【未完終了】インフィニット・ストラトス ━風穿つ者━   作:針鼠

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四話

 放課後、教科書類を鞄に詰めながら楓は疲労感に満ちたため息を吐き出した。

 入学式初日から何故こう厄介事に巻き込まれるのか。なんだかんだと平和だった中学校がすでに懐かしい。

 

「はぁ」

 

「どうかしたのか、楓」

 

「俺はたまにお前が羨ましいよ」

 

「そ、そうか?」

 

 照れる一夏。

 しかし決して褒めていない。楓以上に厄介事の中心にいるのに、こう呑気なのは大物なのかただの阿呆なのか。それとも両方か。

 

「一夏!」

 

 呼び掛けに振り返る。

 楓達に向かってズカズカと歩いてくる少女。篠ノ之 箒だった。

 彼女は一夏の側にいる楓に気付くと少しだけ感情露わだった態度を改める。

 

「おぉ、箒」一夏は気軽に名を呼んでから「そういえば楓には紹介してなかったよな? 篠ノ之 箒。俺の幼なじみだ」

 

「……篠ノ之 箒だ。よろしく頼む」

 

 一夏の『幼なじみ』という発言にどこか引っかかったような顔をした箒だったが、すぐに厳格な顔つきで会釈する。

 

「御堂 楓。よろしく、篠ノ之ちゃん」

 

「ちゃんはやめてくれ。それに、苗字で呼ぶのも出来れば遠慮願いたい。……苦手なんだ」

 

 楓の呼称に恥ずかしそうに顔を赤くした後、今度は暗い影を落として付け加えた。

 

「了解。よろしくな、箒」

 

 そう呼ぶと彼女はどこか安堵したように小さく笑った。

 穏やかな笑顔は、こうしてみると束と重なるものがある。さすが姉妹。

 

 苗字で呼ばれるのが苦手。というより、その苗字から束の親族であることを知られ、詮索されるのが嫌なのだろう。

 《IS》が世に出て、世界の情勢に関わるほどの力を有しているとわかった瞬間から、その技術を、束を手に入れるために彼女の家族にまであらゆる組織の手が伸びた。

 そしてその安全を確保するために保護をうけるも、以前のような自由な生活とは程遠いものだっただろう。

 

(やっぱり、箒は束を恨んでるだろうか?)

 

 楓は箒を見つめる。

 

「……? 私の顔に何かついているか?」

 

 それに疑問を抱いた彼女は不審そうに尋ねてきた。

 

「……いいや」

 

 今はいい。彼女にとって傷になっているかもしれないものを無闇に触るのはあまりにも無神経だと思うから。

 

「そうだ一夏!」

 

 楓の視線の意味をわかりかねていた彼女だったが、ここにきた目的を思い出して一夏に怒鳴る。

 

「放課後は剣の訓練をすると言ってあっただろうが!」

 

「あ……」

 

 完全に忘れていたという感じだ。

 それに対して先ほどまでの落ち着いた雰囲気は何処へやら、うがーと歯を剥き出して怒る箒。

 しかし普段のそれより今の姿の方がしっくりくるのは、こちらが彼女にとっての自然体なのだろう。それを引き出せるのが一夏なのだ。

 

 それにしても、

 

「訓練か」

 

 おそらく、セシリアとの決闘に備えての特訓だろう。

 

「そうだ! 楓も来るか?」

 

「いや、遠慮しとく。俺は剣より自分の《IS》を慣らすよ。まともに起動させるの久しぶりだし」

 

「楓って専用機持ってるのか!?」

 

 一夏が驚いて声をあげる。傍らの箒も声には出さずとも同様に驚いた顔をしていた。

 

「言ってなかっけ?」

 

 言いながら楓は黒色の三連ピアスを示す。それこそが彼の《IS》の待機状態の形状だった。

 専用機持ちは皆、このように《IS》を待機状態にして携帯している。そして待機状態の《IS》は大抵アクセサリーの形をしている。

 

「ってわけだから俺は特訓は遠慮しとくよ」

 

 ちらり、と箒を見るとどこかほっとした顔をしていた。

 彼女はどうやら一夏に気があるようだ。それに気付いていながらせっかくの二人きりの時間を邪魔するのは気が引けた。

 

「そーゆーことだから、二人で仲良くな」

 

「そっか」

 

「ほら、行くぞ一夏。貴様のなまった体を鍛え直してやる」

 

 とても生き生きした箒が引きずるように一夏を連れて行く。

 

 そんな二人を眺めながら、楓はふと自分の専用機であるピアスを撫でる。

 楓は専用機持ちという存在の重さを理解している。最強の兵器を一個人に持たせることの意味を、だ。

 個人が有するにはあまりにも大きすぎる。ましてや、学生である楓ほどの年齢の子供達には言うまでもない。

 

 それに、そもそも束がコアを作らない限り《IS》の絶対数は決まっている。それはつまり一国が保有するコアの数も限定される。

 その内の一個を特定個人に与えるのだ。

 故に、専用機持ちの代表候補生は国からサポートが惜しみなく奮われる。

 

