【未完終了】インフィニット・ストラトス ━風穿つ者━ 作:針鼠
千冬はモニター室でひとりアリーナの戦いを観戦していた。
対暗部用暗部としてこの国の影で暗躍する一族、更識家当主、更識 楯無。
相対するは『天災』篠ノ之 束が秘蔵っ子、御堂 楓。
その戦いは、図らずも学園最強――――否、彼等の世代の現最強を決める戦いといっても過言ではない。少なくとも千冬はそう考えていた。
千冬がこの戦いを知りえたのは無論偶然などではない。
元々一夏をはじめとした重要人物には監視の『目』をつけるよう政府から学園に密命が下っている。政府側の身勝手な理由でそのような命令が下っていたならば鼻で笑って御免こうむると断ってやるのが千冬という人間だが、事実彼等を狙う存在は大小合わせれば星の数いる。故に、気は乗らずとも監視対象者の情報は誰よりも早く掴める。楓もその対象だ。
ただ今回に限って言えばそんなことをしなくとも情報はすぐ耳に届いただろう。なにせ当事者たる彼女、楯無からは、事前に一夏と楓に接触することを直接聞いていたからだ。
彼女の義理堅さを思わせる反面、『自分は私益の為に関わるのではなく、みんなの為にやっているのだ』という口実に思えなくもない。
それぐらいには頭を働かせる人物である。楯無という少女は。
試合開始直後、仕掛けたのは楓。相変わらずそのスピードは目を見張るもので、スピードだけなら世界クラスだと千冬をして言わしめる。
一方で、一度は虚を突かれ背後を取られたかのような楯無だったが、それは彼女の専用機が造り出した水の分身であった。楓もまたそれを即座に見破る。
「ほう」
思わず感心してしまうほど、両者の技量は千冬の予想を越えて高かった。
国家代表である楯無はもちろんのこと、楓の実力の高さも千冬は今までの事件を経てよく知っている。それでもこうして同世代で、しかも近いレベルの者同士が戦うとその実力も正確に見えてくるものなのだ。
この最初の、たった一度の攻防で千冬はそれを見た。
IS操縦士としての実力とはなにか、と問われればなにを思い浮かべるだろうか。
おそらく、まず初めに思い浮かべるのはIS適正だろう。他には、剣術や格闘技といった技が動きに反映されることを考えると操縦士の武術経験。激しい動きに耐え得る肉体強度。あとはIS戦闘の経験値辺り。もっと広義に捉えるならばISの性能も含まれていいと思う。
それらも決して間違いではない。
だがもっと根本的な話なのだ。
――――と、思考の途中で千冬は意識を背後に向けた。正確には今から開かれるであろう部屋の扉に。
「――――失礼します!」
感覚に過たず、部屋の扉が些か乱暴に開け放たれる。次いで余裕の感じられない、あくまで定例文として告げられた入室の断り。
千冬はモニターから目を切って振り返る。扉の前には、全力疾走でもしてきたのか肩で息をするほど呼吸を荒らげたラウラの姿。
ラウラは千冬から、千冬の背後のモニター、そこに映されたものを見るなり顔を険しく歪め、再び千冬に目を向けた。縋るような、必死な瞳だった。
「教官! 今すぐこの戦いを止めてください! これは……御堂は私の為に――――」
「馬鹿者」
パシン、と小さな銀髪頭の旋毛目掛けて出席簿を落とした。
ラウラが潰れた声をあげる。
「何度言えばわかる。ここでは『織斑先生』と呼べと言っているだろう」
「そ、そんなことを言っている場合ではありません!」
「ほう、私の話しは『そんなこと』だったか?」
ビクリと隻眼の少女が怯える。
しばし無言で見つめ続けてやると、やがて耐えかねたようで消え入るように『織斑先生』と訂正した。
よし、と頷いてやる。
これはあくまでも教師と生徒のけじめであるから。
何度だって注意するが、何度でも許すものだ。
「それで?」
「え?」
「要件があったのではないのか?」
若干涙目で頭をさすっていたラウラは、その言葉で何故自分がここにきたのかを思い出したのか話し始める。保健室での一幕。唐突な更識 楯無の登場。そして、楓の介入。
保健室の後、楓に弱音を吐いてしまった内容については、少し濁した。話さないわけにもいかず、しかしありのまま話すにはラウラとしても非常に恥ずかしかったから。
それでも根が正直な少女である。妙に鋭い千冬でなくても大方は察せたことだろう。
「……なるほど」
