【未完終了】インフィニット・ストラトス ━風穿つ者━   作:針鼠

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五話

 当時、楓の趣味といえば勉強か家事。遊びといえば専ら妄想に耽ることであった。

 

 ――――悲しい目をしないでやって欲しい。それは仕方のないことだったのだ。

 

 孤児あがりの彼は小学校に途中から通えるほどの知識も、教養もなかった。となれば当然同年代の友人など出来ようはずもない。

 前者については親代わりはかの天災(・・)。勉強ツールも教材も、馬鹿高い学費がかかる私立などよりよっぽど効率的且つ高性能、高機能のものが星の数ほど用意された。教科書にも出てくるような有名な人物について尋ねれば、教科書に記されているはずのない初恋の人物の名までまるで常識のように出てくる始末である。環境だけなら恵まれすぎていたと言っていい。

 ただ、後者の問題については解決の兆しすらなかった。楓にとって友人どころか知り合いと呼べる人間は、孤児を出た今、親代わりの束のみ。しかし彼女は基本的に家をあけることが多く、そうなるとほとんどの時間を楓は一人で過ごすしかなかった。

 

 別に寂しいことはなかった。そも生まれたときから天涯孤独で、家族友人に囲まれる日々など知らないのだから。

 ただ暇だった。勉強も嫌いではないものの好きとも言えず、家事だって別に好きでやっているわけではない。故に極めてやろうという気概もない。

 

 だから、束がISを――――《八咫烏》を与えてくれてからというもの、彼はISに熱中した。

 最初は歩くことも覚束なかったが、練習を重ね徐々に技術を身に着けた。後に束がゲームとして作ってくれた戦闘シュミレーションプログラムは、思惑通りゲームを攻略するように挑戦し続けた。

 楽しかった。少しずつ《八咫烏》と一体になっていく感覚が心地良くて、嬉しかった。

 

 ――――そんなある日。ある出来事が起こる。

 

 その日も束はふらりと何処かへ出かけてしまい、楓は彼女を見送ってから手早く家事諸々を終えるとすぐに《八咫烏》を纏ってシュミレーションを始める。しかしその日はどうにもレベル56のステージに設定されたオールラウンダー型の敵に手こずり中々クリア出来ずにいた。

 一旦プログラムを終了して、一人作戦会議と気分転換を兼ねて現実の空を飛ぶことにした。

 今思えば、見つかればとんでもないことになっていただろう。なにせ所属不明のISが日本上空を飛行しているのだ。バレれば騒ぎになる、程度しか考えていなかった当時の自分は、やはり幼かったのだ。

 

 街の上空を適当に飛び回って一、二時間ほど経ってから楓は家に帰ってくる。適当な場所でISを解除して、今度こそステージをクリアしてみせると意気込みながら家の敷地に入ろうとして、気付いた。

 家に誰か(・・)がいた。

 

 最初は束が帰ってきたのかと思った。しかしそれにしては随分時間が早い。それに、中にいる者の気配はどうも慌てているというか、落ち着きのない様子で部屋中をひっくり返していた。あのマイペースウサギが慌てることなど、まだ短い付き合いとはいえ想像すら出来ない。

 訝しみながらそっと窓から中を覗く。すぐにそれが自分に見覚えのない人物だと判明した。

 泥棒だ。

 

 楓はこの事態に警察、もしくは束に連絡しようという考えは一切なかった。なにせ自分には世界最強の相棒がいるのだから。

 捕まえれば束は褒めてくれるだろう。警察に表彰されたりして、ヒーローなどと呼ばれてしまうかもしれない。

 腰が引けるどころか、頭の中ではその後のことでいっぱいだった。

 

 妄想も大概に、突入前にもう一度中の様子を窺う。

 見知らぬ大男は棚をひっくり返しては苛立ち紛れに物を投げ捨てる。周囲には束が気紛れに作った、どこかの研究所に持っていけば眩むほどの大金を喜んで差し出すだろう作品が散らばっているのだが、男はそういったものに詳しくないようで、加えてあまりにも扱いがぞんざい過ぎたため拾う気はなさそうだった。

 

「………………」

 

 さすがにじわりとした緊張に体が強張る。手汗を服でこすり、無意識に『いつも通りいつも通り』と繰り返しながら耳のピアスに触れて、

 

「誰だ!?」

 