 しかし、楓は違う。彼は別に代表候補生などではない。

 それなのに何故彼が専用機を持っているのかというと、無論、束が与えたのだ。

 ある年の誕生日、彼女は買ってきた玩具を与えるような気軽さで、兎のイラストが描かれた紙に包装されたこれを渡してきたのだ。

 各国の研究者が聞けば卒倒しそうな話。

 

 つまり世間は一夏を一人目、楓を二番目の男性《IS》操縦者だと言っているが、それは違う。楓はずっと前から《IS》に乗っている。

 当時の幼い自分は、その異常に気付くこともないまま自然に《IS》を纏っていたものだ。

 

 IS学園からの身に覚えのない合格通知に応じたのもそれが理由。

 受験した覚えは無いが、呼ばれる理由に心当たりはあったから(・・・・・・・・・・・・・・・・・)

 

 楓が《IS》に乗れるのを知っているのは束だけ。ならば、そんな自分を学園に呼んだのは彼女の意思だ。

 そして、彼女がそう望んでいるなら、断る理由が楓にはない。

 

 

 

 

 

 

「あぁー……疲れた」

 

 凝った肩を回して解しながら、楓は一人日の暮れた道を歩く。今の今まで彼は一人で自身の《IS》を展開していたのだ。

 入学式当日とあってか同級生はもちろん、上級生もアリーナに姿は見えず……というか今日に限っては借りようとする人もいなかったとアリーナの管理をしている教師は言っていた。

 頼み込んでみると案外すんなり申請は通り、専用機を持っているから学園の《IS》の貸出はいらないと断るとやや驚かれたりもした。

 

 とにかく、そうして久しぶりに乗った相棒の調子は、まあ元気だった。

 子供のときは自身の手足の如く自在に操っていたはずなのに、肉体的に成長している今の方が振り回されるじゃじゃ馬っぷり。

 今までの生活で《IS》に乗る機会などあり得ないし、そもおいそれと乗り回せるものでも立場でもなかった。

 故に束と住んでいたとき以来、約二年ぶりの全身展開となった。さすがにブランクは感じる。

 

「こりゃしばらくは勘を戻すのが優先かー」

 

 生身の鍛錬を含め、少しでも昔に戻るための訓練法を頭に思い浮かべながら歩いていると、ようやく大きな建物が見えてきた。隠すつもりもないそれこそ、楓がこれから住む寮だった。

 

「たかが学生に……ほんとここってふざけてやがる」

 

 短い期間とはいえバイトをして一人暮らしを経験していた彼は複雑な心境で建物を見上げる。

 ふと、その入口に何者かが立っているのが見えた。

 漆黒のスーツにタイトスカート。その人物は壁に背を預けて、まるで眠るように目を閉じていた。

 

「千冬さん?」

 

 その人物は千冬だった。

 

 楓が近付くと、気配を感じ取ったのか千冬の瞼が上がる。相変わらずの鋭い瞳は入り口で呆けている楓を見つけた。

 

「御堂、ついてこい」

 

 言うなりついてくることが決まったかのように歩き出す。

 有無を言わせないのも相変わらずだった。

 

 

 

 

 

 

 千冬は真っ直ぐとある部屋にやってくるとノックもなしに開け放つ。そのまま我が物顔で部屋の中にまで入っていってしまう。

 シーツの乱れたベットの上に鞄を放り投げ、上着をたたみもせず椅子の背もたれにかける。

 その後ろをただついてきた楓。明らかに生活感のある部屋を前に呆然とした。何より、今の状況が理解出来ないのだ。

 

「どうした? 早く入れ」

 

「いや、そう言われても」

 

 おずおずと、扉を後手に閉めながら扉の前で尚立ち尽くす。

 

「念のため聞くけど、ここ誰の部屋?」

 

「ん? 私の部屋だが」

 

「は?」

 

「今日からはお前の部屋にもなるがな。だから気にせずさっさとあがれ」

 

「はああああああ!?」

 

 堪らず声をあげる。

 

「てっきり俺は一夏と同じ部屋だと思ってたぞ!?」

 

 というか、普通そうあるべきだろう。なにせ二人きりの男なのだ。ちょうど寮の部屋は一部屋二人で住まうことを前提に造られていると聞いていたし。

 

「まあ本来ならそうなのだが」喋りながら千冬は無造作にかけてあったタオルを手に取り「あいつはともかく貴様はあまりにも急過ぎる転入だったものでな。部屋割りを変えるにも色々と手続きが必要なんだ。それに今度は織斑の専用機の登録もある」

 

 各国の女生徒が集まるこの学園。ただでさえ手続き、書類の類は多い。

 そこに急にやってきた男性操縦士。楓の書類にしても未だ完了していないものも多いのだと千冬は言った。

 

「山田先生も嘆いていたな」

 

 まるで他人事のように笑う千冬。

 

