【未完終了】インフィニット・ストラトス ━風穿つ者━ 作:針鼠
(あー……こりゃ参った)
楓は心中で嘆いた。顔に出さないようにするのが精一杯だった。それほどまでに、
(強えわ、マジで。これが学園最強か)
目の前に立ちはだかる空色のIS。それを駆る少女は挑発的な微笑でこちらを眺めている。
更識 楯無は楓の想像を越えて強かった。再三の強襲にも対応された。死角を突けたのは速度に慣れていなかった初撃のみ。
仮にも国家代表。現在急成長しているとはいえ一夏達とは比にならない強さなのだろうと予想はしていたものの、しかし所詮は学生と楓は正直舐めていた。それは決して己の驕りから出た慢心ではない。多少ブランクがあるとはいえ、製作者の束を除いてこの世界の誰よりも長い時間ISという存在に触れていたという自負。そして幼い頃に積み重ねた遊びという名の努力に裏付けされた正しく自信だった。
実際、それは正しい。楓の実力はすでに学生の域を越えており、世界代表クラスでも充分戦っていけるものがある。ただ、目の前に立つ少女もまた只者でなかった。楓は知る由も無いが、若くして対暗部用暗部の党首たる彼女は天性の才能、そして尋常ならざる鍛錬を積み重ねてきていた。IS操縦士としての年季こそ楓に劣るものの、それ以外の全てにおいて楯無は現在の楓を上回っていると言って過言ではない。
まだたった数度のぶつかり合い。しかしたったそれだけでいよいよ手が出なくなってきた。というのも同程度の実力者が相手故に楓の弱点が浮き彫りになってきたのだ。
楓とて自身の急所ぐらい心得ている。それはズバリ――――攻撃。
八咫烏は篠ノ之 束が作った最初にして完成されしIS。それも『兵器』として完成された究極型。能力を解放した神威によって収束操作される風の弾丸は距離も、防御力も、数も、あらゆるものを無視して撃滅する一撃必殺の火力特化。本来なら攻撃力に不安を覚えるはずなどない。
だが如何せん、それを使わないとなると話が百八十度変わってしまう。八咫烏の絶対射撃は絶対撃滅が常。範囲を絞るならまだしも威力を調整などという細かいことは出来ない。故に、楓は以前のような生死がかかるような実戦以外で、ましてや同じ学園の生徒に向けて撃つつもりはない。
――――そしてそうなると八咫烏の性能というのはガラリと変わる。まず武装の不足。射撃武装を除けば搭載しているのはシールドビットのみ。
次に機体の軽さ。射撃を除けば速さこそ八咫烏の真骨頂なわけだが、故に装甲は薄く機体は軽い。武装を持たない楓の攻撃手段は基本徒手空拳。体重の軽さは致命的だ。
ならば武術家というのは皆体重が重いのか、というとそういうわけではない。体重の軽い者はそれを技で補う。しかしここでもまた弱点がひとつ。楓はその技すらない。昔から、楓はずっと我流で戦ってきた。
結果、身のこなしや機体制御、他は回避にかけては一級品ながら、必殺の射撃を封印した楓は絶対的に攻撃力に欠いていた。
「はあ」
と、そんなことを悶々と考えていたところで楯無がわざとらしくため息をついた。
「残念。期待外れもいいところね」
「あん?」
思わず声が低くなってしまった。だがすぐに思い直す。彼女の落胆は当然のことだ。威勢よく喧嘩を売ったのはこちらなのに、たった数度手を合わせただけで決定的な実力差を露呈してしまったのだから。
楯無は一夏達とは違いISの基本性能を完全に使いこなしている。その上でこちらを無理に追わず、さり気ない、しかし幾つもの所作でこちらの攻撃を誘導。狙いすまして適確に迎撃してくる。攻略法としては完璧だった。
内心歯噛みしている楓を知ってか知らずか、楯無は続ける。
「飛行性能を犠牲にして得た最速のISだというから胸踊らせていたのに……まさか速く飛ぶことが最速だと思ってるだなんて」
失望を滲ませ楯無は告げる。その言葉を聞いた楓は――――、
(速く、動くだけ……?)
