【未完終了】インフィニット・ストラトス ━風穿つ者━   作:針鼠

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八話

 下から顎を跳ね上げられる。一瞬視界が明滅するも幸い追撃はなく、顔を前に戻す。それでどうしてあの拘束状態から楯無が抜け出せたのかようやくわかった。

 楯無は展開していたISを解除していた。無論完全解除していれば試合放棄とみなされるので一部だけを残している。そうして生まれた隙間から抜けだしたのだ。

 

 

「いっつつ……。無茶すんなぁ。戦いの最中に、しかも接近戦でIS装甲を解除するなんて」

 

「はぁ……はぁ……こっちも驚いたわ。まさかIS戦闘で関節、絞め技の類をかけられるだなんて」

 

 

 たとえ装甲が無くてもISを起動させていればシールド、及び絶対防御は機能する。しかし数多の近代兵器を単騎殲滅することが出来るISを相手に一瞬とはいえ装甲を解除するだなんて発想もそうだが、思いついても中々実行出来やしない。並の度胸ではない。

 

 楯無は楓との間合いを取ると再度装甲を展開。機体ダメージはそれほどでもないが先の攻撃でかなりエネルギーは消費していた。対して楓も序盤の蓄積ダメージが溜まっている。あと数回今までのような攻防を繰り返せば決着は着く。観戦している誰しもの予想だった。

 だが実際に戦う楓と楯無だけが、なんの根拠もない予感を抱いていた。

 

 次の激突で決着する。

 

 何度も言うが根拠は無い。エネルギーは減っているといっても2人共に大技の直撃でもなければまだ耐え得る程度。そして実力が限りなく拮抗している彼等に、これまでがそうだったように決定的な隙でもなければ当たらない大技の直撃を許すことなど無いに等しい。それでも、2人は次の激突で勝負が決するという確信に近い予感があった。

 

 だからこそ軽々に動けない。今までに無い緊迫した硬直が続く。――――そう思ったからこそ、

 

 

「――――っ!!」

 

 

 楓は動いた。

 

 思考の隙を突くことは相手の意表を突くこと。それに駆け引きを含めた心理戦では楯無に分がある。だが駆け引きを介さない直感と反射神経での戦闘ならば自分に分がある、そう考えた。ならば相手に思考する時間を与えない為にもここは速攻が正解だ。

 

 

「…………っ」

 

 

 正しくその選択は楯無にとって最も嫌とするものだった。楓の読みは概ね正しく、しかし彼女はほとんど間も無かった数秒でもこの速攻を含めた楓の初手を5通り、次手を3通り、さらにそれぞれの2手目までを一瞬で思考していた。逆に言えばここからの3手が実質の勝敗を決するの分かれ目。

 

 まずは離れた間合いを潰す直進。楯無は動かない。速度は圧倒的に楓が勝る。ならば不用意に動くのは隙を生むこととなる。楓の動きを誘導し、先読んだ所に迎撃のカウンターを叩き込む。基本的な戦術に変更は無い。

 すでに彼女に楓への侮りは無い。間違いなく世代最強。学園……いや、世界でも充分通ずるクラスの操縦士である。そう認めるからこそ、

 

 

(負けられない!)

 

 

 もうすぐ、直進する楓が楯無の攻撃の間合いに入ろうかという寸前、ふっと楓の速度が減速する。棒立ちに思えるまま歩むようなスピードで1歩、2歩と歩む。敵前において致命的な行動。間合いまであと半歩――――

 

 

「――――ッ」

 

 

 踏み出した足のつま先が楯無の間合いに入ろうかという瞬間、楓が再び加速。装甲の隙間から風を噴出させ、それを推進力にあらゆる方向に予備動作無しで一気にトップスピードに乗る八咫烏の特性。

 楯無はしかし楓を見失わなかった。

 視線は下。地面すれすれまで体勢を低くした漆黒の機体が影のように地面を疾空していた。もし減速時あのあのときに攻撃をしていたらそれを躱され狭まった意識が再び楓を見失っていただろう。しかし楯無は攻撃の欲を堪えて釣られなかった。

 

 

「ふっ!」

 

 

 攻撃動作に入ると共に呼吸を止める。影のように地を這う楓を縫い付けんが如くランスを下方向に向けて引き絞る。――――しかし追っていた影は幻のように消え、

 

 

「――――信じてた。あんたならちゃんと追ってこれるってな」

 

 

 声は背後からだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 楓は減速から急加速して体勢を低く、斜めに切り込むように楯無の間合いに踏み込んだ。静から動。並の者ならカラクリがわかっていても何度だって引っかかってしまうだろう回避不可避の八咫烏の基本戦法。しかし更識 楯無はその並の者ではない。