「っ!!」

 

 展開時の発光が漏れて男に気付かれた。

 しかし楓は構わず男の真正面に姿をさらけ出した。

 

 

 

 

 

 

「それでどうなったんだ?」

 

 硬い声で箒は尋ねた。

 束は黙ったままセッティングを続ける。

 

「捕まえたよ。俺は傷一つ負わず、なにも盗まれず、呆気無く倒せた」

 

 その答えにほっと息を零す箒。

 

 今のが昔話で、現在こうして楓が健在であるのだから当然の答えなのだが、それでも彼女はかつての楓の身を案じていた。それは嬉しくある。

 だがこの話の本題はこれからだ。

 

 当時の《八咫烏》の装備はシュミレーション時は現在と変わらないまでも、現実ではワンオフアビリティーの《神威》も発現しておらず、セーフティーを外した超スピードも出せないようにされていた。代わりに、束が護身用に持たせた電気銃が唯一の装備だった。無論、男を捕まえるのに楓はその銃を使った。

 

「そう、なにも問題はなかった。自分の想像した通り、《八咫烏》を目の当たりにした男は情けない声をあげて立ち竦むだけだった。照準を合わせて、引き金を引く」

 

 大人、それも大柄の男とはいえ相手は生身の人間。シュミレーションの難易度でいえばレベル3程度。止まった的を撃つ。ただそれだけ。

 

「弾が男に当たって、一瞬光りが迸った後、男は倒れた。簡単だった。本当に簡単だった。思っていた通りに……思ってた以上に……。――――それが怖かった」

 

「怖い?」

 

 意味がわからないと首を傾げる箒。

 

「弾が当たった瞬間、男は絶叫をあげて倒れた。倒れてからも体を痙攣させて、目は白目をむいて、泡までふいてた」

 

「……殺したのか?」

 

「いや、生きてたよ」

 

 不安そうになる箒の質問に楓は首を横に振る。

 

 後で聞いた話だが、束が開発した電気銃は本当に護身用で、弾が当たった瞬間対象の体をスキャンして絶対に死なない、しかし確実に気絶させる最大の出力で電気を流す。謂わば超高性能スタンガンのようなものだった。

 

 でも、そう、殺してしまったかと思った。

 今でも思い出せる。リビングに大の字に倒れた男の姿。あまりにも呆気なく、簡単に、人が倒れた。ほんの少し指先を動かしただけで。

 

「それが怖かった。遅まきながらそのとき気付いたんだ。自分が持ってる力の大きさに」

 

 それは相手を容易く傷付けるもので。感情的に振り回せば命さえ奪えてしまうもので。

 

 もし、なにか少しでも間違えれば、大切ななにかさえ潰してしまいそうな恐怖が湧いた。

 

「………………」

 

 箒はしばらくなにも言わなかった。楓もなにも言わない。

 

「……それは、当時のお前と今の私が同じだと言っているのか?」

 

 やがて箒の口から零れたのは、深い怒りが篭った問いだった。

 

「力に溺れて幼稚に喜ぶお前と同じだというのか!?」

 

「少なくとも俺にはそう見える」

 

「違う! 私はただ一夏と共に戦いたいだけだ! セシリアでもない。鈴でもない。シャルロットでもラウラでも……お前でもない。私が! ……あいつと一緒に戦う」

 

 思わず息が荒ぐほどに感情的な言葉を吐き出す箒。

 

 それとは対称的に、楓は穏やかな雰囲気を崩さずにいた。こうなることを楓はわかっていた。それでも言わねばならないと思ったから話した。

 

「そっか」

 

 これ以上は忠告ではなく余計に煽ることになってしまう。作戦前に頭に血がのぼりっぱなしでも困る。

 そう考えた楓は立ち上がりその場を去る。背中に、箒の強い視線を感じながら。

 

 

 

 

 

 

「なんか箒の声、妙に弾んでたわね……」

 

 大部屋を一室借り切った臨時作戦本部。そこには一夏と箒を除いた専用機持ち達がスーツに着替えた状態で待機していた。無論、そこには楓の姿もある。

 

 つい数分前、作戦開始時刻と同時に一夏と箒が飛び立った。それを見送った楓達もそれで終わりというわけではない。あらゆる状況に備え、作戦非参加の者達も出撃準備を整えて待機と千冬から命令が出ていた。