突如、体を雷撃が貫く錯覚を覚えた。鮮明に思い起こすのはかつての自分。中学よりも前。かつて、束と共に過ごしていたあの数年。そして当時の楓にとって唯一の遊び相手だった束が作りしプログラム達。あのときも同じ壁にぶつかった。速度に物を言わせた戦いに限界がきて中々ステージをクリアすることが出来なかった。
果たして、あのときはどうしたのだったか。
「……ああ……ああ、そうだった。ただ速く飛べばいいわけじゃなかった」
「?」
キョトンとしている楯無を見据えた。今からあの顔を驚愕に変えてやろうと思うと俄然やる気も出てきた。
「――――そんな簡単なことも忘れてたよ」
宣言と共に体中の力を一気に抜く。完全な脱力。楯無が仕掛けてこないことに賭けて一瞬とはいえ思考までも完全停止。八咫烏との接続を一時的に切断。
楯無は頭が良い。そして派手好きな装いとは裏腹に彼女の本性はとても慎重。大事な場面になればなるほど彼女は勝率の高い戦法ではなく絶対に負けない戦法を取る。
これがこの短い間で観察した彼女の評価。
実際に合っているかどうかは別にして、楯無は突然無防備を晒した楓を攻撃するのではなく見に回った。予想通り。そして、これで賭けには勝った。
(――――再接続)
意識を覚醒。と同時に血潮が流れるかの如く己の感覚が機械の鎧に通っていく。頭の中は生まれ変わったように爽快だ。
戻った視界で最初に見たのは未だ呆然としている空色髪の少女の顔だった。こちらの意図を理解しようとする目だった。思わず吹き出しそうになる。
(無理だな。頭の良いお前には絶対にわからねえよ。こんな――――馬鹿な戦い方なんてな!)
足裏で地面を叩く。楯無から右に。――――
楯無の背後を取った。楯無は楓を見失っている。そのはずなのに、彼女はそれでも何かを感じ取ったのか巨大なランスを振り回した。
緊急停止。だけでは足りず上体を逸らす。鼻先を穂先が掠めていった。
「っぶな!」
勘だとしたら大したものだ。
上体を戻すとすでに楯無は再度こちらを補足して正対していた。今の一瞬何が起こったのかはわからない。それでも次は見極めてやると赤い瞳が物語っていた。
やってみろと楓も目で応える。左の拳で牽制。
これは躱される。或いはいなされる。そう予想をつけながら体はゆっくり右へ流す。楯無はやはり拳を受けるのではなくいなし、そして意識はしっかりこちらを追っている。
追ってこい、追ってこい……そう念じながら尚体は右へ流れていく。遂に楯無は牽制の左拳に槍のひと突きで応える。
「へっ」
それを楓は待っていた。楯無が柄を握る手に力を込めた瞬間、楓は極限まで落としていたギアを一気にトップへ。同時にアクセルを全開。機体を右ロール。楯無の左側面を掠めるまで接近して背へ回り込む。再び、これで楯無の視界から楓は消えた。
虚空を穿つ楯無。背後にいる楓に彼女の驚き顔を見ることは出来ない。残念、と思いながら拳を作った楓は無防備に晒された背中に全力の拳を叩きつけた。しかしそれは見えない膜に防がれる。それは彼女が操る水だった。一体いつからこんなものを施していたのだろうか。最初から? 何にせよやはり簡単にはいかせてくれない。だからといってこの好機をフイにするつもりは毛頭無い。
「こ、のっ!!」
一度で駄目なら2回。3回。技術など一切無い、性能に引きずられるままのラッシュ。幸い水膜のシールドはそれほど厚くない。衝撃は間違いなく彼女の機体にまで届いている。そしてこのまま殴り続ければいずれシールドは破壊出来るだろう。――――とさっきまでの楓ならば意地になって攻撃を続けていただろう。ある程度攻撃を加えると楯無が体勢を整える前に後退した。直後水弾が楯無の周囲一体を撃った。もしあのまま攻撃をやめていなかったらシールド突破と引き換えに大ダメージをもらっていたかもしれない。
「まだまだっ!」
水弾の雨が止むと同時に楓は再度突進。
「舐めないで欲しいわね!」
まだ完全にとはいえないまでも体勢と一緒に幾分平静を取り戻す精神力は流石。適確なタイミングと軌道を取って突き出された槍は過たず楓を捉えていたことだろう。もし、楓がトップスピードのまま飛び込んでいたならば。
「なっ……」
今度は仰天顔を正面から見れたことに満足する。突き出された槍は楓の鼻先でピタリと止まった。――――否、楓の立つそこは楯無の広い間合いの更に外。楯無が貫いたのは幻影の楓の姿だった。
