World High school 〜CROSS〜 作:火神零次
「──クモ、─ラクモ、ムラクモ、起きて?」
聞き覚えのある声が聞こえる。
絶対に忘れないと思った───この声は、大切な人の声。
ムラクモにとって───いや、『椎名ムラクモ』という名を持った、この
「───また、ここか」
目を覚ましたムラクモの第一声はそれだった。
茜色に染まる空を見つめ、ムラクモは体を起こした。
辺りは水しかなく、ムラクモがいるこの場所も、全てが水の世界だった。
水の冷たい感触がムラクモの意識を覚醒させる。
「おはよう。また、寝てたの?」
「あぁ、寝てた」
「ムラクモって、いっつも寝てるよねー」
笑みを向けてくるこの少女───彼女をムラクモは忘れることはしない。
忘れることをできはしないのだから。
「……忘れないでね?」
不安そうな表情で言ってくる彼女を、ムラクモは放っておけなかった。
「忘れねぇよ。……お前さんが忘れても、俺は忘れない」
隣に座る少女の頭を撫でる。
この感触もいつ振りだろうか。
「えへへ……やっぱり、ムラクモがしてくれると違うなぁ……」
「そうかい」
少女がニヨニヨしてデレてきているのを感じる。
しばらくして、ムラクモは立ち上がった。
少女は立ち上がったムラクモを不思議な眼差しで見つめる。
「もういくの?」
少女の問いに、ムラクモは頷いた。
「夢を見てるとはいっても、リアルの方じゃ寝てるわけじゃねぇからな。気を失って、ここに来た。もう、起きなくちゃいけねぇ」
ムラクモの体から光が表れる。
少女はムラクモがもう帰らなければならないことを察した。
「───また、会える?」
「あぁ、また、会えるぜ───」
少女の言葉に返事をしたムラクモは、光に包まれて姿を消す。
一人になった少女は、ポツリと呟いた。
「……ありがとう。ムラクモを変えてくれた人」
「───ん、あぁ、ここか」
目を開いたムラクモは安堵した。
見覚えのある建物の一室。それを見ることができたことに安堵したのだ。
「起きたか……連れてきたときに気を失っていたものだから、参ったぞ」
「───爛」
壁に寄りかかっていた爛は、ムラクモが目を覚ましたことを確認すると、引き戸を開ける。
「琉綺たちが呼んでいる。話がしたいそうだ。さっさと行くぞ」
「起きて早々の
「病み上がりでも何でもないだろう? お前が女だったら話は変わるが」
「男と女とで扱いが変わるのお前ぐらいだぜ?」
「言ってろ」とぶっきらぼうな言い方をする爛だが、心配をしていることは間違いはないので、少し笑みをこぼすムラクモ。
「ん、じゃあ、待たせてるんならさっさと行くか」
待っている少女たちを待たせるわけにはいかないと立ち上がり、先を歩く爛の隣を歩く。
「ところで……どうよ? 人里の方は」
「───何とも言えん。だが───」
爛は少し間を置いた。
ムラクモは悪い予感が当たりそうだと思いながら、爛の言葉を待つ。
「お前の言う『一番最悪な展開』に繋がりかねない。とだけ言っておこう」
「マジかよ……勘弁してほしいぜ。何となく予想がついてたけどよ」
はぁ、とため息をつくムラクモを爛は少し悲しそうな眼差しで見ていた。
(ムラクモは『アレ』でありながら、人のために生きようとしている。俺と違って、悪となりながら正義を成そうとしている。だがムラクモが持つ正義は……)
爛は自分とは違う『決意』を持っているムラクモに、憐れみを感じている。
限定的なものではなく、ありとあらゆるものに該当するムラクモの言う正義は、誰もが呼ぶ『
(ムラクモの掲げるものは、自己犠牲だ。ヒーローが取るべき行動と同じだ。だがそれでも人間はそれを正義だとは言わない)
ムラクモが貫くものは、歪みきってしまった自分自身への罪であり、罰だ。
ムラクモはそれでも───
「なぁ? どうしたんだ?」
「───────────────」
