【未完終了】インフィニット・ストラトス ━風穿つ者━ 作:針鼠
部屋の巨大モニターに《シルバリオ・ゴスペル》――――福音の外装フォルムを始め、スペックデータが表示される。
改めて見てみて、さすがは軍用機と銘打たれているだけあってその内容は第三世代特有の新兵器の実験性より、現在実現出来得る限りの効率的な破壊が詰め込まれている。
高機動型の射撃特化。大別したタイプならセシリアの《ブルー・ティアーズ》と同種だが、
「このデータでは格闘性能が未知数だな……」
難しく顔を顰めるのはラウラ。
これはおそらくわざとだ。データを提供しているのは福音を製造したアメリカ、イスラエルの開発チーム。自国の技術の結晶たる福音のデータをむざむざ全て晒すことはどうしても出来なかったのだろう。
暴走させた挙句、それを止めてやろうとしている楓達にしてみれば、この期に及んでなにを馬鹿なことを言ってるんだと怒鳴ってやりたいところではあるが、そんな大人の事情がわからないわけでもない。仕方ないと割り切る他ないのだ。
「!」
流れるスペックデータの中、楓はある一文に目が止まり、思わずそれを口ずさんだ。
「無人機、か……」
《シルバリオ・ゴスペル》は第三世代機にして、
無人機はすでにある『天災』と呼ばれる博士によって先んじて実現されている。実際楓はその無人機、あの鉄塊のISと相まみえている。
有人機と違い肉体の限界を越えた駆動。エネルギーが尽きるまで半永久的に動き続ける鋼鉄の体。そしてなにより脅威だったのが、どんな状況であっても淡々とこなされる冷徹な計算。
決して有人機が無人機に劣るとは思わない。むしろ瞬間的な性能を発揮するのは、ISコアと搭乗者がシンクロしたその瞬間にあるわけで、正しく無限の可能性を秘めていると言っていい。しかし、無人機はそれとは対称的に高水準のアベレージで性能を発揮する。摩耗することのない無限のスタミナ。切れることのない集中力。決して揺らがぬ鋼の精神力、といった具合に。
以前はそれをちゃんと理解していないがために不意を突かれた。二度目は無い――――とはいえ、
「福音は現在も超音速飛行を続けている。アプローチは、おそらく一度が限界だろう」
千冬の言葉に再び場が重い空気に包まれる。
敵は二つの大国の最新鋭IS。データ不足。事前の偵察は不可。どころか向こうがこのまま作戦空域にのこのこやってきてくれるという保証も無い。
後手の後手。最悪の迎撃戦。
例えるなら暗闇の中、顔も風貌もわからない、いつここを通るのかもわからない奴を待ち伏せる。よしんばやってきたところを鉄パイプ振りかぶって飛び出してみたら、相手は機関銃構えてたってオチもあり得る。
それでも、接触出来るのは一度だけ。ならばこちらがぶつけるのはこちら側の最大火力。
自然、全員の意見は統一され、視線が一夏に集まった。
しばらく、間抜けにも真剣に考え込んでいた彼はようやく視線に気付いて呆けてから、気付いた。
「――――俺!?」
「お前以外誰がいるんだ。アホ」
楓の辛辣なツッコミに一夏はぐっ、と首を竦める。
「あ、でも楓でもいいんじゃないかしら」
と、そこへ鈴音が意見を挟んだ。
「あのときの……えーと、砲撃? みたいのでドカーンと」
「それは無理だ」
以前、一度《神威》をその目で見ていた鈴音の提案だったが、ほとんど間もなく千冬がそれを却下する。
「たしかに御堂のあれは《白式》の《零落白夜》同様、一撃必殺の威力を持っている。しかしチャージまでに時間がかかりすぎる。福音がそれに気付いた場合、進路を変更される可能性がある」
千冬の説明は論理的以外にどこか有無を言わせない圧力を感じた。その証拠に鈴音は納得するより先に首を縦に振らざるを得ないようだった。
鈴音には気の毒だが、千冬の今の説明は大嘘である。
今回の作戦に置いて《神威》は最適の一手だ。たしかにチャージに時間は必要ではあるものの、それも発動させてしまえばたかが数秒。仮に、千冬の言ったように福音がそのエネルギーを察知して百八十度引き返したとしても、そも《神威》は広域殲滅さえ可能な超長距離狙撃兵器。相手が音速だろうと光速だろうと逃しはしない。
それを、あえて千冬が全員の前で嘘をついてまで楓にやらせなかったのは、無論楓のためだ。《神威》はたとえ射程を絞って威力を抑えても操縦者、つまりは楓に大きな負荷が発生する。それは以前の一件でわかっている。
前は骨折で済んだ。だが次はどうなるかわからない。
千冬はあの一件の後、今後一切《神威》を使うなと直々に言ってきた。半ば脅迫だったが、それが彼女の優しさだとわかっている楓として無碍にも出来ない。なにより、好いている女性から心配されたのだ。嬉しくないわけがない。
