【未完終了】インフィニット・ストラトス ━風穿つ者━   作:針鼠

45 / 45
二話

 先日、担任の千冬から新たな行事の発表があった。

 

 専用機タッグマッチ。

 

 ネーミング通り、専用機持ちだけが参加出来るタッグマッチである。

 例年行われるクラストーナメントなどとは違い、これは今回初めての試みとなるイベントだ。無論、『お祭り』という意味のイベントではない。むしろこれは『訓練』だ。

 

 というのも、立て続けに起こる学園襲撃事件では、程度の差こそあれ毎度怪我人を出している。その全てが専用機持ちというのが、世界政府の防衛本能を刺激したらしい。

 現代戦争の要になっているISは、本来国が総力を挙げて保護すべき宝だ。それが、これほど短い期間に何度も損傷するというだけで、報告を受けている機関はどこも青ざめていたことだろう。

 

 トドメになったのが先日の文化祭。亡国機関(ファントムタスク)による白式強奪未遂。

 

 幸い未遂で終わったとはいえ、いよいよ以って政府は学園に口を出してきた。そのひとつが今回のタッグマッチ。

 専用機持ち達の自衛能力の向上が政府の目的である。

 

 IS学園が学校である以上、学園としては一部の生徒の成長にしか繋がらないこんなイベントは行いたくないのが本音なのだが、世界政府の意向を無視するには学園側も生徒に被害を出し過ぎていた。

 

 

(まあ実際は、千冬さん達だからこそ、被害がこれだけで済んでるんだけどな)

 

 

 いつだって全力のサポートと指示を与えてくれる大人達がいたからこそ、学園だって致命的な事にはなっていない。それがわかるのは、そのとき現場にいた一部だけでしかない。

 

 毎夜部屋に戻ってからも資料に報告書にと机に向かう想い人の背中を思い出しながら、楓は納得したがらない心を必死に鎮めていた。

 ズズ、とストローで中身を吸い上げるとパックが凹む。

 

 

「なあ楓、どうしたら四組の簪さんパートナーになってくれるかな?」

 

「血迷ってんのかお前」

 

 

 反射的だったが故に、思ったことがそのまま口から出てしまった。

 だが訂正はしない。

 

 

「な、なんでだよ?」

 

「すっとぼけてるのはいつも通りだから今更直せとは言わねえけど言うぞ? いいか? ばっかじゃねえの!? 自殺願望があるなら勝手に死ね。俺を巻き込むな。てかこのままだと巻き込まれるから離れて下さい。半径一キロ」

 

「無理だろ俺達同じクラスだろ!!?」

 

 

 あんまりだと叫ぶ一夏だが、叫びたいのはこっちである。

 今の一夏の発言をきっかけに、推定五ヶ国の最新兵器が一斉に襲い掛かってくるのだから。

 

 専用機タッグマッチ。

 言わずもがなこんなイベントを前に、いつもの連中が黙っていられるはずがない。その全員が専用機持ちというイベントの参加資格を有しているのだから。

 

 箒、セシリア、鈴音、シャルロット、ラウラ。

 皆我こそはと一夏とペアを組もうとするだろう。というか誰も彼も、すでに自分がパートナーに選ばれるだろうと妄想夢想していそうだ。最近みんなの機嫌がいいのが逆に恐ろしい。

 

 多分、目の前の少年は、彼女達から発せられるサインにも気付かず、それなのに相変わらず勘違いさせるような行動ばかりを取っているのだろう。

 だというのに、あろうことか彼はまったく別の人物をパートナーに誘おうとほざいているのだ。

 

 これを彼女達が耳にすれば、刃、レーザー、ミサイル、砲弾の雨あられ間違い無し。

 楓だって死にたくないのだ。

 

 

「お前ももうちょっと節操もてよ」

 

「言ってる意味はよくわかんないけど、俺にだって事情があるんだよ」

 

