World High school 〜CROSS〜 作:火神零次
ムラクモの日常 ~1~
朝、太陽が登り、人が活動を始める時間。その時間よりも少しだけ早く、ムラクモは起きていた。
「今日も一日、面倒なことに巻き込まれたくないねぇ……」
太陽の光さえ届かない。窓もの何もない牢獄のような部屋で、ムラクモは一人立っていた。
「……ここも変わらず……いつも通りだな」
それでいい、何もないことが平和なのだ。それは誰でも願うことだろう。だが、このままではちっとも面白くない。
味気のない生を送るつもりはない。少しは刺激のあるものを送っていきたいものだ。
「……今日はどちら様かな?」
ムラクモが視線を向けた先に、一人の少女が立っていた。少女は牢獄のような部屋の中に入り、ムラクモに声をかける。
「フヘヘ、見つけるの早いですね。ムラクモさん」
「毎日会ってるじゃないか……『麻弥』」
麻弥と呼んだ少女のことを、ムラクモは少し呆れた目で見詰めると、麻弥は少し照れたような表情をする。
麻弥、フルネームは『
「朝だから良いけどさ。ほら、バンドの方もあるじゃないか」
ムラクモの言う通り、麻弥はバンドに入っている。元より、事務所側の意向でアイドルのバンドを学園ですることになっていたのだ。
それも態々、学園に入学し、生徒として活動をしながらバンドをすることになっていたのだ。
「いえ、朝は特に練習はないんです。機材のチェックはムラクモさんに会ってから済ませるので大丈夫です」
ムラクモの隣に座り、笑みを浮かべる。それを見て、ムラクモは改めて実感することになる。
やはり、今は平和であると。
そう実感したムラクモは麻弥と同じように笑みを浮かべ、立ち上がる。
「さて、ここは太陽がない。こんな日差しの当たらないところにいるより、部屋の外に出た方が良いぜ」
「そうですね。では、行きましょうか」
ムラクモは朝と夜にしか部屋に戻らない。それを知っている麻弥は、部屋を出るムラクモの後ろについていく。
部屋を出ると、辺りが少し暗いことに気づく。耳をすませなくても分かることだが、雨が降っていた。
「麻弥……雨だってことを知ってて言ったな?」
苦笑を浮かべたムラクモは、麻弥に尋ねると、「フヘヘ」という彼女独特な笑い声がした。
「はい、分かってましたよ?」
「そういうのは、俺だけの時にしか見せないよねぇ……ったく……太陽はなし、雨だけか」
だがそれでも、ムラクモは部屋に戻ろうともしない。いつも通りの生活をする。
「それじゃあな。今日も一日、お前の周りが平和であることを思っとくよ」
「決まって言いますよね。ムラクモさん」
「何もないことが平和さ、それが好きなだけだよ。それに、面倒事は避けたいんでね」
背を向けながら告げたムラクモは、廊下を歩きだす。いつも平和であることを望んでいるムラクモは変わっていない。少なくとも、自分が初めてムラクモを見たあの時から。
昼頃、ムラクモは屋上にいた。雨に打たれながらも、屋上に居続けるのだ。
そんなムラクモを心配し、屋上にやって来る少女がいる。
「ムラクモ、またそこにいるのか。風邪を引くぞ」
「俺に風邪はない。っていうか、昼頃に来るのが日課になっているな、怜」
「それも、昨日聞いた。ほぼ毎日のように聞いているのだが?」
「すまんすまん」とムラクモは悪気無さそうに謝るものの、彼女はそれを許してしまう。ムラクモはそれをわかって言ったのだ。
『
ムラクモとは基本、縁のない関係であるが、怜にはムラクモに恩があるのだ。
「まだ、あの時のことで恩返しをしようとしてんのか?」
「──────────」
ムラクモの言ったことは図星だった。怜は顔を伏せ、小さく頷く。怜の顔は見えていないものの、頷いたことに気づいたムラクモは立ち上がり、怜に向き合う形に立つ。
「別にいんだよ、そういうの。俺にとって最高の恩返しは、平和に生きていることだけだからさ」
「ムラクモ………」
怜は驚いた表情をし、顔をあげる。そこには、ムラクモが笑みを浮かべていた。
「悲しい顔なんてしてほしくない。お前は、笑顔の方が似合ってる」
「……そうか」
ムラクモの素直な言葉だった。怜は、笑っていた方がいい。それは、ムラクモが感じていたことだった。
「……そうだな。私が少し思い込んでいたようだ」
「ま、よく思い込むのは怜らしいけどな」
「かといって、このまま穏便に済むとは思ってないだろうな」
「あちゃあ、やっぱダメ?」
「ダメだ」
「はいはい、分かりましたよ」
