【完結】フーディーニの魔法   作:ようぐそうとほうとふ

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12.ベルカとストレルカ②

 静寂。殴られて鼓膜が破れたせいで、僕の世界に雪の日の夜のような静寂が訪れた。しかしそれも束の間。次の打撃で骨が震え、ごつ、という硬い音と鈍い痛みで脳みそがいっぱいになった。

 僕が生きてきた中で一番鮮烈で生々しい思い出は、妹を殺した男の死体遺棄事件の尋問だった。

 

「お前が殺し、捨てたんだな。アレクセイ・プロップ」

「……僕じゃなくて、あ、アリョーシャが…」

「そうだ。お前が殺したんだろう。アレクセイ」

 

 もちろん、僕はアレクセイじゃない。アレクセイは兄の名前だった。僕を拷問、もとい尋問しているこいつはプロップ本家の人間で、純血で、レニングラードを担当しているソ連国家保安委員会の一員だった。

 僕の父は反共産主義分子を告発するために放たれたおとり捜査官だった。傍系、そしてどこの馬の骨とも知らぬ混血の女と結婚した血を穢すものとして汚れ役を任されていた。僕の父は、アメリカのパンクロックのテープをたくさん持っていた。他にもソ連じゃ手に入らないありとあらゆる小説や雑誌を持っていた。モスクワから送られてきたリストに上がった人物へそれをチラつかせ、亡命へのあこがれを想起させる。そして獲物が十分餌に食いついた途端、告発する。そういう仕事をしていた。土地柄もあって、無垢なマグルを数多くシベリア送りにした。

 

 そして僕はプロップ家の逸れ者の子どもでいて、出生届すら出されなかったスクイブだった。双子であるにも関わらず僕とアレクセイはすべてが違っていて、さらに僕は全てにおいて劣っていた。

 

「ああ。わかってるよアレクセイ。不当だと、この暴力が理不尽だと思ってるんだな?安心しろ。傷跡なんていくらでも消せるんだ。あの男の事だって初めからいなかったことにできる。俺が欲しいのは、プロップの名を穢したことへの心からの謝罪だ」

 

 僕は兄の(或いは父の)身代わりに罰を受けた。男の頭をスコップで叩き割ったこと。妹を強姦したペドフィリアを泥との合挽き肉にしたこと。結果的に村を混乱に陥れたこと。僕とアレクセイが分かち合った罪の罰は僕一人で受けた。

 あとになってから考えれば僕とアレクセイは元々平等なんかじゃなかった。だって僕は、出来損ないのスクイブだったから。あの凍える冬の日、男を解体して家畜小屋に撒いた日。僕はあの日ようやくそれを自覚し、長い眠りから醒めたのだ。

 

 

 

「貴方の怒りももっともですね。ええ」

 僕は暖炉に向かって頭を下げた。遠くから見たら馬鹿げた光景だ。しかしいま暖炉にあるのはルシウス・マルフォイの顔で、ドラコの怪我について滅茶苦茶怒っている。暖炉本来の火なのか怒りの表出なのかわからないが、ぼっぼっと定期的に火が噴き上げている。

「でも貴方も知ってるでしょうが、僕の持ってる杖はこの前森で拾った棒きれですし、魔法無しでバチボコの喧嘩を止めるのは不自然です」

「君がドラコに喧嘩を示唆したんだろう!」

 ルシウスが珍しく怒鳴る。僕は悪びれずに答えた。

「あんな大事になると思いますか。僕は貴方の任務をこなそうとしました。おかげさまで順調ですよ」

「…プロップ、息子にこれ以上危険なことをさせるな」

「努力はしますよ。それで、本題ですが。どうせやってるんでしょう?ハリー・ポッターの処分の件」

「ああ。理事会に退学処分を提案した」

 彼ならそうしてくれると思った。学校内での怪我や事故は実にありふれた出来事だし、喧嘩だってしょっちゅう起きている。しかし今回の暴力事件は時期も相まって重要なファクターになるはずだった。

 ハリー・ポッターが退学になることはまず無いだろう。そのためにダンブルドアが必ず動くはすだ。ダンブルドアが動けば、ダンブルドア下ろしのための魔法省のプロジェクトが立ち上がる。すでに新聞各社はポッターの暴行事件について騒ぎ立てている。

 いよいよ生徒たちも事件について言及し始めたら、僕は彼を庇いはじめる。

 アンブリッジは絶対キレるだろう。しかしながら、今の僕はもう魔法省での出世は必要なかった。限界まで行き詰まった魔法省はもういい。僕はもっとマシで、楽しい生き方をしようと決めた。

 

 僕があのときアレクセイとして尋問を受けたのは、僕たちの暮らす世界が正しくあるために必要なことだと思ったからだ。より大きな善のため、秩序のためにもみんな僕がアレクセイじゃないとわかっていながら、僕をアレクセイとして扱い、殴り、謝罪を受け入れた。今思えば結局僕らは亡命した訳だし、あの行為はなんの意味もなかった。

