近々特別編を投稿しようと思います。
「ずいぶん待った割に、始まってみれば思いのほかあっさりだな」
「え?」
「ああ、悪い。外に出たらっていうあの話だ」
「ああ、確かにそうだね」
牢屋にいた頃はこの状況をどれほど待ち望んだことだろうか。自由を勝ち取りたい一心でいつかくるかもしれないチャンスを見逃さないように日々過ごしていた。
「外に出れたはいいが、ここで最初の問題だ。俺たちは外に出て何をする?何を成し遂げる?」
「うーん、俺はここで働くのもいいと思うけど」
だが、それは難しいことはわかっている。俺たちは今もペニーウォート所属になっている。そしてこの船に乗っているいるのもペニーウォートの連中がいるミナトまで連れて行ってもらうためだからだ。
俺たちはそんなこと望んじゃいないのに。
「俺は前からずっと考えてた夢がある」
「夢…か」
生きることで精一杯だった日々。夢を語る余裕なんて俺にはなかった。でもユウゴはいつも俺たちに希望を持つことを言い聞かせてきた。
「ここから先は実力の世界。とにかく稼いで自由を買い取るんだ」
「いいと思う。もうあの場所に戻るとか絶対無理だし」
だろ?とユウゴは広角をあげる。
「そして俺たちのミナトをつくるんだ。全員で助け合ってお互いの夢を支え合う、そんなミナトをな。けど、そのためにはお前の力が必要だ。俺の夢に、乗ってくれるか?」
「もちろん。その夢の先まで付き合うさ」
「ああ、ありがとう。夢の先…か。そうだな、これからもよろしく頼む。これでお前も共犯だからな?」
そう言ってユウゴはニッと笑い、いつか俺に見せたような表現を見せた。そう、これはまだ序章に過ぎない。これから先、まだまだ困難が待ち受けているだろう。だからこそ仲間と夢を支え合うのだ。
「よし、ガキ共に伝えてくるか。怯える必要なんてないってな。今は嘘になるかもしれねえが、いつか本当にしちまえばいい」
いつかAGEへの待遇が改善され、自由を手に入れたらみんなが自由に暮らせるミナトを実現させる。
このことはジーク達にも伝え、みんな賛成してくれた。まだ先は長いかもしれないが希望はあるほうがいい。明日のことを考えられるそんな場所をつくろう。
リヒト、ジーク、ユウゴはロビーに戻るとクレアとイルダがいて、イルダが声をかけてきた。
「エイミーから聞いた?所属不明のキャラバンの救難信号を拾ったの。この近くからだと…バランの船かしら。正直あのミナトとはあまり関わりたくないのよね…」
「バランって?」
ジークの質問にイルダは眼鏡の位置を調節しながら答えた。
「表向きは贅沢な資金力と技術力で支えられた裕福なミナトなんだけど…数あるミナトの中でも最もAGEに対して非人道的な扱いをするミナトなのよ…闘争本能を養うためにAGE同士で……」
「イルダ…その話はもういい」
リヒトの表情は表現が難しい。険しいような悲しいような、ただ、悪い雰囲気だけは感じ取れた。
「……ごめんなさい。とにかく、何が起きても不思議ではないから」
何故AGEがこんな扱いを受けなければならないのだろうか。何が原因なのか。どいつもこいつもAGEをモノ扱いしやがる。ふざけやがって…!
「リヒト…」
クレアはここにいることが辛かった。自分が彼らとは違う立場だからだ。もしかしたら彼らは本心では自分のことを憎んでいるのかもしれない。そう思うと苦しかった。
「…なんかごめんな!とにかく今は現場に向かおう」
「ああ、そうだな」
重い雰囲気の中、リヒトはなるべく明るい声で言った。クレアの思い詰めた顔を見て少し反省した。
「…皆さん、気をつけてくださいね」
エイミーに見送られ四人は灰域に侵された外に向かう。
救難信号があった場所はここからそう遠くはない。灰域濃度は今は高くはないが、時間経過で高くなる可能性がある。迅速な対応が求められる。
それにイルダから聞いたとおりバランだとするといろいろと面倒そうだ。警戒は最後まで解けない。
道中アラガミに遭遇することなく順調に進めた。
「…あっ!いた!」
クレアの視線の先に一人の女性が倒れているのを確認した。その女性の手には神機が握られており、両腕にはめられた腕輪からAGEだとわかる。
クレアはその女性の元へ走る。
「っ!待て!」
ユウゴ、リヒトは嫌な予感で鳥肌が立ちクレアを引き止めたがすでに遅かった。
「——!」
その女性は瞬時に起き上がると神機を掴みクレアに飛び込んだ。
「えっ…?」
クレアは警戒を解いていたため完全な不意をつかれた。スローモーションのように世界がゆっくりと動いているように錯覚する。
ゆっくりと、しかし、確実に迫ってくる死がクレアの身を凍らす。ただ、目の前に迫る死神を見つめることしかできない。
「クレアっ!!」
「っ!!」
ギィィンッ!!
