【未完終了】インフィニット・ストラトス ━風穿つ者━   作:針鼠

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四話

 嵐は思ったよりも早くやってきた。

 

 それは最早日課となった放課後の一夏の特訓が行われるアリーナへの道中、楓は項垂れる銀髪少女の背中を見つけた。

 

 

「ラウラ?」

 

 

 背中の主はまず間違いなくドイツ代表候補生、そして楓や一夏達のクラスメートであるラウラ・ボーデヴィッヒのものだった。

 

 しかし妙だ。何故彼女は今時分、こんな場所にいるのだろうか。

 

 というのも、目下一夏の特訓は楓を除いた5人のメンバーがそれぞれ教官役をローテーションしている。はじめは全員が一斉にあれやこれや一夏を言葉でコテンパンにしていたのだが、傍目からはもちろん、本人達をしてさすがに効率が悪いと気付いたのがきっかけだ。

 それに、放課後の特訓は一夏に合法的につきっきりになれる数少ないチャンス。各々不服はあれど当番制で話は落ち着いたのだった。

 

 そして楓の記憶が正しければ今日の当番はラウラだったはずだ。ラウラを含め、彼女達にとっては指折り数えるほど待ち焦がれた日だったはず。

 鞄を部屋に置いて、ついでに所用を済ませてから向かった楓が追いつくはずがない。

 

 なにかあったのだろうか、というのはあの後ろ姿を見れば瞭然である。

 

 

「なーにしょげてんだよ」

 

「……ああ、御堂か」

 

 

 近くまで寄って声をかけると、ようやくながらこちらの存在に気付いた。緩慢な動きで振り返り、光を失った隻眼が向けられる。

 普段なら、後ろから近付こうものなら射殺さんばかりに睨みつけるぐらいはしてくるだろうに。

 

 なるほど、重症のようだ。

 

 

「はぁ……」

 

 

 ありありと重苦しいため息を吐くラウラ。

 

 

「なにかあったのか?」

 

「………………」

 

 

 定型文の質問をするも、彼女は口を開かない。

 

 埒が明かない。とはいうものの、このまま放っておくわけにもいかない。

 彼女はクラスメートで、席はお隣さんで、そして友達なのだ。

 友達が明らかに落ち込んでいるのを見つければなんとかしてやりたいと思うのは普通のことだ。

 

 御堂 楓は薄情な人間ではないから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おい」

 

 

 学園敷地内には大きなビオトープがある。四季折々の木々に囲まれた池には、鯉などの水棲生物が放されている。

 入学案内やホームページなどには生徒達のリラックス効果を謳っているが、実際どれほどの効果があるのかは不明。そも寮からも校舎からも遠いので誰も好んで寄ることはない。

 

 そんな池の畔に申し訳程度に設置されたベンチに少女は腰を下ろしている。いいや、正確に言い直すならば座らされている。

 

 

「おい!」

 

「なんだよ」

 

 

 再三の呼びかけに、背後の男はようやく返事をした。

 

 ラウラはとりあえずこの状況を問いただすことにした。

 

 

「一体私はこんな所で何をしている?」

 

「見ての通り髪をとかされてるんだろ?」

 

 

 あっけらかんと楓は言った。

 

 事実その通り、ベンチに座ったラウラの髪を楓は取り出した櫛でとかしている。

 

 しかし言いたいことはそんなことではない。

 

 

「そうではない! 何故私がお前に髪をとかされなくてはならないんだ!?」

 

「お前なぁ」呆れ混じりに楓は肩を竦め「あんだけ負のオーラ全開にしておいて放っておけってのが無理だろ」

 

「お前には、関係ない」

 

 

 脳裏に蘇る保健室での光景。

 それを振り払うように顔を振った。

 

 

「だあーじっとしてろ!」

 

「むがっ」

 

 

 無造作に頭をホールドされた。首が嫌な音をたてた気がする。

 

 どうにか逃れられないかと思案するラウラだったが、楓は逃がす気はないらしく再び櫛で髪をすく。

 気落ちしていたということもあって無理矢理逃げる気力も無い。

 

 ラウラは諦めて為すがまま大人しくすることにした。

 

 それからしばらく、楓が一方的に髪をとかし続ける。

 

 

「どうだ中々上手いもんだろ?」

 

 

 頭の後ろで自慢気に言う楓。

 

 確かに、彼の言う通り楓の手つきは妙に慣れていた。

 引っ掛けることもなく櫛は流れ、不思議と眠たくなるような心地良い安心感があった。

 悔しいので言わないが。

 

 そも、普段から櫛を持ち歩いているということからして不思議でならない。

 女であっても化粧道具を持たないラウラのような例外がいるように、男でそういった物を常備する者もいる。

 

 しかし楓がそういった種類の人間だったのは正直意外だった。

 

 その答えは続く言葉で回答となる。

 

 

「束の奴も無頓着でさ。髪がはねようが爆発してようがお構いなしでやんの」

 

