【完結】フーディーニの魔法   作:ようぐそうとほうとふ

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Сор над пылью смеется.
01.ルシウス・マルフォイ


 いつからか、何もかもしっくりこない日が続いていた。

 ルシウス・マルフォイが日常会話で強く感じているのはそういう漠然としたもので、言葉にするのは難しかった。

 だからといって失敗しているとか不調だとかそういう事はない。相変わらず魔法省とのコネは強固であり、死喰い人たちの中での発言力も強いままだ。息子の成績も良く、夫婦仲は良好で公私共に順調だった。

 だが今年からは事情が変わった。

 

 ヴォルデモート卿の復活。

 今となっては望まざる再来。

 

 闇の帝王は一時は我々に怒りもした。が、最終的にかつての恩知らずな配下なしでは再起は難しいと判断しお許しになった。しかしながら、あの方の心の中で私達“元”死喰い人への怒りが完全におさまったとは思えない。

 現に復帰早々に与えられた任務は予言の奪取だ。はっきり言って相当な無茶をしなきゃこなせない。人を殺すよりも攫うよりも難しい任務だ。なんといっても予言は予言された本人…つまりハリー・ポッターにしか取り出すことができない。

 神秘部へ這入る事自体は容易である。無言者の誰かを服従させてもいいし、買収してもいい。だが自分が入ったところで意味はない。

 予言者本人にあたる事もできるがその予言者は不明であり、現状本人に取り出させる他ない状況だった。彼が予言を取り出せば、あとはどうとでもなる。一度触れて棚から出してしまえば奪おうが殺そうが壊そうが自由だ。

 いかにして彼を神秘部に誘い出すか。闇の帝王は彼に無意識化での誘導のため神秘部を暗示する夢を執拗に見せ続けているが、まだ成果は実っていないようだ。

 

 その任務を少しでも楽にしようとホグワーツにスパイを飼ってみた。しかしながらそのスパイ、ウラジーミル・プロップは思っていたよりも厄介な男だった。

 

 

ウラジーミル・プロップに関する調査報告書(抜粋)

 

ウラジーミル・プロップ

1965年にレニングラードにて誕生。該当行政区に出生届が出される。同区の学校へ進学。以後記録なし。

1981年に妹のナージャが病死。翌年母親死去し、渡英。魔法族としての戸籍、経歴はこのとき捏造されたものである。サンクトペテルブルク(旧レニングラード)に保管されていたプロップ家の戸籍謄本にはウラジーミルの名はなかった。また英国魔法省に存在するウラジーミルのプロフィールは双子の兄、アレクセイとほぼ同一のものであり、この事も捏造の傍証である。

1985年。兄であるアレクセイ・プロップが父、ノヴァ・プロップを殺害した罪により逮捕される。

1986年より国際魔法協力部のパートタイマーに採用。ロシア語、ルシン語、ブルガリア語の翻訳業務に当たり、1988年に正式採用される。

1989年。魔法省大改革に伴い魔法運輸部へ異動。

1993年。ドローレス・アンブリッジの公設秘書に採用される。

 

アレクセイ・プロップによる父親殺害について。

 

 プロップ家は亡命以降ウラジーミルが家計を支えていた。アレクセイは具合の悪い父の介護をしており、日中二人きりの状態が続いていた。印刷所に勤務して家に帰ることは少なかったウラジーミルには家庭内で何が起きていたかわからなかった。

 1985年6月12日。アレクセイは寝ている父親の顔にクッションを被せ窒息死させた後、首吊り自殺を実行。運よく帰宅したウラジーミルにより一命は取り留めるものの脳に障害が残り発語が困難になり証言できない状態だった。同年7月には尊属殺人により重罪だと判断されアズカバンに収容される。

 

 この殺人については不審な点が多々ある。まず父親の病気そのものが何らかの毒物によるものの可能性が否定できない。また魔法使いが自殺する際マグルの自殺法を使うことはやや不可解だ。首吊りより楽な死に方は数多く存在する。その中でなぜ首吊りを選んだのか。さらに当時の魔法警察隊による現場検証は形式的なものに過ぎず、他の要素が全く検討されていない。(当然検視等も行われなかった)

 アレクセイ・プロップは1992年12月に獄死し、遺骸はアズカバン内の共同墓地に埋葬された。

 

 

 

 

 この時点でなぜ自分は彼を御しやすいと判断したのだろうか。親殺しは、言ってはなんだがそう不思議なことではない。最も親しい他人だからこそ殺すに至るなんてよくある話だったし、理解できる。

 ページをめくるにつれ出てくる彼の足跡とその轍に落ちる疑惑の数々。

 それを弱味だと確信したのは、彼の顔があまりにも平凡で気弱そうだったせいか、はたまたスクイブであると思ったせいか…。

 とにかく自分は焦っていた。闇の帝王の信頼を取り戻すため、また仲間内での地位を再確認するためにも指揮者としての能力を示したかった。

 