 楯無がそうであるように、楓も彼女を自分と同等、もしくはそれ以上の操縦士として認めている。だからこそ彼は信じた。彼女の優秀さを。

 この切り込みに楯無は追い付いてくる。絶対に対応してくる、と。

 

 だから楓は踏み込むと同時に予め目の前に配置した(・・・・・・・・・・)ビットを蹴って直角に跳ね上がった。

 

 急激すぎる動きにPICで制御しきれなかったGが体を軋ませる。歯を食いしばってそれを耐え、楯無の頭上を宙返りで越える。背後を取った。

 

 

「信じてた」思わず告げていた「あんたならちゃんと追ってこれるってな」

 

 

 ランスを振りかぶったまま硬直する楯無。無防備な背中を打って勝負は決する。

 

 

「――――奇遇ね」

 

 

 空色の機体が霞む。しかし楓のように視界から消える高速移動をしたわけではない。彼女のそれは旋回。ただし、通常からはあり得ない速度での百八十度の急旋回。通常のブーストではあり得ない速度。ならば答えはひとつ。

 ――――瞬時加速(イグニッション・ブースト)。本来直進運動に使われるそれを旋回に使ったのだ。

 

 

「私も信じてたわ。貴方なら必ず私の読みに応えてくれるって」

 

 

 勝利を確信して微笑む楯無の顔は微妙に引きつって見えた。おそらく無茶な駆動に肉体にも少なくないダメージが響いたのだろう。楓がいつもやっていることも同じなのだが、八咫烏はその反動を抑える為に飛行性能を犠牲にしてPIC制御を反動制御に回し、操縦士である楓も肉体の慣れと普段からその為の訓練と鍛錬を行っている。

 

 楯無は勝利を確信する。先の攻撃の溜めも始めからこの瞬間の為。後はこの穂先を突き込むだけ。

 

 

「はあっ!」

 

 

 気合一閃。霧の淑女は、その霧を払うかのように雄叫びと共に突き放った。

 

 

「――――初列風切」

 

 

 だが槍が貫いたのはまたしても幻影だった。

 

 

「なっ……」

 

 

 楓は最早言葉も無く再び楯無の背後を取っていた。というよりも喋る余裕がなかったというのが正しい。それほどまでに今の動きは限界のギリギリだった。

 楯無の攻撃を避けたのに理屈など無い。読み合いは完全に負けた。元々そこで勝てるとは思っていなかったがそれを上回る速度で先に攻撃を放つはずだった。しかし瞬時加速で旋回するという楯無の荒業にそれも叶わず、あとはあの槍に貫かれて試合は終了。そのはずだった。

 

 何度も言うが読み合いは負けていた。故にこれに理屈など無い。ただそれでも敢えてこの攻防の勝敗を決した理由を挙げるなら楓の無意識下での反射神経が僅か楯無を上回った。後は攻撃を受けて終了、そう頭で考えていた間に楓の体は尚勝利を求めて動いた。リミッターのひとつを解除。一瞬とはいえこれまでの動きを更に超えた超速にはさしもの楯無も追いつくことは出来なかった。

 

 操作したシールドビットを足場に宙空を三角跳び。鏡の筒を光が乱反射するように鋭角軌道で楯無の後ろへ。今度こそ、そう思いながら拳を握る楓。

 今度こそ勝負は決した。今度ばかりはモニタールームの千冬でさえそう思っていた。――――唯一人、諦めの悪い少女だけは違った。

 

 楯無は再度瞬時加速による急速旋回を試みる。しかしそれは始めから結果のわかりきった行動であった。1度目は楓の動きを見事に読み切り、さらにその動きをどうにか誘導出来たからこそ成功したといっていい。始めから向くべき方向がわかっていれば事前に備えることは出来る。それでも元より成功率が格段に悪い駆動。成功確率は精々3割が良いところだったといえる。

 それなのに今は完全に読みの上をいかれ、楯無自身何が起きているのか正しく理解出来ていないまま、しかしこのまま黙って敗北することは出来ないと単なる意地で体が動いた。ただそれだけなのだ。結果は当然失敗である。

 

 

「っ!? ――――きゃ!!」

 

「ば……!」

 

 

 攻撃動作を半端に止めて構わずスラスターをふかした結果、軸がぶれて旋回どころか足が絡まって体が傾く。そしてそれは幸か不幸か、倒れる方向は背後で拳を引き絞っていた楓の方へ。

 楓は楓でトドメと決めた攻撃の最中。今更止まれない。しかも楯無の実力を下手に信用していた為にまさか彼女が今更素人さながら姿勢を崩して倒れ込んでくるなど予想出来るはずもない。振りかぶった拳が硬直してしまう。真正面から倒れ込んできた楯無を受け止めることも出来ずなずがままに激突。そのまま2人で地面を転げる。視界が、世界がグルグル回る。

 

 ようやく止まったとき、目を開けた楓の前にはあまりにも近すぎる距離にあった少女の顔。そして唇に触れている柔らかく温かな感触。それが何なのか考えていると目覚めた楯無と至近距離で目があった。

 

 

「………………」

 

「………………」

 

 

 ッッッッ!!!!

