魔法界において生き残る秘訣は魔力の強さに非ず。コミュニケーション能力。これに限る。というのも20世紀も終わろうとしているこのご時世、魔法使いが杖でできることは多少の手間とお金をかければマグルでも可能だからだ。
火をつけろと言われたらライターがあるし、皿の汚れを落とせと言われたら食洗機にぶち込んでやる。大抵の家事は僕に任せてくれ。そこいらの主婦の魔法より完璧にして見せる。自動筆記…はまだ無理だが書くのと聞くのなんて訓練次第。ここにあるコインを消せと言われたら、相手がまばたきしたすきに袖の下に突っ込んでやる。
つまりいくら魔力に劣っていても小手先でごまかせるという訳。尤もそれは呪い破りや闇祓いといった実践的な職業には当てはまらない。しかし、魔法省の中間管理職という僕の役職ならば可能だ。
僕はウラジーミル・プロップ。魔法省大臣上級次官付き秘書。おっと、僕の出世の目のなさに笑う事なかれ。僕にとっちゃこの仕事は天職なのさ。
そう、たとえあのドローレス・アンブリッジの秘書でもね。スクイブすれすれの僕にとってはもうこれ以上ない職なのさ。
さて、秘書の仕事は簡単だ。割り当てられる膨大な業務を噛み砕き、アンブリッジに要点を伝える。雛に日々の糧を分かち合う親鳥のように。
事務仕事は魔法なんてあってもなくてもあまり関係ない仕事なのだ。書類を捲って理解し業務を整理することは魔法ですっ飛ばすことができない。もしどうしても魔法を使わないといけないのならば遠慮なく部下に声をかければいい。そう素晴らしき哉、中間管理職!僕のやる仕事はほとんど書類整理。単純なタスク管理に長けていれば評価されるのだ。
僕は彼女の代わりに考える脳みそであればいい。彼女もそれを了承し、存分に利用している。出会って一年、僕らは心地よい共生関係を構築した。
さて、今日のご飯はこれだよアンブリッジ。
「ハリー・ポッターが告訴されます」
僕の言葉を聞いたアンブリッジは爛々と目を輝かせ、ガマガエルのような大きな口を笑みの形に歪めた。
「まあまあまあ。それじゃあ成功というわけね」
「首尾よく。ただし襲撃の様子を近所のスクイブが目撃したとか…」
「ウラジーミル!たとえここが個室でもその言葉は控えなさい」
「大変失礼致しました」
そう、ハリー・ポッターが吸魂鬼に“襲撃”された。これは現実に起こったことだが事実ではなくなる。これから法廷で描かれる“事実”は「ハリー・ポッターが面白半分にマグルをからかい魔法を使用し、事もあろうに吸魂鬼のせいにしている」というものだからだ。
「…該当吸魂鬼は今どこに?」
「通常業務へ戻っているはずです。残念ながらあれらを識別するすべを我々は持ち合わせておりません」
「まあそれは好都合ね。…ふう、まだまだこれからが本番ね」
アンブリッジは僕の渡した資料を読み始める。裁判の日取りはまだ決定しない。これから先はおそらくアンブリッジとファッジの間で話し合われる事柄で、僕に回ってくるのは裁判員への招集命令だとかそういうつまらない雑務だ。
まあその雑務こそアンブリッジの計画に欠かせないのだ。なんせハリー・ポッターに味方しそうな魔法使いをなるべくはじき、さらに最も手強い人物に不正のないように嘘を伝えなければならない。
さらにこの事件が重大であると示すために一番厳かな法廷を押さえとかなきゃいけない。裁判は舞台装置だ。人々はいくら意識しても雰囲気や空気にのまれる。アンブリッジのご所望するウィゼンガモット10号法廷はかの有名なクラウチの“魔女裁判”にも使われた一番広くて格式高い法廷だ。これを借りるのにどれくらい袖の下を膨らませればいいのやら。
まったくアンブリッジの権力好きにはあきれるが、僕はそんな彼女に尊敬の念すら抱いている。彼女は魔力こそ月並みだが、政治力…とりわけ上へ取り入るバイタリティは常人離れしていた。(その代わり彼女は同僚に嫌われている)彼女の出生を考えると納得も行くが、何も知らない人から見ればその熱量は異常とも取れる。だから彼女はひとりぼっち。
魔法省になんの後ろ盾も無い僕にますますうってつけ。お似合いなのさ。
さて、僕についての説明はまだ十分ではなかったね。
ウラジーミル・ノヴォヴィッチ・プロップ。露系。今年でめでたく三十路を迎える。北の大地では名のしれた純血一族の傍系なのだが、残念ながら僕の魔力は凡人以下。スクイブすれすれだ。
浮遊呪文で浮かせられるのはせいぜい小鳥の羽や毛糸くらい。何かを爆発させろと言われればちょっと火花が散るくらい。解錠呪文をさせようとしたら多分マグルのピッキングのほうがよっぽど早い。
皆さんはメンデルを知ってる?そう、優性の法則。まず魔法族は遺伝子を知らないやつが多い。まあ要するに、僕の母親は混血だった。ついでに僕の祖父もマグル。父親の優性、母親の劣性。巡り巡って遺伝子の神様は僕に微笑まなかったわけ。しかし憐れむことなかれ。時代は僕に味方している。
僕はずっと自分が魔法使いだと詐称して生きてきた。やってきた。やり過ごしてきた。それだけの器量が僕にはあるのさ。神は魔力こそ僕に与えなかったがそれ以外の全てを与えたというわけ。やっぱり礼拝は欠かさずに行くべきだよね。
魔法界におけるスクイブはある種のタブーだ。長らく一家の恥とされ家の中に閉じ込められ、存在を知られることなくゆりかごから墓場までというのが通例だった。
しかし我が誇り高きプロップ家は僕を恥だなんて思わなかった。スクイブと違って、僕はほんの少しだけ魔法が使える。だからスクイブではない。それが父の主張だった。
けれども視力が落ちたら眼鏡をかけるように、魔力が極端に少ない僕には僕向けの矯正器具が必要だった。両親が僕に与えたのは杖ではなく、フーディーニの魔法。要するにイカサマだ。
幸いソヴィエトにはイギリスやアメリカにあるような魔法学校はなかった。だから僕ら家族がイギリスへ亡命したあと、特に集団生活で魔法を披露する機会はなかった。本当に幸運だったと思う。もし僕がホグワーツなんかに入学したら、閉鎖的な環境下で僕の性格はネジ曲がりめちゃくちゃに破壊されただろう。凍土に感謝!溶けない雪にゲレンデが溶けるほどのキスを。
亡命し無事イギリスの魔法使いとして戸籍を手に入れた僕は魔法省へ入省を決め、こつこつと仕事をこなしてガマガエルばばあアンブリッジの元へ流れ着いた。
中々面白い人生だろ。ロックハートとどっちがエンタメ性があるだろうか。結構いい勝負ができそうだが、まあ僕は芸能人ではないからこれからの人生はずっとずっと地味であり続けるだろう。でもそれでいい。そうであるよう祈っている。
僕は地味に地道に配られたカードで勝負していくのさ。政治も愛も戦争も僕の人生には必要ない。僕はただ適度に居心地のいいリビングと、趣味のいいダイニングテーブルと、そこそこ美味しいコーヒー豆があればどこだって幸せだ。
さて、そんな僕ウラジーミル・プロップに与えられた人生最大の試練は「ホグワーツへの出向」だった。
詳しい経緯はまた、後ほど。