連れられてきた畔近くだ。
腕の経過は良好だった。骨もくっつき、無理さえしなければ軽い運動、それにISの操縦も許可が出た。実は少し前から勝手に筋トレなどは始めているのだが、告白したら多分怒られるだろう。黙っておくことにする。
「最近一夏の奴の訓練眺めてるだけで暇だったからなー……ん?」
誰になくぼやいていると道の先に佇む長い黒髪の背中を見つけた。彼女が見ているだろう先を追うと、とぼとぼとした足取りで寮の方向へ歩く一夏の背中があった。
無遠慮に近付いて女性の背中へ声をかける。
「なに? 姉弟喧嘩?」
おそらく気配で気付いているだろうと思っていたのだが、声をかけると一瞬硬直したかと思えば凄い顔で睨まれた。
「近頃の男共は盗み聞きが流行っているのか? 嘆かわしい世の中だな」
千冬は低い声で言い捨てる。
「ちょっとちょっと、誤解しないでよ千冬さん」
「『織斑先生』だ」
一層目つきが鋭くなる。
「……織斑先生。俺は今ちょうどここを通っただけで、なにも聞いちゃいないって」
千冬は観察するようにしばらくこちらを睨みつけていたが、やがて僅かばかり圧迫感が減った。嘘ではないと信じてくれたらしい。
――――とはいえ、聞いてはいなくともあの姉弟がなにを話していたのか察するのは容易い。十中八九、ラウラ・ボーデヴィッヒのことだろう。ラウラと千冬が既知で、彼女が一夏に並々ならぬ感情を抱いていることくらい一夏も気付いている。ならば一夏がその理由を知りたいと思うのも当然だろう。
「ラウラとやりあったそうだな」
なんとまあ耳の早いことだ。
「殺されかけたよ。一体どんな教育したんだってーの」
「ラウラに貴様は殺れん」
ふっ、と千冬は笑う。
多分褒められたのだろうと思う。でなければ適当にはぐらかしたか。
ラウラと千冬の関係を、彼女達になにがあったのか、楓は知らない。しかしラウラが千冬に抱く感情はわかるつもりだ。
ラウラは織斑 千冬に憧れている。心酔していると言ってもいい。
そしてそれがわかれば、彼女が一夏を一方的に憎む理由にも思い当たる。
かつて、IS世界大会、第二回モンド・グロッソでのことだ。千冬が第一回を圧倒的な力で勝ち抜いてその名を世界中に知らしめた二度目のそこで、彼女は周囲の期待通り圧倒的な実力差を見せつけて勝ち上がった。決勝の相手の実力も高かった――――が、千冬の強さは次元が違った。最早連覇は決まったといって間違いなかった。
第一回の大会で彼女の強さに魅せられた者は多い。熱狂的なファン達にとって千冬の連覇は輝くべき栄光であり、しかし必然のものであるとさえして胸を高鳴らせていた。
世界中の注目を浴びた大会決勝戦。
――――千冬は決勝に現れなかった。
結果は対戦相手の不戦勝。連覇の栄光は潰え、彼女が世界大会に再び姿を現すことはなかった。
実は決勝のあの日、千冬の弟が何者かによって誘拐されたと楓が知ったのは翌日のニュースだった。そう、拐われたのは、当時楓は名前どころか顔も知らなかった一夏だった。
犯人は今なお不明。
千冬が駆けつけたとき一夏は怪我一つなかった。しかし彼女の夢――――否、彼女崇め期待していた人間達にとっての夢は夢のまま終わったのだ。
「後悔してる?」
主語もない、話の流れもまるで関係ない問いかけだったが、彼女は躊躇わず答えた。後悔などするはずない、と。
それはおそらく真実だろう。彼女は大会連覇を捨てて一夏を救ったことを後悔などしない。一夏と友人になった楓もそれで良かったと思う。
しかし当時、一夏との接点のなかった楓は見ず知らずの彼女の弟が助かった安堵より、千冬の連覇が果たされなかった落胆の方が大きかったのも事実だった。それは千冬に心酔していた者達も同様に。
彼等にとって千冬は特別で絶対。神のような穢れ無き全能の存在。
故に彼女に挫折などあってならない。絶対不敗は必然。
それを一夏は汚した。遠因ではあるが、決して一夏の本意ではなかったが、一夏のせいで千冬の栄光に汚点が刻まれてしまった。憎む理由はそれで充分。
所詮一夏は彼女のただの弟でしかない。
ラウラという少女はそんな考えをする一人なのだろう。今もまだ、自らの妄想と憧れで形成された偶像の『織斑 千冬』を狂信している。
その気持ちは、楓もわからないでもなかった……。
★
翌日の放課後、楓は救護室から一夏達が特訓しているはずの第三アリーナへ向かっていた。昨日の無茶が養護教諭にバレてこってり絞られた上に、今日は訓練前と後の二度検診に来るよう言われたのだ。
