【完結】フーディーニの魔法   作:ようぐそうとほうとふ

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幕間ーグリモールド・プレイス

 グリモールド・プレイスにはハリーがクリスマスに求めていた全てがあった。

「シリウス!」

「ハリー!心配してたぞ」

 扉を開けるやいなや、ひげを丁寧に揃え珍しくちゃんとしたローブを着たシリウスがハリーを抱きしめた。駅からハリー、ロン、ハーマイオニー、ジニーの四人を護衛していたリーマスはそれを見てうんうんとうなずき笑う。

 キッチンからはもくもく煙といい匂いがしてきて、玄関の物音を聞きつけてモリーとトンクスが顔を出した。

「フレッドたちは?」

「二人はマンダンガスとダイアゴン横丁によってから来るよ」

「やだわ!リーマス。あの子達とあのマンダンガスを一緒にするなんて…」

 モリーはオタマを持った手を額に当て嘆息する。それを見てリーマスは肩をすくめ、ハリーたちに目配せした。

「ハリーたちの警護を彼ひとりに任せるわけにもいかなくてね…」

「もっと護衛を多くしてもらうべきだったわ…ダンブルドアに言っとかなきゃ。あ、キングズリーにまず…」

「もう、モリー!今はこのスポンジに集中しなきゃ!ぺしゃんこのケーキなんてわたし嫌だよ」

 そんなモリーの背中を叩き、トンクスは笑ってこちらへ(リーマスへ)ウインクした。まだ小言を言い続けるモリーを引っ張りキッチンへ戻り、ジニーは手伝いをするために二人に続いた。

 

 

「流石にあの二人も違法なことはしないよね?」

「スナックボックスの件でしょ?そんなに危険なものは含まれてないとは思うわ」

「君、お菓子を食べるとき原材料を当てようとするの?」

「しないわよ。カロリーは気にするけど…」

 ロンとハーマイオニーも楽しそうだった。去年のクリスマスはクラムを巡る二人のいがみ合いで散々だったが、今年は争いの火種はないので三人で楽しめるはずだ。

「ハリー。ちょっとこっちで手伝ってほしいことがあるんだが」

 部屋に荷物を置くとシリウスがハリーに話しかけた。ハリーがシリウスについていくと、マグルの少年部屋のようなごちゃごちゃした部屋へ案内された。ホコリは一通り払われているが使われている様子もなく、部屋の空気は澱んでいた。

 

「ここは私の部屋だった」

 ハリーは部屋にでかでかとはられたポスターを見てたずねた。

「オードリー・ヘップバーンなんて好きだったの?」

「マグルっぽければなんでもよかったんだ」

 シリウスは恥ずかしそうに笑う。そのポスター以外はクィディッチチームのステッカーだとか少年っぽいのにオードリー・ヘップバーンだけが浮いている。

「永久粘着呪文がかけてあるから、外すに外せないんだよ」

 意固地になってポスターを貼った少年の頃のシリウスを想像してハリーは笑った。シリウスは当然そんな思い出話をするためにハリーを呼び出したわけではなかった。

 

「…ウラジーミル・プロップのことだが」

 

 

 シリウスとは学期中もプロップと、その背後にいるアンブリッジについて話した。シリウスは当然日刊予言者新聞に激怒していて、その日の夜に暖炉からこっそり顔を出した。しかしハリーはマクゴナガルとまだ面談中で会うことは叶わなかった。

 次の日、シリウスはまた深夜に顔を出した。その時ハリーは酷く落ち込んでいてみんなと同じベッドルームにいる気が起きず、一人談話室でウトウトしていたところだった。

 シリウスは開口一番に日刊予言者新聞への罵声を上げるところだったが、ハリーの様子を見て不審に思った。

「なぜ落ち込んでいるんだ?」

「シリウス…人を殴っちゃって」

「ハリー、喧嘩くらい誰だってする」

「違うんだ。あれは喧嘩なんかじゃなかった」

 ハリーは詳しく事の経緯を話した。マルフォイを殴ったこと、マクゴナガルに連れて行かれ叱られたこと。そして重い罰がくだされるであろうことを。

「マクゴナガルがそんなに怒るなんて。…酷くやったのか?」

「本当に酷かった。僕、マルフォイがメチャクチャになればいいって思って殴った。二度と顔が見れないようになればいいって」

「マルフォイはそうなるべき大馬鹿野郎だ。…ハリー、あんな記事を書かれてキレるなって方がおかしいよ。君は悪くない」

「プロップ先生にもそう言われた」

「プロップ?あの尋問官が?」

「うん。僕は正しい反応をしただけだって。あと僕を信じてるとも言ってくれた」

 シリウスは空中に視線をさまよわせた。暖炉の木炭の凹凸が作り出す微妙な光の加減でシリウスの瞳はゆらゆらと定まりがなく見える。

「そう、か」

 シリウスはずっとプロップを信用するなと言っていたし、事実そう思っていた。彼が魔法省側の人間なのは確実だが、やけにハリーに肩入れしているようにも感じられる。だが去年の偽ムーディの件もある。ハリーに近付くのはなにか理由があるはずだ。