 ハリー・ポッターがこうして執拗に叩かれるのも秩序のためだ。しかしその秩序に正当性はあるだろうか?この狭い狭い村社会。限界まで膿んだ魔法界は誰かが針でつつけば即座にはじけるだろう。

 

 ファッジの正当性を維持すること≠秩序を守ること

 

アンブリッジがファッジの機嫌取りに全霊を捧げているのは、そこの部分を見ないままにしているのが原因だ。同じことはヴォルデモートに仕える死喰い人たちにも言える。彼の美辞麗句に、どれだけの欲望が覆い被ってるのだろうか?僕は彼をこれっぽっちも知らない。けれども、少なくともヴォルデモートの望む世界に僕という存在は無いことだけはわかった。

 僕はウラジーミル・ノヴォヴィッチ・プロップとしての人生を諦めるつもりはない。どうせルシウスに従い続けてヴォルデモートを勝たせたとしても、僕に待ってるのは死だ。アンブリッジの望むままにファッジの理想を作っても、真実はいつか露呈する。その時まっさきにトカゲの尻尾になるのは僕だ。

 ルシウスに見出され、僕の秘密を掴まれてしまった時点で、こうするよりほかはなかったのだ。もう、諦めもついた。十年近く積み上げてきたものを崩すのは名残惜しいと同時に、気持ちよくもある。

 黒電話が鳴った。

 

「もしもし」

「よう。ウラジーミル。長電話…いや、暖炉だったな」

「モンスターペアレントの相手に忙しくてね」

「なんだよ、愛しのアンブリッジじゃなかったのか?まあいいや。ご依頼の件についてだ」

「ああ。見つかったか?」

 

 バックドアにセキュリティはあまり意味がないらしい。それとも魔法運輸部の暖炉監視網が筒抜けなのか?バックドアにはグリンデルバルドの幽閉されているヌルメンガードの場所の特定を頼んでいた。あれからまだ一週間も経ってないのにずいぶん早い連絡だ。

 

「見つかってはないが思ったより楽そうだ。君、スウェーデンの警察に捕まったことあるか?」

「いや、まだそこは未踏だ」

「そりゃ安心だ。あっちの魔法界じゃアズカバンみたいな便利な監獄はないみたいだ。ヌルメンガードを使ってるかもしれない」

「流石にそれは雑すぎないか?グリンデルバルドがいるってのに…」

「さすがにあいつは独房だろうよ。けれどもあの最強の闇の魔法使い特製の牢獄に加え、ダンブルドアのかけた魔法のおかげでマグルにゃ絶対見つけられない。俺だったら絶対利用するよ、そんなの」

「だとしたらスウェーデン人は歴史を学べないトロールだ」

「あんたのグリンデルバルド贔屓は相変わらずだね。まあいいや、この調子ならクリスマスにヌルメンガードにいけるかもな。サンタみたいに」

「わかった。そのまま頼む」

「早くすめば払う金も少なくて済むぜ。俺って友達思いだよな」

「ああ。愛してるよBD」

「オエッ!やめろよイワン!じゃあな、また何かあったらかけるから」

 

 バックドアは電話を切った。予想してなかった展開だ。僕なら絶対にグリンデルバルドのそばに人間や、生きとし生けるものを置かない。

 その愚策の理由は少し前の新聞を見てわかった。1991年、スウェーデン、フィンランド、ノルウェーといったフェノスカンジアの魔法使い共同体の魔法大臣にあたるポストに先進的な人物がついたようだった。名前はクリスティン・エンマーク。

 

 あちらで魔法使いの秩序がどう守られているのかについて補足しておかねばなるまい。イギリスがマグルの世界と切り離された独自の政治機構を持てたのは島国だからだ。独立した魔法政治機構がマグルの政治区分と一致しているのは他には日本と、大陸だがアメリカのみ。フランスやブルガリアといった魔法学校があるような地域でさえ多国籍な魔法使いたちが国境を越えて地域地域で共存し、日々秩序を守るべく連携しあっている。

 彼らの地方自治性は以前述べたようにグリンデルバルドの活躍によるものが大きいだろう。あとは単に、マグルにしか見えない国境線とかいうばかげた境界が魔法使いにはあまり意味がないというだけかもしれない。

 その点大魔法国家とも言えるアメリカにはアメリカ合衆国魔法議会があるが、魔法使いから見たらマグルっぽすぎる。最も魔法使い人口が多いアメリカは当然魔法使いによる犯罪も多く、日々マグルの世界と魔法界がせめぎ合っている。(グリンデルバルドがその馬鹿げたせめぎ合いについて否定的だったのは有名である。そしてそれの壁を打破できなかったのも)だからこそより厳格でシステマティックな血の通ってない制度が必要だった。それがすなわちマグルっぽさだ。

 それでも彼らのやり方はイギリスと、フェノスカンジア魔法共同体のものと比べれば幾分かマシだ。

 フィンランド、ノルウェー、スウェーデンの北欧三国による魔法共同体は政すべてを地方自治に任せているため「議会」という言葉は定期的に地域の代表が集まって地方情勢を報告し合う程度の意味しか持たなかった。議長はその時の司会進行役くらいの位置でしかなかったはずだが、エンマークは少々違った考えをお持ちのようで、他所にも積極的に口を出し始めた。彼女が就任してから決まったのは、犯罪者というものの定義と、その拘置先だった。今まで地域地域で裁いていた犯罪者を一同に、一括監視しようという名目だった。その拘置所に選ばれたのが、なんとヌルメンガードらしい。