まあ楓とてむざむざ怪我をしたいとは思わないので、出来るならば使いたくないのは本音だ。
「なら問題はどうやって一夏を運ぶかだね」
作戦の方針が決まったので、シャルロットが話を纏めつつ次の難点をあげる。
「目標に追いつけるスピード……それと高感度センサーが必要だな」
ラウラもより具体的な条件をあげる。
速度は大前提。高感度センサーは、超スピードの中で福音を追う必要があるからだ。この条件だけなら楓の《八咫烏》は適任なのだが、それはあくまでも単独で追う場合だ。
楓の《八咫烏》が超スピードを実現出来るのは極限まで削ぎ落とされた装甲と、風の吸墳出という特殊な加減速を行っているからだ。《白式》を抱えながらそれらをするには些か以上に不可能だ。
となれば、あとは単純に現状最も速度が出るISが運搬役となる。
千冬も同じ意見に達したのかそう指示を出そうとして、
「ちょっと待ったー!!」
再び、それはこの場にいるはずのない人物によって遮られる。
「その作戦はちょっと待ったなんだよっ」
ニョキッと、屋根裏からウサギ耳が生えてきた。続いて顔を出した束は全員の呆気に取られた顔にご機嫌ににぱっと笑う。
屋根裏からまるで忍者のように身を躍らせて部屋へ侵入。そうして一目散に頭を抱える千冬へ擦り寄っていった。
「ねえねえちーちゃん! もっといい作戦がワタシの頭になうぷりーてぃんぐー!!」
「部外者は出て行け」
「ねーねーちーちゃん! ねーってば――――ふぎゃ!?」
心底頭が痛いとばかりに眉間をつまむ千冬。それに構わず束はギッタンバッコン肩を揺すって訴える。本当に、精神年齢が子供なのは出会った頃からなにも変わらない。
楓は無防備な背後から束のウサギ耳を掴んだ。千冬が困り果てていた、というのもあるがこれ以上は身内として恥ずかしくて仕方がなかった。
「すんません千冬さん。今すぐこの駄兎捨ててきますんで」
「わーわー! かーくんタイムタイムー!!」
「ええい聞く耳持つか! 少しは空気を読め!」
「おおっと束さんを侮っちゃいけないなー。知ってるもん。KYって言うんでしょ? いやーさすがは天才のワタシ。今時の流行り言葉だってばっちりなんだよ!」
自慢気にふふん、と鼻を鳴らすのでイラッときた楓はウサ耳を引っ掴んだままズルズルと彼女を引きずって歩く。向かう先はもちろん、部屋から彼女を放り出すべき襖だ。
「待って待ってかーくん待ってー!!」ちょっと涙目で「ここは断然! 断然《紅椿》の出番なんだってばー!」
「なに?」
どうやら、千冬が聞く耳を持ったようなので楓は足を止める。しかし自由にさせればまた暴れだしかねないので耳はしっかりと捕まえたままだ。
束はそんな格好でも器用にふんぞり返る。
「《紅椿》の展開装甲だよ!」
「展開装甲?」
耳慣れないワードに全員が首を傾げる。楓も聞いたことのないものだ。
「展開装甲は第四世代の装備でねー。どんな環境、条件でも即時対応出来る万能装備なのだ!」
第三世代も含め、現在稼働中のISは常にまったく同じ装備であることは無い。時間の許す限り新装備などのテストを行いたいという理由もあるが、どんなISであっても状況や作戦に合わせて装備類を含めて対応した装備に換装する必要があるからだ。
例えば夏の海に行くのにコートを羽織らないように。雪山を登山するのにサーフボードが必要無いように。
状況と環境、その時々によって必要なもの、適した装備は異なる。
しかし束の言う展開装甲とは、それらの手間を一切省いたものであった。
気候、天候、作戦、コンディション、敵の情報諸々。それらをたかが数分のセッティングだけで瞬時に適応させることが出来るというのだ。それもこちらはまったく同じ装備で。
これは実はかなり大きい。まず如何なる状況にも対応させるための膨大な装備が必要なくなる。それは同時に、その装備を扱うための搭乗者の知識習得と実働訓練が必要なくなるということだ。
装備開発のコスト。搭乗者のセンス。そして時間。全てを削減出来るのだ。
「ちなみにこの展開装甲は《白式》の雪片弐型にも使っているわけだけど……つまり《紅椿》は全身の装甲が雪片ってわけなんだねー。さっすがー! すっごーい! ワタシ超天才! ぶいぶい!!」
一般人よりよほどISに深く関わる彼女達だからこそ、束が今言った画期的な発明品に声を失う。これが天才。自分達より一歩や二歩どころではない。必死に歩いている頃には彼女はエンジン搭載の車で追い抜く、もしくは空でも飛んでいる。
文字通り次元が違う。
そんな、人類のこれからの歴史二世紀分くらい先の知識が詰まっているかもしれない頭に、楓は容赦なく