神機と神機が交わり金属音が響く。クレアと女性の間に割って入ったのはリヒトだ。リヒトはクレアを庇うように盾を展開し女性、バランのAGEの一撃を食い止めた。
「クレア!一旦下がって!ここは俺がなんとかする!」
「えっ…!?えっ?」
クレアはまだ状況の把握ができず身動きが取れない。
それをチャンスとみたバランのAGEは神機を切り上げリヒトのバランスを崩し腹に蹴りを入れる。
「うぐっ…」
リヒトは仰け反り腹を蹴られた衝撃で膝から落ちそうになる。
「リヒト…!?」
バランのAGEはすかさず対象をクレアに切り替え神機を振りかぶる。しかし、本気で斬るつまりはないのか峰打ちをしようとしている。
(こいつ…!)
リヒトは右足で踏ん張り一瞬の判断をする。神機を拾うか拾わないか。神機を拾えば間に合わない。ならば方法は一つだ。
「届け!」
リヒトはクレアを抱きしめるように覆い被さりバランのAGEの一撃を背中に受ける。
「あがっ!」
「リヒト!」
バランのAGEはそのまま薙ぎ払い二人をふき飛ばす。
「くっ!」
「きゃあ!」
二人は地面を転がりクレアはすぐに止まったが、リヒトは少し離れたところまで転がった。
リヒトは地面に叩きつけられたことで額から血を流し苦しそうにもがく。
「てめぇえっ!!」
リヒトがやられユウゴが怒りの一振りを繰り出す。
「くっ!」
バランのAGEは受け止めきれず突き飛ばされるがすぐに態勢を整え反撃に移る。
「おりゃあ!はぁ!」
横からジークが割って入り2度神機を振り切る。が、それは空振りに終わった。
ジークにできた一瞬の隙を補うように後ろからユウゴから迫る。神機がぶつかり合う衝撃が走り火花を散らして互いに攻防する。
「…アクセルトリガー、起動…!」
「なっ!?」
バランのAGEが何か呟いたと同時にオラクルが彼女を纏い、凄まじい一撃で二人を振り払う。
「な、なんだあれ!?」
彼女の急激な戦闘能力の向上に戸惑っていると背後に気配を感じ瞬時に反応するが、時既に遅し。首に神機を突き付けられジークは人質に取られてしまった。
「くそっ…!」
こうなってはユウゴたちも簡単に手を出せなくなる。
「ハァ…ハァ…神機を…捨てろ…早く!」
彼女は息を切らしながらもその眼光は鋭いままだ。ユウゴとリヒト、クレアは神機を手放すしかない。
「目的を言え」
ユウゴは彼女を止められなかった自分の不甲斐なさに苛立ちとジークを人質に取られた焦りで切迫詰まった様子だ。
ビビっ
『ユウゴさん!聞こえますか!?今の戦闘反応はどういうことですかっ?』
エイミーも困惑しているだろうが、今は応答できない。
クレアにとってゴッドイーター同士で斬り合うなど前代未聞だ。だが、これがAGEの現状であり、特にバランに所属している目の前の彼女は何度もこのような経験を繰り返してきたのかもしれない。
「…貴様たちの司令部と話をさせろ」
概ね予想はしていたがここで彼女にイルダと話をさせることはイルダに危険が伴う可能性がある。容易な判断はできない。
状況を伝え、イルダの判断に任せるしかないようだ。
「オーナー!先程の戦闘の映像です」
エイミーから手渡された端末で映像を見る。イルダはそれを見て驚いた。
「アクセルトリガー…!まさか、実用化されているなんて…!」
端末をエイミーに返したイルダは深く考え込んでいる。
ビビっ
エイミーに端末が渡ったと直後にユウゴからの通信が入った。
「ユウゴさんからの通信、繋ぎます」
『イルダ、これから対象に変わる。話があるそうだ」
「……どうぞ」
「こちらはバラン所属のAGE、コードネーム『ルル』だ」
彼女の声はクレアとは対照的に固いイメージだ。
「任務中に所属船とはぐれて帰還方法を失った。バランまで輸送を頼みたい」
「…ずいぶんと手荒な挨拶だったようだけど?」
「その点については謝罪する。危害を加える意図はない」
「いや、結構やられたんだけどね」
「ジーク、空気読め」
「手加減はした。我々はこれ以外の方法を教えてられていない」
彼女の発言からもバランの素性が把握できる。一体どんな扱いをされてきたというのだろうか。
「まずはそちらの言うことが本当かどうかこちらでバランに問い合わせてもらうけど、いいわね?」
「…わかった」
イルダがバランに問い合わせいる間、現場ではなんとも言えない雰囲気になっていた。
ジークは拘束されたままで緊張した様子だ。
ユウゴは斬り合った神機に異常がないか確認をしている。
クレアは応急箱を取り出しリヒトの手当てをしている。
「いてて、膝擦った…」
「ごめんなさい…私のせいで…」
クレアは申し訳なさそうに回復球を取り出し膝に当てた。なんだかとても勿体ない使い方をしているように思うが、ここでそれを言うと余計にクレアが凹みそうなためリヒトは素直に治療してもらった。
