【完結】フーディーニの魔法   作:ようぐそうとほうとふ

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10.怒れるポッター

 夕食前の賑やかなひと時。成長期の飢えた少年少女が定刻通りに出てくる彩り豊かな晩餐を今か今かと待っている。ホグズミードで買ったおやつを間食した上級生なんかはまだ席にはいなかったが、今が頃合いだろう。あまりに目立ちすぎてもだめだ。必要最低限な観客と役者は揃っている。

 ドラコが席についたのを確認してから僕は寮ごとのテーブルの間を抜けて、彼に話しかけた。

 

「マルフォイ、いいかな」

「…なんですか?プロップ先生」

 僕が人前でドラコに話しかけるのは初めてだったため彼はやや面食らったが、平静を装い返答した。

 

「今日君の出したレポートについて、いくつかね」

「レポート?ここでわざわざ?」

 

 彼の言いたいことはわかる。

 僕は普段すべての教務を、伝達事項を、規定された労働時間でしかしない。夕食は日給や年俸に含まれていたとしても時給には含まれない。

 ちなみに余談だが、僕の給料はコマ数×ガリオンだ。もっとも食事や部屋代なんかは取られないし、授業で使う羊皮紙やらの備品もタダなので結構いい金になる。他の教員は年単位で給料が出ているし、寮監のスネイプたちは特別手当が出ているはずだが、僕に限って言えば魔法省にも籍を置いたままなので非常勤講師扱いなのだ。一度魔法省を辞めた場合、アンブリッジにとっても僕にとっても面倒な手続きが増えるだけなので教育令22号で特例を作った。こうもポンポンと新しい法令を作ってると遵法している方が馬鹿なんじゃないかって思えてくる。

 また話が逸れた。

 要するに僕がこうやって授業時間外に話しかけてくるというのは、ルシウスから与えられた特別任務を抜きにしたって異常事態だ。案の定他のテーブルの生徒の何人かはこっちを見てる。

 

「看過できない内容だったからね。夕食が終わったら僕の研究室へきたまえ」

 

 そう言い残し、僕は教職員テーブルへ戻った。混乱したドラコとその取り巻きがヒソヒソと何かを話し合っていた。僕はそれを遠巻きに眺める生徒たちの中からグレンジャーを見つけたあと、自分の卓に出てきたキャロットジュースを飲んだ。

 当然ドラコは怒った。怒りながら部屋に入ってきて乱暴に椅子に座り、僕の出した紅茶を無視した。

 

「人前で話しかけるなんて。レポートの内容がなんだ?僕が書いたのはマンドレイクの利用法についての小論文で、しかもふくろう試験対策用にあんたが配ったやつじゃないか!」

「ああ。あれはパフォーマンスだから気にしないで」

 ドラコは顔に塗ったくられた泥を払うように垂れた前髪を元通り完璧な位置へ戻す。僕は完璧な前髪になった彼を無視して話し始める。

「明日か明後日の朝刊、日刊予言者新聞でハリー・ポッターに対する中傷記事が載る」

「いつもの事だろ?」

「いーや。今回ばかりは違うよ。彼の両親の名誉を著しく損ねる記事だ。君はそれを読んで、ポッターに喧嘩をふっかけろ。いいね?」

「…喧嘩をふっかけるのはいいが、なんでそれをあんたに指示されてやらなきゃいけないんだ?」

「おいおいおい…忘れたのか、ドラコ。君のお父さんは僕を助けてやれと言ってたじゃないか」

 僕は初日に彼にそうしたように両手を顔の前で組んだ。希うように。ドラコは長いため息をつくと渋々了承した。

「ちゃんと見て、止めてくれよ。罰則も厳しくやってくれ。あんた、一度も誰かに罰を下したことないよな?」

「ああ。減点も加点もね。僕の仕事じゃないから」

「チッ…」

 ドラコはさも面倒くさそうだった。普段は自分から意気揚々と喧嘩をふっかけに行ってるくせに妙なやつだ。思春期のオトコノコってやつなのか?僕にはわからないな。

 ドラコは僕を疑ってる。

「喧嘩をさせて…その後どうするつもりなんだ?」

「当たり前だろ。怒るのさ」

「そんなことしてなんの意味がある」

「あるんだよ。ドラコ、君女の子と付き合った事あるかい?」

「な、なんだよヤブから棒に。関係ないだろ」

「女の子を口説くようなものさ」

「意味がわからない。あんたは淫行教師になるつもりなのか?」

「まさか」

 僕ははじめからドラコにすべてを教える気なんてさらさらなかった。用件だけ伝えてわざとらしく時計を見て彼を追い出した。彼は不審そうに僕の顔を窺いつつも、父親から言われたことを思い出してからノーとは言えないまま寮へ帰っていった。