「それでなんで俺が千冬さんと同じ部屋?」

 

「お前はあいつと違ってこの学園に知り合いもいない。さすがに何の接点もない男女を同じ部屋に詰め込むのは問題がある」

 

 それで教師である千冬と相部屋になったと。彼女ならば万に一つの間違いも起きないという信頼……というより、紛れも無い事実から。

 

「まあ納得した。俺に対して一切断りがなかったのは気になるけど」

 

 一先ずは、と付け加えておく。

 

「それにしても……」

 

 そうしてから改めて部屋を眺める。

 今し方彼女が放り投げた服の他にもかごに山のように積み上げられた服。テーブルの上にはビールの空き缶。

 率直に言って、だらしない。

 

「質実剛健。高潔無比。完全無欠のブリュンヒルデ様に、まさかこんな一面があったとは」

 

「黙れ」

 

 投げつけられた空き缶を受け止める。

 一つ息を吐く。

 まずは掃除だ。

 

 

 

 

 

 

 掃除という名の戦いはおよそ一時間の死闘となった。

 最後に大量の服を詰め込んだ乾燥機のスイッチを入れたところで一人シャワーを浴びてさっぱりした千冬が現れた。

 

「ほう、大したものだ」

 

「なにを他人事な。明日まとめたゴミくらいは捨ててこいよな」

 

 口調はぶっきらぼうに、しかし楓は千冬を直視することが出来なかった。

 というのも彼女の格好は今日一日のきちっとしたスーツ姿から一転、ショートパンツに黒のタンクトップというあまりにもラフ過ぎる格好だった。

 ギャップ云々以前に、彼女のスタイルを考えれば顔が赤くならざるを得ない。

 

 これが少なくとも数ヶ月。色々と耐えられるだろうか。

 

「千冬さんお茶飲む?」

 

 やかんに水を入れながら尋ねる。

 

「いや、ビールをくれ」

 

「へいへい」

 

 火を入れて、冷蔵庫を開ける。中にはろくな食材が入っていないくせに酒類だけはびっちり並んでいた。

 若干呆れながら缶ビールを取って投げ渡す。

 

 プシュ。ゴクゴク。プハーッ!

 

 絵に描いたような仕事終わりのOLだった。

 あそこまで美味そうに飲まれると興味が湧く。

 

「やらんぞ」

 

「ちょっとだけなら」

 

「命が惜しくなければ飲むがいい」

 

「…………さ、お湯沸いたかな」

 

 好奇心より命が大切だ。

 

 自分のお茶を勝手に借りた湯のみに注いで居間に戻ると、千冬は部屋のパソコンの前であぐらをかいて座っていた。

 どうやら学園の資料のようだったので、画面が見えない位置に腰を下ろした。

 しばらく無言のまま時間が過ぎる。

 

「千冬さんてさ」

 

「織斑先生だ」

 

「今は部屋に戻ったんだしプライベートでしょ。千冬さんなんて酒飲んでるし」

 

 千冬は忌々しそうに眉をひそめてこちらを睨む。

 

「だとしても私の方が年上だ。敬え」

 

「はいはい」適当な返事をしながら「千冬さんてさ、案外普通なんだな」

 

 当たり前のことなのに、少しだけ驚いた。

 楓が初めて彼女を見たのは画面越しだった。第一回IS世界大会、モンド・グロッソ。

 強かった。誰よりも、何よりも。

 人とはこうも強く、美しく在れるものなのかと、感動を覚えた。

 だから、きっと彼女には出来ないことなどない。弱みもなく、欠点もない。そんなふうに考えていた。

 

 しかしそうではなかった。今見ている彼女は極々普通の、ただの女性だった。

 そんなこと、少し考えれば当たり前のことなのに。

 

「幻滅したか?」

 

 自嘲気味に千冬は笑った。

 

「いんや。むしろ、ちょっと嬉しかった」

 

 彼女を身近に感じて、憧れた人を近くに感じて、少し嬉しかった。

 

 千冬はきょとんとした顔をしていた。

 おそらくとても珍しい姿なのだと思う。

 

「変な顔」

 

 ピクン、と眉間を引くつかせる千冬。

 しかし殴りかかることはせず、自制するように酒を煽る――――が、どうやら空だったらしい。

 

「御堂、新しいのを取れ」

 

 まるで駄々をこねる子供だ。

 また新しい彼女の一面に隠しもせず笑ってみせる。

 

「了解、女王様」

 

「そこまで偉くはない」

 

 後頭部に空き缶を投げつけられた。




閲覧ありがとうございまっす。

>先日、この作品の元がとあるサイトから完全に消失しましたのでここからは完全に書き直しとなります。
はっはー。データ保存しておけばよかったとちょっと後悔。

>本来千冬さんの性格なら楓のタメ口に物凄く怒りを覚えるでしょうが、まあ彼のキャラ付けということでそこはスルーで。
次回は遂に一夏君とセシリアとのバトルだぜ!
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