0から100。100から0への急激な速度変化。これこそが八咫烏の速さの秘密。それでも楯無ほどの操縦士ならば完全に槍を出す前に気付けたはずだ。それが本来の力を出せなかったのは、やはり鋼の精神にも動揺が生まれているのだろう。
畳み掛けるならばここを置いて他に無い。
左にステップ。次いで右に。視線を左右に振りながらそうして今度は速度を落とす。失速。楯無の意識が追い付いてくる。優秀な彼女ならば八咫烏の姿が消えるカラクリはもうわかっているだろう。それでも何度も何度も楓の姿を見失った彼女は追わずにはいられない。
いつもより確実に冷静さを欠いた頭で、速さで劣るが故に旋回動作のみで追うはずの軸をぶれさせたまま、見えているはずの視界を己の脳が処理しきれていないことを自覚しながら――――再び目の前で楓が消える。
今度こそ、完全に無防備な背中が晒される。先程のような水膜を再び張る時間が与えない。鋭く呼気を放ち右足の蹴りを放つ。ふくらはぎ付近から風を噴出させて威力をブースト。ほとんど倒れこむようにして全体重を乗せた一撃。
だがやはり学園最強。彼女は寸前で体を回してランスを挟み込む。それを構わず撃った。
「ちっ!」
「くっ!」
悔しげな声はどちらからも漏れた。手応えはあったものの寸前で楯無の防御は間に合ってしまった。致命打とはならずしかしダメージに加えて体勢も崩れている。追撃。
楯無は足掻くように水弾の雨を放つ。これを素直に躱していては好機を逃すと思った楓は多少強引にシールドビットを盾に雨の中を突き進む。すでに間合いは楯無のランスの内側。接近戦。――――から更に楓は踏み込んだ。
「え!?」
打撃を予想して顔を守るように腕を交差させていた楯無から疑問の声。そうでなくては困ると、楓は密着するまで詰めた距離で防御に回していた楯無の腕を取って強引に楯無の体を回転させる。そうして背面に回ったと同時に腕を彼女の首に回して抑え込んだ。両腕で首を締めながら自分と相手の体で相手の武器を持った腕を封じる。
「が、ぐ……!! し、絞め技ですって……?」
IS戦闘に本来ここまでの接近戦が発生することはほぼ無い。ほとんどが中遠距離戦。あっても近接武器を使ったものだ。何よりIS戦闘はそのほとんどが自然と空中戦闘であり、ついては離れる空中戦闘の最中に相手の関節を取ってやろうなどと考える者はいない。だからこそこれは意表を突ける。楯無のような熟練のIS操縦士になればなるほどこれは上手くハマる。
そしてもうひとつの盲点。ISは絶対防御の前にシールドエネルギーで相手の攻撃を相殺、減衰させるわけだが、これら相手に直に触れて初めて成立する絞め技や関節技といった攻撃はそれをすっ飛ばして絶対防御を発動させることが出来る。それも発動させながらも完全に痛みや呼吸阻害を防ぐことが出来ない。
「IS戦闘で絞め技関節技極められるなんて思ってもみなかったろ?」
余裕綽々を気取って口角を吊り上げる楓だが、身動ぐ楯無を抑え込むのが実は相当大変だった。ニワカ仕込みの楓と違いどうやら楯無はこっちの心得もあるらしい。体勢は完全に優位にあるのに気を抜けばすぐにでも抜けだされてしまう。
それでも間違いなく今、彼女のミステリアス・レイディは絶対防御を発動させ、凄まじい速度でエネルギーは減少しているはずだ。こうなれば我慢比べだと気合を入れ直した直後、今まで必死に押さえ込んでいた腕の感触が突如喪失する。
「あれ? ぐへっ!!?」
我ながら間の抜けた声を出した寸後、下からきた衝撃が顔を上にかち上げた。
閲覧、感想ありがとうございますー。
>さて楯無さんとの戦闘も次回辺りで決着でしょうか。どうだったでしょう、と聞くのは次回に取っておくことに致します。
>捏造設定をひとつ。絞め技と関節技。この解釈は完全に私の捏造ですので原作をお持ちでない読者様方はお気をつけください。まあなにに気をつけるのかは置いておきまして。
実はこの発想はアニメ一期のラウラ登場回、彼女がセシリアと鈴をボッコボコにしちゃう戦いを見ていて思いつきました。あのとき完全にワイヤーで首締めちゃってるけどヤバくないのだろうか、と。そこから多少安全性を保障する為の絶対防御は発動してるんだよ!とか、でも完全には痛みとか防げないんだよ!といった設定を付け加えてみました。原作でそういったシーンはともかく説明があるとも思えないので完全に妄想です。
>とまあ割りと長くなっているVS楯無編も次回か次々回辺りで終わります。少なくともバトルは次回決着です。さすがに今月は無理でしょうが、来週中辺りにでも完成を目指していこうかと思います。
ではではまた次回ー