 

 篠ノ之 束。

 

 ISの開発者にして世界をひっくり返した科学者。箒の姉にして、千冬や一夏と親しくする女性。

 

 臨海学校で本物を見たが、初対面であったラウラははじめあれ(・・)が本当に本物だとは信じることが出来なかった。

 精神年齢は正しく子供。千冬や箒に抱き着いたり胸を揉もうとしたり、やることなす事馬鹿ばかり。

 

 これが時代を変えたISの創始者。世界に天災とまでいわれ恐れられる存在だとは俄に信じられなかった。

 

 しかしその評価はすぐに変わった。

 

 異常な速度のセットアップ。そして《紅椿》の絶大な性能。

 

 未だ世界が机上という空想ですら実現出来ない第四世代という未来機を、現実のモノとして顕現させた彼女はやはり通常のものさしなどでは測れないのだろう。

 

 楓は、後ろの少年はそんな人物と住んでいたという。専用機まで貰ったと。

 

 そのことを彼は一切隠そうとはしない。かといって自慢げに率先して吹聴しているわけでもない。

 最初は浅慮な男だと思った。

 千冬をはじめ周囲の者が情報規制しなければ大変なことになるというのに。

 

 けれど最近わかった。彼はただただ『普通』なのだ、と。

 

 誰だって家族のことを訊かれればどんな人だか答えるだろう。嬉しかった誕生日プレゼント。どれだけ嬉しかったか聞いて欲しくて友達に喋ったりするだろう。

 

 彼がしているのはただそれだけだったのだ。

 

 楓は束を特別扱いしない。家族としての特別はあるだろうが、世間が束に思う『特別』とはまるで違う。

 

 彼にとって束という女性は世界をひっくり返すほどの大科学者で、けれど子供っぽくて手の焼ける……そんな家族なのだ。

 あるがままを受け入れる。受け入れることが出来る。

 だから彼は平然と束を家族と言うことが出来る。

 

 それは素直に凄いことだと思う。

 

 箒が束に劣等感を抱くように、一夏が千冬に憧れるように。

 血の繋がった実の兄妹であってもどこか一線を引いてしまう、一種の神聖視してしまうほどの人物を、同じ目線で語れてしまう楓はやはり凄いと思う。

 

 

「――――私は、負けたのだ」

 

 

 気付いたら己の心の内を吐露していた。気付いても、すでに溢れてしまった言葉は止まらない。

 

 保健室での一件。

 

 特訓の時間だというのに中々姿を見せない一夏に業を煮やして探し回って、千冬に保健室で見かけたと聞いて急いで行ってみれば、生徒会長に膝枕をされて慌てふためく光景を見せつけられた。

 つい本気で襲いかかってしまったそれを、あの会長は座ったままいなし、首元に一撃を寸止めしてみせた。

 

 

「正面から仕掛けて、無様にあしらわれた……!」

 

 

 完敗だった。悔しかった。――――だけど、

 

 

「だが、私はそれよりも自分が腹立たしい! 敗北を認めてしまった! 去っていくあいつの背中を黙って見送ってしまった……!」

 

 

 視界が滲む。膝の上で握った拳がポタポタと湿っていく。

 

 弱いことが悔しかった。

 

 実力で楯無の暴挙を止められなかった力が。そして、敗北を認めて諦めてしまった心が。

 

 悔しくて、それ以上に情けない。

 

 せめて押し殺して泣くことが、少女にとって最後の意地だった。

 

 

「――――ほい完成」

 

 

 はたしてどれくらいそうしていただろうか。

 

 泣き喚くのを堪えるのに必死で時間の感覚を失っていたラウラは、両肩をポンと叩かれることでようやく我に返る。

 

 

「見てみろよ」

 

 

 後ろから伸ばされた手は小さな鏡を持っているようだった。

 涙で視界がグチャグチャだったのでよく見えない。

 

 乱暴に袖で拭う。

 

 きっと泣き腫らした酷い顔が映っている。

 そう思いながら、晴れた視界に飛び込んできたのは――――、

 

 

 なんかすっごいドリル頭になった自分の頭だった。

 

 

 鏡の端でプルプル震えながら口元を押さえる少年の顔を見つける。

 

 

「な? すっげー変だろ?」

 

 

 殴ってやった。全力で。顔面を陥没させる勢いで。

 

 

「っっ……!!??!!?」

 

 

 ゴロゴロ足元を転げる楓は声にならない悲鳴をあげているが知ったことではない。

 

 

「遺言程度聞いてやろう」

 

「いや、あまりにも反応がなかったからつい悪戯心が」

 

「目標を撃滅する」

 

 

 レーゲンまで全身展開させてレールガンの砲口を突きつける。引き金を引けば跡形も残らない。いや、残さない。

 

 

「ようやくらしくなったな」

 

「?」

 

「やっぱラウラはそうやってツンケンしてる方がらしいって言ったの」

 

