【未完終了】インフィニット・ストラトス ━風穿つ者━ 作:針鼠
半径百メートル以上の円形状のアリーナ。学園でISを使った実技訓練、また試合などで使われる施設の一つである。
すり鉢状の観客席を埋めるのは女子、女子、女子。そしてアリーナの中央に立つ人物もまた女性だった。
「わたくしを相手に逃げずにきたこと、まずは褒めて差し上げますわ」
金髪の縦ロールを弾いて笑う少女。セシリアは、目の前にいる人物に対して微笑みかける。この学園の、否、世界において最たる異端。男性のIS操縦士、御堂 楓に。
一昔前ならば男と女が一対一で相対すれば鼻息を荒らげるのは男であった。しかし今は違う。たった一つの兵器、ISの存在によってそれは見事に逆転している。
今や女性相手に腕力で優位に立てる時代は終わった。
IS。その優位を抜きにしても、セシリアは男である楓を目の前に自信を持って立っている。
そのための努力はしてきた。訓練にも耐えた。
だからこそ彼女は両親の死という逆境から這い上がり、英国の代表候補生にまで上り詰めることが出来た。
故に彼女は笑う。勝利を確信して。この世の誰より、男などより自分は強いのだと。
だというのに、
「わたくしがせっかく褒めているのに貴方は一体なにをしていますの!?」
正面に立ち上はだかるはずの男は先程から背中を向けてうずくまっている。
「いや、ちょっとたんま」
覗き込もうとしてくるセシリアを片手で制する楓。
セシリアから見えないが、楓の顔は真っ赤に染まっていた。その原因はセシリアの格好だ。
ISに乗るとき、搭乗者は専用のスーツを着る。理由はISとのシンクロ率を上げるためだ。
別に普段着でも纏うことは可能だ。が、やはり専用のスーツを着た方が思考の伝達速度は上がり、誤差は格段に減る。
そしてそのスーツなのだが、まるでスクール水着かタイツのように体にピッタリ貼り付くようなタイプが多い。
つまり体のラインが如実に現れるのだ。
加えてセシリアは同年代の女子に比べて色々と発達している。端的に言えば、目のやりどころに困る。
(くっそ、スーツ姿って生で見るとあんなエロいのか! つかいいのかあんなの!? なんであいつは恥ずかしくないだっての!)
画面越しで見たことはあった。そのときは大して気にならなかったが、こうして生で晒されるとどうしようもない。おまけに漫画アニメよろしく鼻血まで出てきて、もうほんとどうしよう。
「?」
ちなみに彼女とて恥ずかしくないわけではない。しかしそれは自覚すればの話だ。
ISに乗るならスーツを着るのは当たり前。そしてスーツがこういうのも当たり前。
なのだからまさか目の前の男がそんなことでうずくまっているなどと気付くことはない。
ところで、セシリアは『一人目』の、もしくはこの場に現れるはずのもう一人の男に思い馳せる。
その人物の名は織斑 一夏。
彼女にしてみれば目の前の楓より、そちらの方が気に入らないのだが、彼は未だこの戦場に現れない。
会場の誰もが彼の登場を今かと待ちわびている。
「逃げたに決まってますわ」
セシリアは吐き捨てる。
「まあそれも仕方のない話。なにせわたくしが相手なのですから」
男なんてそんなものだ。情けない。弱い。
「むしろ懸命な判断が出来たことを褒めて差し上げるべきかしら? たとえ逃げたとしても少しは見なおしてあげて――――」
「逃げてねえよ」
「え?」
おもむろに立ち上がった楓はピットを見つめる。まるで今にもあそこから一夏が出てくると確信しているように。
苛立つ。セシリアは目を細めた。
「それはどういう意味――――」
「来た」
言葉に誘われてセシリアもピットを見やる。そこから鈍色が飛び出した。
視線を感じて楓を見やると、彼は『ほらな』と言って笑った。
忌々しいと唇を噛む。
ピットから飛び出したISはぎこちなく上空を旋回してからようやくセシリア達の間に着陸した。
鈍色のISを纏っているのはやはり『一人目』の男のIS操縦士、織斑 一夏だった。
「お待たせ」
「おう、待ったぞ。登場から目立ちやがって腹立つな」
楓の軽口に一夏は苦笑する。
「真打ちは遅れてやってくるってな」
「――――誰が真打ちですって?」
和やかな雰囲気は蒼い光に断ち切られた。
それはセシリアがISを展開した燐光だった。