 

 どちらともなく全力で飛び退った。

 

 呆然と楓は己の唇を手で触ろうとして、直前で止まる。触ってしまうとそれを自覚してしまいそうで、それになんか勿体無い気がして、

 

 

「――――ってなにが勿体無いんだ俺の馬鹿! いいか俺には千冬さんと心に決めた人がっっ!!」

 

 

 一体誰に言い訳をしているのか。まさかモニタールームで千冬が見ているだなんて夢にも思っていない楓はとりあえず地面に頭を打ち付けて必死に理性を保とうとする。残り少ないエネルギーが減ったが関係無い。

 

 

「そ、そうだ……。兎に角今は勝負の決着を――――」

 

 

 何かを忘れるには別のことに集中すればいい。少なくともその間はそのことを忘れることが出来るからだ。そう考えた楓は一先ず今が戦闘中であったことを都合良く思い出して意識を切り替えようとして、見てしまった。

 

 泣いていた。楯無が涙を流していた。シクシクメソメソ泣いていた。

 

 楓は猛烈に死にたくなった。今なら銃弾レーザーミサイル飛び交う戦場でもオアシスだと喜んで飛び込めそうだった。しかし残念ながらここは学園のアリーナで、周囲はシールドで隔離されており、ここには自分と彼女しかいなかった。地獄だった。

 

 自ら男子トイレに仁王立ちで待っていられる胆力の持ち主が泣き崩れるとはまさか。いやしかし、会長だ国家代表だといっても楯無も女の子。女の子にとってキスはとても大切だ。いや男だってそうだけども。けど男にとって美少女とのキスはショックよりはどちらかというと役得、

 

 

「ふんぬっ!!」

 

 

 自分で自分を殴った。エネルギーが減った。知らん。

 

 

「…………謝ろう」

 

 

 楓は覚悟を決める。たとえ体勢を崩して突っ込んできたのが相手だったとしても、この状況下で頭を下げられないならばその男は人間として最低辺である。

 重い足取りで楓は楯無に歩み寄る。

 

 

「その……わ、悪かった。まさかこんなことになるとは」

 

 

 膝を曲げて視線の高さを合わせる。とはいっても相手は顔を手で覆っており顔を見せてはくれない。どうにかせねばとさらに近付いて、

 

 

「うふっ」

 

 

 槍の穂先が楓の腹部に突きつけられていた。

 

 

「――――は?」

 

 

 直後、穂先から放たれた高圧水流の衝撃が腹部を抜けて背中へ貫通。絶対防御の発動など意味を為さない。問答無用でオーバーキルだった。

 倒れ伏した楓の目の前ですんなりと楯無は立ち上がった。

 

 

「勝負の最中に気を抜いたらダメよ。たとえ女の子が泣いてもね」

 

「は、図ったな……」

 

「あら、涙は女の最大の武器なのよ」

 

 

 直前の泣き顔は何処へやら、ウインク付きの素敵な笑顔を振りまく。薄れゆく意識中で楓は最後に思った。

 

 

(女って、怖い)

 

 

 暗転。




閲覧ありがとうございましたー。

>なにこのラノベみたいな展開(どの口が言うのか)。

>はい、数日ぶりの投稿が出来てなによりです。この展開というか決着の仕方は前々から概ね決めていたのでようやく辿りつけたか、という心境でございます。ええこのベッタベタの萌えラノベ展開は狙ってます。

>俺の楯無さんは嘘泣きなんて汚い真似しないやい!とお思いの方もいらっしゃいましょう。そこら辺を実は彼女自身も思うところがあるのでそれは次話に書こうかと思います。

>ちょいと要らぬ補足をします。楓と楯無さんの実際の実力差についてです。本編では楓主観も多く楯無さんを格上っぽく書いておりますが、奥の手である八咫烏の射撃がチート武器なので奥の手有りならば楓に軍配が上がります。さらに操縦士としての能力も実は楓が僅かながらも確実に勝っています。ただ人間スペック(心理戦含めて)は楯無さんの圧勝なので生身じゃまず勝てません。ちなみに楓が87レベルまで到達した『束さんクエスト』に楯無さんを当てはめるとレベルは78くらいです。
この補足に意味はほとんどありませんが、実際の実力基準程度でお願い致します。

>ではでは次話で今章締めです。
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