「いや、クレアのせいじゃないよ。俺も少し油断してた。まさかあんなカラクリを使うなんて思わなかったからな」
カラクリとはルルと名乗る彼女が使用した神機を一時的に活性化される、いわば、強行手段のようなものだ。あれは同じ神機使いとしてわかるが、下手に使えば自身の神機に喰われかねない危険なものだ。
それを使いこなしてみせた彼女は間違いなく本物の強者ということを示すに充分だった。
「でも…」
人というのはそう簡単に切り替えられるものじゃない。クレアのような責任感が強い人は尚更だ。
こういう時は『あれ』をよくしていたものだ。
「……えっ?」
「あの時もこうしてたっけ」
ポンとクレアの頭に手を乗せ、もう一度頭に手を乗せた。
「……っ!!」
「あれ?クレア?」
クレアは自分が茹でたこにでもなってしまったのではないかと錯覚するほど顔が熱くなり、頬にとどまらず顔全体が赤く染まっていく。
恥ずかしいというのが大半であるのだが、嬉しいというか、懐かしいような、ただ、嫌な気持ちというは全くしなかった。
一つ問題があるとすれば、今この状況で自分がどういう行動をとればいいのか全くわからないといことだ。あの時の自分がどんな行動をしたのかいまいち覚えていない。
ただ、彼に頭を撫でられたことが嬉しくて、不安が取り除かれたような感覚がしたということは覚えている。
「えっと……あの…」
クレアのキャパシティがクラッシュ寸前のところでジークが叫んだ。
「俺のこと忘れてない!?」
「「ん?」」
「ん?じゃねーよ!!俺今、人質!拘束されてる!助けて!」
「この状況で下手に動けばお前がどうなるかわからないだろ?」
「にしてはユウゴ、てめーやけに落ち着いてんな!おぉい!そこの二人!二人だけの世界に入るな!!少しは緊迫した雰囲気だせよ!?」
クレアとリヒトに叫び助けを求める。だが、その声の大きさにジークを人質にしている本人、ルルは眉をしかめた。
「うるさい」
「ぐ、ごぇぇ…もう…だめだ…お、お前ら…許さん…」
首をきつく閉められジークが昇天しかけたその時だった。
クリサンセマムの船がリヒトたちの前に到着し、ゲートが開くとそこから一人の女性が歩いて来た。
「貴方がルルね」
「なっ!?イルダ!?なんでここに?」
イルダの登場にジークは安堵と他の皆への憎悪の感情を入り混ぜている。
「バランに問い合わせてみたけど、ルルという人物はバランにはいないとの返答だったわ」
「そんな…っ!私はさっきまで任務を…!」
そこまで言ってルルは何かを悟ったのか膝から崩れ落ち、拘束を解除されたジークはすぐさまその場を離れリヒト達の元に駆け寄った。
「お前らなぁ」
「ごめんちょ」
「それで許されるとおもってんの!?」
ここまでくるとジークはもう諦めて落胆するルルの様子を伺う。
『バランにルルという人物はいない』その言葉の意味をリヒトは理解した。
「私は…捨てられた……」
そう言葉をこぼしたルルに敵意も戦意も無くなっていた。リヒトたちは警戒を解き、イルダの元に駆け寄る。
「イルダ、ルルが捨てられたってどういうことだ?」
「その言葉通りの意味よ。バランは既にルルがいたという経緯を全て抹消したのよ。使えなくなったら捨てる。バランがやりそうなことよ」
「くっ…どいつもこいつも俺たちAGEをモノ扱いしやがって」
ユウゴの言葉に皆が俯く。イルダは一息ついて少し大きめの声で話した。
「とにかく、一旦船に戻りましょう。話はそれからでもできるわ。ルル、あなたはこれからどうするつもり?」
「私は……私は…もう、居場所がない」
「イルダ」
ユウゴとリヒトがイルダを見る。その意味を理解しているイルダはため息をついた。
「ここにいてもどうすることもできないわ。ルル、あなたが望むならこのに船にひとまず乗りなさい。このまま見捨てるなんてことは流石にできないから」
イルダの言葉に皆は安堵の表情を浮かべた。
「いいの…か?私は皆を襲ったんだぞ?」
「昨日の敵は明日の友って言うだろ。ここにいたところでアラガミに喰われるだけだ。とりあえず、今は船に乗った方がいいよ」
リヒトはルルの肩を軽く叩いて、手を引いてルルを立たせる。
「…すまない」
「そうね。船に乗せるのであれば、さっきの戦闘中で見せた
「わかった。私が知っていることは全て話す」
「さて、そうとなれば決まりよ。みんな、船に乗りなさい。神機の整備しないとでしょ?」
「なんかドッと疲れたなぁ。あ、俺ずっと拘束されてたからか」
「もうジークのキャラが決まってきたな」
「う、うん…そうだね」
苦笑しつつ、船に乗り込む。一時的に同席することになったルルを迎えて。