【未完終了】インフィニット・ストラトス ━風穿つ者━ 作:針鼠
光は夜空の月明かりだけ。草場に紛れる虫の音色が夏の夜を演出する。
皆が寝静まった夜半。まるで世界に彼女と二人っきりなのではと錯覚するほどのこのロマンチックな時間の流れを、楓は噛み締めるように味わっていた。
だが、あわよくば言いたいことが一つだけ彼にはあった。
「ん? なにか言いたげだな」
景気良くビールを煽っているこの状態はなんとかならないものだろうか。
中庭の縁台に腰を落ち着けて、月見酒だと機嫌良く楓から渡された缶ビールを煽る千冬。たとえ教師と生徒の立場とはいえ、男女が夜遅くに二人っきりで向かい合っているのだ。少しぐらいそういう雰囲気が欲しいのだが、彼女はお構いなしだった。
まあ、そんな彼女が飲んでいるそれは楓自身が己の命を救う代償として引き渡したものだから文句を言えるはずもない。それに、
(あんな美味しそうに飲んでんだし……いっか)
超人、鉄人、最強。色々と呼ばれる千冬であるが、彼女も結局は人間だ。教師ともなれば生徒では及びもつかない苦労もあるのだろう。そんな疲れをあんな缶一本で吹き飛ばせるなら、いくらでも楓は献上する所存だ。
――――そう自分自身に言い聞かせる。
「それで、相談というのはなんだ?」
酒気を帯びてやや赤らんだ顔でそう質問してきた千冬に、楓は疑問顔を返した。
「相談?」
メキャ、と聞こえてはいけない音が聞こえた。
「ああ思い出した思い出しました思い出しましたああああ!!」
両手を万歳させて訴えると、千冬は胡乱げにこちらを睨みながらやや凹んだ缶を傾ける。
そうだった。ここに彼女を連れだした方便で、相談があると言ったのだと楓は思い出す。――――が、もちろん相談などない。現在必死に学園での悩み事を見つけようと色々思い返しているのだが、中々適当な事柄が該当しない。
それはまあ、学生としてとても恵まれた話なのだが、今この瞬間においては命に関わる危機的状況だ。
「えーと……そう! ラウラのこと!」
「ラウラ?」
やがて、無意識に唸り声を発するほど考えて捻り出した『相談』の内容は、先ほどの夕食の席でからかった隻眼の少女についてだった。
ラウラが転入したとき、千冬への憧れ、失望から溢れでた憎悪を、彼女の弟であり世界大会を辞退させた遠因でもあった一夏へと向けた。
結末としてその気持ちを利用されてVTシステムが発動してしまったわけだが、暗闇に囚われていた自身を救ってくれた一夏に千冬に似た、しかしどこか違った好意を抱くようになる。今では一夏争奪戦に参加する女の子の一人だ。
「変わったよな」
夕食の件でも思ったが、彼女の態度はとても柔らかくなった。当初は孤高であることを強さだと思っていた節があったが、今は自ら人の和に入ろうと歩み寄り、他者の心を理解しようと努力している。
「元々あいつは人一倍純粋なだけだ。悪い奴じゃない」
「それは最近知った。あいつは面白くて、良い奴だ」
「ああ」
ふと見た千冬の横顔は嬉しそうに綻んでいた。千冬にしてみればラウラは一夏に次いで身内のように思っている教え子だ。最初の印象が最悪に尽きるラウラがあれからクラスに馴染めているか、本当のところ心配していたのかもしれない。
「まあ、俺だってあのときのラウラの気持ち、わからないでもないんだ。憧れだった千冬さんが決勝に現れなかったとき散々愚痴ってたし」
「憧れ、か。世辞が下手だな」
「嘘じゃねえよ。俺はあんたに憧れてた。いや、今でも憧れてる」
そうだ。憧れている。
初めて千冬の戦いを見たときの衝撃は今でも覚えている。可憐だった。苛烈だった。
