【未完終了】インフィニット・ストラトス ━風穿つ者━   作:針鼠

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八話

「結局トーナメントは中止になるみたいだよ」

 

 千切ったパンをもそもそと食べながらシャルルは言う。

 

「でもデータは取りたいみたいで、一回戦だけは全部やるみたい」

 

「「ふーん」」

 

 楓と一夏の気のない返事にシャルルが苦笑する。

 

 今日の試合は一夏達の第二試合を最後にお流れとなった。さすがにあの騒ぎのあとにトーナメントを続行するわけもない。しかし外部の人間にとっては数少ない有望な人材を品定めする、謂わば品評会。無理を通してでも続けたいのだろう。

 

 ――――とはいうもののそれは向こうの事情、楓には関係無い。自分の試合を終え、唯一興味のあった一夏達の試合も終わった今、自分勝手ながらトーナメントの続行に興味は湧かなかった。おそらく一夏も同じようなところだろう。

 

「ん?」

 

 乱雑にフォークに絡めたパスタを口に運ぼうとしたとき、ふとこちらを見つめる数人の女子を見つけた。

 

「優勝……チャンス……無効……」

 

「「うわあああああああん!!」」

 

 泣きながら走り去る。

 

「なんだ一体?」

 

「知らん。どうせろくなことじゃないだろ」

 

 心配する一夏と対称的に素っ気なく言い捨てる。実際その通りであったが。

 

「でもなぁ」一夏がラーメンをつつく箸をこちらに向けて「どうせなら楓とも戦いたかったぜ」

 

「あ、それは僕もかなぁ」

 

「……そういや、一夏と戦ったのってクラス代表決めるときだけだっけか?」

 

 入学後間もなく、後に鈴音と戦うことになったクラス代表戦。その代表をクラスから選出する際に、当時まだほとんど面識のなかったセシリア、一夏、そして楓が戦った。

 ついこの間のことのはずなのに、もうずっと昔のことのようだ。

 

 思い返してみれば、楓が一夏と戦ったのはあれきりだ。しかもあのときはセシリアを交えた三つ巴。まともに一対一で一夏と戦ったことは一度も無い。

 

「ま、俺とシャルルのコンビなら楓が相手でも負けなかったけどな」

 

「シャルルにおんぶに抱っこがよく言うぜ」

 

「そ、そんなことないぞ!」

 

「そうだよ! むしろ僕のほうが一夏に助けられてばかりで……」

 

 へん、と笑ってやるとムキになった一夏が言い返し、それを擁護するシャルル。しかも後半は何故か赤面している。なにかあったのだろうか。

 

「あ! 織斑くーん、デュノアく-ん、御堂くーん!」

 

 騒がしい食堂に加わる声。そちらに視線をやると、

 

「……乳が走ってくる」

 

「なにか言ったか? 楓」

 

「なんでもない」

 

 間違えた。乳ではなくて副担任の山田 真耶だ。

 

「はぁ、ようやく見つけましたぁ」

 

 とろけた声をあげてその場で乱れた呼吸を整えようとする真耶。

 どうやら楓達を探して校舎を走り回っていたらしい。そりゃあれだけ立派なものを二つも抱えて走っていれば疲れもするだろう。明言は避けるが。

 

「ふぅ……今日は三人ともお疲れ様でしたぁ」

 

 ようやく息を整えた真耶は、いつも通りのどかな笑顔を浮かべる。

 

「そんな皆さんの労を労って、遂にあの場所が解禁になったんです!」

 

「あの場所?」

 

 はて、と首を傾ぐ三人。

 

 ふふん、とたわわな胸を張って、真耶はいつもより三割増し高いテンションで告げる。

 

「男子の大浴場なんです!」

 

 大浴場。即ち風呂である。

 

 この学園寮には個々の部屋にキッチンからトイレ、備え付けのクローゼットまでなんでも揃っている。もちろん設備の一つにはバスも入っている。――――のだが、さすがにスペースをそこまで取れるわけもなく、ビジネスホテルのシャワールーム程度の規模である。まあ、それでも学生寮にしてはふざけたほど充実しているわけだが。