 

 午後十時。

 あとニ時間もすればロンドンの地下にある特大の印刷機がごうんごうんと嘶きを上げ、蹄を藁版くらい安価な紙に叩きつける。踏みつけられた紙は罵詈雑言の轍をのこし、それが何枚も何枚も重なって、3時間後にはロンドン中の集配所に行き渡る。それから2時間かけてふくろうたちはイギリス全土に飛び立ち、ポッター中傷記事は全英の、社会に属する善き魔法使いたちのポストに投函される。

 印刷所はインクが特別性だという以外、マグルのものと変わらない。機械油とインクの匂い、あと何日も機械の熱で蒸らされたむさいスクイブの汗の匂いで満ちている。魔法を使えないやつの就職先はだいたいこういう所で、湿気の多い密室に閉じ込められた人間は大抵皮肉っぽくなる。スクイブに皮肉屋が多いのはそのせいだ。

 インクの中に溶け込んでるムーヴィングオイル。この特殊なインクは南アフリカから原材料であるアドリシパを輸入して国内で調合されている。アドリシパは熱帯にしか生えないうねうねと動きまくる植物で、イギリスの消費量は生産国のおおよそ五十倍だった。生産国の五十倍の…ひょっとしたらもっと…インクたちは憎たらしい顔をした政治家の顔になってのべつまくなしにスローガンを叫んだり、シャッターの光に目を細めたり、まるで生産性のないものに変えられ、最後にはゴミ箱に捨てられる。

 南アフリカの魔法使いたちがこぞって生産し、恒久的に動くように日々品種改良を重ねられているアドリシパ。ここでただのゴミになるために作られてるわけじゃないのに。ほぼ永久に動き多様な動作を再現する最高級のインクは、政治家がバカ向けに丁寧にプロパガンダを解説するビラか、エロ本のポルノ女優の特別巻頭グラビアにしか使われない。

 

 僕とドラコが話した翌々日、日刊予言者新聞にはハリー・ポッターの両親への中傷記事が載った。安価なインクで印刷されたリリー・ポッターとジェームズ・ポッターがくっついて離れるだけの単純な動作を燃やされるまで繰り返す。

 手を握り、はにかみ、シャッターに驚き、離れてまた笑う。

 手を握り、はにかみ、シャッターに驚き、離れてまた笑う。

 その上にデカデカと上品ぶった書体で見出しが記されている。墓碑のように。細かく書かれているのは祈りの言葉ではなく、邪推から組み立てられた下卑た妄想文。記者名、リウェイン・シャフィック。彼らの恥辱刑執行係。

 

 

英雄?生き残った男の子はアヒルの子?

 

 根も葉もない噂を喚き散らす魔法界のお騒がせ屋といえばハリー・ポッター。もう皆さん彼の支離滅裂な言動はご存知の通りでしょうが、彼がどうしてそうなったのかについて注意を向ける人はあまりにも少ないですね。私達は、何故?についてやや無関心であると言ってもいいでしょう。

 ハリー・ポッターの両親、ジェームズ、リリー両名は不幸な事件により落命しました。彼等はその死ばかりが取り上げられ、生きていた間のことについて語るものは多くありません。私達は今年に入ってからのハリー・ポッターの異常行動の原因を探るべくホコリをかぶった過去へと杖をさしました。

 「ジェームズ・ポッターは褒められた人ではなかった」そう語るのは学生時代の彼を知る学校関係者Fさん。「悪ガキだった」なんとジェームズは他の寮の生徒から下級生、見境なくいじめ、さらには危険な挑発行動を繰り返したといいます。「あいつを抑えるために、私は文字通り骨を折った。あれ程手のつけられないやつはWたち(実名は伏せます)くらいのものだ」

 ジェームズは学校の備品を破壊し、校則を蔑ろにし、風紀を大いに乱していました。首席を勝ち取るために彼が一体何をしたのか。私は想像したくもありません!そんな男に靡くリリー・エバンス(旧姓)は権威好きだったのでしょうか?手のつけられないほどの悪童が首席の皮をかぶっただけでいいよる対象になり得ますでしょうか?彼女は優等生でしたが、なぜ優等生だったのかはジェームズの例を見てもわかります。おそらく、彼女もまた皮をかぶっていたのでしょう。

