日常的な内容が多くなると思います
カノンとキワムが結婚して二週間が過ぎた。相変わらずアラガミと戦う日々に変わりはないが、それでも束の間の休息に聖域という楽園ができた。
「おはよ〜キワム」
シャッとカーテンが開けられ眩しい日の光がまだ寝ぼけている脳を覚醒させる。部屋の中で感じるほのかな匂いが食欲をそそる。
部屋の真ん中に置かれたテーブルの上にはパンとコーンスープが並び、彼女がコーヒーを渡してくる。
こういう日常をしていると夫婦感が出て、どこか小恥ずかしい気持ちになってしまう。彼女も頬が少し赤くなっており、このやりとりに同じような感覚なのだろう。
渡されたコーヒーを一口飲み、綺麗に盛り付けされた朝食に舌鼓をうつ。元々料理のスキルはある彼女であり、よく作っているお菓子は美味であり、支部の仲間達にも配っているところをよく見る。
朝食を終え、寝巻きから大尉になり配給された新しい制服に袖を通し、どこか新鮮な気持ちと責任感が押し寄せてくる。
「それじゃ、行こうか」
「あ、はい!」
結婚してからかカノンは前のいつもの感じに戻ったような気がする。恐らく心が削がれるような事件が連続して起きたため気を張り続けていたのだろう。
今の状態がリラックスしている万全の状態であるということはキワムにも嬉しいことだ。しかし、嫁であるカノンを戦場に立たせることに抵抗がキワムにあった。
しかし、それを言ったところで彼女の決意は変わらないのだろう。副隊長でもある彼女に戦場に立つななど言えるはずがない。もちろん無理をしないことが第一条件であるため、そのあたりはキワムが目を光らせている。
エレベーターが1階に着き、どこか熱気のこもるロビーに足を踏み入れる。見慣れた景色、慣れた独特の雰囲気だが、少し心が落ちつかないのは結婚したという実感からくるなんとも言えない優越感のような気持ちがあるからなのか、よくわからない。
ただ、それが悪い影響ではないことは確かだ。任務に支障をきたすわけでもなく、いつも通りの戦闘はできている。
「お?新婚さん今日も暑いねー」
からかうような挨拶をしてきたのはいつもお世話になっているリッカだった。彼女のこの遠慮しない態度は時には救われることもあるが時には殴りたくなることもある。しかし、彼女とは神機使いになって以来の仲である。そうそう殴り飛ばすようなことはしない。
「えっあっうぅぅぅ……」
カノンは顔を真っ赤にして押し黙ってしまった。ため息混じりの視線を送ると舌を出して一応謝罪の形をとる。
「で?何か用だったわけ?」
「もうっ冷たいなー。そろそろメディカルチェックをする時期でしょ。任務が終わってからでいいからラボにちゃんと来るんだよ?キワムは誰かさんに似ていっつもすっぽかすんだから!」
誰かさんとはリンドウのことだろう。神機使いになってからはリンドウの背中を見てここまで来たためもろに彼の影響を受けてしまっている。
キワム自身それが悪いこととは思ってないし、周りもそうは思っていない。しかし、彼のサボり癖まで受け継いでしまうと頭を悩ませるのはリッカやヒバリだ。
書類の期限やら任務報告者やら、メディカルチェックやら、彼らはどうにかしてそれらを回避しようと奮闘している。そんなことに必死にならずに別のことに注力してほしいものだ。
「ヒバリさん、今日の任務は?」
キワムとカノンは今日の任務の確認をする。
「今回はコンゴウとガルムの討伐です。今日の任務ではエリナさんが同行するはずですよね?まだ姿を見ていませんが?」
まだ出発まで三十分ほどあるとはいえ、ロビーに降りてきていないのは彼女にしては珍しいことだった。
「あ!遅れてすみません!!」
「噂をすればなんとかですねー」
カノンが声のする方を見る。まだ幼さが見える少女は息を切らしてこちらに走ってくる。
この場合だと任務の前にシミュレーションをしていたのかもしれない。そういった彼女の堅実さにはキワムも頭が上がらない
「えっと、まだ出発まで30分ありますよ。それにあんまり無理はしちゃダメですよ?」
「大丈夫だよ!それに今日はキワムさんと一緒に任務ができて光栄です!カノン副隊長も一緒に頑張ろ!」
そう満面の笑みで握りこぶしをつくり、気合いを入れる。年相応の姿は可愛らしく、頼りになる。
「はははっそれじゃ、頼りにしてるぜ?」
「はいっ!」
「はいっ!」
キワムの言葉に二人はビシッと挨拶をする。
なぜカノンは敬礼までしているのかはわからなかった。
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ラウンジ
「やっぱりムツミちゃんのご飯おいしいねー」
「ふふっありがとうございますナナさん」