 

 緊張に包まれた部屋で、鈴音の呟きに一同も不安な顔を作る。それには楓も心の内で同意する。

 

 作戦開始直前のブリーフィングでは、まるで初の実戦とは思えないほどハキハキと受け答える。緊張で縮み上がってしまうのも困りものだが、その様子は周囲に違和感と同時に例えようもない不安を抱かせるに充分だった。

 

(逆効果だったかなぁ……)

 

 天井を見上げながら、楓は己の過去を話した一件を思い出す。

 結局、あの一件より後、箒は明らかに楓を避けていた。たまにこちらを見るその目は、目にもの見せてやると言わんばかりの怒気篭ったものだった。

 

 別に感情が昂ぶることが悪いとは言わない。人は機械ではないのだから感情を吐き出して生きていくべきである。しかし今回に限っていえば不安で仕方がない。

 それは時に実力以上の結果をもたらすこともあるが、それと同じくらい――――いやほとんどの場合、冷静さを欠いた感情の爆発は無残な失敗が待っている。

 その代価が己自身に振りかかるならばまだいい。しかしこれもまた世界の意地悪いところで、代価の多くは身近な人間に求められることもあるのだ。

 

「どこいくの楓?」

 

 一夏達と福音の接触予想時間まであと僅か。待つことしか出来ないとはいえ投げやりにもなれない心優しい少女達。

 そんな時間に不意に立ち上がった楓に気付いてシャルロットが声をかけた。

 

 楓はからかうような笑みで、

 

「緊張したら便所行きたくなった。なんなら一緒に行くか?」

 

「殺されたいのか」

 

 顔を真っ赤にするシャルロットの隣でナイフの如き鋭い視線で睨んでくるラウラ。

 ブルリと背筋を震わせて足早に退室する。

 

「ふぅ……」

 

 閉じた襖に寄りかかる。ついため息が漏れた。

 ガリガリと後頭部を掻き乱した楓は不意に真面目な顔になるとトイレとは反対方向に廊下を進む。彼は今から一夏達を追うつもりだった。それも一人で。

 

 今からではいくら《八咫烏》でも福音接触前に追いつくのは不可能だろう。そもこれは明らかな命令違反だ。結果がどうであれ、この件に関して千冬から少なからず罰則が言い渡されるだろう。

 しかし、それでも楓は決めた。

 

 鬼のような形相の千冬の監視のもと、自分は泣きそうになりながら反省文を書かされる。それを友人達は呆れた調子で笑う。

 今あるこの不安は杞憂で終わり、そんな未来になればいいと楓は祈りながら三連型のピアスに触れる。

 

 いつもは不安を吹き飛ばしてくれる逞しい相棒を纏っても、不安は消えてくれなかった。

 

 

 

 

 

 

「遅かったかっ!」

 

 シールドビットを足場に海を渡り空を走る漆黒の機影。長身痩躯の異形のIS、《八咫烏》の主である楓は、ようやく目前に捉えることが出来た光景を前に吐き捨てずにはいられなかった。

 

 墜落する白いIS。それを受け止める紅のIS。そして、それらを悠然と見下ろす銀色のIS。

 

『一夏! しっかりしろ一夏!!』

 

 領域内に入ったからか、オープンチャネルに設定された箒の声が伝わってくる。その声ははっきりとわかるほど取り乱しており、作戦前の傲慢とも思えるほどの逞しさは消え去っていた。

 そしてその声に応える声がない。それが現状の最悪さを楓に物語る。

 

 さらに速度を上げて戦場へ近付く楓。同時にハイパーセンサーのフォーカスを箒達より高域を陣取るISへ向ける。名の通り銀のカラーリングを施された機体――――《シルバリオ・ゴスペル》。

 流線型のフォルムは鎧とさえ称されるISにしては細い。しかし、福音が背に折りたたんでいた翼を広げた瞬間、楓は寒気を感じた。

 

 福音が攻撃態勢に入った。

 

 今なお近づいている楓に気付いているのかどうかはわからないが、福音の標的は未だ一夏達に向いている。さらに楓はその斜線上、先ほどまでの戦闘で荒れ狂う海上に頼りなく浮かぶ船を見つけた。検索をかけるが、該当船籍は無し。