「あの先生、ずっと笑ったまんま淡々と検診するんだもんなー。千冬さんとは違った意味で怖すぎる」
こっちが何を話しかけても無視。ただただ検診を進める姿は無言の圧力を感じた。もう二度とあんな診察は受けたくない。……訓練後に行かなくてはならないのだけど。
まだ数時間は先のことを思ってどんより暗い気持ちになっていた楓を複数人の女生徒達が抜かしていく。それも一人や二人ではない。人の流れが明らかに早く、しかも楓も行こうとしているアリーナへ向かっているのだ。
一体何事かと思っていたところで駆け抜ける女子の会話が漏れ聞こえた。
「一年の専用機持ち三人が第三アリーナで模擬戦してるって!」
「これは見るっきゃないよねー!」
「………………」
キャーキャー騒ぎながら去っていく彼女達の背中を、楓はいつの間にか歩みを止めて見送っていた。
一年生の専用機持ちが模擬戦。この時期に、このタイミングで。
楓は昨日の千冬との会話を思い返していた。
「嫌な予感しかしねえ……」
トーナメント直前に模擬戦をやらかす専用機持ちに心当たりがありすぎる彼は、硬い質の黒髪を乱暴に掻き乱しながら自然と駆け足でアリーナへ向かった。
★
「なんだ、お前じゃなかったのか」
「楓?」
アリーナへ着いて偶然最初に見つけた人物に、楓は心底意外な目を向けた。
アリーナ観客席に、椅子に座らずシールド向こうのステージを見つめるのはてっきり模擬戦をしている専用機持ちの一人かと思っていた一夏だった。隣にはシャルルもいる。
(ということは……?)
一夏達の隣に並んでステージを窺う。
青白い閃光を断続的に放つ《ブルー・ティアーズ》。青龍刀を手に間合いを詰めようとしている《甲龍》。そして、それら二機を相手取っている《シュヴァルツェア・レーゲン》。
戦っているのはセシリア、鈴音、そしてやはりラウラだった。
「なんだってこんなことになってんだよ?」
楓が尋ねると一夏達もつい今し方来たばかりなので詳しい話は知らないようだった。
ここまでで聞いた者達の話では模擬戦らしいが、この面子がトーナメントに向けて切磋琢磨するほど仲が良いとは思えない。それに戦闘は三つ巴というわけではないらしく、セシリアと鈴音が二人でラウラを攻撃している。
おおよそ、何かの諍いから争いへと発展してしまったのだろう。
戦況は、なんと驚くことにセシリア・鈴音の劣勢だった。
代表候補生、それも第三世代の専用機持ち二人を相手に、ラウラは苦もなく捌いている。
(やっぱ強いな……。ISにっていうより、戦い慣れてる感じだ)
ラウラの出身はドイツ軍。セシリア達も代表候補生である以上、軍、もしくはそれに類する環境でそれなりの訓練は積んでいるだろうが、ISが登場してからの彼女達とその前から軍人であったラウラとでは場数が違う。セシリア達はあくまでISのパイロットなのだ。
そも、セシリア達はコンビというよりそれぞれがラウラを狙っている程度の共闘だ。連携など望むべくもない。
鈴音が放った不可視の砲弾。それをラウラは薄い笑みを浮かべて手を翳すと、それだけで砲弾は見えない壁にぶつかったかのように止められてしまった。
「龍咆を止めやがった!?」
驚く一夏の尻目に楓は驚きとも感心ともつかない調子で呟いた。
「もしかしてAICか?」
「AIC?」
呟きが聞こえたのか一夏が復唱する。
「アクティブ・イナーシャル・キャンセラーだよ」こちらも真剣な顔で戦いを見つめるシャルルが「ISの慣性運動を制御するPICを発展させた兵器で、慣性停止結界とも言うらしいよ」
模範的な解答だった。
シャルルの言う通り、AICは対象の運動エネルギーを強制的に停止させる。効果は薄いものの、エネルギー兵器にすら使用可能な強力な兵器だ。
一夏を覗き見ると彼は無言で戦いを見ていた。シャルルの説明でも、きっと原理が理解出来たとは思えない。けれどかつて自身を苦しめた鈴音の攻撃を容易く防ぐその光景でAICの絶大な能力は理解したようだった。
どもども閲覧ありがとうございます。
>どもこんばんわさまです。
今回は特に山場もない展開も進まない、謂わば繋ぎ回です。ちなみに次話も繋ぎ回の予定です(え)
>ちなみに楓がAICを知っていたのは例の『束さんクエスト』で同様の兵器を積んだISと戦っているからです。
>アニメ最新話より
相川さんの出番きたあああああああああああああ!!
まさかのセクハラ(受け側)要員とは!エロ担当でしたね。