【未完終了】インフィニット・ストラトス ━風穿つ者━   作:針鼠

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六話

 楓達が帰還して、千冬は現状待機を言い渡すなり作戦室の引き篭もってしまう。専用機持ち達を含め誰の入室も禁じた。

 

 待機を言い渡された者達も一夏の意識不明の重体に小さくないショックを受けていた。特に、直接的な原因となってしまった箒は酷かった。帰還以後、眠り続ける一夏の側から決して離れようとせず、食事はおろか一言も喋らない。

 誰もそんな彼女に声をかけられずにいた。その余裕がなかっただけかもしれない。

 

 想い人と大切な友人。傷付いた二人を部屋の外から見てから、ラウラは誰に告げるでもなく外へ出た。

 悔やむ気持ちはわかるが福音は未だ暴走状態のまま野放し。じっとしていてもなにも始まらない――――というのは建前で、結局彼女自身も陰鬱とした空気を嫌って気分転換をしたかっただけだった。

 

 ドイツ軍の部下に通信を繋いで福音の情報提供を頼んでから、自然、深呼吸した。幾分気が楽になった気がしないでもない。だが、気を緩めると脳裏に眠り続ける一夏の顔が浮かぶ。

 引率の養護教諭の話ではいずれ目を覚ますとのことだったが、そもISに乗っていて意識不明になるまで生身の肉体にダメージがいくことが驚愕なのだ。だから考えてしまう。もしかしたら、もう二度と彼は目を覚まさないのではないか、と。

 

(嫌だ……)

 

 己の最悪の想像にブルリと体が震える。目からは今にも涙が溢れてきそうだった。

 一夏は彼女にとって恩人であり、希望であり、憧れであり、大好きな男の子。

 それがいなくなってしまう。かつて千冬が去ってしまったときも多大なショックを受けたが、もし、万が一そんなことになってしまったら、自分はもう立ち直れないかもしれない。

 考え始めるとどんどん想像は最悪ばかりが浮かぶ。

 

 彼女は軍人だが、やはり年端のいかない女の子なのだ。その体は華奢で、心は傷付きやすく、脆い。

 

 そんなときふと、旅館前の石階段に座り込む背中を見つけた。

 ラウラは少し考えてから、目元を拭ってその背中に近付く。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここにいたのか」

 

 後ろからかけられた声に楓は振り向く。立っていたのは銀髪隻眼の少女。

 宿内に居づらくて外へ出てきたのだが、彼女も同じような理由なのだろうかとなんとなしに考える。

 

 この場においてもラウラの顔つきは毅然としたもので、さすが軍人大したものだと思ったのだが、隻眼の目元が赤くなっていることに気付いて考え直す。彼女も他の子達と同じ、たとえ強くても普通の女の子なのだと。

 それでもこうして弱さを見せないように振舞っているのだから、そのことを指摘するほど彼も人でなしではない。

 

「みんなはどうしてる?」

 

 開いていた携帯を閉じて尋ねる。

 

「なにも。一夏の意識もまだ戻らない。教官も作戦室に篭ったままだ」

 

 苦い顔でラウラは応える。

 

 変わらない。このままではなにも。

 そんなことは楓でさえわかっている。それでも今はどうしようもない。それもわかってしまうから歯痒くて仕方がない。

 

「あ、その……だな……」

 

「どうした?」

 

 顔を俯かせて何かを言おうと口を開こうとするラウラだったが、何故か続く言葉は出てこずに俯いたまま止まってしまう。

 そんならしくない彼女の様子に楓は大人しく待ってみる。

 やがて、彼女はようやく問いを音にした。

 

「お前はああなることがわかっていたのか?」

 

「………………」

 

 ああなる、とは一夏の撃墜のことか。箒の慢心か。それとも作戦の失敗そのものか。

 たとえどれであろうと楓の答えは決まっていた。

 

「わかってたらもっとマシな結果になってたよ」

 

 楓は笑って答える。悔しさを誤魔化すような、苦しい笑顔だった。

 

 あのとき、作戦を知っていた者達の中で唯一戦場に駆けつけた楓。しかしそれも結局は間に合わなかったのだ。

 

「俺は間に合わなかった」

 

「だがお前が駆けつけたからこそ、一夏も箒も帰還出来た。私は、箒の異常に気付いていながらなにも出来なかった……」

 

「同じだよ。俺もなにも出来てない」

 

 箒の暴走に誰もが気付いていながらなにも出来なかった。諌めることも、フォローしてやることも。

 その代償を支払ったのが一夏だった。楓達が本当に悔やんでいるのはそのこと。

 