ムラクモが声をかけたことにより、爛は我に返る。
何でもないと答える爛だが、それでも引っ掛かるものある。
聞いてみるしかないと思った矢先、不意にムラクモが言った。
「例え間違っても、俺はそうすると決めた。誰が何と言おうと、この道は変わんねぇぜ」
「そうか……それが聞けて安心した」
「それに───」
ムラクモは絶対に変わることはないと、言葉と瞳で意志を表した。
爛は変わらないことに安堵した。
「お前との決着、未だに終わってねぇからな。死ぬことはできねぇのよ」
「フッ───忘れていた。お前との戦いは、終わってなかったな」
「忘れてんじゃねぇよ。それに、俺が一点リードしてるってこと覚えてろよ」
「なに、すぐに追い付く。問題はない。お前の方こそ、追い抜かれるなよ」
あんな不安は何処へやら。
白い歯を見せるように笑うムラクモと、口角を少し上げ、笑みを浮かべている爛は、容姿は違うとは言え、兄弟のように見える。
まるで、命を懸けてまで
二人はそう思いながら、琉綺たちのところへと急ぐ。
「あのあと、気を失ってたみてぇでな。待たせて悪かった」
琉綺たちが待つ庭についた二人。
開口一番、ムラクモは待たせたことに謝罪をする。
だが、琉綺たちはそれを咎めようとはしない。
「そんなことはないよ。それに───爛さんまで」
「話したいことが俺からもあるからな。先に、ムラクモの方を済ませておくといい」
唯は爛まで来ていたことに驚く様子はないものの、安心したように見える。
「……ありがとう。私たちをショウと会わせてくれて」
「んなことねぇよ? ただ、もうちょっと説明できる余裕があればよかったんだけどよ。俺の方もあの時、ちと急いでてな。お前たちも、めんどくせぇ奴に目ぇつけられちまったから、しばらくの間は、ここにいることになるぜ」
ムラクモの言っていることに、反論をすることはできない。
白玉楼に来てから、爛に言われているからだ。
「……どうしても行きてぇなら、爛を連れてけ。爛の代わりは俺がするからよ」
「言い出しっぺはお前だから最後までしてくれよ~」
「割りと仕事は投げ出すときもあるから言われてんだろうけど……ありゃあ、自分から言ったヤツじゃねぇぞ?」
自分ではなく、爛を選んだ理由はある。
琉綺たちはムラクモより、爛の方が信頼している。
それに、爛ならば頼れるところがある。
諸々を考えると、爛の方が適任なのだ。
「ま、こんなところか。なぁ、爛」
「どうした」
「爛の話って、俺いらねぇよな」
「あぁ」
「ん、そんだけ」
話が終わると、ムラクモは庭の外に出ていく。
屋敷には戻らないようだ。
琉綺たちに用事がある爛は、すぐに話をする。
「お前たちとまた会うことができてよかった。六花や明たちがまた会えることを楽しみにしている。できたら、会いに来てほしい」
「会いにって……どうやって?」
「学園に来てほしい───ということだ」
「えっ……!?」
琉綺たちとは幼い頃の友人だ。
それは、六花たちも同じ。
再会をすることができた爛は、六花たちにも会ってもらいたいと、そのために、学園に来てほしいと言った。
「驚くのも無理はないな。お前たちはムラクモを狙っていた。そんなやつを易々と学園に置くとも考えられないと言うだろうが───」
「彼に問題はひとつもない……そう言いたいんですね」
その通りだ。と愛が言ったことを肯定する爛。
しかし、琉綺たちは学園に来ることを躊躇っているようにも見えた爛は考えられる一つの要因を口にする。
「───光牙たちのことか?」
「……はい」
言いたいことは何となく分かる。
急に居なくなってしまって良いのだろうかと悩んでいる。
学園にいくにしても、せめて別れの挨拶ぐらいはした方がいいだろう。
「私は、ショウと居たい……」
「琉綺は学園に来るということでいいんだな?」
爛が尋ねると、琉綺はゆっくりと頷いた。