「へー。さようでございますかー。モテル男は(つろ)ぉございますなー

 

「他人事だと思いやがって……!」

 

 

 疲労困憊といった様子の一夏。だが同情などくれてやるつもりは楓には無い。モテるが故の悩みなど知ったことかと。

 

 

「まあ、俺にはどうでもいいけどよ。お前、簪を誘ってるっていうの他の連中には絶対バレないように――――」

 

「ねえねえ知ってるー? 織斑君、四組の簪さんに猛烈アタックしてるらしいよー」

 

「えーうそー!? ってことは簪さんが織斑君の本命!!?」

 

「『お前が欲しい。俺にはお前が必要だ』だってー!」

 

『キャー!!』

 

 

 ワイワイガヤガヤ。

 

 廊下から漏れ聞こえてくるガールズトーク。

 

 

「そんな事言ってねえよ! ったく、どうしてそんな話になるん……」

 

「半径二キロ離れろ」

 

「さっきより遠くなってる!?」

 

 

 迂闊過ぎる。碌でもない結末は自業自得だと、楓は一夏を見捨てた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 更識 簪にとって、姉である楯無はどういった存在か。

 

 幼くして更識の当主となり、『楯無』の名を継いだ一族史上でも比類なき才女。

 更識のあらゆる戦闘術を修め、頭も切れる。

 IS操縦士としての技量は国家代表クラス。だけではなく、自作で専用機を組み立てるセンスと知識を持っている。

 

 非の打ち所のない者とは彼女を言うのだろう。

 

 人に愛され、そして神に愛された少女。

 

 ――――、一体いつからだっただろうか?

 

 簪が、姉と距離を置くようになったのは。

 自分なんかとは違うと、考えるようになったのは。

 

 簪という少女は、生身のスペックは単なる少女の域を出ない。操縦士としてだって、たかだか候補生である自分と、すでに国家代表である彼女との差は明らかだ。

 年齢差などという言い訳も出来ないほど、簪と楯無には絶望的な差があった。

 

 楯無は、姉はそんな自分に何も求めていない。周囲だって何も期待していない。

 

 

(――――ううん、違う。本当はわかってる)

 

 

 周囲の人間の気持ちはわからない。でも、少なくとも楯無は、簪の姉はそんな風に考えていない。『絶望的な差』などというのは、所詮簪が勝手に抱いている劣等感に過ぎない。

 何故なら、本来姉妹の関係に、戦闘技術も操縦士としての技量もまったく無関係なのだから。当然だ。

 

 だけど、それでもと簪は思う。

 

 それでも、彼女が姉の顔を真っ直ぐ見る為に、並び立って歩く為に、簪はひとつだけでもいいから自信が欲しかった。

 専用機を貰って候補生として結果を残せれば。そうしていつか姉と同じ国家代表になれれば。少しは追いつけたのだと。簪はきっと姉と前のように笑い合えるのだろうと思っていた。

 

 ――――思っていたのに。

 

 突然日本に現れた男性操縦士。そして彼に与えられた専用機体。

 簪の機体開発を受け持っていた研究所が、簪のものとは別に試作していた機体を、あの篠ノ之 束が完成させ一夏に与えた。

 当然研究所はそちらにかかりきりとなり、簪の機体開発は完全にストップしてしまった。

 

 そのことについて一夏を恨むのは筋違いだとわかっている。それでも簪にとって、姉と仲直りする為の機会を奪った遠因である彼を気にしないというのは無理からぬ話しだ。ましてや、本人に『専用機が見たい』だ、『パートナーになってくれ』などと言われれば、どの口が言うのだと怒鳴りつけたくもなるというもの。

 

 

「今日はまた随分御機嫌だな」

 

「………………」

 

 

 声をかけられ、思考が現実に戻る。

 

 しかし簪は振り向かない。声の主が誰なのかわかっているからこそ、振り向いたら負けな気がした。

 

 

「怒ってない」

 