 しかし、中には風呂好きな者はいるわけで。日本特有の底の深い湯船に肩まで浸かりたいという意見が意外と多かった。その要望に応えた学園は学園施設に大浴場を追加したのだった。

 かくいう一夏もそんな風呂好きの一人だったのだが、大浴場は一つきりで、当然普段は女子生徒達が使っている。言わずもがな、男である彼は悔し涙を流して我慢するしかなかった。

 

 それが解禁となったらしい。無論使用日を決めて、男女分けてだ。

 比率を鑑みて割合は当然女子に偏るのだが、それでも一夏は跳ね回るほど喜んでいた。特別風呂好きではない楓は特にリアクションは無い。

 

 だがどうしたことか、真耶の手を取って小躍りしていた一夏は、シャルルを見るなり固まる。次いで楓を見て、うーんと唸り、口を開きかけ、また閉じて唸る。一体どうしたというのか。

 

「なんかよくわからんが、今回は俺いーわ」

 

「え? なんでだよ」

 

「今日は色々無理したし、部屋でゆっくり休んでるよ。風呂は勝手にどうぞ」

 

「大丈夫?」

 

 左腕をさする仕草をすると、途端に不安顔になる二人に『大丈夫』と応えて食べ終えた食器を片付けて別れる。

 

 

 

 

 

 

 楓は千冬の部屋――――ではなく、星空の下、一人アリーナの隅に座り込んでいた。いや、一人ではない。彼の正面には鎮座する漆黒痩躯の機体があった。

 当然普段彼が乗る搭乗スペースには誰も居ない。乗るわけでもない。整備するわけでもない。楓はただじっと無人のISと向かい合う。

 

 先ほど一夏達にはああ言ったが、別に体の調子は悪くない。腕はすでに完治している。今日の試合で痛めたところもない。風呂を断った理由は別にあるのだが、今はそれはどうでもいい話だ。

 

 ここにやってきた理由は、久しぶりにこうして《八咫烏》と二人になりたかったからだ。

 束に《八咫烏》を貰った当時は四六時中展開して遊んでいた。彼女が作ってくれた例のゲーム然り、人目につかないように実際に外に出たりもした。

 ある日、束は言った。ISは生きているのだと。

 子供ながら純粋だった楓はその日から《八咫烏》を遊び道具ではなく対等の存在として接するようになった。子供がぬいぐるみを友達だと言うように、小学校に通っていなかった楓にとって《八咫烏》が初めてにして唯一の友達だったのだ。

 

 小学校には通えなかったが、束のおかげで中学には通えた。手段はわからないが、まあ彼女に不可能などない。

 その頃には幼かったときとは違いISの価値を知り、分別を知った。無防備に展開して外に出ることもなくなり、一緒に布団で寝るようなこともなくなったが、それでもたまに、こうして向かい合うことは続けた。

 会話が出来るわけではない。でも、こうしていると人間の友達といるときとは違った居心地の良さがあるのだ。それは彼が、もしくは彼女が、束に次いで自分と最も深い関係の存在だからかもしれない。己の半身といえるほどに。

 

 IS学園に来てからは毎日が忙しくて暇がなかったが、ふと今日は無性にそうしたかったのだ。多分、ラウラのあれ(・・)を見たからだ。

 

 ヴァルキリー・トレース・システム――――通称、VTシステム。それがラウラの《シュヴァルツェア・レーゲン》に搭載されていたシステムの名らしい。

 詳しいことを千冬は教えてくれなかったが、なんでもその性能は過去のモンド・グロッソ出場者の戦闘データを抽出し、強制的に実行させる戦闘プログラムらしい。それだけ聞けば大した代物だが、その副作用として操縦者へかかる負荷は今日のラウラを見れば明らかだ。故に現在では世界的にVTシステムの研究、運用は禁止されている。

 

 あのとき、悲鳴をあげていたのはラウラだけではなかった。楓には《シュヴァルツェア・レーゲン》もまた泣いているように感じられた。己が守るべき主を、己の意志に反して主を喰らうのは一体どれほどの苦痛であっただろうか。

 ISは生きている。おそらくこの世界で最も長くISに触れて生きている楓だからこそその意味を誰より知っている。だからこそ、搭乗者もISも単なる兵器にしか思っていないあんなシステムは許せなかった。