ムツミが作った朝食をナナは大きな口を開けてかぶりついている。事件から一段落つき、少し落ち着きを取り戻した極東でほのぼのとした日常を過ごしていた。
ブラッドは現在極東支部所属の特殊部隊として任務についている。フライアの壊滅により、行き場のないブラッドや関係者を引き受けたのはサカキであった。
聖域ではブラッドが中心となって農園を作り、野菜や果物の栽培をしている。畑から採れた野菜を使ったカレーは支部内でも人気が高く、収穫の時期には居住区の人達も呼んでカレーパーティーを開催している。
ジュリウスがカレーは木から採れるというとんでもない勘違いをしていたことはここだけの秘密だ。
「お?ナナちゃんやっぱりここにいたんだ」
「あ、リッカさん!おはようございます!」
ラウンジに入って来たリッカがラウンジで食事をしているナナを見つけ声をかける。この二人は実は結構仲が良く、ナナの作る試作料理や変わったアイテムの制作の手伝いをしている。
今回もナナの新作アイテムの開発に協力しており、こうやって頻繁に会っている。
「けど、ナナちゃんがそんな行動に出るなんて予想外だなー」
不敵な笑みを浮かべてからかうようにナナを見る。ナナは少し頬を赤らめ視線を逸らす。ナナはある決意を固めていた。そして、新作アイテムを作る過程の中で積極的にアピールをして、にわかにだが、良い手応えがあった。
後は今回の新作アイテムの成功と勇気がいるだけ。祭りで見た打ち上げ花火を参考にした特殊なスタングレネード。
「その名もときめきグレネード!」
握りこぶしを作り、ガッツポーズを決める。ときめきグレネードの構想は完成している。後は素材を集め、リッカが完成させるだけだ。今回はサカキも興味深いねと協力してくれるそうだ。
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黎明の亡都
「で、今回も新作アイテムの素材集め?」
「うん!そうなんだ!さぁて、ここで問題です!今回はどんな感じのアイテムを作るでしょうか?」
「スタングレネード系のやつ?」
「うわぁっ!?なんでわかったの!?」
ナナはヒロを連れて黎明の亡都に来ていた。対象はヴァジュラ。ヴァジュラの素材を応用してときめきグレネードを作る。その他にもこの辺りで取れる素材を集めることも目的の一つだ。
ヴァジュラは一体だけで活動しており、難敵でもない。十分もあれば、難なく討伐することができるだろう。だが、戦場で油断は禁物だ。いかなる時も警戒を怠ってはいけない。常に死と隣り合わせの場所が戦場。神機を握りしめ、こちらに気付いていないヴァジュラに後ろから接近する。
「俺が銃で足止めするから、右足を潰して機動力を奪ってくれ。そんで、その後は袋叩きにして任務完了だ」
「りょーかいです!」
ビシッと敬礼を決めてナナのブーストハンマーの攻撃範囲まで詰め寄る。
「よしっ行けるよ」
ナナが親指を立てサムズアップ。それに頷いてヒロが銃を構え標準を合わせる。
「ここだ」
ヒロの正確な銃弾がヴァジュラの右足を捉える。死角からの攻撃に反応も出来ず、ダウンする。すかさずナナがブーストを展開、ブーストを利用した高速の突進でヴァジュラの右足を殴り潰す。
悲鳴を上げ、潰れた足でなんとか態勢を整えようともがく。しかし、その隙丸出しの敵に容赦などしない。
ヒロとナナがブラッドアーツを発動。ヒロの蒼い斬撃とナナの地面を抉り、衝撃波が体を貫く打撃がヴァジュラに炸裂。血肉を弾き飛ばし、血飛沫で地面を赤く染め、断末魔を上げ力なく倒れる。一瞬の業技である。息のあったコンビネーションで任務開始から丁度十分で完了した。
『相変わらず早いですね…サポート甲斐がないですよ』
苦笑混じりのアナウンスをしてくるのはブラッドも同じく、極東に移転したフランだ。彼女の希望もあり、現在は極東のオペレーターとして神機使いのサポートをしている。その技術はヒバリも認めるほどだ。
任務が完了し、帰りのヘリに乗り込む。素材は充分に集まり、後はリッカとサカキのところに持って行くだけである。そして、完成したときめきグレネードの実験にヒロに同行してもらい……
その先のことを考えると自然と顔が赤くなってしまう。同時に不安も募る。もしもの時はどうすればいいのか、それから先彼にどう接すればいいのかわからない。だが、もう決意した。今更引き返すなどしたくない。気持ちさえあれば大丈夫のはずだ。きっと気持ちは伝わる。
募る羞恥と焦燥感を押し殺し、来るべき日のために今やるべきことをしっかりするべき。
ヘリのプロペラ音がやけに大きく感じ、支部までの帰り道が少しだけ長く感じた。
更新遅くなりました汗