 そんな面の皮の厚さが子供に似てしまったことを悲劇に思えてなりません。ハリー・ポッターは自身と家族の名誉にかけても、間違った言動を正すべしでしょう。彼がモラルを理解することを祈るばかりです。

 

 

 

 

 

 死してなお名誉が貶められるのは道徳が存在する世界においては許されないことだ。けれども道徳と背徳はいつも表裏。ここには、道徳に飽きたやつがごまんといる。リウェインの記事はそういう奴らの受け皿で、そいつらはかつてはリータの顧客だった。大衆レストランのコックが変わってもまるで気にしないように、リータとリウェインどちらでも読者にとってどうでもいい。自分の頭の引き出しにない汚言を変わりにいってくれればそれでいい。

 

 ふくろうが一斉にやってきて、手紙と一緒に新聞を撒いた。購読している生徒はそこまで多くないが、それでもざっと16人は日刊予言者新聞を受け取った。今日の一面は東ヨーロッパで流行っている脱法スピード箒の在庫が暴走し百本を超える箒が西へ向けて時速200キロで飛んできているという記事だった。

 ポッターの両親の写真があるのはもっと内側。健康魔法薬や新刊の広告に紛れている。普段、誰かの中傷記事は2面3面に載る。今日はダンブルドアについてだ。多くの読者はダンブルドアをめためたにこき下ろすパトリック・ワーマイヤーの記事に満足して新聞を畳む。隅々読むのは極僅かで、これに反応をよこすのはきっとグレンジャーだけだと思った。

 グレンジャーはポッターにわざわざ報告しないだろう。自分の母親がアバズレ呼ばわりされてるなんて知らないほうがいい。父親が手のつけられない悪ガキで、誰かに瀕死の重症を負わせた過去なんて。

 

「君の嘘つきは遺伝だったのか?」

 

 朝食を終えたドラコは僕の方をチラと見たあと早速口火を切った。

 

「なんのことだ?」

 ポッターの刺々しい声にドラコの取り巻きだけでなく、大勢の子どもたちが火花をちらしている二人を見た。

「だから、君の父親も君同様、目立ちたがりの嘘つきだったのかって聞いたんだ」

「何?」

 ポッターの眉毛がつり上がる。横に並ぶウィーズリーの項がどんどん赤くなっていく。

 ドラコは日刊予言者新聞を開き、その記事を指差す。

「これによると父親はいじめの常習犯、母親は単に強い男が好きな尻軽だってさ。しかも殺人鬼、シリウス・ブラックと親友だったんだろ?あいつはお前の父親を裏切ったらしいが、裏切られて当然のヤツだったのかもな」

 ドラコの悪口は黒曜石のように鋭くポッターの繊細な部分を抉った。ポッターの顔はみるみるうちに赤くなり、怒りがはち切れそうなまでに膨らんだ。

「かせ!」

 ポッターはドラコから日刊予言者新聞をひったくり、その紙面を舐めるように見た。緑の瞳がくりくりと上下に動き、そして瞳孔が開く。ぱくっと割れた傷跡みたいに目を見開き、次の瞬間にはドラコに掴みかかっていた。怒り狂った相手の間合いに入るべきではない。

 ドラコはまず頬に一発くらい、額に頭突きを食らった。まだ彼の頭に星が瞬いてる間にポッターはドラコを押し倒し、更に跨って殴りつける。周りに野次馬ができて悲鳴が上がった。

 一発、二発、三発。

 ルシウスが僕にした失礼のぶんには足りないがまあいい。僕はドラコを助けるために野次馬をかき分け騒乱の中に割って入った。ちょうどそばにいたマクゴナガルが杖をすっと抜くのが見えたからだ。

 

 魔法で引き剥がされた二人は床に転がった。ドラコの顔はボクサーも真っ青なくらい血だらけだった。(青痣とかけている)ポッターは肩で息をして、まだ怒りを発散しきれてない様子でドラコを睨んでいた。ウィーズリーの差し出した手すら払いのける。

 新聞を拾い上げ、もう読んだ文を初めて読むふりをしてから僕は嘆息した。横で困惑しながら杖をしまうマクゴナガルに話しかける。

「日刊予言者新聞は校内では頒布禁止にすべきですね」

「そんなこと、あなたのボスが許さないでしょう」

「ええ」

 ポッターは石像のように真っ直ぐドラコを睨みつけていて動かなかった。ドラコは血を吐き出した。白い歯が一つ床に転がった。

「ポッター。今すぐ私の研究室へ。プロップ先生はマルフォイを医務室へ…ああ、フィネガン!急いでスネイプ先生に報告を…」

「我輩に何か用でも?」

 マクゴナガルが指示を飛ばし始めたら、いつの間にか影のようにスネイプが群衆の輪の外側に立っていた。生徒たちが道を開け、紙くずのように床に転がるドラコを見て土気色の顔が驚きに僅かに歪む。