「彼について、騎士団のメンバーが調べている最中だ。クリスマスに帰ってきたときにもう一度話そう」

 

 

 そして、クリスマス。

 プロップについて話すことは前よりも増えた。

 まずはアーニーの放課後自主練クラブ。そして新しい教育令。ハグリッドの復職とパーシーによる監視。どれにも全部、プロップが絡んでいる。

 

「…ウラジーミル・プロップのことだが、彼の経歴はやや特殊、だがそもそも亡命者という時点で特殊だ。そういう意味では目立っておかしいところはない」

「部署異動が多いことも?」

「アーサー曰く、本来ならばあまりないそうだ。基本的にその部署についた以上専門家となるべきで、一つのことをじっくりやるのが普通だから。…まあどうやら使いっパシリをやらされていたようだから、技能は必要なかったのかもしれん」

「どの部署にもそういう人がいるのかな」

「大きな部署、魔法事故惨事局や魔法生物規制局なんかはそうだね。プロップのいた部署はだいたい人手不足の部署だそうだ」

 それだけ聞くと、まるでプロップが使えないやつのようだった。たらい回しされるプロップ。今の彼からは想像できないし、何より変なのは…

「そこからどうやってアンブリッジの秘書に?」

「それが謎なんだ」

 シリウスはため息をつき、部屋に飾ってあるドラゴンの骨格標本を飛ばした。

「君の話を聞く限り、ファッジに心酔するような間抜けではないようだが、あまり信用してはいけないよ」

「プロップはあいつの復活を信じてるのに?」

「それでも、だよ復活を信じてるのは…こういっちゃなんだが、死喰い人も同じだろう。信じてるからって味方とは限らない」

「でも、アーニー達に自主連クラブを許してる」

「そこからわかるのは、プロップが魔法省第一主義ではないということだけだ。まあそういう点では気が合うかもしれない」

「んー、でもパーシーは魔法省大好き人間だ」

 プロップとパーシーは仲がいいようで、彼が廊下を歩いているときはいつもパーシーが横にいたし、夕食ももちろん隣同士でお喋りしてるのを見た。(何を話しているかは聞こえなかったが楽しそうだった)

「ああ。どうせハリーのことだから自主連には参加するんだろ?彼にだけは見つかるなよ」

 ハリーはこくんと頷く。パーシーの規則違反者摘発能力はハーマイオニーのそれを上回る。

「パーシーの取締は厳しくて。フレッド、ジョージたちがそろそろ爆発しそうなんだ」

「兄弟喧嘩か。懐かしいような羨ましいような…。私にはジェームズが兄弟みたいなもんだった」

「父さんと喧嘩をしたの?」

「そりゃするさ!親友だろうと譲れないものはあるしね」

「例えば?」

「リリー一筋のくせに女の子をナンパした時とかね。その子は私が狙ってたんだ。若かったよ」

 

 ジェームズの昔話をするときのシリウスは少年のようだった。よくよく考えれば36年の人生のうち12年も監獄にいたのだから時間が止まっててもおかしくない。監獄、密室、留守番。シリウスはいつも閉じ込められている。彼が今までいたところはどれもこれも彼に似合わない場所だった。

 ハリーは不意にかつて自分がシリウスを憎んでいた事を思い出した(とんでもない思い違いだったわけだが)その時はアズカバンに囚われているのを「それが当然の報いだ」と思っていた。なんだか不思議だった。立場が変われば、関係性が変われば、その人への印象は簡単に変わる。それは当たり前の事だけど時々思い出さなければいけないくらい大切なことだと思った。

 

 ハリーはこの三ヶ月で初めて心が落ち着いた気がした。五年生が始まってからずっと周りからチクチクと陰口を叩かれた。やっと信じてくれる人が出てきたと思った矢先にマルフォイ暴行事件だ。ハリーへの印象は一気に失墜し前よりも周りから避けられていた。