 沈黙を楓の携帯の着信音が破る。

 その内容を読むと、楓の口元がほんの僅か笑みを作る。

 俯いているラウラはそれに気付かない。彼女は今自身の不甲斐なさに打ちひしがれている。それはこの場にいないセシリア達も同様であろう。

 

 楓は、いつもより一段と小さい位置にある少女の頭を乱暴に撫でる。

 

「……なにをする」

 

 殴られはしなかったが凄い目で睨まれた。

 

「いい女の条件、教えてやる」

 

「?」

 

 脈絡ない話に首を傾げるラウラだったが、楓は構わず続ける。

 

「『待てる女』と『行動を起こせる女』だ」

 

「矛盾してないか?」

 

「そうでもないぞ。待つっていうのはなにもただ相手に丸投げして大人しくしてるだけじゃない。相手を信じて、一緒にいられる場所を守ることだって信じて待つってことだ」

 

 ラウラははっ、とする。

 

 自分にとって守るべき場所。部下達のいる部隊はもちろん。今はシャルロットや友人達のいるこの学園も大切な場所。

 そしてそこには絶対に彼がいるのだ。ラウラが想い、憧れる一夏が。

 

「やられっぱなしは癪だろ? お前も、お前達も(・・・・)

 

「――――ああ」

 

 ようやくラウラに笑顔が出たことに楓は安心する。

 

「いつまで触っている」

 

 パシン、と頭を撫でていた手を叩かれた。

 

「貴様が語れるほど女について知っているのかどうか疑わしいが、さっきの条件とやらは心に留めておこう」

 

 すっかりいつもの調子で良かったような、しおらしい彼女が見れなくなって少し残念なような。

 苦笑する楓。

 そして携帯からチップを抜くとそれをラウラに差し出した。

 

「これは?」

 

「福音の現在地だ」

 

「!」

 

 それは現在千冬が全力で追い、ラウラも部隊に調査を頼んでいるもの。しかし、部隊の調査能力をもってしてまだわかっていないことを、所詮一介の操縦士に過ぎない楓がどうやって見つけ出したというのか。

 

「福音は今そのポイントで動きを止めてる。理由はわからないけど、間違いなく今がチャンスだ。だから他の連中のことはお前に任せる。――――いいか?」

 

 手渡されたデータを前に、どうやって彼がこの情報を得たのか問い詰めるべきか悩むラウラだったが、やめた。

 今はそんなことどうでもいい。

 それに、端からラウラには楓を疑う理由などないのだから。

 

「お前はどうするのだ?」

 

「俺はもう一人の意地っ張りに気合い入れてくる」

 

 視線の先は旅館。その一室に閉じこもる彼女(・・)

 

 誰なのかを察したラウラは一瞬顔を青くして、同情するように苦笑と共に楓の肩を叩いた。

 

「無事でいられるよう祈っている」

 

「おう、頼む」

 

 実際楓だって、事ここに至っても怖気づきそうなのだ。当たって砕けろの気持ちでなければやってられない。

 今から相手するのは福音より手強い頑固者。なにせ立ち向かうは世界最強だ。

 

 

 

 

 

 

 

 『福音の座標データは好きにしていいからね。アメリカに送ろうがイスラエルに送ろうがイギリスに送ろうがドイツに送ろうが、もちろんちーちゃんに渡してもいいよ!』

 

 冒頭からして軽い頭を発揮する保護者である兎からのメール。現状最高機密に等しい極秘データを通常のメールに添付して送ってくる辺り彼女の神経は尋常ではない。

 しかし、そんなぶっ飛んだ神経の持ち主だからこそ、福音の現在地を割り出すことが出来るのか。連絡してから五分と経たず付近の詳細な地形データと一緒に送られてきた。

 相変わらず恐れ入る。

 

『かーくんは昔からなんでも出来ちゃう子だったから手がかからなかったよねー。料理も洗濯も掃除もなんでも出来る自慢の息子だよっ! そういえば最初に覚えたのは洗濯だったよね。自分でおねしょした布団を洗うだなんてほんとうによく出来た子――――

 

 勢い良く携帯を閉じる。

 

 余計な情報が多いのも相変わらずだ。これが全国送信でもされようものなら自殺しかねない赤っ恥だと楓は背筋に寒気を覚える。

 

 さて、データはラウラに渡した。彼女には他の面子を任せた。今回、他にまで気を回す余裕がなくなりそうだったからである。なにより異性である自分より、ラウラの口から喝を入れたほうが上手くいく……と思う。

 

 目の前に一枚の襖。取っ手に手をかけて横にスライドさせる。

 部屋の大部分を占める大型モニターと数台のパソコンの光が部屋を灯す。

 その巨大モニターの前に仁王立ちする女性。女性の背中に楓は視点を合わせる。

 