拳骨を落とした。
それには皆が目を白黒させた。
「調子にのるな」
「わあああああああん! かーくんがぶったー!」
最早核より扱いに困る彼女相手に、他愛なくそんなことが出来るのは彼か千冬ぐらいだ。肉親である箒さえ、いや最も束の存在に振り回された彼女だからこそ、束とこういったじゃれ合いをするのは難しいのかもしれない。
「わあああああああん!」
「いい大人がすぐ泣くなよ」
「じゃあもうワタシ大人じゃなくていいもんっ! 子供だもん!」
「子供か!」
「子供だもんっ!!」
「ええい鬱陶しい! 二人共出て行け!!」
楓と束は揃って部屋から叩き出された。
理不尽だと部屋の前で項垂れる楓だった。
★
場所は変わって、旅館の一室を改造した作戦室から屋外へ。旅館からはさほど離れていない林地に真耶を除いたメンバーが揃っている。
《紅椿》を調整するにも一度ISを展開させなくてはならない。まさか室内で行うわけにもいかなかったのだ。
作戦は結局束の案に決まった。大きな理由としてまず時間がなかった。
福音がこの近辺の空域に入るまであと僅か。それに間に合わせられる者が他にいなかったのである。それと、《紅椿》のスペックの高さは期待するに充分なものであることは間違いなかったからだ。
「………………」
それでも、千冬の表情には拭い切れない不安が窺えた。それは各々作戦に備えて準備を進める他のメンバーも感じていた。無論、楓も。
不安の原因は、この作戦の要でもある箒だった。
彼女はこの作戦が決まってからというもの、すこぶる上機嫌だった。それはもう、にやける顔は隠しきれず、部屋を出るときは鼻歌を交じりであったほどに。
楓達の不安の種はまさしくそれだった。
彼女は決してこんな非常事態を楽しむタイプの人間ではない。むしろ悪に怒り、正義感に熱く燃えるタイプである。断じて戦いを遊興と履き違える性格ではない。
結論を言えば、彼女は浮かれているのだった。これからの出撃に。初めての《紅椿》のお披露目に。一夏と共に行く戦場に。
特に作戦に向けてやることのなかった楓は、《八咫烏》の簡単なメンテナンスだけ終えると少し考えてから束の調整を受けている箒の近くへ行った。どうにもこのまま行かせるのが不安だった。
「随分楽しそうだな」
声をかけると彼女は一瞬驚いて、すぐに表情を引き締める。
「そ、そんなことはない!」
「そうか」
了承も取らず隣に腰を下ろす。
束は楓の存在に気付いていたが、特になにも言ってはこなかった。相変わらず楽しそうに異常な速度でコンソールを叩き続ける。余計な茶々を入れてこないのは助かるので楓も特に触れない。
今は箒だ。
「別にいいと思うぞ。初めて専用機を貰ったんだ。喜んだっておかしくない」
「うむ……」
そう、別に喜ぶことそれ自体に楓は不満は無い。数限りあるISの一機を、自分専用に持てる。なにも感じない輩もそういまい。それに、彼女の場合はただ専用機を得たから喜んでいるのではないことはわかってる。
一夏と一緒にいられる。
今まで、一緒にいたくてもどうしてもここぞという場面で彼女は守られる側の人間だった。結局それは力が無かったからだ。肉体面で差があったとは思わない。才能だって。それでもセシリア達とは違い、彼女には戦う力が無かった。
しかし今は違う。《紅椿》を手に入れた彼女はただ守られる側ではなくなった。それどころか、今回の作戦では一夏を支える唯一のパートナーとして選出されたのだ。嬉しくないはずがない。
それでも彼女の性格上、やはりこんな事態を喜ぶことは許されないことだと感じている。だからこそこの微妙な表情なのだろう。
「なにか用か?」
自身の複雑な感情を隠すように箒はわざとらしい咳払いで誤魔化してから尋ねてきた。
「なーに、一つ義理の兄ちゃんから初の実戦に出陣する義妹へつまらん話をしてやろうと思ってな」
「何故私が妹なんだ」
不満そうに眉根を寄せる箒を無視して楓は語る。
「俺が初めてISで人を傷つけた話だ」
「!?」
閲覧感想、いつもありがとうございます。
>なかなかバトル始まらねーなーおい、と思った方ごめんなさいです。いや実際誰よりも私がそう思ってます。
>束さんは精神年齢超子供って感じで書いてたら予想以上に子供になってしまいました。ある意味これもキャラ崩壊なんでしょうか(笑)
本編に関係無い余談ですが、楓君は施設育ちで実年齢わかっていないので実際一夏達より年上の可能性有りです。まあといっても、仮に離れていたとして一つ二つ程度ですが。
>次回は前半にちょろっと回想入ってすぐに箒、一夏の出陣。そうすれば遂にバトルが書けます!