 そんな中、アーニーが誘ってくれた放課後自主連クラブはハリーにとって救いに等しいものだった。   

 アーニーが、ハッフルパフの生徒が信じてくれている。しかもハリーの魔法を頼りにしている。ハリーはすぐにイエスと答えた。しかし、その場にいたハーマイオニーは強く反対した。

 ハーマイオニーはいつもハリーやロンの行動に異議を唱える。五年目ともなれば彼女の異議はいつだって正しいとわかってきたが、それでも今の不安定な精神状態では「鬱陶しい」と思ってしまう。そのせいで最近ハーマイオニーとはギクシャクしている。ロンが(珍しく)間を取り持っているのでなんとかなっているが、ホグワーツからここまでの移動時間もやや気まずかった。

 さらに、ハリーが一番信頼していたダンブルドアと全くあっていない。例の吸魂鬼裁判と晩餐以外で顔すら見ていなかった。あのマルフォイ暴行事件の時でさえ、ダンブルドアは姿を見せなかった。

 

 僕が何をしたって言うんだ?

 僕は被害者なのに。いつだって誰かに指を差されて、馬鹿にされてるのに。

 

 ダンブルドアの不在がハリーのこめかみがチリチリするような惨めさをより惨めなものにしていた。今までずっとハリーの味方だったのに、リドルの墓から生還してハリーの肩を抱いたあのダンブルドアはどこへ行ってしまったのか。

 

 シリウスがずっとそばにいてくれたらいいのに。

 

 

『監獄に愛を。』

1987年上半期総括会にて

クリスティン・ロジェッタ・エンマークの演説

 

 (前略)…囚人たちの待遇について、私達はマグルにも劣る見識しか示してきませんでした。さきほどは各魔法政府ごとの司法体制についてそれぞれ触れていきましたが、どの政府をとってしても人権への配慮は微塵も感じられません。特に残酷なあの悪名高きアズカバン。人間が想像しうる最悪を体現したあの忌まわしき建物は、世紀をいくつもまたいでなお運営され続けております。さらにドイツ魔法連邦までもその人道に反する監獄を間借りしている有様で、収容人数はいつでも満杯。にもかかわらず、日夜囚人が送り込まれています。当然数週間で出る者も居ますが、殆どがそこから出てくる事はありません。アズカバンはもはや、魔法使いの犯罪者のと畜場と化していると言っても過言ではありません。

 マグルは更生について考えます。犯罪者は犯罪者であると括り、そのまま臭いものに蓋をする。そんな時代は終わりました。我々はマグルよりも知的で進歩的な存在のはずでした。その時代を取り戻しましょう。監獄へ愛を。それは我々の社会全体の発展でもあります。

 我が魔法共同体はマグルに習うべきです。これは決して魔法族の魂を穢すことではないのです。各自治体で蔑ろにされてきた犯罪者という一人のれっきとした魔法族を、我々の手で社会の愛の輪の中へ戻しましょう。…(後略)

 

 

 

 

 ハーマイオニーは魔法近代史の本をめくるのをやめた。眉間を押さえ、チカチカした目を治そうとする。グリモールド・プレイスに来てまで勉強?!とロンはからかってくるが、どの教科も手は抜けない。実家に帰ろうかと思ったが完全にマグルの社会に戻ったらこの緊張感が切れてしまうような気がしてやめた。

 これはマグル学の課題読書で、マグルと魔法使いの文化の違いを様々な社会機構から比較するというテーマで延々と演説や文献を並べてある。ロンから言わせれば「紙と時間を著しく無駄にする本」だ。

 

 ハリーはハーマイオニーを「絶対にプロップを信じようとしない」と評価していたが、事実そうだった。プロップの言動は騎士団派、魔法省派、死喰い人派のどの派閥のものとも取れる。その“余地”が潰れない限り信用できない。

 騎士団側から見れば、ハリーを信じているという点で味方に思える。しかしホグワーツでの締付けはパーシーを介して着実に強まっている。死喰い人派…これは魔法省派とほぼ被っている。理事会にルシウス・マルフォイが復職した事からしてもほぼ間違いないし、プロップを推薦したのは理事会だった。

 限りなくグレーだ。だからこそ、自分だけは彼を信じてはいけないと思う。ハリーはプロップとよく一対一で話していて親しみを覚えている。ロンはパーシーと仲良しという点以外では悪印象を持っていない。