 ゆらりと、千冬が首だけを回してこちらに振り返る。

 途端、心臓が鷲掴みされたように不規則に鳴動した。殺気すら感じる冷たい瞳。

 

「なにをしに来た。入室を許可した覚えはないぞ」

 

 いつもよりトーンの低い声がさらに恐怖を煽る。

 

「もう一度命令する。大人しく部屋で待機していろ」

 

「――――報告があってさ。勘弁してよ」

 

 楓はわざとらしく軽薄な笑みでさらに部屋へ一歩踏み込む。それが精一杯の張れる虚勢。

 

「報告?」

 

「六名が待機命令を無視。福音と交戦を始める」

 

「なんだと……?」

 

「織斑先生!」

 

 険しくなる千冬の顔。問い詰めようとして、それを真耶の悲鳴のような声が遮った。

 真耶の操作する端末からモニターへ情報が送信される。

 モニターにはこの旅館を中心にした地図が表示されており、そこに複数の緑色の光点が現れる。光点は旅館から飛び立ち移動している。

 

 光点の大きさ、移動速度から飛行機や車ではない。そもこの緑色の光点は学園に登録されているISにコアを示している。それが五つ。

 専用機持ち達のISだった。

 

「あの馬鹿共……」

 

 千冬の脳裏に少女達の顔が過り、歯を鳴らす。――――けれどすぐにその違和感に気付いた。

 

「――――六人だと(・・・・)?」

 

 モニターから再び楓を見やる。彼はこちらを真っ直ぐ見つめていた。

 

「命令違反者は篠ノ之 箒。セシリア・オルコット。凰 鈴音。シャルロット・デュノア。ラウラ・ボーデヴィッヒ……。それと――――俺だ」

 

 自らを指し示す。

 

 しばし、部屋を沈黙が支配した。それはすぐに破られる。

 

「――――舐めるなよ」

 

 絶対零度の声音。

 

「今更教員を向かわせても間に合わん。呼びかけたとて素直に戻っては来ないだろう」

 

 だが、と千冬は楓へ正対して歩を踏み出す。

 

「今目の前にいる貴様をみすみす行かせると思うのか?」

 

 畳を踏み抜かんばかりに怒気を撒き散らして楓へ近付く千冬。冷徹な瞳を湛え、遂に間合いに入った楓に右手を伸ばして、

 

 ――――楓が千冬の右手を掴むなり足を払った。

 

「っ!?」

 

 まさかの反抗に完全に油断していた千冬は背中から倒れるも、残った左手で辛うじて受け身だけはとる。

 すぐに立ち上がろうとするも、楓は取った右腕を極めて動きを止めてくる。

 

「き、さま……っ!!」

 

 マグマの如き怒りの感情が噴き出しかけ、無理矢理極められた腕を引き抜こうとする千冬。

 

 そんな彼女へ、楓は上から覆いかぶさって――――唇をぶつけた。

 

「っっ!!?」

 

 一瞬、頭の中が真っ白になる。即座にそれは憤怒の色に塗り潰される。

 千冬は藻掻くが、いくら千冬とはいえ相手は成人に近しい男性。純粋な筋力で抗うのは難しい。おまけに今は上からのしかかられている体勢だ。

 

 やがて、抵抗が弱まったのを見計らって楓は顔を離す。馬乗りの体勢は変わらないまでも拘束されていた右腕は解放されている。だがしばらく動けそうになかった。

 二人の荒い呼吸だけが部屋に響く。

 

「へ」嘲るように楓は口角をつり上げ「俺の初勝利」

 

 鬼の形相で、不遜な楓の顔をはね上げてやろうと拳を握る。――――が、それより先に楓の二の句が続く。

 

「いい加減、冷静になったかよ」

 

「なにを……」

 

「らしくねえよ千冬さん。んな情けない顔、全然似合わねえ!」

 

 唐突な楓の叫びに千冬は戸惑う。湧き上がっていた怒りすら忘れるほど。

 

(――――いや、違う)

 

 胸の内で自己否定した。千冬にはなんとなくわかった。わかっていた(・・・・・・)

 自分を見下ろす少年。かくいう彼自身が今にも泣きそうな情けない顔を浮かべるその瞳に映る自分自身の顔は、なるほど酷い顔をしていた。

 

 握りしめていた拳を解き、右腕で天井を仰ぐ目を覆った。

 

「わからないんだ。どうしたらいいのか、わからない」

 

 千冬自身、誰のものかわからなくなるほど情けない言葉が出た。

 