 ダンブルドアは当然知ってる筈だ。なんと言ってもグリンデルバルドをヌルメンガードに閉じ込めた張本人なのだから。彼はどんな気持ちで許可を出したのだろうか。

 

 

 

「あっ!先生。あの…放課後、いいですか?」

 アーニー・マクミランは放課後にハッフルパフ生を集めて勉強会を継続中だ。僕はほとんど関与していない。しかし許可を与えて杖を使わせていることにパーシーはもう気付いているはずだ。今も僕に明るく声をかけたマクミランをパーシーが遠くから睨んでいた。

 僕は彼に返事をして少し雑談した後、ハロウィンの特別課題でのレポートを読みながら空きコマを過ごした。このレポートは出した場合は加点するというだけで出さなくても良いものだが、出せば成績にプラスされるので想定より多くの生徒が提出した。

 勤勉なグレンジャーも勿論出していて、ハロウィンの過ごし方が古代ケルトからどのように変化し今に至るかについての概説を書いていた。他の生徒で面白かったのはルーナ・ラブグッドというレイブンクローの4年生のレポートで、バンシーと庭小人の毒についてフラットな文章で書かれたものだった。

 無駄に時間のある7年生の長ったるいレポートを読んでいる途中、ノックがしたのでドアを開けた。いつの間にか放課後だった。

 

「こんばんはプロップ先生」

「マクミラン。どうぞ」

 

 僕はいつも一対一のときだけ茶をいれる。今日は紅茶だが、たまにアンブリッジがくれるいい方のティーバッグを使った。味の違いなんてわからないが、少なくともカップで揺蕩う紅色は天然由来の色なのだろう。

 

「どうしたの?」

「放課後の自主練習会なんですが、新しく人を誘おうかなと思っていて」

「好きに友達を呼んでいいよと言ったろ。信用できるならって条件付きだけどね」

「その…僕、ハリーを誘おうと思ってるんです」

 マクミランの発言に僕は少なからず動揺した。ポッターといえば先日のマルフォイボコボコ事件以降他の寮の生徒から避けられ続けている。学期のはじめはポッターを庇っていたマクミランも最近はあまり仲良さそうには見えなかった。

「何故?」

 僕のシンプルな問に対してマクミランは時間をかけて答える。おそらく、僕がポッターに対してどういう感情を抱いているのか計りかねているのだろう。

「この間の事件、かなりの大事になっているじゃないですか。彼、確かに酷いことをしたけどとっても反省しています。もともと僕は彼を信じていたし…それに、闇の魔術に対する防衛術はいつも成績優秀だったから」

「まあ殴ったのはまずかったね。でもあんな新聞記事を書かれちゃああなるよ」

「ですよね。日刊予言者新聞は最近胡散臭いです。あ、僕の主観ですが」

「はは。確かにあそこは魔法省の広報みたいになってるけど、僕に気を遣わなくてもいいよ。部署は違うし」

 僕の言葉にマクミランはホッとしたような顔をして紅茶を飲んだ。

「ポッターの成績も知ってるよ。ただ、やるなら場所を移したほうがいいだろうね」

「ウィーズリー尋問官助手のことですか?」

「ああ。彼は今は見逃してくれてるけど、ポッターが動くとなるとそうはいかない」

「ですよね…空き教室に忍び込むしかないんでしょうか」

「多分見つかるよ」

 パーシーの監視体制は日に日に網の目のように校内を覆い尽くしている。各寮のゴーストに見回り制を押し付け、屋敷しもべ妖精たちにまでシフトを与えているため校内のパブリックスペースの殆どに目が行き届くようになっている。マメな部下を持つと楽だ。

「あいにく、僕はここに来てまだ二ヶ月だからね…アドバイスはできないな」

「うーん。とりあえず、次のホグズミードで彼を誘ってみようと思います。それまでは使わせてもらってもいいですか?」

「ああもちろん」

 マクミランは嬉しそうだった。やはり彼は芯が真っ直ぐな子らしい。ポッターを心の奥底では信じている生徒は他にもたくさんいて、近いうちに新聞よりも彼の言葉に耳を傾けるものが増えていくだろう。

 次のホグズミード、ポッターがどう返事をするかでグレンジャーやウィーズリーの僕への印象は掴めるはずだ。兎にも角にも、物事はきちんと円滑に回りだしている。

 




世界の魔法界事情は魔法省の発表する公式情報に基づいておりません。根も葉もないデマであります。
ヌルメンガードの場所は未だ特定されておりません。ましてやフェノスカンジア魔法共同体による公営化など妄想甚だしく、空想じみているとしか言いようがありません。
この文章には一切の事実も書かれておりません。登場する人物、団体、事件はすべて架空のものです。
悪質なデマにご注意ください。

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