たった一本の剣でもって数多の武装を切り伏せ、道を切り開き、敵を打ち倒す。憧れないはずはない。
楓は、初めて彼女を見たときから織斑 千冬のファンなのだ。
だからこそ世界大会辞退のときは残念でならなかった。
「事情が事情だったから仕方ないのはわかってる。それでも、俺はあんたがどんな形であれ負ける姿は見たくなかった」
薄情であるかもしれないがそれは本音だ。あのとき、見ず知らずの彼女の弟の安否より、彼女の栄光が汚れることの方が無念だった。
「――――でもな」
言葉が続いたことに憂鬱に陰った千冬が顔を上げた。
「あのときあんたが一夏を見捨てていたら、たとえ大会を優勝して二連覇したとしても今日まであんたのことを憧れ続けることは出来なかったと思う」
その真っ直ぐな声音に千冬は目を丸くする。
月を見上げていた楓は千冬に正対して笑う。
「あのとき一夏を助けてくれてありがとう。今日まで憧れの人でいてくれてありがとう。――――俺は千冬さんが好きだ。付き合ってくれ」
「断る」
「ええー」
ばっさりだった。
「もう少し顔赤らめたり悩んだりしないか? 一応青少年が勇気出して告白してるってのに」
「馬鹿を言うな。見ろ。顔が赤いだろ?」
「酒じゃん」
クク、と千冬は笑う。
こんな冗談を言う彼女は珍しい。たった缶一本で酔いでも回ったのだろうか。
「それに言葉の割に堪えたようには見えないぞ?」
鼻で笑う千冬。
楓は肩を竦める。
「ま、端から告白一発オーケーだなんて期待してなかったよ」
そも楓と千冬の関係は教師と教え子。たとえ万が一、億が一、千冬にその気があっても許されるはずがない。まああり得ないのだが。
「勝負は卒業後ってね」
えいえいおー、と呑気に腕を振り上げる楓。大きく口を広げて欠伸をする。
本当に、これで本気の告白だと言っても信じられやしない。
「それじゃあおやすみ、千冬さん」
「まあ待て」
ようやくやってきた眠気に部屋に戻ろうとする楓だったが、その右肩が掴まれる。それもギリギリミシミシと尋常でない圧力がかかっている。
嫌な予感しかしない。
「一つ聞き忘れたことはある」
「な、なんでございましょう?」
「この缶ビール、貴様一体何故持っていた?」
ギクリ、と楓の体が跳ねる。逃げたくてもこの手は放してくれそうにない。
「なあ、教えてくれ」
どうやら、眠るのはもう少し先になりそうだ。
★
「ん……」
朝である。窓から零れる日差しの刺激に顔をしかめて楓は目覚めた。
今日のスケジュールはたしか朝食後、本格的にIS訓練が予定されている。臨海学校も立派な学業の一環なのでそれは仕方がない。昨日が特別だったのだ。
まだ少し残る眠気に抗って起き上がろうとして――――気付いた。体が動かない。もっと具体的に。左腕になにやら超絶的に柔らかいものが押し当てられて掴まれている。
ふと視界に入ったのは隣の布団。無人である。あそこにいたのは真耶だった。
――――と思考がフリーズする直前に気付くことが出来た。彼女は昨夜眠る前に言っていた。自分は教師陣の朝礼に参加するので先に部屋を出ると。あんななりでも彼女は楓達の副担任だ。
「ならこれは……?」
ギギギ、と顔を横に向けて、そこににょきりと生えるウサ耳を見た。紛うことなき、ウサ耳である。
「すぴーすぴー」
そんなウサ耳を生やす女性は楓の左腕を抱き枕のように抱えて、あまつさえ涎まで垂らして熟睡している。
「………………」
それを見るなり楓は直前までのパニックも何処へやら、躊躇いもなく腕を引き抜く。そうして起き上がると布団を畳み始めた。訂正、ウサ耳の女性ごと丸め始めた。