 表情から色が失せていく千冬と対称的に、益々楓の顔の方が悲痛に歪む。

 

「思った通りやればいいじゃんか。文句言う周りなんて力尽くで黙らせればいいだろ? こんな所で引き篭もって、あんたはなにやってんだよ!!」

 

「それは、出来ない。私は教師だ。この作戦の責任者だ。一人の生徒に肩入れすることは許されない。それがたとえ……弟であっても」

 

「ふざけんな!」

 

 ビクリ、と千冬の体が震えた。

 

「あんたは教師だ……責任者だ……。でも、その前に! あんたは織斑 千冬だろうが!! 一夏の家族だろうがっ!!」

 

「……っ!」

 

「今千冬さんがやらなくちゃいけないことなんかわかりきってる」

 

 まるで物分かりの悪い子供に言い聞かせるように、楓は言葉を落とす。

 

「今は、なにを差し置いても一夏の心配をしてやることだろ……?」

 

 かつて世界中の人間が望んだ世界大会二連覇。その栄光を、期待を、千冬は裏切った。たった一人の弟を助ける為に。

 当時、一夏が攫われたと知った瞬間彼女は控え室を飛び出した。考える時間など一秒も要らなかった。

 

 あのときの自分はやるべきことがわかっていたのだろうか? 今の情けない自分を見たら、嘆くだろうか。怒るだろうか。

 

 大人になったつもりでいた。しかしそれは勘違いだった。

 今の自分はただ大人ぶって、立場に縛られ責任を取りたがっているだけだ。

 それが大人なんだと思っていた。

 

「――――でも、千冬さんの立場が大事なのもわかってる。俺の考えが子供なのも」

 

 ようやく千冬の上から退いた楓。少し距離を取るとISを展開させた。

 漆黒痩躯。烏羽のような装甲を持つIS。

 

「だから俺が代わりになんとかする。千冬さんの邪魔になるもの、千冬さんの代わりに全部ぶっ潰してきてやる!」

 

 開け放った窓から飛び出す。吹き込む突風に書類が巻き上がる。

 千冬は倒れたまましばらく動く気が起きなかった。もうしばらく動きたくなかった。

 

 腕に遮られた彼女の顔は、はたしてどんな表情だったのか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 旅館を飛び立って僅か数十秒。楓は盛大に落ち込んでいた。

 

「さいっっっっっっってーだぁ…………俺」

 

 先ほどまでの威勢など露も残さず霧散させて、深い溜息を吐き出す。

 

 千冬に元気を出してもらいたかったのは本心だ。しかし実際目の当たりにして、想像以上の千冬の凹みっぷりにショックを受けたというか、筋違いも甚だしい怒りが湧いてきたというか。だからといって、

 

「弱ってる女の人押し倒して無理矢理キスするとか」

 

 文字にしても言葉にしても最悪だ。というか犯罪だ。……最悪だ。

 

「………………」

 

 だというのに、思い出そうとして最初に浮かぶのが唇の感触だというのだから。我ながら救い難い阿呆だと思う。

 

「柔らかかったなぁ」

 

 男とは本当に阿呆である。

 

 ちなみに、部屋にいたがまるで存在がなかった真耶は、楓と千冬のキスにショックを受けてこのときの記憶を丸々失っていた。余談である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 高速で背後から飛来する大口径の弾丸を福音は後ろに目があるかのように軽々と躱す。続けざまに鈴音、箒の接近戦型二機がそれぞれの武器を振り下ろすが、銀色の残光を斬るに終わる。

 

 頭上。

 

 月の光を反射する銀の装甲。惚けるような美しさに目を奪われそうになるが、この位置取りは危険だった。

 福音が背に折り畳んでいた翼を広げる。その場で回転。

 収束されたエネルギーが雨のように降り注ぐ。

 

 かの機体の名を冠する福音の特殊武装、《銀の鐘(シルバー・ベル)》。最大三十六の砲口から放たれる広域射撃武器。

 

 すぐさま箒は回避行動を取る。――――が、機体スピードがそれほど高くない鈴音はどう足掻いても範囲外には逃げられない。そんな彼女の前に割り込むのはシャルロット。大型シールドを構えてエネルギーの雨を受け止める。

 

 福音の射撃が止むのと同時、セシリアとラウラが再び長距離からの波状射撃。

 しかし射撃兵器であると同時に常に瞬時加速並の急加速を行える大型スラスターの役割を持つ翼を持つ福音を捉えることは出来ない。

 

 箒は苦い顔を作る。

 