スーツと同じ蒼色のIS。展開時からその手には長銃が握られている。
「真打ちはいつだってわたくしですわ」
英国第三世代、《ブルー・ティアーズ》。
それが彼女の専用機の名前。
セシリアは一夏、楓と順に眺めて、構えた銃を下ろした。
「最後のチャンスをあげますわ」
穏やかに告げる。
「チャンス?」と一夏。
「そう。この勝負、わたくしが一方的な勝利を手にするのは自明の理。ならば恥をかく前に、今ここで泣いて謝るのでしたら許してあげないこともなくってよ」
髪をかきあげる動作はゆったりと、それでいて威圧的だった。
彼女はこの戦いで負けるなどとは露ほども思っていない。事実、彼女は強い。代表候補生、それも専用機持ちの実力は伊達ではない。
だが、その名で怯むなら端からこの場に立っていない。
「それはチャンスとは言わないな」
一夏が言い、
「右に同じく。男にだって意地くらいあるんだよ」
楓が続ける。
セシリアは不愉快に眉をひそめた。
「くだらないですわね」
「ぶっちゃけただの見栄だからな。否定はしない」
楓の物言いに、苛立ちが募る。
「本当にさっきから勘に触りますわね! なにをしていますの。早く貴方もISを展開しなさいな。そうすれば一瞬で撃墜させてあげますわ!」
セシリアからようやく笑みが消えた。侮りが消えたわけではない。ただそれ以上に怒りが勝った。
ただの標的から、叩き潰すべき敵として映った。
しかし彼女の言葉の通り、あとISを展開していないのは楓だけ。会場の視線も、一夏の視線も、楓へ注がれている。
それを自覚しながら楓は左耳の黒色のピアスに触れる。そうして己の愛機の名を告げた。
「《
漆黒の粒子が渦を巻いて楓を包み込んだ。それも一瞬のこと。やがて内側から弾けるように光は霧散した。
会場中の視線が集まる中、黒の光からそれは姿を現した。
それは正しく異形であった。
ISというのは結局のところ機械だ。体に纏う
しかし楓のISは違った。
長い手足。削ぎ落としたかのような痩躯。パッと見たところ武器らしいものは見えない。ただ装甲の表面が、まるで鱗のように逆だっているのが特徴的だった。
「それが……IS、ですの?」
誰もがその異様な姿に沈黙した中でセシリアは辛うじて問う。
しかしやがてその驚きは薄まり、客観的に見た感想が頭に浮かぶ。特に間近でそれを見ている彼女と一夏はほぼ同時にこう言った。
「貧弱ですわね」
「なんというか、なよいな」
会場にいる大多数の感想だった。
見た目の異様さに最初こそ衝撃を受けたが、なんてことはない。それは他のISと比べればあまりにも頼りなく見えた。
不気味であっても強そうには到底見えない。
そんな感想は承知していたのか、楓は肩を竦めた。
「そう言うなって」
感触を確かめるように展開したISの手を開閉する。二人は気付けなかったが、何気ないその動作が熟練した者からみれば感嘆するほど滑らかだった。
そのことには気付けなかったが、二人は楓の鋭い視線に思わず気圧された。
「すぐに驚かせてやるから」
★
なにはともあれ始まった三つ巴のクラス代表決定戦。開戦はセシリアのメインウェポン、《スターライトmkⅢ》から射出された青白いレーザーだった。
セシリアの狙いは当初の通り、一夏。
「さあ踊りなさい。わたくし、セシリア・オルコットと《ブルーティアーズ》の奏でる
攻撃手段は長銃だけではない。彼女の駆る愛機と同じ名を冠する特殊兵装、レーザービット《ブルー・ティアーズ》で確実に一夏を追い詰める。
一夏もブレードを構えてなんとか間合いを詰めようとしているが突破口が掴めないでいた。
やはり男なんてこんなもの、そうセシリアは思いながら心の片隅で彼を認めつつもあった。
操作技術は拙い。中・遠距離タイプの自分に、近接武器のブレードで歯向かおうとするのは滑稽。しかし、彼は堕ちない。
決まったと確信した攻撃は幾度かあった。だというのに、未だ決めきれない。
それはここぞというときの戦闘勘の良さ故だった。
それに、動きがぎこちないというのも、彼は未だISの稼働時間がほとんどないと聞いている。対してセシリアはこの学園に来る前から祖国で訓練を重ねている。そう考えればこうして食い下がってくること自体凄まじい才能といえる。
だとしても、彼女の奥底の感情はそれを否定する。男を否定する。
認めない。認めてなるものか、と。