兎にも角にも、ここにきてようやく千冬もラウラの説明によって事の次第、その大まかな事情を理解することが出来た。
突っかかるとしたらおそらく楓の方なのだろうと予想していた通りだったわけだ。
――――だが何なのだろうか。このもやもや感というか、イライラ感というか。
そんなときに不意にモニターに映った楓の顔が視界に入ってしまい、
「チッ」
舌打ちがもれた。それも結構感情が篭っている。
「お、織斑先生!? 何を――――いたっ! いたたたたたッッ……! 痛いです痛いです教官!!」
我に返って見れば、千冬の両拳がラウラのこめかみをグリグリとこねくり回していた。いやゴリゴリか。
「ああ、すまん」
「????」
解放されたラウラはわけがわからず頭を抱えながら目を白黒させている。
わけがわからないのは千冬も同じ。ただ無性に腹が立ったが故の奇行だった。
らしくない。気を落ち着かせる為に静かに、深く、息を吸ってゆっくり吐き出した。
幾分鎮まってきた。
「ど、どうかされたのですか……?」
ビクビク怯えながら窺ってくるラウラに大丈夫だ、と答える。
「それで」とりあえず話題を打ち切って「この戦いを止めろ、だったか?」
ラウラがこの部屋に来た理由。それは部屋に入って開口一番口にしたその言葉だっただろう。
ハッ、としたラウラは声音に必死さを戻して訴える。
「事情は先程話した通りです! 御堂が戦う理由などありません!」
「無理だな」
「何故ですか!?」
「まあ落ち着け」
無意識だろうが、間合いを詰めて声を張り上げるラウラ。普段の冷静沈着な姿とは正反対だった。それほどにこの戦いを止めたいらしい。
先程の話の通りならば原因が自身にあると思っているのだから、責任感の強い彼女ならば無理からぬことだ。
しかしこの戦いは止められない。――――というより、止める理由がない。
「この戦いは生徒会長である更識によって学園に正式に認められた模擬戦だ。誰を咎める理由も無い。御堂はもちろん、お前もな」
「く……」
「なに、気にする必要など無い。そも戦いそのものはあの馬鹿が吹っ掛けたことだ。――――それよりもよく見ておけ」
「え?」
「これほどのレベルの戦い、滅多に見れんぞ」
2人の目はアリーナを映すモニターへと重なった。
★
(これが御堂 楓……そして、世界のどこにも存在しないはずの四百六十八番目のコアを有するIS――――八咫烏)
楯無は異形のISを努めて冷静に観察する。
パワードスーツと言われながら、どちらかといえばアーマーと呼ぶに相応しいISの外観は基本的にどれも
だが目の前の八咫烏は少し違う。
操縦士たる楓の元々長い手足を覆う漆黒の装甲は、極限まで研鑽された刃のように薄い。それが鱗のように重なった多重装甲となっていた。
性能を追求した結果辿り着いたのではない。最初から、この姿が完成形なのだと言わんばかりにそれは改良の余地など残していなかった。
それは楯無の知るどんなISよりも華奢で、そしてどんなISよりも洗練された美しさを持っていた。
「――――――――」
楓の八咫烏が跳ぶ。
飛行能力こそ無いものの――――否、飛行能力を持たないからこその超高速移動。衛星のように彼の周囲を回っていたシールドビット達がそれを合図にするように散開しこちらを取り囲む。
疾風が駆ける。
風を切る音。爆発じみた跳躍音。
ビットを足場に縦横無尽に空間を駆ける楓。
驚くべきは、その速度はもちろん切り返しのスピードだ。
これを肉眼だけで追おうとすればすぐに視界から逃げられ見失い背中を襲われるだろう。――――そう、肉眼ならば。
「――――そこよ!」
楯無から見て正面右2つ目のビットを蹴り、左下、頭上と経由して背面に回る。間髪入れず側面から強襲してくる楓の鼻先に振り返り様のランスを見舞う。
寸でのところで楓は急停止。颶風となってランスが回る。
即座に次に動いた楓は再び加速。ビットを足場に立体的な動きでこちらを翻弄して強襲してくるが、無駄なことだ。
「はあっ!」
「ぐっ……!」
誘い込んだところに遠心力を利用した一撃を叩きつけた。
辛うじて両の腕を交差して防がれるも、元々防御力の低い機体。今ので決して少なくないエネルギーを持っていけたはずだ。
3度目はなかった。流石に考えなしの特攻は無駄だと悟ったようだ。
そんな楓を目の当たりにして、楯無は大袈裟に肩を落としてため息をついた。
「はあ、残念。期待外れもいいところね」