簀巻きにされた布団には二本のウサ耳が生える奇怪なものとなる。女性の方はこうも乱暴に扱われてもどうやら眠ったままのようだ。
そんな布団を楓は蹴って転がして部屋の隅に追いやる。
「さ、顔洗って飯食うか」
見栄でもなんでもなく本当にいつも通りな調子で、なんなら欠伸混じりに部屋を出て行く。
部屋には、寝息をたてる謎のウサ耳を生やした布団だけが残された。
★
臨海学校二日目。
大半の一般生徒達は教材として学園から持ち込まれたISを使用した訓練。無論持ち込まれた機体は数機だが、学園では三学年の授業プラス開発用プラス学園警備用と分散し割り振られて使っている普段と比べればこれでもずっと一人当たりの稼働時間が増える。
一方、専用機を持っている者達は彼女等とは別行動となる。是非この機会にと、専用機持ち達のスポンサーから送られてきた新装備の試験運用が主となる。
一般生徒達とは少し離れた岩場で楓含め一学年専用機持ちメンバー、それと監督役である千冬がいる。
「どうした楓? なんか目が虚ろだぞ」
「いや、なんでもない」
朝から様子がおかしい親友を気遣う一夏。しかし楓は大丈夫だと繰り返すだけで話そうとはしない。
それも仕方がない話だ。彼にはもう今日が平穏で終わるはずがないということがわかってしまったのだから。なにせ朝から『兎』を見たのだ。
「よし、全員揃ったな」
「ちょっと待って下さい」
白いジャージ姿の千冬が一同を見渡して確認を取る。そこへすでにISスーツに着替えた鈴音が手を挙げて発言する。彼女だけではなく、この場のほぼ全員が思っていた疑問だった。
「箒は専用機持ってないでしょ?」
専用機持ちが立ち並ぶ列に、普段授業では別行動を取ることが多いはずの箒が加わっていた。その疑問は鈴音だけでなく、この場のほぼ全員が抱いていたものだった。
指摘された箒は気まずげに視線を伏せ、それを見た千冬が大きくため息を吐く。
「それについては私から説明しよう。実は――――」
「やーーーーっほーーーー!!!!」
来た。
楓は平穏へ別れを告げた。
★
「やーーーーっほーーーー!!!!」
恐れ多くも千冬の言葉を遮って、その陽気な声は上から降ってきた。
事情を知る一部を除いて全員の視線が声の方、即ち崖の上へと集まる。
灼熱に輝く夏の太陽を背に崖っぷちに立つウサギ耳のシルエット。その人物は視線が集まったのを確認したかのように、なんと崖下にその身を投げた。
「あぶ――――」
――――ない、というシャルロットのセリフは途中で飲み込まれた。何故なら崖下に身を投げたと思ったウサギ耳の人物は、重力を馬鹿にしたような調子で壁面を駆け下りているのだ。まるでお伽話の少女のような青いドレス姿で崖を生身で駆け下りるその姿は出来の悪いホラーか、センスのないコメディにしか見えない。
「とうっ!」
という掛け声と共にウサ耳女性は壁面を蹴った。超人的な脚力が為せる業か、遥か高くを舞い踊り、頂点を過ぎるとやがて浮力を失って落ちてくる。その先は、
「ちーちゃああああん!!」
両腕を開いて飛び込んだ先は千冬だった。正確には千冬の胸へ向かってダイブしていた。
しかしさすが最強の女はこの奇襲に即座に反応。片手で飛び込んできたウサ耳女性の顔面を鷲掴みにすると接近を許さない。だがしかし、格好からして只者ではない女性は押さえられてもめげずに猛進する。
「やあやあ会いたかったよちーちゃん! さあハグしよう今すぐしよう愛を確かめあおう!!」
「うるさいぞ、束!」
束。篠ノ之 束。
そう彼女こそ、世界を変えたISという存在の最初にして唯一の開発者。現在世界中が血眼になってその行方を探している最重要人物。――――篠ノ之 束。