「言ってねえし。んなむくれっ面で言う台詞じゃねえよ」

 

 

 整備室にやってきた楓は簪の顔を覗き込んで苦笑する。

 あくまでも平静を主張する簪だが、いつも以上に平坦な声色が、逆に心情を露わにしている。

 

 それでも指摘されたことが気に入らなかったらしく、簪は鼻を鳴らしてそっぽを向いて作業に戻るのだった。

 対して楓は肩を竦める。

 

 

「まあ、理由の方は大体想像がつくんだけどな」

 

 

 学園にたった二人きりの男子生徒。それも同じクラスともなれば、楓が一夏と交流があることは容易に考えられることだった。となれば、彼は一夏が簪にアプローチをかけていることを知っていて、それでいて簪の事情もなんとなく察していることだろう。

 

 全て知られていると考えると誤魔化すのも無駄な労力だと、簪は途端に肩の力を抜いた。

 

 

「なんなの? あの人」

 

 

 気付けば言葉が漏れていた。

 

 一体彼は何なのか。どうして自分なんかに構うのか。

 実際彼が、簪の事情を知っておちょくっているとは思えない。だからこそ、どうして彼が声をかけてくるのか簪にはわからなかった。

 自分と一夏に、接点なんてないのに。

 

 

「馬鹿だな」

 

 

 楓は言い切った。

 

 

「それに女誑しで、単純で、人の気持ちに鈍感」

 

「……最低」

 

 

 特に一つ目。

 

 簪の目が据わった。

 

 

「――――でも、悪い奴じゃないよ」

 

「え?」

 

「頭悪い考えなしだけど、間違ったことは絶対やらない。苛つくぐらい物を知らないけど、素直で純粋だ。それに普段は鈍感なくせに、妙なときばっか察しが良かったりする。――――たまに本気で苛つくし、ぶん殴ってやりたくなるときもあるけど……良い奴だ」

 

 

 そう言って楓ははにかむ。

 

 楓から見た一夏の印象。はたして、簪から見た一夏の印象とはどうだろうか。

 

 わからない。当然だ。簪は、楓より全然一夏のことを知らない。

 でも、

 

 ――――ぶん殴ってやりたくなる。

 

 

「………………」

 

 

 簪は自分の右手を見やる。

 

 今日、簪は生まれて初めて人を叩いてしまった。

 殴るなんて非生産的だ。怒るなんて労力がかかるだけで無駄なことだ。

 そう思っていたのに。

 

 何故、一夏と話していると胸の辺りがざわつくのだろう。

 

 白式の操縦士だから?

 彼のせいで、自分の専用機が完成しないから?

 

 それも、あるだろう。でも、本当にそれだけだろうか。

 

 

(わからない……)

 

 

 それとも、彼が男の子だからだろうか。

 

 ふと簪は間近にいる異性を見上げる。

 

 

「? なんだよ」

 

「……君といても何にも感じないのに」

 

「おい、なんか若干失礼なこと言ってねえ?」

 

 

 楓の言葉を取り合わず、簪は専用機を完成させるべく手を動かす。

 

 はたして、どちらといるときの感情が本当の自分なのだろうか。そんなことを片隅で考えながら。




閲覧どもでしたー。

>更新は亀にも失礼なくらい遅く、しかも相変わらず難産が続いてます。文字数が少ないのはその影響です。まあでも文章の印象は前にちょろっと戻ってきたかなぁ、と自己評価してみたり。

>簪ちゃんて実際のスペックはどんな感じなんでしょう。操縦士というよりやっぱりエンジニア系?操縦士としての腕は、ヒロインズの中でどんな感じなのかな、と改めて2期を観ながら考えています。

>実際打鉄弐式を改造するとしたら、もういっそ機動を捨て去って重装甲の旋回重視。火力特化の針鼠みたいにしてやりたいというロマンが生まれました。武装の名前は山嵐だし。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
一言
0文字 一言(任意:500文字まで)
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。