微笑んだ怜は頷く。このまま穏便に済ませようとしたのに気づいたのか、ジト目で見詰めると、悪戯っ子っぽい笑みを浮かべたムラクモが尋ねると、即断言した。
屋上から中に入るムラクモの体は雨に打たれていたため、びしょびしょになっていた。
「もう……体を拭かないとだな」
「雨が降ってても屋上にいるの分かってるから、タオル持ってきてるだろ?」
「全く……自分でもタオルは持ってくるべきだぞ?」
怜の顔には、自然と笑みが生まれていた。
怜が持ってきていたタオルで、ムラクモは体を拭く。怜もそれを手伝う。
「昼食、持ってきたぞ」
「あぁ……いつもありがとな。別に、持ってこなくてもいんだぞ?」
「いや、いいんだ。もう日課になっているしな」
怜が昼頃に来るのが日課になっていたのは、昼食を必要としないムラクモが心配なったことで、昼食を自分で作り、持ってくるようになっていたのだ。
「晴れていれば、屋上で食べられるのだが……」
「今日は、怜の部屋で食べるか?」
晴れている場合であれば、怜の言う通りに屋上で食べている。雨の場合は二人の気分に合わせて場所を変えて食べている。
ムラクモの提案に頷いた怜は立ち上がり、歩き出す。ムラクモはタオルをもって、怜の後ろについていく。
「今日は、ムラクモの好きな食べ物だぞ」
「そうなのか。こりゃ、端から見ると夫婦だな」
怜の言ったことに反応したムラクモはふと、素直な感想を溢した。
「は、恥ずかしいことを言わないでくれないか……?」
赤面しながら、怜は呟くように尋ねると、ムラクモは「そうだな、流石にやり過ぎた」と反省している様子を見せた。
部屋に入ると、怜はムラクモの方へと振り向き、服を渡す。
「濡れたままじゃ他のものも濡れる。着替えてくれ」
「はいよ」
ムラクモに服を渡し、急ぎ足で部屋のドアを開けて入ると、ムラクモは怜のいない一室で渡された服で着替えた。
「ん、着替えたぜ」
「あぁ、入っていいぞ」
着替えたことを怜に告げると、部屋に入ってもいいということを言われ、ムラクモは言われた通りに部屋の中に入る。
怜は食事ができるように準備をしていたようだ。ムラクモの好きな食べ物はおにぎりだった。
「そういえば、私の作るおにぎりが一番好きだと言っていたな」
「ん? あぁ、本当のことだぞ。俺は、怜の作るおにぎりが一番旨くて好きだ」
怜の作ったおにぎりを頬張りながら、怜が思い出したことを言ったのに反応し、ムラクモも同じように思い出しながら話した。
「……良いのか? もっといいものは作れるのだが……」
「良いの良いの、こういう質素なのが俺には合ってるの」
もっと豪華なものを食べさせてやりたいという思いが怜の中にはあるのだろう。しかし、ムラクモはそれを否定し、今のままでいいという。
「うん、ごちそうさん。旨かった」
「ありがとう。私にとって、その言葉が一番の誉め言葉だ」
「んなこと言わなくたっていい。それは一番、俺もお前も分かってることだから」
昼食を食べ終えた二人は、会話を挟む。怜が盛るように話しているのを聞いたムラクモは分かりきったことは言わなくてもいい。怜もそれは知っていると解釈させるような言い方をした。
だが、怜がそれを言うのには理由があるのだ。
「そうだな。でも、言わせてくれ。私は、その言葉で幸せを実感できているのだからな」
「そうか。余計なことを言ってしまったみてぇだな。悪い」
「謝らなくていい。私も、ムラクモの心遣いには感謝しているからな」
二人はそれぞれ、お互いに思うことがあるのだろう。すれ違っているように感じる怜は、それをムラクモに言い出せずにいる。
暫くして、ムラクモが欠伸をした。
「眠いのか?」
それを見ていた怜の問いに、ムラクモは頷いた。
「どうやら、そうみたいだ。悪いが、寝かせてくれないか?」
「あぁ、いいぞ」
ムラクモが尋ねると、怜はそれを快く受け入れた。
すると、怜は自分のベッドの方へと行き、ポンポンと膝を軽く叩く。
「頭をのせて寝てもいいぞ?」
「それじゃ、お言葉に甘えますかね」
怜がしようとしていたのは膝枕だった。ムラクモはそれに甘えて、頭を怜の膝の上にのせて眠る。
怜はムラクモの頭を撫でながら、小さな声で呟く。
「ムラクモ……私は、一緒に居れるだけで幸せなんだ。この何気ない日常が一番なんだ……」
ムラクモの耳には届かない、怜だけが知るムラクモに秘めた思い。
恋する乙女のように、まだ怜には、思いを告げることは難しそうだ。
次回は爛の日常。
因みに、今回の話で登場したキャラクターがでてくるゲームは、この物語にどんどんと捩じ込んでいくつもりです。(基本、関係するのはムラクモ辺りですが)