「…………はぁ」

 

 

 長い長い沈黙を経て、ラウラはレールガンを下ろす。

 

 結局、彼はそういう人間なのだ。

 

 弱音を吐き出し、泣いて、そうして最後に暴れたことで、ラウラの鬱屈としていた心は晴れていた。

 

 ラウラのことを『強い』と思っている同級生達には出来ない。『幼い』と甘やかしてくれる千冬にも出来ない。

 

 落ち込んでいた友達を元気づけてやろうと道化を演じる。自分なんかを、『普通の友達』だと思ってくれる彼だから出来たこと。

 

 

「お前には当分敵いそうにないな」

 

「今まさに致命傷負ったけどな」

 

 

 軽口は減らず、思いやりに溢れていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一夏と共に第二アリーナへと足を運んだ楯無。

 

 アリーナにいたシャルロットとセシリアに協力を取り付けて、今は一夏の特訓の真っ最中。

 

 それを観客席から眺めながら、彼女はふと先ほどの保健室でのことを思い出していた。

 

 

(ちょっと強引にやり過ぎちゃったかなぁ)

 

 

 一夏との接触を見せつけることでラウラを挑発し、力で捻じ伏せ納得させる。

 

 一夏の早急なレベルアップの為に教官役は譲れない。勝ち取るには有効な手段だとは思ったが、少しばかり強引だったかもしれないと彼女は反省していた。

 かといって最善であったのは事実なので後悔はしていない。

 

 

「なるほどね。一夏の射撃能力の向上ってよりは、どっちかっていうと接近戦に持ち込むアプローチの訓練か」

 

「楓!?」

 

 

 隣のシャルロットがいち早く声に反応して振り返るなり背後の人物の名を呼ぶ。

 

 一方で楯無は、敢えて焦らすようにゆっくりと振り返った。

 

 おしゃれではないものの最低限清潔に整えられた髪。身嗜みの良さに反して人相の悪い目つき。

 この学園内で一夏と同じくするイレギュラー。

 

 御堂 楓。

 

 

「その通り。よくわかったわね」

 

 

 何故今ここに彼がいるのか。

 

 内心の疑問をおくびにも出さないで、楯無はただ悠然と微笑む。後輩を褒める優しい先輩として。

 

 一方で、楓は悪い笑みを浮かべている。

 

 それが妙だと感じた。

 彼は外見こそ悪人面でも実際の性格は限りなく善人である。むしろ悪人面である見た目を自覚していて、なるべくそう見えないよう健気に努力している。

 

 しかし今は、わざとらしいほど威圧的な笑みを作っている。

 

 

「なあ、みんなから聞いたけど、あんた学園最強なんだって?」

 

 

 決してこちらからは切り出さない。そうして相手の出方を窺っていると、彼はそう質問してきた。

 

 

「ええ。この学園の生徒会長というのは、即ち最強の称号なの」

 

「最強のあんたが教えれば、一夏は強くなるのか?」

 

「少なくとも、今よりはずっとね」

 

「最強のあんたが教官としては適任ってわけだ」

 

「そうよ。――――随分こだわるのね?」

 

 

 『そうか』と彼は呟いた。

 

 直後、楓の体を光が包み込み、光が消えたそのときには漆黒の機械鎧を纏っていた。

 

 突然のISの展開に慌てふためくシャルロット。一夏とセシリアも騒ぎに気付いて降りてきた。

 

 楯無だけが泰然と、正面から楓に向かい合った。

 

 

「なんのつもりかしら?」

 

「いやね、最強が一夏の教官役だっていうんなら――――俺があんたを倒せばあんたは御役御免ってわけだよな?」

 

 

 思わず弛んだ口元を開いた扇子で覆い隠す。

 

 その扇子には筆文字で2文字が記されている。

 

 

「面白いことをいうのね」

 

 

 『最強』と。




閲覧感想ありがとうございますー。

>三話あとがき通り、意外と早く更新出来てよかったよかったと胸を撫で下ろしております。
しかしバトルシーンは嘘ぶっこきました。すみません。次話は間違いなく戦います。戦いますとも!

>今回の話を読んだ後、きっと疑問に思った方もおりましょう。福音のときといい、何故この作品はラウラの出番が多いのだろうかと。

一章からいるポニテ箒とかテンプレ金髪お嬢様セシリアとか、ツインテール鈴音とかボクっ子シャルロットとかもっと出せよ、てかそもそもメインヒロイン千冬さんじゃなかったのかよ!2期編まだほとんど出番ないじゃん――――と。

ええ、この奇々怪々、難透難解なこの疑問にお答え致しましょう。

何故なら……私がラウラが好きだから!

驚きましたか?驚いたでしょう。
私自身驚きですよ。まさか己の好みが故に作品のメインヒロインないがしろとか。

…………いやほんと、我ながらしっかりしろよと思いました。反省しています。

後悔はしてないですけども!!(おそらく懲りません)
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