 彼が味方だったら杞憂に終わる事だ。そうであることを祈るが、現実はそう単純には行かないのだろう。

 

 

 

 

ダイアゴン横丁にて

 

 催眠豆とマンドレイクを1ダースずつ。それだけでマンダンガスは20ガリオンせしめようとしていた。フレッド、ジョージは顔を見合わせ、眉をひそめた。俺ら、足元見られてるぜ。

「確かに合法じゃないんだろうな。値段的に」

 ノクターン横丁とダイアゴン横丁のちょうど間にある、地下室を改造した怪しげなパブで三人は額をくっつけあって商談を進めていた。

 

「俺が資格を持ってるように見えるか?…なァ。確かに高いよ。だけど、こういう取引は初回はこんなもんだ。信用できる相手としか商売できないだろ。金で信用を買うもんなんだ。リスクマネジメントってーんだと」

「そんなこずるい言葉を考えたの、誰だよ?」

「マグルだ」

 マンダンガスの言う事はもっともだった。裏家業の危険性については父親からしっかり聞いてたし、ダイアゴン横丁の店舗を買ったときも地元のヤクザに用心棒代と言う名のたかりを受けた。

 商売となると魔法使いもマグルも従うルールはあまり変わらない。だからこそやりがいがある、と二人は考えていた。

 

「あんたの言うことはわかるよ。でもさすがに20はぼりすぎだ。俺たちの身元に関しちゃ、あんたよく知ってるだろう?」

「住所、氏名、生年月日。他に何が居る?」

「金だ。それだけ」

 マンダンガスのバカに小理屈を教えたのは誰だ?さあね。二人はどうこいつを丸め込もうか考えを巡らせた。

 

「おぅ、マンダンガス」

 

 不意にマンダンガスの背後に人が立ち止まった。狭い机の間に立った男はマンダンガスの両肩を細い腕に不釣り合いの爪が長い手でガッチリとつかんだ。

「れ、レナオルド…」

 マンダンガスの禿頭からブワッと汗が流れる。

「まぁた若いやつ相手にせこい事してんのか?」

 男はメイクかと思うくらい濃いクマと、やけにテカテカしたスーツを着ていた。髪はボサボサだが、靴と時計はピカピカで、ネクタイはだらしなく緩められているのにネクタイピンはきっちりと合わせに直角に付けられていた。ひどくいびつな男だった。

 

「お兄ちゃんたち、いくらで何を吹っかけられてた?俺が代わりに売ってやろーか?こいつ、ホントせこいんだぜ」

「いやあ、マンドレイクと催眠豆1ダースで20はバカ高いですよね?」

「あっはっはっ!そんなの、下手すりゃバイブリーのマグルの庭で採り放題だぞ!」

 男はマンダンガスの背中を乱暴に叩く。豪快な笑いに釣られてジョージも笑った。マンダンガスはみるみる縮こまっていき、顔もどんどん青ざめてきた。

「いやー、お前、ふっかけるにしても限度があるよ」

「あァ…ウン。そうだな。次からはもっと、上手くやるよ」

「そうしろそうしろ。…お兄ちゃんたち、なんか困ったらこいつより俺に言えよ」

 男は胸元からファイヤ・クラブの幼体の殻でできた星屑が散りばめられたような名刺入れをだし、てかてか光る名刺を出して渡した。

 マグルが大好きな薄いプラスチックの名刺で、「レナオルド輸入品店代表 レオン・レナオルド」と書かれている。

「ありがとう…レオナルドさん」

「レナオルド。レナオルドだ。次間違えたら割引はしねーぞ」

「あ。すみません」

「いいっていいって。じゃあな」

 レナオルドはそう言ってふっと笑ってからカウンターへ向かっていった。突然やってきたくせに場の空気を無理やりつかんで、そのまま持ち去っていったようだった。

「あれ、誰?」

「レオン・レナオルド。…俺の同業」

マンダンガスはフレッドの問にバツが悪そうに答えた。

「ドロボーか」

「違う!輸入業者だ!」

「どっちでもいいさ。安くて…信用できるならね」

「ああ、わかってるって。10だ。チクショウ」

 フレッド、ジョージはにっと笑って机の下でガッツポーズした。密談中の予期せぬ乱入者は10ガリオンぶんの価値ありだった。フレッドは名刺をポケットにしまい、グリモールド・プレイスに帰った。モリーの説教をたっぷり聞かされたあとズボンはそのまま洗濯機に放り込んだ。 二人は商売の成功を予感しながらベッドにはいった。

 

 

 

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