 そも今ここ一帯は作戦方針が決まったその瞬間からIS学園の教員達が封鎖をかけているはずだった。公的機関にも通告は届いているはず。

 つまりあれは運悪く(・・・)包囲網を抜けてしまった密漁船だった。

 

「っとに間が悪ぃ!!」

 

 嘆かずにはいられない。

 

 福音はすでに攻撃体勢に入っている。標的にされている一夏達だが、一夏の反応は無い。箒は完全に我を失っているようで福音に見向きもしていない。仮に今気付いて回避行動を取ったとしても、それではその下の密輸船は確実に沈む。

 

 結論は一つ。

 

「――――コネクト!」

 

 足場に二基を残して残り十基を先行させて一夏達と福音の間に滑り込ませる。接続。最大出力で広域シールドを発動。

 

「………………」

 

 澄み切った鈴の音が響いた。――――同時に空に光が瞬いた。

 

 広げられた福音の翼から百を超えるエネルギー弾が放たれる。それらはギリギリで間に合った《八咫烏》のシールドに衝突する。

 

「……っ!!」

 

 苦悶の表情を滲ませる楓の視界の端で、急速に《八咫烏》のエネルギーが減少していく。広域範囲に最大出力のシールド展開。しかも質が悪いことに、福音のこれは絨毯爆撃のように一点ではなく広範囲を満遍なく撃つ射撃兵器。おかげで出力を緩めることも範囲を絞ることも出来ない。

 しかし幸いにも一度目の攻撃は凌ぎ切った。

 

 一夏達は無事。海上の船も荒波に弄ばれながらも転覆までには至っていない。

 

 ほっ、と安堵の息をついた楓はこの瞬間警戒がたしかに緩んだ。

 今の今まで高々度を維持していた福音が突如湧いて出たように背後に現れた。刃のように鋭く尖った腕を引き絞って。

 

(しま――――)

 

 間に合わないとは理解しつつ振り返る。しかし、引き絞られた腕が楓を穿つことはなかった。その体勢のまま、福音は不自然に動きを止めていた。

 考えるより先に後退して間合いをあける。しかしやはり追ってくる様子はない。

 

「………………」

 

 感情の読めない顔で――――当然だが――――しばし沈黙していた福音は、再び高々度を取ると、その場で膝を抱えて完全に動きを停止した。

 

「なん、だ?」

 

 あまりにも意外な行動に戸惑う楓。元々福音は暴走を起こしていると聞いているが、それにしても今の寸止めとこの行動停止はわけがわからない。

 

(攻撃するべきか……?)

 

 今なら確実に先手を取れる。一撃で仕留めれば終わる。だが、

 

「――――千冬さん」

 

 楓は千冬に通信を繋げた。もちろん福音への警戒は続けたまま。

 

『御堂……』

 

 おそらく途中から気付かれていただろう千冬の声は言い難い感情が滲み出ていた。いつもより数段低い声は、多分怒っているのだろうか。

 

「作戦は失敗。福音は動きを停止。作戦海域に密漁船が迷い込んでいるので人を寄越して保護してくれ。――――それと」

 

 今一度、楓は眠りについた福音を強く睨み上げる。努めて平静に。

 

「一夏が負傷。意識が無い。至急医療班を」

 

 通信越しの千冬が一瞬息を呑んで沈黙する。

 

『了解した』

 

 しかし返ってきたのはただ一言。それきり通信が切れる。

 

「箒」

 

 福音に動きがないことを確認し、しかし警戒は緩めず背中越しに声を投げかける。

 

「作戦は失敗だ。一度戻る。後ろは俺がつくから一夏を連れて先行してくれ」

 

 箒は無言のままだったが、静かに頷くとふらふらと動き始める。帰投して医療班に一夏を引き渡すまで、彼女は一言たりとも言葉を発しなかった。




閲覧ありがとうございますー。

>どもどもお久しぶりなような。思っていたより日が空いてしまいました。申し訳ありません。

>ひっさしぶりのバトルシーン!でもちょっとだけ……。
それでもバトルは書くとスカッとしますねえ。

>――――てことで問題児最新刊!!(ここでの叫びは間違ってますが)
まだ読んでいませんが、次回はようやくの問題児の更新となりますのであしからず!!

>ISの次話はどこまでいけるでしょうか。福音の決戦に突入出来るか、って感じです。
ではでは次回まで!
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