「相変わらず容赦のないアイアンクローだねっ!」
そう言いながらあっさり千冬の拘束から抜けだした束。彼女のウサ耳がウイーンウイーンと機械調に動くと、まるで最初からわかっていたかのように岩陰を覗きこむ。そこには頭を抱えて隠れる箒がいた。
「やあ!」
「……ど、どうも」
観念して岩場の影から出てくる箒。その様を無遠慮に眺める束は機嫌良さそうに弾んだ声をあげる。
「ひっさしぶりだねえ、箒ちゃん! こうして会うのは何年ぶりかな? 大きくなったね! ――――特におっぱいぶぁ!!」
どこから取り出したのか、容赦の無い箒の竹刀による突きが束をぶっ飛ばす。
「殴りますよ?」
「殴ってから言ったー! 箒ちゃんひっどーい!!」
しかしやはり、セリフの割にダメージは見られない。いや、そんなことより、誰も彼もがなにも言うことが出来なかった。現れるなりマイ・ウェイ、マイペースを往く束に、初対面の者達は未だだらしなく口を開けて呆然とし、彼女を知る千冬達は辟易としている。
篠ノ之 束とはこういう人間だった。世界を変える物を作ったかもしれない。数えきれない人間の人生を変えてきたかもしれない。しかし、そんなこと彼女には関係なかった。否、正しくは興味がなかった。
彼女は我儘で、気分の上下が激しくて、つまりは子供だった。
「およ?」
楓と束の目がふと合った。
箒や千冬にしたのと同様、問答無用のダイビングハグかと思いきや、彼女は髪の乱れを直し、ドレスの埃をはたいて身だしなみを整える。急に大人しくなった彼女はひと通り身だしなみを整え終わると両腕を大きく広げて、最後に満面の笑顔を浮かべた。
「久しぶりかーくん。久しぶりにお母さんの胸に飛び込んできていいんだよ?」
「しねえよ。ていうかしたことねえだろ」
「………………」
場が沈黙した。
やがて、じわー。じわわわーと笑顔のまま束の目に涙が溜まって、
「かーくんが……かーくんがぐれたああああああああ!!」
「こら! やめろ束!」
叫びながらちゃっかり千冬の腰に抱きつく。さすがの千冬もいつものクールビューティーな女教師を演じられず素の調子で束を引き剥がそうと離れない。彼女は頭脳だけでなく肉体面も超人級なのだ。
そんな姿を眺めながら、楓は彼女にはバレないように小さく笑う。彼女が箒に言った言葉ではないが、こうしてまともに対面するのは何年ぶりだったか。いや、実際それほど長い年月は経っていない。精々が二年。その間も幾度か電話で会話もしているので実際は全然久しくは無い。
それでも、少しだけ懐かしい感じがしたのは楓の本音だった。
「もう」
「なにがなにやら……」
資料ではなく、本物の篠ノ之 束とは初対面であるセシリア達はもう喜べばいいのやら感動すればいいのやら驚いていいのやらわからず疲れ果てていた。
「み、御堂が姉さんの子供!?」
周りとは少し違ったことで驚く箒。
入学直後、千冬から面倒事を避ける為にも束との関係は他言無用だと言い含められていたのだった。楓自身隠しているつもりはなかったが、聞かれることもなかったので言いそびれていた。
閲覧ありがとうございましたー。
>ごきげんうるわしゅうございます。
最近は雪、雪、雪のオンパレードですごかったですね。皆さんは怪我や体調崩されたりしてませんか。雪の日は絶対に外でちゃダメですね。
外、ダメ、キケン。
>ヒロイン決定!――――今更かよ!というツッコミが聞こえてきそうですが。
てなわけでメインヒロインは千冬さんでございます。ヒロインつか、千冬さん単体で強すぎますけどね!