「あん?」
「豊作な今年の新入生最強だと聞いていたからどれほどのものかと思っていたのに……この程度なのね」
軽い挑発だったが、楓は目に見えて機嫌を損ねていた。それでも怒りに任せて突っ込んでこないところはギリギリ評価出来る。
――――が、期待外れだと言ったのは事実だ。
「飛行機能を犠牲にしてまで得た最速のISだというから私だって凄くワクワクしていたのよ? それなのに、早く動くだけで最速だと思ってるなんて」
「!」
楯無は失望からため息を耐えられなかった。
そもそも、楓は最速というものを履き違えている。
確かに八咫烏は速い。しかしただそれだけだ。
ただ速いだけならば初見こそ不意を突かれても、2度目は無い。
何故ならISには、ハイパーセンサーという死角の存在しない目があるのだから。
これが生身だったなら話は違った。生身の人の視界にはどうしたって死角が生まれる。それならば、ただ速いだけでも、一瞬でも振り切れば相手は姿を見失う。死角からの強襲に意味が出る。
しかしハイパーセンサーに死角は存在しない。
今までの相手、楓の同級生である1年の専用機持ち達。彼女等は優秀ではあるものの、基本性能を完全に使いこなせているとは到底いえない。機体制御に関してはメンバーの中で図抜けているシャルロットでさえ死角は存在している。
だが今相手をしているのは更識 楯無。学園最強にして、ロシアの国家代表。
基本性能を使いこなしていることは最初の攻防で証明している。
そんな彼女にスピードのみの撹乱など意味が無い。なにせ全て見えているのだから。
人は光より速くは動けない。ならば、いくら速かろうと視界に収めている限り見失うことはない。
そしてもうひとつ、楓には欠けているものがある。
それは攻撃力だ。
(装甲を削った結果失ったのは防御力ともうひとつ、重さ。重さがなければ打撃は必然的に軽くなる)
それを補うのが武装であり、或いは技術。
八咫烏に武装は無い。ならば格闘術だが。
武術の心得でもあったなら体重が軽くても相手に致命傷を与える術もあっただろうが、ここまでの攻防を見るに楓に武術の覚えはない。精々が我流。
研鑽の無い拳など不意でも突かない限り致命にはなり得ない。そして不意を突かせることは、ことハイパーセンサーを使いこなす楯無に至ってはあり得ない。
結論を言って、このまま続けても楯無が楓に負けることは万にひとつもない。
「……そうだな」楓がポツリと零す「ただ早く動くことが最速じゃない」
ダラリと両の腕が下がる。それは彼が諦めたのだと楯無は思った。
当然であるという思いと、少しだけ残念な気持ちを抱いていた。――――だから、
「そんな簡単なことも忘れてたよ」
「!?」
顔を上げた楓の瞳に、未だ光が強く輝いているのに気付いてハッとする。
「降参はしないの?」
「生憎、往生際は悪い方なんだ」
ニヤリと、悪人面で悪どく笑う。
警戒は解かなかった。これほどの実力差を見せつけられて、尚これほどの目を出来る者を相手に油断など出来るはずもない。
楯無に油断は無かった。かといって気負いもない。
(動いた……)
フラリと、脱力したまま楓の体が楯無から見て右側に体が傾斜する。徐々に徐々に傾き続ける体。
突然気でも失ってしまったのかと思うほど、頭から地面に倒れ込む。
異常な光景を前に、しかし楯無の警戒は弛むことはない。
それでも疑いの眼差しを向ける先で、遂に楓の頭が地面に触れようかという一瞬、
――――キュン。
「ッッ!!?」
楯無の視界から漆黒の機体が
「っ……は、あああああ!!」
それが何なのか確かめることすらせず、ただそれに脅威だけを感じ取って、楯無はなりふり構わずランスを右回りに薙ぎ払った。その影を追い払うように。
「っと、とと」
振りかぶっていた拳を引っ込めて、楓が上体をそらして穂先を躱す。影の正体はやはり楓だった。
何故。どうして。どうやって。
湧き上がる疑問を隅に追いやり楯無は目の前の少年を凝視する。今度こそ見失うまいと。
「せっ!」
楓が左の拳を突き出してくる。それをランスを片手に持ち替えて、空いた左手で流すようにして外す。
体重の乗っていない、なんとも温い拳打だ。
やはり攻撃に関していえば彼を怖れる理由は無い。
反撃は容易い。
「へっ」
見開かれた楯無の眼から、楓は再び消えた。返す槍は砂煙を貫くに終わる。
(どこに――――!?)