後は、唯と愛だ。
翔と居たいのであれば、光牙たちから離れなければならない。
光牙たちの方が気にかかるのであれば、学園にいくことを諦めることになる。
「まぁ、学園にいくことを決めるのであれば、せめて別れの挨拶ぐらいはしに行かないとな」
別れの挨拶といっても一時、会えないだけだ。
一生、会うことができなくなるわけではない。また会うことができるのだ。
三人は翔を探すために光牙たちの側に身を置いていたに過ぎないはずだ。
こうして、目的を果たすには、学園に来るしかない。という選択肢しか残されていない。
なぜなら───
「エリシアも学園に居るぞ」
「────────────────」
三人は唖然とする。
それもそうか。と一人で納得している爛がいるが、エリシアは現在、翔とは離れて学園で過ごしている。
別に連れてきてもよかったと思うが、翔が来させなかったのだろう。エリシアは一人で学園生活を送っている。
いつかは依頼を受けることになるのだろうと爛は思うが、翔がどう言うか。
「今は、学園の方で生活をしている。エリシアとも会えるんじゃないのか?」
爛は完全に三人を学園に来てもらうように勧誘している。だが、三人は翔やエリシアと再会したい気持ちがあるはずだ。
決定的なものがあれば、学園に来てもらうことはできるのだろうが……その素材がない。
寧ろ、翔やエリシアが学園に来ている。ということが決定的なものなのだ。
「……なら、私たちのお願いを聞いてくれますか?」
唯が口を開く。
三人からの願い。
内容によっては応えられないものもあるだろう。
「俺ができる範囲なら」
爛にもできることとできないことがある。
「光牙さんたちに会わせてください。そして───」
「光牙さんたちの目的のために手伝ってほしいの」
三人の願い。
光牙たちの目的はどうやら別にあるようだ。
そのためにムラクモが必要なのか。それともムラクモが目的なのか。
どちらにせよ、ムラクモは光牙たちの目的を知っているか。
「───ムラクモを狙っていた本当の理由みたいなものか」
自分勝手に納得しているようなものだが、間違いではなさそうだ。
三人の目は真剣だ。
「……分かった。場合によっては俺だけが協力することになりそうだが、それでもいいか?」
「爛だけでも心強いよ。ありがとう」
それじゃあ、決まりだな。そういって、爛は屋敷に戻ろうとする。
「───と、そうだ」
何かを思い出したようで、爛は立ち止まって顔だけ琉綺たちに向ける。
何かを言おうとしているが、険しい表情となる。
「……いや、何でもない」
結局、何も言わずに屋敷の中へと歩いていった。
琉綺たちには爛の表情の意図が読めず、首を傾げる。
「お、いたいた」
ムラクモは屋敷の外で座っている霊夢を見つける。
ムラクモが来たことに気づいているだろうと思ったムラクモは、あえて何も言わずに霊夢の隣に座る。
「何となくわかるぜ。まぁ……いいんじゃねぇの?」
霊夢の聞きたいことは何となく分かっていたムラクモは、答えを先に出していた。
だが、ここから先は爛の言う『一番最悪な展開』になりかねない。
「……良いのね?」
「良いも何も、アンタ、妖怪退治のプロフェッショナルだろ? それとも、鬼巫女とも言われる霊夢が妖怪に情か? らしくないねぇ」
「アンタねぇ……」
挑発されていると感じている霊夢だが、そこで流されないのが博麗の巫女。冷静に考えてみると、自分らしくないと、彼女自身も思えるのだ。
「……そうね、らしくなかったわ。妖怪退治に情はいらない。やるべきことをさっさとやるべきね」
「おう、それでこそ霊夢だぜ。んじゃ、明日から始めるとしますか」
「えぇ」と頷く霊夢。
立ち上がって屋敷の方へと足を向ける霊夢。
霊夢が見えなくなったとき、ムラクモは呟いた。
「
ムラクモが管理するものとは一体、何なのか。
───それを知るのはまだ遠い話───