感心が苛立ちにすげ変わる。
――――その矛先は下方へ向いた。
「貴方はなにをしていますの!」
「ん?」
戦闘中だというのに、セシリアは下方へ向かって吼えた。
セシリアと一夏が身を削り合って戦う最中、初撃の回避以来、未だ開始位置からほとんど動いていないISの姿があった。
「驚かせてやるなどと大層な口を叩いておきながら、やる気がありませんの!?」
(やはり男なんて……)
男への怒りが再燃するセシリア。
そんな彼女を見上げる痩身長躯のIS搭乗者は、挑戦的な笑みを浮かべた。
「なら、やる気にさせてみろよ」
「っ! 本当に口の減らない!」
一先ず一夏を放って、セシリアの銃口は楓を向いた。躊躇うことなくトリガーを引く。
青白い閃光が大気を焦がした。しかしそれは楓に当たる直前で『何か』に阻まれ霧散した。
――――何か、ではない。
それは菱型の板。《八咫烏》の色と同じ漆黒のパネル。
十二の物体は楓の周りを惑星のように回っている。その内の一つがセシリアの攻撃を防いだのだ。
「シールドビット……。貴方程度がわたくしと同系統の兵装を操れるとは思いませんでしたわ」
「おう驚いたか」
子供のような幼稚な笑顔を浮かべる。
驚いた。確かに、セシリアは楓の言葉以上に実は驚いていた。
というのも、彼女は知っているからだ。同じビット兵器を操る者だからこそ、彼が行っていることの凄さが嫌でもわかった。
ビット兵器は操るのに多大な集中力が必要となる。かくいう彼女もビットを操っている間はそれ以外の行動が取れないという弱点を持っているぐらいだ。
「ま、これは《
「そうですか」内心の驚愕を隠すように必要以上の反応を見せず「それで、いい加減ここまで上がってきてはいかがかしら? 見たところ武装はそのビットだけ。なら貴方のISも近接格闘型なのでしょう?」
上がってきたところを撃ち落としてみせる。
そう意気込んでいたセシリアだったが、
「無理。だってこいつ空飛べないし」
「…………は?」
耳を疑った。
「今、なんとおっしゃいましたの?」
「俺のISは飛べないって言ったんだよ」
「そ――――そんなはずありませんわ!」
セシリアは叫ぶ。
彼女の驚きも当然だ。ISには様々なタイプがある。一夏の《白式》のような近接格闘型。セシリアの《ブルー・ティアーズ》のような中・遠距離の射撃型。他にも武装や操縦士の戦い方でタイプはさらに分かれる。
しかし、それ以外にもISには様々な機器、システムが備わっている。操縦士の視野を補佐する《ハイパーセンサー》。操縦士を守る《絶対防御》。ISの核となるコア。
これら後者はISのタイプに左右されない、謂わば基本システムだ。
その内の一つ。《
これによってISは空を飛び、加減速を行っている。
――――つまり、ISが飛ぶことは基本的な性能だということだ。高機動型とそうでないもの、速度に差はあれど、飛べないISはこの世に存在しない。
そのはずだった。
「ISが飛べないなどと、そんな馬鹿なことが……」
「嘘じゃねえよ」
彼はあくまで軽い調子で笑う。自身がどれだけとんでもないことを言っているのか、自覚しているか疑うほどに。
「こいつは飛べない。――――けど、翼は持ってる」
言い終えた瞬間には、またしても彼は消えていた。
「また……!」
しかしさすがに彼女も代表候補生。二度目となれば対応は早い。
今度は肉眼に頼らず、ISの基本システム《ハイパーセンサー》で探る。――――捉えた。背後。
すかさず射撃。
だがそれは阻むように現れた黒い壁に防がれる。
「まだですわ!」
それは予想の範囲内。自身の愛機と同じ名を冠するビット兵器で左右から挟み込む。
「もらいましたわ」
瞬間、漆黒のISは消えた。《ハイパーセンサー》という『目』からも完全に。
「――――え?」
「こっちだ」
声は背後から。突如彼女の視界ウィンドウが赤いシグナルに染まる。
反射的に長銃が幸運にも攻撃を防いだ。それでも威力は殺しきれず体勢が崩れる。
そも彼女の機体は格闘戦には決定的に向いていないのだ。
体勢を崩されながら彼女は見た。空を飛べないと言っていた彼が、こうして上空の自分に攻撃を与えた手段を。
楓が空中で踏みしめる菱型のパネル。
「ビットを足場に!?」
そんな出鱈目な。そんな非効率な。
それなのに、
(速い……!)