陽炎のように消えた楓の姿は一瞬の空白の後すぐ現れる。しかしISという高速戦闘での一瞬は致命的だ。
「もらったあああああ!!」
「くっ」
勝利を確信した楓の雄叫び。
無防備な背後を突かれた楯無は今度は反撃も出来ない。
素人の、されどISという機体から生み出される推進力によって放たれた拳は楯無の背中を捉えるはずだった。
楓の拳は、楯無に届く直前に透明な膜に阻まれる。
楯無は事前に自身の周囲をナノマシンで操る水でシールドを張っていた。
「こ、のっ!」
思いがけない妨害にめげず楓のラッシュが水膜を叩く。
所詮は保険のシールド。全てのダメージは防げないし、そう長くは保たない。それでも、楯無が立て直すには充分な役割を果たした。
牽制の水弾を放つと楓は即座に後退。逃げに回られればこちらに追いつく術はない。
それでもひとまずの安全圏まで押し戻せた。
と思うのも束の間、楓は真っ直ぐ突進してくる。今度は視界から消えない。
工夫もなく向かってくる猪の対処法など今更迷うこともない。
「――――舐めないで欲しいわねっ!」
向かってくる速度に合わせて槍を突き出す。カウンターの要領で過たず楓を貫くはずのそれは、しかしそうならなかった。完全に肘を伸ばした状態になっても切っ先は楓に届かない。
まるで化かされでもしたかのようなタネ明かしは至極単純であった。
急加速からの急停止。真っ直ぐ向かってきていたはずの彼がピタリと止まっていた。
見えていたのに――――否、見えていたからこそ気付けなかった。
僅か数ミリ。けれど絶対に届かない間合いの外で彼は笑む。――――そして左にステップ。切り返して右へ。
楓が消える方法はすでにわかっている。
楯無は先程言った。ただ早く動くことが最速ではない、と。どんなに速く動こうとそれが光の速さでも無い限り、視界にいながら人が消えるなどあり得ない。
本当の最速とは、目に見えない速さとは、それは――――思考を超えること。
ひとつは、先程のような急加速からの急停止で楯無に距離を誤認させた方法。見えているのに錯覚させる、思考の間隙。
そしてもうひとつが、思考の外へ逃げる方法だ。
例えば手品だ。あれは関係無い場所に注意を集めその隙に見え難い位置で仕込みをしたり、或いは相手の思考を誘導したり、とにかくあらゆる方法で相手の思考を逸らす。
見えているのに見えなくする。
たとえハイパーセンサーで視界を全方位カバーしようとも、結局その処理をするのは操縦士、つまりは人だ。見えていても肝心の脳が気付けなければ、思考が追いつけなければ見えていないのと同じ。
そして楓は手品師さながら視線を誘導する挙動を取り、尚且つそれに加えて緩急を使っている。
左右に体を振った楓の動きは明らかに遅い。このまま突っ込んでこようものなら容易く返り討ちにすることが出来る。
楓は右に体を傾ける。それを楯無は追う。
360度全てを見渡す目は、ガクンとスピードを落として体を沈める漆黒の機体を否応なく追いかけてしまう。見えすぎるほどに見えてしまう。
わかっているのに。――――視界が、思考が狭まった。
「――――!!」
消えた。忽然と楓と八咫烏の姿は消え去った。
(わかっているのに……!!)
実際は、楓は急加速で体を反転。左右かはたまた上からか、楯無の間際を通り過ぎてどこかにいるはずだ。
楯無はそれが見えているはずなのに見えない。ハイパーセンサーの情報処理を意図的にエラーさせられた状態だ。
「っふ!」
呼気は背後。
姿を確認するより先にランスを盾に持っていきながら歯を食いしばる。ほぼ同時に風でブーストされた回転蹴りが叩き込まれた。
閲覧ありがとうございます。
>明けましておめでとうございます!今年もどうぞ宜しくお願い致します!!
……とはいったいどの口がいうのでしょうか。この口ですね。現在罰としてこれを絶賛正座で書いております。
>年始初っ端からこれで不甲斐ないですが本当に申し訳ございませんでした!年末にもう一度更新を、とかいっておきながら年明け14日目にしてようやく更新出来ました!
これには海より深く、山より高く、さらに空より広い理由――――も特になくただの仕事でした。
>兎にも角にもなんとか更新出来て良かったです。とりあえず現在更新中の作品を1話ずつ更新して年明け挨拶終えてからまたローテンション更新に戻りたいと思います。
楯無さんとの戦いはなんとか今月中には……いや、余計な事は言うまい。
ではでは!!
遅ればせながら、皆様の2015年が良いお年であることを願っております。