【未完終了】インフィニット・ストラトス ━風穿つ者━ 作:針鼠
闇夜を銀色が切り裂く。
シャルロットの散弾が、セシリアの多角射撃が、福音を追い詰めながらしかし落とせない。高速飛行で直撃を避け、それだけでなく隙あらば接近を狙っている鈴音と長距離砲で狙いをつけるラウラを牽制している。
強い。
元より軍事用に開発されたIS。戦闘におけるスペックの高さもさることながら、搭載されているAIの性能も予想よりずっと高い。
候補生とはいえ、複数の国家代表を相手取り互角……いや正味な話彼女達は押され始めていた。
――――先ほどまでならば。
「おぉっ!」
高速で動く福音の背後を取るのは漆黒のIS。
福音が回避行動をとる前に、楓の右拳は福音の背を打つ。
握った左拳をもう一撃と突き入れるものの、福音は両腕を交差させて防御。急速上昇して楓の間合いから離脱する。
けれどそこへ先回りした箒が二刀で迎え撃った。
音速並の機動力を持つ福音は、先ほどまでなら状況が悪くなるとこのスピード差を利用して間合いを離して戦闘を仕切り直していた。唯一そのスピードに対抗出来るのは《紅椿》だが、未だ操縦者たる箒の技術は《紅椿》のスペックに追い付いていない。高速戦闘をこなすには圧倒的に経験が不足していた。
しかし、楓という福音を上回る高速戦闘の実力者の存在によって状況は一変。
福音の容易な離脱を封じ、尚且つ動きを誘導出来るようになった。
セシリア達が注意をひき、楓が追い詰める。最後の詰めは箒。
たった一人の存在が戦況をひっくり返してしまった。
だが実際のところ、楓一人であっても福音と戦うことは出来る。勝つことも決して不可能ではないだろう。
千冬との約束で《神威》の使用を制限されているものの、いざとなれば楓は使うつもりでいる。無論自滅するような無茶をやらかすつもりはないが。
そんな制限があってなお、楓は福音と戦える。ならば何故それをしないのか。
理由は三つ。一つは、一人で戦えば自然楓の負担は増す。それはリスクを背負うということ。二つ目は前回のような不測の事態が起こったときに互いにカバーをするため。
そして最後の一つ。これは楓自身の個人的な思いでもある。彼女達の想いを尊重してやりたいと彼は考えていた。そして楓自身、彼女達と一緒に戦いと思っているから。
(それに黙って見てろって言って、どいつもこいつもはいそうですかってなるタイプじゃねえし)
楓は苦笑を混ぜつつ、福音の背を追う。
「コネクト!」
立体空間を使った多角攻撃。拳と蹴りの二連撃を叩き込まれ逃げようとする福音を、連結させたシールドビットで阻む。上下左右正面、全方位を檻のように囲んだ。
福音は大型スラスターであり主力武装でもある翼を展開。翼を広げたまま体を錐揉み状に回転させて、ブレードとなった翼撃でシールドを破壊した。
「予想通り!」
脱出の方向を読んで先回りしていた楓が追撃を構えるも、すでに視界を光弾が覆っていた。福音は体を回転させながら射撃まで行っていたのだ。
この反撃は予想外。
「くっ……!」
寸前で攻撃を中止して超反応で回避。その間に福音は一時安全圏まで逃げてしまう。
先程からこれの繰り返しだった。
たしかに楓の登場で形勢は逆転した。ダメージも確実に与えているが、決定打を与えられない。
長期戦が不利というわけではない。しかし万一にでも逃げられてしまえば、福音がその後どんな行動を取るのかわからない。そのとき楓が福音を追える状態にあるとは限らない。
そうなれば福音が街を、それとも友人達がいる旅館を襲う可能性もある。それだけは絶対にさせてはならない。
それに不利でないとはいえ、先に戦闘を開始していた少女達の疲労は目に見えて表れ始めていた。特に箒は初陣からの二連戦。
不安要素がある以上、優位を保っているうちに決着をつけたいというのが楓の考えであった。
リスクを負ってでも攻めてみるか。楓がそんなことを考えていたそのとき、今まで常に福音の隙を突く役目にあった箒が単独で飛び出した。
それはおそらく楓と同じ考えに至った故に。だが無茶をして返り討ちにでもあえば目も当てられない。
それも承知の上なのか、少女は裂帛の声をあげながら二刀を構えて突進する。
押し付けられた刀を福音は無造作に掴む。二刀両方。
馬力は《紅椿》の方が上。競り合えば必然、勝つのは箒だ。
しかし福音の狙いは押し合いの勝利ではない。箒の動きを一瞬でも止めること。
左翼が開かれ、エネルギーが収束する。
「箒!」
「――――っ」
箒は半歩下がった。しかしそれは臆したが故の後退ではない。
刀を押し続けていた力を一瞬だけ抜く。
福音の拘束が緩んだその瞬間、彼女はその場で縦に一回転。右足のかかと落とし――――否、振り下ろす右足の先から第三の刃。打撃ではなく斬撃。
さしもの福音もこれは予想出来ず、箒は見事展開していた左翼を斬り飛ばした。
「――――――――」
声なき悲鳴をあげて、福音は千切れた翼と一緒に海へ落下した。
「……終わったの?」
願うようなシャルロットの声には、勝利を喜ぶ僅かな色がみえた。他の面々も。
ただ、楓と箒だけが、いつまでも泡立つ海面を見つめていた。変化は直後。
「まだだ!」
楓が声をあげるのと同時、福音が落ちた場所を中心に海面に水柱が立ち昇る。
「まだ動くの!?」
慌てて戦闘態勢を取り直す鈴音の悲鳴。
全員の視線が、水柱の根本、青白く輝く眩い光に集まる。
海水が高密度のエネルギーに晒され蒸発し霧となる。
