「————これはある少女のお話…」
————————
「ねえ、ラケル!どうして私のぬいぐるみを勝手に取るの!?」
「…………」
その少女は笑みを浮かべるだけで返事をしない
「どうして笑っているの!?信じられない!!」
ドンっ
赤髪の少女はカッとなりその少女を突き飛ばす
「あっ—————」
その場所が悪く少女は階段から転げ落ちる
「———ラケルっ!!」
———————————
ピッピッピッピッ
ベッドの上で眠っているラケルを赤髪の男性が側で見ている
「この子は助かるのか……!」
隣に立っていた医者に鋭い眼差しで問う
医者はオドオドとしながら、視線を陰に落とす。それを見た赤髪の男性、ラケルとレアの父親であるジェフサ・クラウディウスはその様子を見て怒りを露わにする
すると医者は言いづらそうに口を開く
「……偏食因子の投与なら助かるかもしれません」
「偏食因子だと……!それだとラケルがアラガミ化するではないのか!」
「極東支部ではこの成功例があります。ヨハネス氏の息子でソーマ・シックザールがそうです」
神機の開発の最前線にいた人物の名を聞き、渋い顔をする
もし失敗すれば娘をアラガミにしてしまう。しかし、このままでは娘を失ってしまう
「…偏食因子の投与を頼む…」
微かな声でジェフサは答えた
————————————
目を覚ますと見慣れた天井があった。重い体を起こすと体の中に違和感を感じた。どこからともなく力が溢れてくるような感覚だ。五感も以前よりも鋭くなっている気がする。鳥の鳴き声、草木が揺れる音、廊下から聞こえる足音
「……ラケル?……ラケル!!」
様子を見に来たレアはラケルに抱きつく。そして謝罪する
「…ごめんなさい!私、そんなつもりじゃなかったの…」
ラケルはあの時と変わらない笑みを浮かべそっとレアの肩に手を置く
「大丈夫よ、姉様。気にしてないよ」
それを聞いたレアは思わず涙を流す
「…あぁ、ラケル…ラケル……もう私怒らないから…ぬいぐるみもラケルにあげる……!」
「本当…?嬉しいわ、姉様。約束よ?」
それから数週間が経った
「ねぇ、お父様、私前よりずっとずっとラケルと仲良くなったのよ」
外で車椅子に座っているラケルを少し離れた所で見つつレアはジェフサに最近のラケルとの日々を語る
「そうか…父さんも嬉しいよ。二人が仲良くなれて良かった」
するとレアは少し表情を暗くする
「でもね、たまに話しかけてもボーとしていたり、今みたいに一人で何か言っている時があるの」
ザーザー
草木がゆらゆらと風に揺られそれを見ているのか、他のものを見ているのかわからないラケルがぽつんと車椅子に座っている
ジェフサはレアの頭にポンっと手を置き優しく微笑む
「はははっ心配しなくてもいいさ。私も幼い頃はああやって揺れる草木や動物たちに話しかけたりしていたものさ。自然と対話するのは研究者に求められるスキルだから、ラケルは将来立派な研究者になるかもしれないな」
その言葉は冗談なのではなく、将来の自分の後を継ぐのであろう人物を見つけたような希望に満ち溢れた表情だった
レアはその顔を見てラケルを方を向くと少し考えるような仕草をした。そして、父親の方に向き直る
「…それなら、私も研究者になる!ラケルと一緒に凄い研究者になってみせるわね」
ポンっとレアの頭の上に手を置き、レアと同じ目線の高さで目を合わせる
「そうだな。レアとラケルならきっと私よりもずっと素晴らしい研究者になれるさ」
「うん!」
「わかってるよ。ちゃんと全部食べるのが偉いんだよね?うん、私見つけるよ、どんなものでも食べられるそんな人を…」
ラケルのその言葉は風の音と共に流させれていった
———————月日は流れる
状況は深刻だった
「どうしてだ!ラケル!答えるんだ!!なぜあんなことをした……!」
「先程言った通りですわ、お父様。全ては来たるべき晩餐の時と下ごしらえです」
「なにを…そんなことのために
父の普段は見せない激怒にレアは肩を震わせその場をただ見ることしかできなかった。そして目的のために命すら軽視するラケルに恐怖を感じた
「…これ以上は話しても無駄なようだな。このことは私が本部に報告する。それまでにもっとマシな弁論を用意しておくんだ」
ジェフサは俯いたまま部屋を出ていった
「ラ、ラケル……」
我にかえったレアはラケルに震える声で声をかける
「大丈夫ですよ、姉様。準備はもうしています」
「準備って……なんの…」
「……まさか自分の娘を訴える日が来るとは…」
深い失望感と娘を査問会に送る無念さが混じり空虚な感じがした
だが、それはすぐに変わった
ガチャン!
「グゥゥゥゥウ!」
そこにいたのは巨大な機械のような
「アラガミ…!?いや、これは…!!!」
グシャァァァァア!!
