【未完終了】インフィニット・ストラトス ━風穿つ者━ 作:針鼠
セシリア・オルコットは強い。それは紛れもない事実として。
イギリスの代表候補生。専用機持ち。入学試験で真っ向から教員を倒した実力。そして何より、自身の強さを信じている精神力。
疑う余地など微塵もない。
そんな彼女が生まれて初めて思った。
――――自分は、この男に勝てないかもしれないと。
御堂 楓。『二人目』の男のIS操縦士。そんな彼が駆る愛機、《八咫烏》。
ISにとって基本システムである《PIC》を搭載していない――――実際は飛行能力のみ機能していない――――操縦士と同じくする異端のIS。
《PIC》による永続的な飛行能力を犠牲に、極限まで軽量化することで実現した《ハイパーセンサー》すら超えたスピード。
しかし、彼女が評価するのはISの性能ではない。彼、楓自身の能力。
その顕著たる例が彼女と同じくするビット兵器。
セシリアが扱うのはレーザービット。対して彼はなんの効果も付随しないシールドビット。しかし、彼はセシリアでさえ四基を操るので精一杯のそれを、なんと十二も同時に操る。それもそのビットに乗って空中戦をこなす絶技さえ可能としている。
単純に勝てないと思った。同じ土俵で見せつけられた実力差。しかも、きっと彼はそんなこと意にも介していないというのがなんとなくわかってしまったのが余計に悔しかった。
「ここまでだな。もう勝負はついた」
だから、彼がそう言って戦闘を放棄する行動を取ったとき、彼女は何も言い返すことが出来なかった。
まるでそれは、それは彼女にとって嫌悪する父の姿に重なった。
「ま、元々俺クラス代表になる気なかったし。あとは二人で戦って勝った方が――――」
「――――ふ、ざけんなッ!」
怒号はすぐ近くから放たれた。
それが誰のものなのか、わかっているからこそ驚き、彼女はそちらを見る。
織斑 一夏。
『一人目』の男性操縦士にして、この場において最も弱いはずの彼だけが純粋に怒りを露わにしていた。
「まだ勝負は終わってない!」
「終わりだよ」
にべもなく、楓は答える。
「悪いが、どう足掻いたって今のお前達には負けない」
別に楓は一夏を見下しているわけではない。むしろ本気で戦う二人の姿に、あまりにも中途半端な気持ちでこの場に立つのが申し訳なくなったのが彼の真意。
それでも事実は事実として、彼は嘘をつかない。
しかし時にそれが他人の琴線に触れることもある。
今回でいえば、一夏という男の『くだらない男の意地』だ。
《白式》が発光する。まるで一夏の感情に呼応するかのように強い光を纏って。
「…………!」
セシリアは息を呑んだ。
光から現れた一夏の姿は変わっていた。鈍色の装甲が眩むような純白に変貌していた。
そうだ。初めから気付くべきだった。
彼のISは最初から『白』を冠していたということに。
「
一次移行。
ISは生きている。彼等はただの機械ではない。持ち主と共に成長し、強くなっていけるパートナーである。
学園の授業で、まず最初に習う事柄だ。
《初期化》と《最適化》。その二つを合わせて一次移行と呼んでいる。
それはISと操縦士がまず何よりも最初に行う儀式。
たったそれだけのことだが、たったそれだけのことが、専用機持ちとそうでないものの実力を隔てる絶対的な差であると言って過言ではない。
セシリアにとって、織斑 一夏とて決して弱い相手ではなかった。確かに未熟であったが、それを忘れさせるほどの才気を感じた。――――現実はそれ以上だった。
彼は今まで借り物のISで戦っていたのと同義。しかし今、今度こそあのISは彼の専用機となった。
それでも、
「だからどうした」
楓は言い放つ。元々鋭い目つきを猛禽類の如く光らせて、彼は上空の『白』へ告げる。
「お前の才能は正直すげーと思う。でも、それがどうした。少なくとも今この場で、その程度で埋まるほど俺は弱くない。俺と《
その通りだ。
たしかに一夏の才気は凄まじいと思う。一次移行を果たし、彼は先ほどまでよりずっと速く、強くなった。それでも、楓の言葉の通り一夏が彼に勝てるとはセシリアには思えなかった。
「――――だからどうした!」
だから、その言葉は彼女の胸をうった。
「たとえそうでも俺は負けない。この剣に懸けて、千冬姉の名に懸けて、俺は負けない」
一切怯まず。一切躊躇わず。一切臆さない。
その言葉に後悔があろうはずがない。何故なら彼は雄々しく笑っていたから。
★
――――ああ、本当に強い。
楓は小さく笑った。