「ポッターとマルフォイの喧嘩です。…事情は後で聞きます。とにかく今は彼を医務室へ」

「…僕にできることは?」

 それぞれの生徒を連れて行く二人に念の為尋ねた。

「その新聞を、どこかに捨ててください」

 固い声色でマクゴナガルが答えた。二人がいなくなると生徒達も飽きてそれぞれの寮へ帰っていった。グレンジャーが僕を見てるのに気付き、僕は床にべったりくっついたドラコの血と唾液を眺めるのをやめた。

 

「仕事が増える。余計な仕事が…」

 

 そしてどこからともなく湧いてきたフィルチがモップをかけ始めた。下準備は完了した。僕はぐちゃぐちゃになった日刊予言者新聞を篝火の中に突っ込んで授業へ向かった。憶測で塗り固められたインクはよく燃える。

 僕の午前の授業が終わる頃には、ポッターの大暴れについて様々な噂話が広まっていた。本当に噂の伝播ははやい。特に恋愛と、暴力は。

 

「プロップ先生、いいですかな。いま」

昼休み、相変わらず不機嫌そうな土気色の顔をしたスネイプが訪ねてきた。

「朝、ホールで何があったか貴方なら知っているはずでしょう。その場にいたのだから」

「本人たちから聞けばいいでしょう」

「二人とも頑として口を開けない」

「根性ありますねえ」

 僕は紅茶を出す。客人にいつも出す、マグル製のティーバッグ。僕は安価な輸入品の味が好きだ。着色料ででる赤みが好きだ。甘味料の栄養ゼロの甘さが大好きだ。これをわかってくれる人は少ない。

「新聞はお読みに?」

「3面までは。ほかを読むほど暇じゃない」

「じゃあどうぞご覧になってください」

 僕は『英雄?生き残った男の子はアヒルの子?』という文字が見えるようにして新聞を渡した。文字をおう目がどんどん見開かれていく。

 

「流石に今回ばかりは酷い記事だ。僕としてはいくら知り合いが…」

「黙れ」

 

 僕の言葉をスネイプが遮る。全く予想外の反応に僕は戸惑った。スネイプはまるで怒りでも抑えているかのように指先を震わせて新聞を机においた。そしてその怒りを飲み込むように紅茶を喉に流し込んだ。

「……魔法省の差金で、こんな記事が?」

「さあ。僕の部署ではないので…」

 嘘だ。

「……ポッターが怒るのも、無理はない。この事は我輩からマクゴナガル教授にも伝えておく」

「いえ、僕が行きますよ」

 スネイプは煩わしそうに僕を見た。煩わしさは僕ではなく、どちらかというと調子を崩した自分自身に向いているような気がした。

「ポッターが厳罰に処されたらたまったもんじゃない。彼が怒ったのはこんな記事があるせいだ」

「ああ」

 スネイプは思った以上に反応が薄かった。まあいい。僕はこの新聞に腹を立ててる演技をやや過剰にし続けなければいけない。そして、最終的にアンブリッジの怒りを買うまでハリー・ポッターを庇わなければいけない。

 

 僕はルシウスに弱みを握られた。そうなれば、誰の仕事を一番にこなすべきかは決まったようなものだった。全く以て遺憾だが、僕はおそらく魔法省で得たキャリアを捨てる羽目になるだろう。

 

 ときには我が身を切るような思いをし、古巣を捨てねばならぬときが来る。国を捨てるよりかは、職を捨てるほうがマシだ。

 けれども今回はもっといい事を思いついた。

 自分の次帰属する先は、自分で作ればいい。

 

「もしもし?バックドア。君に頼みたい仕事があるんだよ…」

 

ようやく手に入れた電話で、僕は旧友に声をかけた。

 

「ヌルメンガードを見つけ出してくれ。ああ。報酬は弾むよ」

 




アドリシパなるものは存在しません。
スピード違反の箒も存在しません。
日刊予言者新聞は虚偽の報道をしません。
アドリシパはフェアトレードにより輸入されています。
またマグルのポルノ女優を使った動くグラビアはマグル保護法違反です。
作中に出てくる雑学は殆どが原作には存在しません。
悪質なデマにご注意ください。
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