光の中心には、まるで母の腹の中で眠る赤ん坊のように、身を丸める福音のシルエットが見えた。
それを視認した瞬間沸き立つ言いようのない危機感に、楓は思わず叫んでいた。
「ラウラ!」
「おう!」
同じく不安を覚えていたのか、ラウラは楓の言葉を全ては聞かないまま肩の巨大レールガンを撃った。
巨大な弾丸は霧を裂いて光の中を進む。中心へ向かい、やがて消えた。
「ば、かな……」
ラウラが隻眼を見開いて絶句する。
弾が消えた――――わけではない。海水同様、高密度のエネルギーによって福音に届く前に蒸発してしまったのだ。……海水とレールガンによって放たれた弾を『同じ』などと言えるはずもないが。
それほどまでに、今あの一帯は結界のようにエネルギーが渦巻いているということだ。
その様を、苦い顔で楓は見つめる。
「第二次移行《セカンドシフト》……」
第二次移行。
今までのデータを初期化し、新たな主の肉体に合わせて調整する第一次移行《ファーストシフト》。第二次移行とは、シンクロ率がある数値を越えた瞬間発現するISの第二形態。
身体特徴と表面的思考にのみ調整される第一次移行と違い、第二次移行は搭乗者とISが深層意識までシンクロさせて初めて可能となる進化だ。
ISは生きている。ISは操縦者と共に成長するパートナーである。
教本の一番最初に書いてある一文であるが、未だこの第二形態にまで辿り着いた操縦者は少ない。肉体の同期だけならともかく、思考、つまりは心まで通わせるというのは言葉以上に難しいのが大きな理由だ。
けれど、いやだからこそ、第二次移行に達したISは例外なく強い。
「――――――――」
光の中心で福音がゆっくりと動く。丸めていた身を起こし、宙空で直立。同時に渦巻いていたエネルギーも徐々に収まり始めた。形態変化の影響で一時的に能力以上のエネルギーが放出されていたのだろう。
それが収まりつつあるということは、動く。
「え?」
「後ろだ箒!」
福音が消えた。それに呆けた声をあげる箒。唯一、楓だけが動きを追えた。
しかし遅かった。
楓が叫んだそのときには、福音によって箒は薙ぎ払われていた。
「あああっ!?」
為す術無く箒は落下。
(速い――――!)
先ほどまでとは比べ物にならないくらいに。
福音の姿は変わっていた。
全身から光の翼を生やしたその姿は、まるで聖書に出てくる大天使のようだ。
だが今の楓達にしてみれば、それは救いの存在ではなく、断罪を下す執行者。
「箒さん!」
「――――――――」
墜落する箒に気を取られたセシリア。その隙を福音は冷徹に突く。
超高速によって背後に回ると、大きく広げた光翼で蒼い機体ごと包み込む。
「きゃあああ!!」
今や福音の翼は兵器などという生易しい代物ではない。レールガンの弾を一瞬で蒸発させるほどのエネルギーを凝縮した力の塊。
力の奔流に打ちのめされたセシリアは意識を失って墜落する。
それを見て、楓の頭が真っ白になる。
「て――――っめえええは!!」
《八咫烏》の鱗のような装甲が逆立つ。
初列風切。《神威》発動の第一段階。
ビットが無尽に巡り、それを足場に楓が空を駆ける。正しく疾風の動きでもって勢いを殺すことなく放たれた蹴撃を、しかし福音は躱した。
返される手刀が目前に迫る。
首を横に振って回避し左フック――――が、これも躱される。
「ちぃっ……!」
今の福音は明らかに楓より速くなっていた。
そしてそれならば、楓の行動も決まっていた。
「次列風切」
心の中で千冬に謝罪しつつ、楓はさらにギアを上げた。
《神威》の準備段階とは、本来ISに備わる人体保護のセーフティーを外すもの。実質《神威》というアビリティーが発動するのは三段階目。
第一段階、初列風切では少しばかり体に負荷がかかる程度でしかないが、第二段階である次列風切からは骨が軋み筋肉が悲鳴をあげる。楓のような天性の柔軟性と日常的に鍛え上げた肉体であってようやく耐えられるここがギリギリ。
故に楓が学園内で本気で試合をする場合使うのも、肉体に影響がほとんどない初列風切まで。《神威》について説明した千冬も、厳格に禁じたのはこの二段階から先の話だった。
今の第二形態に達した福音相手に初列風切では足りない。というならば彼に躊躇いは無い。
己のリスク軽減のために、これ以上友達を目の前で傷つけられるのをよしと出来る人間ではない。
しかし、それでさえ福音との速度は互角だった。
「――――――――」
福音は急速後退で間合いを開ける。
天を覆わんとばかりに大きく広げられた光翼。そこから放たれた弾はまるで羽のようで、その数たるは十や二十ではきかない。
対して楓は離脱するのではなく向かっていった。
敵は射撃特化。元来この中遠距離が最も地力を発揮する。
ならば間合いを離していても好転はしない。
十二のビットをフル稼働させて、時に足場に、時に盾に、その悉くをまるで予知でもしているかのように躱す。神業。
光羽の雨をくぐり抜けたその先で、
「くっそ!」
さらに数を増した光が押し寄せていた。
悪態をつきながら、それでも楓は躱し続ける。数センチ。数十センチ。数メートルと、気の遠くなるような福音との距離を詰めていく。
「――――――――」
だがそれを嘲笑うように、福音の攻撃は止まない。それどころか撃つ度にその数を増し、遂に楓も躱すのに精一杯となり前に出ることが出来なくなってしまった。
(どうなってんだ!? いくらなんでもおかしいだろ!)