あまりにも一夏とセシリアが熱い戦いをしてくれるもんだから、流されるままこの場に立つことを彼は恥じた。故に辞退しようと思ったのに、それはまた違う意味で一夏の逆鱗に触れたらしい。
それにしてもあれだけ力の差を見せつけてやったのにあの啖呵。馬鹿だと思う。だけど、羨ましいくらい眩しく見えた。
「わかった」
ここまで言われて下がるのは野暮だ。男の意地なら開戦のときセシリアに言ったように楓にもある。
しかしこのままただ戦うのはあまりにも卑怯だ。それほどまでに一夏は未熟で、楓はあまりにも熟達し過ぎている。
「――――コネクト」
囁くような楓の言霊に従って、彼の周囲を旋回していた十二の板は互いに連結し合う。やがて誕生したのは楓の身を覆い隠すほどの一枚の壁。
「これを壊せたらお前等の勝ちだ」
それが今出来る最大限の勝負。
「気に入らないかもだけどこれで勘弁な」
楓の苦笑に一夏もまた笑った。彼も実はわかっている。自分と楓の実力差に。今それが埋めることが出来ないという現実に。
「セシリア」
「え? あ……は、はい!」
一夏はセシリアを呼びつけると視線を合わせる。時折セシリアが頷く仕草をしているので、おそらくプライベートチャネルで作戦会議中なのだろう。
(まったく、いつの間に仲良くなったんだっての)
まるでこれでは自分だけが悪役だ。
外見の配役ならピッタリだと自覚出来てしまうことが悲しい。
やがて、二人の目が楓に向いた。作戦会議は終わったらしい。
「いきますわよ!」
まずはセシリア。彼女はビットではなく主武装のライフルを撃った。
青白い閃光。しかし、それは楓の前にそそり立つ一枚の壁に阻まれる。
「まだまだですわ!」
彼女は間髪入れず撃ち続ける。エネルギーを充填し、トリガーを引く。
射撃。射撃。射撃射撃射撃射撃。
楓のシールドビットは互いに繋ぎ合うことで全体の出力を上げている。それは接続するビットが多ければ多いだけ全体のパワーは上がるのだ。
十二が連なった今のこれ相手ではセシリアがビーム兵器をいくら当てようが無駄だ。
そんなことは彼女も承知の上だった。
彼女は知った上でビームを放ち続ける。延々と。一撃に最大の集中力を費やして。
(なるほど)
壁の後ろで楓は彼女のやっていることに気付いていた。
セシリアは連なった十二のビット。その内の一基をひたすら射撃し続けていた。
全体の出力は上がっていても、一つの耐久値が上がっているわけではない。
今や一枚の黒い壁にしか見えないはずのシールドから継ぎ目を見つけ、それも一点を違わず撃ち続ける射撃能力と集中力。
紛れも無い。彼女も又、一夏と同じく天才だ。
「こ、れで……最後ですわ!」
最後の一射。ここにきて一番威力の乗った攻撃を放ったのは、彼女の才能云々ではなく彼女の強さだった。
しかし、結局彼女の精密射撃でビットの壁を貫くことは出来なかった。
ならば、ここからは彼の出番だ。
「今ですわ一夏さん!」
「うおおおおおおおお!」
雄叫びと共に彼は真っ直ぐに突進してきた。
前方に突き出された刀が纏う燐光に、楓は目を見開いた。
「《
それはかつて、世界大会を勝ち抜いた際、彼女の切り札であった能力。
効果は、エネルギー無効化。
《白式》が黒壁と激突。無論、突き出された刀の切っ先はセシリアが決死の攻撃で削った一枚のビットを捉えていた。
拮抗は一瞬も保たなかった。
甲高い音と共に壁に穴が空く。一基のビットが真っ二つに砕かれた。さらにそこから蜘蛛の子を散らすようにビットが分裂し、離れていく。
全てを切り裂いて一夏は進む。
そして遂に、雪片弐型の切っ先が漆黒のISを捉えた。
シールドエネルギーが発動――――無効。すぐさま絶対防御が発動する。
「うおおおおおお!」
《八咫烏》のシールドエネルギーが物凄い勢いで減少する。
勝った。一夏はそう確信した。
「おおおお――――え?」
突如、煌々と輝いていた雪片弐型の光が消え失せる。それどころか《白式》のあらゆる行動が取れなくなっていた。
「なんで……?」
混乱する一夏。
対して、正面に立つ楓は平静そのものだった。
「《零落白夜》はあらゆるエネルギー効果を無効化する絶対無敵の必殺技だ」『だが』と続け「比例して発動には相当量のエネルギーが必要になってるはずだ」
言われて一夏はようやく気が付いた。僅かに残っていたはずの《白式》のエネルギーがいつの間にかゼロになっていた。
「それは所謂、諸刃の剣。今回はこっちのエネルギーが尽きるより先に《零落白夜》がそっちのエネルギーを喰い尽くすのが先だったってことだ」
「……くそ」
地面に着陸すると一夏のISの展開が強制解除される。その目の前に、ゆっくりと降り立つ痩身の黒。