「なに…これ…」
レアは目の前の光景が信じられなかった。車は爆発して炎上しており、その周りには何かが砕け散ったようなものが散乱していた。
「うっ…うぇ……」
それをよく見ると赤い肉片だった。考えなくてもわかる。これは…この人は……父、ジェフサのものだ—————
誰が何の為にこんなことをしたのか、否、こんなことをするのは、こんなことができるのは一人しかいない。
「ラケル…あなた…」
レアの後ろから車椅子に乗ったままラケルが出て来る。父の酷い姿を見ると冷たい笑みを浮かべる
「荒ぶる神の贄となるのです。お父様」
そう一言だけ呟いた
「—————————荒ぶる神はいつも私の中で私が進むべき道をやるべき行いを示してくれました。しかし、ある日を境にその声は聞こえなくなりました。」
語り終えたラケルはジュリウス達を見つめた。彼らは蛇に睨まれたかのように動くことができない。彼女から感じるアラガミの気配。それは今まで戦ってきたアラガミよりも濃く、強いものだった
「なのに…!」
その言葉には怒りが込められていた
「お前達は私の元から去った!荒ぶる神の意志に背き今こうして無駄な抵抗をする!この世界の秩序を崩して来たるべき終焉の時から逃げて傲慢に生き長らえようとする!」
普段のラケルには想像がつかない口調で激怒を露わにする
「ラケル……お前は……!」
「もういいです」
ガシャン!!
「グオォォォォオオオォ!!」
唸り声と共に上から降りてきたのは巨大な神機兵のような、もはや怪物と呼ぶべきであろうものだった
「神機兵…いや、これは…」
「私が最初に作った神機兵…けど、終焉をもたらすものでもある」
巨大な神機兵は唸り声をあげて戦闘態勢に入る
「くっ…!皆!やるぞ!」
「「了解!!」」
「患者のみんなを頼みます!」
シエルたちと合流した第一部隊は患者の救助を終わらせて、輸送班に極東支部まで連れて行ってもらうように頼んだ
「次はこの瓦礫をどうにかしないと」
目の前の天井が崩れた残骸を前にカノンが前に出る
「私に任せて下さい!みんなはあるべく距離をとって下さい」
カノンに皆は頷き距離をとる
瓦礫に銃口を向け爆破系のバレットを打ち込む
「ふんっ!」
トゴオォオォォン!!
ガラガラと音を立て、爆破の衝撃で発生した煙の奥には瓦礫が綺麗に粉砕され奥に進めるようになっていた
「相変わらずすげぇ破壊力だな」
コウタが苦笑いしながら言った
「俺たちはどうする?」
ソーマは通路の奥を見ながら問う
「患者たちと一緒にフライアを出て、キワムの援護に向かおう。きっとブラッドのみんなが上手くやってくれるはずだ。患者たちのところにアラガミが出ても大丈夫なように同行しよう」
「了解だ」
「わかったー」
シオが元気よく返事を返す。カノンはキワムのことが心配で一刻も早く彼のもとに行きたそうにしている
「よし、行こう!」
フライア外
「もうこの域までアラガミは到達しているのか…」
キワムはフルバーストした自信の神機を見ながら呟く
今キワムが対峙しているのはグボロ・グボロの感応種であり、新種だ。敵の能力は周囲のアラガミを活性化させ、能力の向上をさせるものであり、ジュリウスの血の力やマルドゥークの強制活性化と似たような能力だ
キワムの予感はいずれ
「けど、今はこの
終焉捕食…それも人為的に引き起こされるものだ。なんとしてでも止めなければならない。自分たちを信じて極東で戦っている皆のためにも
「はぁっ!」
グボロ・グボロの感応波によってフルバーストしたキワムは地面をえぐるほど踏み込み一気に距離を詰める。新種の感応種とはいえども、単体ではフルバーストしたキワムには到底敵うはずもない
ザシュュュュ!ブシ!ズシュ!ズザザザザザザザ!!
目にも止まらない嵐の乱撃にグボロ・グボロの感応種は避けることも反撃することもできない
「グオォォオォォ……」
そのまま撃沈した
「本命のお出ましだな」
「グルルルル…」
「久しぶりだな…今度は逃げるんじゃねぇぞ…神速種!」
キワムの前に現れたのはハンニバルの変異体だ。動きが早いハンニバルがさらにスピードとパワーが増し、より人間のような動きをとるようになったハンニバル神速種。以前キワムが極東周辺をさまよっていた時に偶然遭遇し、戦った相手だ。
「———————!!!」
両者が同時に動き出す。ハンニバルは鋭い爪で、キワムは一瞬の斬撃で攻撃する
ガキィィィイイン!!
戦闘音が遅れて発生する。両者の動きは神速かつ的確である
(前より動きが早くなったか…?)
おそらくアラガミを多く捕食した影響だろう。ハンニバルは重く、素早い攻撃を繰り出す。さらに驚異の反応スピードでキワムの攻撃をかわし、反撃をする
「ちっ」
バックステップで一旦距離をとる
再び攻撃を仕掛けようとしたその時
「ちょいと目ぇ閉じてな!」
上空から声が聞こえたと同時に
バン!
ピイィィィイイン!!
スタングレネードが炸裂した
チカチカする目をゆっくりと開けると懐かしい後ろ姿が二人そこにあった
「随分と久しぶりだなぁ。無事で何よりだ。そんで、遅くなったが言わせてもらうぜ。おかえり、キワム」
「またキワムさんと一緒に戦えるなんて光栄です。おかえりなさい!キワムさん!」
キワムはその言葉を聞いて照れ臭そうに頭をポリポリかく
そして、一息ついて
「…あぁ、ただいま。ユウ、リンドウさん」
今もなお最強と呼ばれる三人がここに揃った