光を頬の横に掠らせながら、楓は思考を巡らせる。
ISのエネルギーは有限だ。それはたとえどんな機体であっても例外は無い。
それなのに、福音はこうも大技を連発しながら未だエネルギー切れを起こさない。そも福音は自分達以上に連戦を強いられている。必然、エネルギーの回復は先の一戦とこの二戦までの間の自然回復以外見込めないはずなのだ。自然回復でのエネルギー回復量などたかが知れている。
ありえない仮定だが、仮に回復しきっていてもこの戦闘で使用した消費量と供給量との比率がおかしい。
人類永劫の夢とさえいえる永久機関。まさかそんなものを実装としか思えない福音を睨む楓の視界にある情報が表示される。
それは大気を流れるエネルギーの残滓の流れ。
戦闘によって使用され撒き散らされるエネルギーは、通常時間と共に大気へ溶けてやがて消える。ビーム兵器等、他にもシールドなどに使用されたエネルギーその全て。
福音は、正確には福音のワンオフアビリティーは、おそらくその本来大気に消えるはずのエネルギーを蒐集し蓄積するもの。そう考えればこの異常なエネルギー保有量にも説明がつく。
エネルギー収束。それが福音の単一能力。
自分で存分に吐き出したエネルギーを自分自身で回収する。まさか回収率が百パーセントではなかろうが。
広域殲滅射撃型に、永久機関に等しいエネルギー供給アビリティー。
組み合わせとしては最強――――最悪だ。
「――――――――」
「またかよ!」
最早迫る壁に迫る光の弾丸。
しかしそれを紙一重とはいえ直撃を避け続ける楓もまた、この場において段違いの実力者である。
「――――いい加減にしなさいよ!」
「こっちも忘れないでよね!」
壮絶な戦いに気付かず硬直してしまっていた鈴音とシャルロットが遂に動く。左右から福音へ挟撃を仕掛けた。
福音は一度身を包むように翼を折り畳んで体を縮ませ、回転と共に光の弾を全方位にばら撒いた。
「きゃ!」
「くっ!」
楓のような回避技術を持たない二人は武器や盾で身を固めて防ごうとするが、基本出力までも上がった今の福音の攻撃に二人共に押し戻されてしまう。
追撃を加えようと翼が脈動するのを、楓は見逃さなかった。
「させるか!」
三列風切。遂に《神威》発動。
一瞬ではあるものの、二人が作ってくれた弾幕の隙間。楓は《八咫烏》のワンオフアビリティーを発現させる。
足場として周囲に展開させていた漆黒のビットが集結し、再展開。ビットは機体を支える三本目の足となり、また吸い込まれる風を制御する。
大気が《八咫烏》の背中に吸い込まれていく。
前に突き出した右手に銃身の無い銃が握られる。
あとはトリガーを引くだけ。
速度も距離も関係無い。放てば必中必殺。一撃で何もかもを穿つ大気の弾丸がそれで放たれる。
不意に、楓を見下ろす福音が
「……っ」
白み始めた空が割れた。
閲覧ありがとうございましたー。
>最近交互な更新となってます。
それでもこっちの更新で考えると約一ヶ月なので、もっと早く書けたらいいなぁと日々出来もしないことを考えております。
>本格的にバトルなお話でした。福音さんマジで強いぜ!
ちなみに、一応言っておきますが福音さんのアビリティーは勝手に考えたものなので原作とは違います(原作にアビリティー出てるかわかりませぬが)。福音の無限弾幕を自分なりに解釈してこじつけました。
>福音戦は次回か、もしくはあと二話くらいになります。そうしてようやく二期です。思ったよりもここまで来るのにかかりましたが、ようやくですぜ。
ではでは、最近気候もおかしく体調崩しそうではありますが、皆様体を大切に頑張ってまいりましょー