「ルシウス。例のプロップの調子はどうなんだ」

 

 純血を招いたクリスマスパーティーの後、死喰い人のメンバーで集まった際、本来いるはずのプロップが居ないことに全員が失望した。

 

「…やや手を焼いている。だが彼は有能だよ」

 ルシウスはまるで今も彼が任務を続行中であるかのように自信ありげに答えた。尋ねたノットは少し残念そうだった。

「ドラコがポッターに殴られたと聞いたが無事かね。痕が残っちゃ困るだろう」

「まさか。軽い怪我だ」

 ヤックスリーもどこか残念そうだった。

「まったくポッターはいつからそんなに凶暴になったんだかなあ?」

「所詮ガキ一匹だ。どうにでもなるだろ」

 クラッブ、ゴイルがフォローを入れているが周囲から浮かんでくるのはせせら笑いだけだった。いま娑婆にいる死喰い人は全員あの方からの不興をかっているというのに呑気なものだ。我々は皆同じ穴の貉だというのに、私も含めて全員自分はこいつと違うと思って座っている。そう考えると馬鹿らしく薄っぺらい集まりにも見える。

 水面下での足の引っ張り合い。闇の帝王の信頼を得るための椅子取りゲーム。

 

 結局のところ自分は失墜を期待されているのだ。

 

 肺の裏側がひりつく。

 焦り、苛立ち、不満が横隔膜を突き破ってきそうだ。

 視線が悪意を持って突き刺さる。けれどもそれを表に出したりなんて絶対にできないししない。そんなことはプライドが許さない。

 

 気高くあれ。古くより求められる純血の姿の体現者たれ。

 足を引っ張るだけの無能ども。指示待ちの馬鹿共の肴になってたまるか。スクイブ如きに翻弄されている場合ではない。

 

 プロップ本人のスペックは魔法が使えない以外全てにおいて高水準であり、殺しをやってのける度胸も評価していた。遠目から見るアンブリッジの忠犬は、いかにも賢そうなレトリーバーにみえた。その認識はいざ本人と言葉を交わし本題に触れたとき“過ちだった”とわかった。

 

 奴は犬のふりをした狼だ。

 

 調査書の大半を埋める、彼の関係者のプロフィール。半数以上が行方不明か自殺している墓標代わりの名簿。

 自分が彼に提示できる武器はその紙束と杖だ。そして杖は何よりも強い。

 

 

 

「休暇にどこに行ったっていいじゃありませんか」

 

 クリスマス休暇中全く連絡がつかなかったプロップは1/3の正午、ちっとも悪びれた様子なくマルフォイ邸に現れた。

「君は自分の立場を忘れているのか?」

「忘れていませんよ。あんたの無茶な仕事のせいで僕の日常が破壊された事はね」

 

 プロップは10月に会ったときから攻撃性を隠さなくなった。隠す必要がなくなったから晒しているのだろうが、その悪びれなさにたまに背筋がゾッとする。

 

 1987年。プロップが個人で雇ったアルバイトの数5人。うち3名行方不明。翌年、7名中4名が失踪。

 1989年。プロップの出張先のうち記録に残ってる場所、リヴァプールで発見された中手骨。エディンバラ、ファルマスで発見された末節骨基節骨とともに発見された複数の歯はDNAが同じだったため、マグルの報道はバラバラ殺人だと報じた。それ以上のパーツが集まらなかったせいであっという間に一面から消えた。

 プロップの住むアパートの住人のうち消息不明は約15名。移民や外国人労働者が多いのを差し引いても不審な点が多い。下水道の行き着く先の川、そこの澱みに沈んでいた夥しい数の歯。水道管に詰まった色とりどりの毛髪。

 遡り、1984年印刷所勤務で行方不明者一人。こちらは魔法省登録魔法使いで親族からも捜索願が出ており、プロップも捜査協力をしていた。

 

 死人の残した痕跡は彼と結びつけるにはあまりにも儚い。だがこうして攻撃性を顕にしたプロップを見ればその点を線にしてしまうのも無理のないことだった。

 

「とはいえ仕事は仕事だからきちんと報告しに来たんだ。その話をしよう」

 早速イニシアチブを取られてしまった。ルシウスは渋々鉾を収め、プロップを応接間に通した。革張りのソファに座るプロップの袖口から包帯が覗いていた。よく見ると頬には治りかけの傷跡もある。一体クリスマスに何をしていたのだろうか。嫌な予感が背筋を駆け巡る。

 

「まず…ハリー・ポッターの退学処分の申し出はダンブルドアの強い反対で通らなかった。だが新聞が大きく取り上げているおかげでホグワーツのダンブルドア体制については疑問を抱くものが増えたと言っていいだろう」