 

「本当にこんなところにいた」

 

「シャルル?」

 

「よい、しょ」

 

 突然背中越しにかけられた声に振り返る。ちょうどシャルルは観客席の縁を乗り越えてきたところだった。

 

「織斑先生に聞いたらアリーナにいるって聞いてさ」

 

 言った覚えはなかったが、あの人にはなにもかもお見通しということだろうか。

 

「こんな所にいたら風邪ひくよ?」

 

「知らないのか。馬鹿は風邪ひかないんだよ」

 

「またそんなこと言って」クスクス笑い、シャルルはこちらを窺ってくる「隣り、座っていい?」

 

「いいぞ。でもシートもなにも無いから地べたで勘弁な」

 

 許可を得たシャルルはおずおずと近寄ってくると、そっと隣に腰を下ろした。そんなシャルルは少しだけいつもと違っていた。格好は室内着のジャージなのだが、普段後ろで纏めている長い髪を今はおろしているからだろう。それと仄かに赤い頬。屋外だがほんのりシャンプーの香りがした。

 

「なんだ、シャルルも風呂入ってきたのか」

 

「えっ!? あ、う……うん! そそそそうなんだー。あはは」

 

 問いかけると、シャルルはさらに顔を赤くしてやたら身振り手振りで答える。

 

「そっちこそ湯冷めして風邪ひくなよ」

 

「う、うん」

 

 ぶんぶん、と上下に顔を振って、まるで赤くなった顔を隠すように膝を抱えて顔を埋める。

 それを見て、楓はちょうどいいとばかりに訊いてみることにした。

 

「シャルル、お前本当は女だろ?」

 

 案の定、彼女は凍りついた。

 

 

 

 

 

 

 楓に言いたいことがあった。だから一夏と別れた後、彼がいるはずの千冬の部屋を訪れたのだがなんと不在。普段のスーツ姿ではないラフな格好の千冬の助言通りアリーナに来てみると楓はそこにいた。ステージの隅で、自分のISを向かい合っている。

 一体なにをしているのかわからなかったが、邪魔をしないようそっと近付いて、少し迷ってから声をかけた。

 

 彼は普段通りで、自分も普段通りだったはずだ。つい先程、思い出すとかなり恥ずかしい出来事はあったものの、それでもいつも通り自分はシャルル・デュノアであったはずだ。

 

「シャルル、お前本当は女だろ?」

 

 シャルルは――――否、シャルロット・デュノアはその一言に凍りついた。

 

 頭が一瞬真っ白になる。今楓が口にした言葉は、どう解釈しても同じ意味に辿り着いてしまう。即ち、バレている。自分が女であることを。それもその口ぶりからするとかなり前から。

 

 現在、この学園でシャルロットが女であることを知っているのは自分を除いてたった一人だ。ルームメイトにして、自分に居場所を与えてくれた恩人。そして、想い人。

 ならば一夏が彼に話したか。否、と彼女は即座に断じた。

 たしかに一夏と彼は親しい間柄だ。直接言うのは恥ずかしいと一夏は言っていたが、彼のことを年の近い兄のように慕い、尊敬していると以前話した。それほど彼を信頼している。

 

 だがしかし、一夏はシャルロットのことを秘密にすると約束してくれた。誰にも言わないと。ならその言葉の通りなのだ。

 これは楓を信頼しているとかそういう話ではない。一夏は約束を破らない。誰にも言わないと言ったら絶対言わない。もし仮に楓に相談するならばまず先にシャルロットに相談してくれるはずだ。

 

 出会ったばかりの異性の言葉をこうも愚直に信用するのはおかしいかもしれない。それでも、彼女は一夏のことを信じた。

 

 ならば楓は一夏とは関係なく気付いたのだ。無論、彼には一夏とは違い決定的な姿(・・・・・)を覗かれた記憶は無い。

 

 シャルロットは一瞬誤魔化そうか迷い、ふぅと息をついた。

 

「いつから気付いてたの?」

 

 誤魔化さなかった。そも、ついさっき、一夏のおかげでもうシャルロットは自分を偽る必要性を無くしていたのだ。

 それでも気になったから尋ねた。

 