また消える。踏みしめたビットを置き去りに、セシリアの視界から楓が消える。
気付けばいつの間にか十二の板が結界のように彼女を取り囲んでいた。
それを足場に縦横無尽に空を跳ね回る。
しかも異常なのは、徐々に彼女の目から彼の姿が消えかけていることだ。
「ハイパーセンサーで追い切れないなんて……!」
がむしゃらに放ったライフルも虚空を穿つに終わる。
「くっ!」
だとしても彼女は諦めない。
優れた頭脳とISのサポート。高速で演算を繰り返して彼の軌跡を追う。――――否、追うだけではない。見切る。彼の姿を。彼の居場所を。
そして、彼のこれから進むであろう道筋を。
「そこですわ!」
決死で割り出したポイントをレーザービットが四方から囲む。そこへ飛び込んでくる影を遂に捉えた。
「――――――――――――」
さらに速度が上がった。
レーザーが貫いたのは彼の影だけだった。ISといえど不可能なほぼ直角に切り返しで躱すと、今度はセシリア目掛けて猛進してきた。
まだ速度が上がるのは予想外だった。しかし、その行動は予測していた。
「かかりましたわ」
セシリアは勝利を確信した。
スカート状にスラスターとなっていた部分が首を上げた。彼女のビットはレーザータイプが四基。加えて、ミサイルビットが二基。
至近距離。それも向こうは超高速でこちらに突進している。
超高速機動も関係ない。これはどうあっても躱せない。
――――楓が上へ跳ねた。
「な……!」
眼前に呼び出したシールドビットに手をついて、高速機動を維持したまま前方宙返り。
放たれたミサイルはその尋常ならざる動きについていけず、獲物を見失い彼方へ消える。
楓はそのままセシリアの頭上をも飛び越えて背後へ降り立った。
あらゆる理由から、彼女が動けるはずもなかった。
「――――らあああああ!」
拳を握る楓を止める手段を、もうセシリアは持っていなかった。そこで楓を背後から強襲したのは一夏だった。
楓はセシリアへの攻撃を寸断。振り返ると手の平で撫でるように刀をいなした。
完璧な奇襲も、思わぬ絶技によって失敗。攻守が逆転する。
楓は右足での上段蹴り。
一夏は刀を立てて左側面を守った。
「が……!」
しかし、楓の蹴りが撃ち抜いたのは一夏の右側頭部だった。
(なんで!?)
確かに楓の攻撃は右の上段蹴りだった。しかし今見た彼の格好は、右の回し蹴りに変化していた。
それに攻撃が当たる一瞬、楓の姿がブレて見えた気がした。
答えは出ないまま、混乱する思考をそのままになんとか体勢を保つ一夏。その頃にはセシリアもビットを手元に戻して体勢を整えていた。
一方で、楓は追撃もせず悠々と地面へ降り立った。
「どうだ? 驚いたか」
空を見上げて彼は言い放つ。
二人は言葉が出なかった。静まる観客も然り。それほどに彼の動きは異常に過ぎた。
「な、なんですのその動きは!」やがて溢れるようにセシリアが叫ぶ「あんな動きが……いくらISとはいえ出来るわけが……」
「普通じゃないからな」
楓の言う通り、たしかに《八咫烏》は普通じゃない。
あの異形は極限まで装甲を削いで軽量化した結果だろう。そうでなければビットに乗る、また蹴って空を駆けるなんて真似出来るわけがない。ビットの方が耐えられない。
「――――だとしても」セシリアは吠える「あのスピードは納得出来ませんわ!」
「それに俺への攻撃もだ。あのとき、確実に蹴りの軌道が変わってた」
《ハイパーセンサー》でさえ追い切れないスピード。攻撃動作に入っていながら変わった蹴りの軌道。
「タネは簡単。――――これだ」
楓が呆気なく語る。示したのは鱗のような装甲。
セシリアはそこを注視する。
「…………風?」
「ピンポーン」
楓が示した箇所から、否、《八咫烏》のあらゆる箇所から空気が取り込まれ、また吐き出されているのが見えた。
楓は風の排出をブースト代わりに、時にブレーキとして使っていたのだ。
元々の機動性能に上乗せされた急加速減速、それに加えたシールドビットを使った立体機動は、さしもの《ハイパーセンサー》でも追い切れない動きを実現した。
一夏への攻撃も原理は同じ。風の排出で無理矢理蹴りの軌道をねじ曲げていたのだ。途中までの動作を全て無視して。
それはつまり、楓は相手の行動を見てから後出しで攻撃方法を変えることが可能ということだ。要するに、防御不能。
セシリアはゾッとした。
最初見たときは貧相にしか見えなかったあの漆黒のISが、今は酷く不気味な存在に思えた。ダランと下がった長い腕が、まるで死神の鎌のように見えた。
閲覧ありがとーごぜえます。
>意外と長くなってますねえ。でも今度こそ本当に次話でセシリア編は終わります。
《八咫烏》については色々突っ込みどころ満載でしょう!一応欠点とかは追々語ることになるのですが、是非ともツッコんでくれて構わないですよ。
無理矢理蹴りの軌道とか曲げたら体バラバラになっちゃうだろ!とか。
はい、その通りです。
>話は全然ちゃいますが、お休みが欲しい。残業はもうお腹いっぱいなのだよ。