 状況は拮抗状態だった。数の上では優位があるものの、福音の超高速移動を捉えられない。それはつまり、こちらが一人でも落とされれば戦況は向こうへ傾くことを告げている。

 実際今の鈴音のように、危ない場面は何度もあった。

 

 数の優位があるのだからエネルギー切れを待つのも手だが、未だ福音にその兆候は見られない。まるで永久機関でも持っているかのように無尽蔵にエネルギーを振りまく。

 そもそんな消極的な考えで立ち向かえばたちまち落とされる。

 

 いっそ自分が捨て身の攻撃を仕掛けて動きを止めるか、箒がそんな覚悟を決めようとしたとき、

 

『ったく、ほんと羨ましい奴だよ。一夏』

 

 通信領域に入った少年のぼやきが届いた。――――と、同時に福音に漆黒の影が突撃して弾き飛ばす。

 

 やっと来た。

 

 箒がその影の正体に無意識に心が高鳴るのと他のメンバーから矢継ぎ早に通信が入るのは同時だった。

 

『遅いですわ楓さん!』

 

『なにやってたのよアンタ!』

 

『遅れた分はしっかり働いてもらうからね』

 

『不様な姿を見せれば後ろから撃つからな』

 

『……お前等、ほんの少しでいいから俺にも優しくして』

 

 誰も彼もが浴びせる厳しい言葉にいきなり凹んだ様子の楓。

 だがしかし、みんなの声に萎えかけていた覇気が戻った。かくいう箒も、先ほどまでの締め付けられるような焦燥感が安堵に変わっているのを実感する。

 

 楓という少年は一夏とどこか似ているところがある。

 希少な男性操縦士という立場もだが、基本馬鹿なところとか、よくわからない男のプライドを大事にするところ。あとはどっちもスケベなところとか。

 でも、二人共底抜けに優しい。

 楓は一夏のような無自覚な優しさと違い、察して、考え、無遠慮に踏み込もうとはせずに遠巻きにそっと助けてくれる。今回だって事前に助けてくれようとしていた。

 

(いや、でも一夏の方がちょっと格好良いし……)

 

 自分で言っていて顔を赤くする箒。

 

『元気そうだな』

 

 いつの間にか隣へきていた楓に驚いた箒はわたわたと腕を振って顔を隠そうとする。

 

「な、お……遅いのだ馬鹿者!」

 

『どいつもこいつも。これでもこっちは超特急で来たんだよ』

 

 唇を尖らせていじける楓。どうやら赤くなった顔は気付かれていないらしい。

 

「……ありがとう」

 

「なにが?」

 

「私は弱い。それを気付かせてくれたことだ」

 

 不意の箒の言葉に楓は首を傾げる。

 惚けているのだろうか。それともわかっていてそんなフリをしているのだろうか。

 こういった演技の上手いところが馬鹿正直に過ぎる一夏とは違うところかもしれない。

 

 箒の言葉をどう取ったのか、楓は優しげに微笑む。

 

「いいや。やっぱりお前は強いよ」

 

 こちらの悠長な会話に苛立ちを覚えたのか――――まあ相手は機械だが――――それとも一瞬で実力を見極めたのか、のっぺら坊のような福音のフルフェイスが楓に向く。

 今にも飛び掛かってくるかと箒が身構えたときには福音の背後を漆黒の影が取っていた。

 

「!」

 

 驚きはしかし箒の分だけ。

 福音の鋼の精神は動揺など微塵もなく、迅速に背後の敵から逃れるように急加速で上昇。上を取れば再び例の広域射撃を行うのだろう。

 

 だが今回は相手が悪い。

 

 漆黒の影は僅かも遅れず、むしろ福音より先行していたかのようにそこにいた。容赦の無い蹴りが無人機の背中を強かに打つ。

 

 翼を盾にしたのか、然程ダメージを受けた様子のない福音は警戒を表すように大きく間合いを開けた。

 それを楓は敢えて追わなかったようだ。

 

「千冬さんのためってのもあるけどなぁ、こっちだって腸煮えくり返ってんだよ」

 

 一夏を傷付けられて怒っていたのは箒達だけではない。悔しかったのは千冬だけではない。

 楓だって同じだ。

 友達が、意識を失うまでボロボロにされた。これで怒らないわけがない。

 

 親指を下に落として、歯を剥き出した。

 

「お前はここできっちりぶっ潰す!」




閲覧ありがとーございますー。

>ってな感じでVS福音ラストバトル開始!

>福音の機体設定や、千冬さんの意外に脆いメンタルは構成上の私の捏造です。アニメ見てても福音の無限エネルギーどうなってんだろ、っていう疑問はあったので、こちらでは独自設定作って帳尻を合わせます。次話辺りで。

ではではまた次話ー
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