「把握しています。こちらで雇った覚えのない市民の投書やポッターへの嫌がらせメールを確認しています」

「校内での様子は?」

「落ち込んではいますが元気ですよ。前より魔法省への反感が強くなっているので近いうちにどでかい違反をしでかすかと」

「それはいい兆候だ」

 闇の帝王とポッターの絆を警戒してかダンブルドアはポッターに接触するのを避けている。そのかいあってか、ポッターの孤立と苛立ちは次第に強くなってきているようだった。民衆の煽動に関してはプロップの人脈が大いに役に立っている。そこだけは唯一彼を使って得をした点だ。

 

「そこでルシウス。僕は彼を庇うことにした」

「何?」

 

 ルシウスは思わず聞き返した。プロップは制するように左手をルシウスに広げ、今までと変わらない口調で続ける。

 

「怒らずに聞いてくれ。あんたが命じた仕事は二足のわらじじゃ達成不可能だ。僕は一度ハリー・ポッターを庇い魔法省から見捨てられる。そして彼の信用を一度掴み、神秘部へ誘導する」

「…正気か?アンブリッジは…」

「彼女の立場はどうでもいい。どうせあんたの主人は魔法省を乗っとるんだろう?もし転落してもその後適当な役職につかせてくれればいい」

 

 今まで自分の立場や地位について拘っていた男の言葉とは思えなかった。現状維持にすべてをかけているようなやつがここまで心変わりをするものだろうか?

 ルシウスはこの時点で目の前にいる男のことを何もわかっていなかった。

 

「僕は前進することにしたんだ」

 

 この言葉の意味も。

「そのための利害が一致した。魔法省側よりも。それだけさ」

「…利害、ね。確かにまともな人間なら魔法省に付いたりはしない。だがお前は信用できんな」

「信用するかしないかはご自由に。僕もあんたを信じちゃいない。今のところはお互い利用しあってるだけだ」

「随分不遜な物言いができるようになったじゃないか。クリスマスに何をプレゼントしてもらった?」

「惜しい。僕がプレゼントしたんだ」

 

 楽しそうなプロップを見て心がささくれだつ。彼は心底嬉しそうだった。羽を伸ばしてるようにも見える。

 

「あんたはご主人様に何かやったのか」

 

 本来ならばもっと怖気づいて私にヘコヘコ媚びへつらうはずなのに。

 

「闇の帝王のほしがるプレゼントってなんなんだろう」

 

 何もかもしっくりこない。

 

「彼の望むものはなんだと思う?」

 

 言葉が途切れ、沈黙が返答を促した。場の空気は完全にプロップが支配しており、このまま黙っていることは許されなかった。

 

「…力だ」

「力。力、ね…。力とはなんだ?」

「魔力、知力、体力、生命力…全てだ。あの方はすべての上にたとうとするお方で、我々はその姿勢に共感している。魔法使いはああなるべきだ。魔法使いのあるべき姿をあの方が体現している」

「はは…若い若い」

 

 プロップは苦笑いすると次は挑発的に言った。

 

「ならやつはあんたらのちっぽけな墓の冠石だな」

 

 

「プロップ。それ以上の侮辱は許さん」

 

 プロップはあからさまに私を挑発している。わかりやすく神経を逆なでする、子どもに話しかけているような首を傾げた仕草。こちらが凄んでも彼は全く動じず、その青い、平凡な瞳で私を値踏みしていた。

 

「僕はあんたに脅されてる。だが服従はしない。あくまで僕たちは対等だ。あんたは僕の人生を人質にしているつもりのようだが、じきにそんなものに意味はなくなる」

「殺人鬼の人生など取り繕うだけ滑稽だ。出来損ないのスクイブが。逸れ者の混血が。偉そうにできるのは今のうちだけだぞ」

 プロップは調子が出てきたじゃないか、と言って体を前に乗り出した。眼窩の影がより濃くなる。

 

「なあ、お前のいう力ってのは…お前の理想ってのはああいう成り損ないなのか?」

「貴様っ…!」

 

 ルシウスは立ち上がり、ステッキから杖を抜いた。まっすぐ伸びたニレの杖がプロップの脳天に触れている。それでも彼はルシウスの目を見ていた。

 

 狼。

 彼の全身は手負いの獣を思わせる精悍さを備えていた。今まで彼の持っていなかったあぶらぎった精気を感じる。

 

「俺の頭の中身を消して路上に捨てるか?残念ながらすぐバレるだろうな。ウラジーミル・プロップはホグワーツに公式に籍をおいた立派な社会人だ。お前の館に行くことも仲間に伝えている」

 

 青の瞳が濁りはじめた。

 

「もう少し慎重にすべきだったな。プロップなんてやつを引き当てたのを不運に思え。思ったところで後戻りはできんがな」

 

「…お前、」

 

「お前は常に狡猾に立ち回っているようだが、その才能を活かしたいなら俺の話を聞け。耳を澄まし、神経を研ぎ澄ませ」

 

 彼の顔にかかる影が一段と濃くなった。

 

()()()()()()

 

 

 ウラジーミルの顔をした何かはそれを聞いて嗤った。

 

 

 

 


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