 シャルロットの肯定の返事にも楓はほとんど動揺せず、思案顔で空を見上げる。

 

「んー、初めて見たときからなんか体つきに違和感みたいなのはあってさ。それにシャルルって喋り方にしても動作にしても、なんか妙に丁寧だったからさ。まるで覚えたことを思い出しながらしてるみたいに」

 

「……つまり、最初っからってわけだね」

 

 シャルロットの男として訓練された動作は完璧だった。喋り方、趣味嗜好、あらゆるプロフィールを覚え、この学園にやってきた。それがまさか、完璧に覚えすぎたが故に気付かれたとは。

 

「多分千冬さん辺りも気付いてたよ」

 

 言われて、シャルロットは苦笑した。今まで必死にバレないよう努力していたのに、すでに二人以上に気付かれていたことに。

 

(あれ? そういえば……)

 

 ふと、思い出す。

 シャルロットの演技は完璧だった。実際クラスでも楓や千冬以外の人間は今も自分が男であると疑っていないだろう。

 そんな今日までの学園生活で彼女には幾度かピンチがあった。女だとバレてしまいそうなピンチが。それこそその筆頭は一夏だった。純粋な一夏はあの出来事があるまでシャルロットが男であることを微塵も疑っていなかった。そんな彼のスキンシップに何度冷や汗を流したことか。

 

 だが、そんなとき決まって楓はいた。それだけでなくシャルロットが断る、また逃げるタイミングを作ってくれていた。偶然だと思っていた。ラッキーだと安堵していた。けれどいざ思い出してみると、そんな偶然があまりにも多すぎる。

 

「……もしかして、助けてくれてたの?」

 

 自信がなくて囁くような声になってしまった。それでも確実に隣の楓には聞こえているはずだが、彼は聞こえていないかのようにそっぽを向いたまま。その耳が赤くなっているのを見て、

 

「ぷっ」

 

 思わずシャルロットは笑った。

 

「あーあー……本当は今まで騙してたこと謝ったり、一夏を助けてくれたこととか御礼言おうと思ってたのに」彼女は困ったように微笑んで「ありがとう一回じゃ足りなくなっちゃったよ」

 

「一回で充分だよ。友達なんだから、持ちつ持たれつってな」

 

 友達、シャルロットは小声で復唱し、優しく笑った。

 

「優しいね、御堂君は」

 

「そうだよ。今更気付いたのか?」

 

 彼はおどけたように笑う。

 

「それと、楓でいい。今更か?」

 

 ううん、とシャルロットは首を横に振る。

 

「シャルロット・デュノア。それが僕の本当の名前」

 

「そっか。んじゃま、これからもよろしくなシャルロット」

 

「聞かないの? 僕が男だって嘘ついてた理由とか」

 

「言いたいなら聞くけど」楓は横目でちらりとこちらを見て「もう必要なさそうだしな」

 

「?」

 

「一夏のこと好きか?」

 

「っ!?」

 

 ボンッ、とシャルロットの顔が茹で上がった。

 『人間磁石め』と楓がぼやくのが聞こえた。

 

 すると、急に楓はわしわしとシャルロットの頭を撫ででくる。思わず目を回すほど荒っぽく。

 

「ななな、なにさぁ!?」

 

「頑張れ。敵は多いけどな」

 

「楓は僕を応援してくれるの?」

 

「俺はお前含めてあの面子にやっかまれるのは御免だ。だから地力で頑張れ」

 

 えー、と不満の声をあげるシャルロット。

 

 二人は知らない。翌日、そのメンバーにあのラウラまで参加することを。




いつも閲覧ありがとうございます。

>てなわけで、三章終わりです。前話でも述べましたが、今章の楓君はほとんどなにもしていません。しかしさり気なくシャルのフォローはしていたんだよ、というお話。
次章でアニメ一期終盤です。それと大まかにですが二期分の妄想……もといプロットが頭の中に出来てきました。いざ文章にするときに忘れてるのがほとんどなんですがねw

>すごく疑問なんですが、アニメ二期のラストに束さんといた人はどなた?
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