セシリアもほとんどエネルギーが底を尽きかけている。勝敗は誰の目にも明らかだった。
やがて、楓はISを解除する。
「千冬さん、決着はついた」
『…………いいのか?』
楓は頷いた。
「結果は見ての通り、だろ。――――コールを」
数瞬の間をあけて、千冬の声がアリーナに響く。
『試合は終了だ。勝者――――』
★
「それでは、一年一組のクラス代表は織斑 一夏君に決まりましたー」
「へ?」
教壇に立つ真耶が『語呂が良くていいですねー』などとほわほわした空気で和んでいる。
クラスメート達までイエーイとテンションが上がる中、一夏はとりあえず叫んだ。
「どうして!? 勝ったのは
そう、あの勝負の後、千冬が宣言した勝者の名はセシリアだった。一夏でも、楓でも無く。
あのとき、最後までエネルギーを残してISを展開していたのはセシリアだった。だから楓は言ったのだ。――――結果は見ての通りだと。
「それなら簡単です。それはわたくしが辞退したからですわ」
一夏の疑問の声に答えたのはセシリア。
「たしかにわたくしは勝ち名乗りを受けましたが、さすがにあんな形の勝利など、わたくしのプライドが許しませんわ」
「それなら楓が……」
「パス。俺がそんな柄に見えるか? つか、俺は端からやる気ないって言ってんだろ」
手をヒラヒラとさせながら拒絶する楓。
しかし一夏とて素直に受け入れられない。あの勝負で自分は明らかに負けているのだから。
「それなら俺も辞退――――」
「却下」それも楓に斬り捨てられる「そもそもドベに選択の権利なんかねえよ」
「ぐ……」
それには黙らずを得ない。
反論が出来ず一夏が黙ったのを了承と取ったのか、真耶は朗らかに笑う。
「それでは改めまして……一年一組のクラス代表は織斑 一夏に決まりましたー」
『イエーイ!』
テンションの高いクラスだった。
★
「どういうつもりだ?」
「なにが?」
楓は部屋の隅で腕立てをしながら声をかけてきた同室者の背中を見る。
千冬は何やら学園の資料を作っているようで、一切目をこちらに向けずに、されど声だけを投げかける。
「あの場面、お前とオルコットのエネルギー残量はほぼ同じだった。そしてそれならお前は万に一つも負けなかっただろう」
それは世辞でも何でもない、ブリュンヒルデとまで謳われた最強のIS操縦士の確かな分析だった。イギリスの代表候補生、今年の首席であるセシリアと比べて、だ。
「だって、あの壁壊されたら俺の負けって言っちゃってたし」
腕立てを終えて、今度は仕上げのストレッチを始める。
千冬は背中で笑った。白々しいとばかりに。
「そもそもそれ自体おかしい。セシリアの射撃時、何故お前は何一つ行動を起こさなかった?」
「………………」
「シールドビットを繋げたあの形態……おそらく広範囲を防御するシフトなのだろう? あいつらの狙いがわかった時点でやりようはいくらでもあったはずだ」
何もかもお見通しだった。
千冬の言う通り、あのビットのフォーメーションは広範囲防御型。あの場面、《八咫烏》一機を守るだけなら、もっと範囲を狭めシールドの出力を上げることは可能だった。
そうでなくても、セシリアがビット一基を集中的に狙ってるとわかった時点で射撃の間にビットの配置を動かしたり、横ではなく層のフォーメーションを組めばいい。もしそうなれば彼女の腕を持ってしても、ああもピンポイントにビットを傷付けられはしなかっただろう。
ならば何故、楓は何もしなかったのか。
受けてみたいと思ったのだ。世界最強の剣を。かつて彼女が振るったとされた最高峰の剣撃。
あのとき、一夏の《零落白夜》を見たとき、楓はかつて見た千冬の姿を思い出した。数多の強者をその剣一本で打倒していくその姿を。憧れたその姿を、一夏と重ねた。
楓は小さく笑う。
「千冬さん。マゾってどう思います?」
「気色が悪いな」
「ですよねー」
これは言わない方がいい。自身のイメージのため、彼は黙っておくことにした。
閲覧あざます!
>ということで、第一章、セシリア編はこれにて終わりです。
形式は相変わらずアニメ&他の方の作品を読んで本筋を辿っていく感じです。次回以降もこんな感じとなりますのでよろしくお願いします。
>展開として仕方ないとして、セシリアさんは本当は凄く強いはずですよねえ。なにせ試験とはいえ、一夏君とは違い教員を正面から打倒しているわけですから。
ま、こちらの作品でも存分にやられていただく予定ではありますが!(笑)
そういえば、アニメ2期っていつからなんでしょうね?