【完結】フーディーニの魔法   作:ようぐそうとほうとふ

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Плетью обуха не перешибешь.
01.悪役の資格


 史上最も邪悪な闇の魔法使いと聞いて思い浮かべる人物でその人の年齢がわかる、というちょっとした豆知識をご存知だろうか。残念ながらこれは地域差があるので僕には当てはまらない。

 イギリスにおいて闇の魔法使いナンバーワンに君臨するのはヴォルデモート卿という人物だが、大陸出身の僕に言わせてみれば、彼はグリンデルバルドより小物だ。グリンデルバルドは大陸を股にかけていたが彼は島から出なかった。ヴォルデモートは時代が悪かった。もし同年代に生まれていたら一二を争ったはずだが…まあそんな議論は無意味だ。

 なんにせよ、僕が子供時代を過ごしたサンクトペテルブルクにおいて最も恐れられていたのはグリンデルバルドだ。彼は1945年にはすでに自身の建築したヌルメンガードに幽閉されていたが、子どもたちはみんな「悪いことをしてるとグリンデルバルドが来る」と寝る前に聞かされていた。グリンデルバルドという魔法使いはもはや寓話的存在へ昇華され、今現在も牢獄でひっそり息をしていることを知っているものは少ない。

 彼の苛烈な理想主義のせいでこの北の大地で魔法使いの地域的コミュニティは統合される事を結果的に拒んだと言ってもいいだろう。ヨーロッパに散見する魔法自治体は極めて独立性が強く、イギリス魔法省のように中央集権的政治機構はない。

 団結をさせないと言うことは、人々を孤独にさせるということは、個人を覆う支配者の檻をより堅牢にする。グリンデルバルドは人々を分断し、そのまま冷たい時代の象徴として我々の心の中に根付いている。

 とはいえ地域ごとに細分化されたコミュニティは魔法使いにとってさして問題でも障害でもなかった。むしろ魔法使いだけの村や町があるおかげで過ごしやすかった。元来少数集団でほそぼそと生きてきた我ら魔法使いの気風にあっていた、とでも言うべきか。

 まあ、それでも僕たちは亡命せざるを得なかったわけだけど。

 

 さて、ハリー・ポッターについて話を戻そう。

 

 彼はイギリスで言うグリンデルバルドであるヴォルデモート卿を齢1歳で打倒した伝説の男の子だ。彼もまた神話的存在として語られていた。

 僕がイギリスに来たときにはすでにヴォルデモート卿は倒れお祭りモードも終わっていたので、彼の持ち上げられっぷりを肌で感じたことはない。

 ハリー・ポッターが11歳になってホグワーツ魔法魔術学校へ通い始めたという時も僕は出世のために上司の靴を舐めるのに必死だったのであまり知らない。

 今までの僕の人生にかすりもしなかったハリー・ポッターだが今年に入ってから事情が変わった。

 

 ヴォルデモート卿が復活した!

 

 と、ハリー・ポッターが騒ぎ始めたのだ。

 なんでも三大魔法学校対抗試合の最終試合で移動キーによりリトルハウジングへ移動し、彼の復活を目にしたとか。

 真偽はさておきファッジはおかんむりだ。当然我が上司アンブリッジも連鎖して怒る。さらに死亡したはずのバーティ・クラウチJrがシニアを殺害したとかいろんな事件が同時に発覚するものだから年度末は大忙しだった。

 彼らのヴォルデモート恐怖症は僕から見れば全く理解し難かった。残念ながら。

 

 特にファッジの取り乱しっぷりは尋常じゃなかった。後にわかったのだが彼の動揺はヴォルデモート卿に対してではなかった。彼が真に恐れていたのはアルバス・ダンブルドア校長だった。

 権力者というものは常に下から引きずり落とされる恐怖に震えている。アンブリッジはまだ這い上がる余地があるぶん下のことは忘れて上へ上へ手を伸ばすことができるが、魔法省で一番偉い魔法大臣となると上より下ばかりが気になる。若しくは自分と同じくらいの高さにいる誰かさんが。

 しかし傍から見てればファッジとダンブルドア、どちらが上かと言われれば言わずもがな。悲しいけれども格が違う。違うからこそダンブルドアは大臣職なんて見向きもしないはずなのだが、その感覚はファッジには理解できないらしい。

 彼はヴォルデモートとダンブルドアの板挟み状態。

 

「プロップ君!」

 

 そのファッジの覚えめでたい僕である。しかし僕は正直彼に顔を覚えてほしくない。魔法が全然だめなのに魔法が必要な指示を出されたら面倒だからだ。

「プロップ君、例の裁判の日取りだがね。陪審員へは手紙を出したかい?」

「ええ」

 ダンブルドア以外には。

「おお、ご苦労様。そうだ。君にいくつか頼んでおいたあれは…」

「万事滞りありませんよ。明日からは週刊魔女もダンブルドアを叩き始めるでしょう」

「君の人脈には本当に世話になるね」

「お役に立てて光栄です。大臣のためなら身を粉にせよとアンブリッジ女史からも言われておりますので」

「全くドローレスは良い部下を捕まえたものだな」

 ファッジはそう笑って執務室へ消えていった。ハリー・ポッターが裁判にかけられるのが愉快でたまらないのかご機嫌だ。彼はアンブリッジが吸魂鬼をけしかけた事を知らない。知っても何も言わないだろう。

 彼を見てると不安になる。彼は大臣に選ばれるほど優秀だ。少なくとも外交手腕は歴代大臣の中で一番だ。目的をはっきりさせ綿密に筋道建てる彼は平時においては極めて良いパフォーマンスを誇るが、非常事態においてパニックに陥りやすい傾向がある。

 非常事態…例えば闇の魔法使いの復活とか。

 

 僕も多分、グリンデルバルドがヌルメンガードから脱獄しノルウェーの森に隠れているよ。なんて言われたらノルウェーからの渡航を禁止するくらいはやるかもしれない。もしかしたらノルウェーの森にジェット機を落として焼き尽くすかも。

 けれども今回ファッジが目下取り組んでいる言論封殺は悪手と言わざるを得ない。ヴォルデモートという名を人々が口にしなくったってヴォルデモートという存在が消えるわけではないのだから。(僕の立場上ヴォルデモート復活についてはノーコメントだ。)

 

 さて、そのハリー・ポッターの裁判の日、僕は意気揚々と出かけていったアンブリッジからその日片付けるべき書類を山ほど受け取りエレベーターに乗った。

 

「おや。大丈夫かい」

 

 紙束で前が見えない僕に気取った声の男が話しかけてきた。

「ええ」

 返事をすると吐息にあおられた紙が一枚落ちた。気取った声の男が紙束で遮られた僕の視界の端を行き来する。紙を拾ってくれたらしい。それを山のてっぺんに置き、初めて僕と視線を合わせた。

 気取った声にふさわしい、やけに高そうな生地のスーツとプラチナブロンドの男だった。

「杖を使えばいいのに」

 そういう質問はいままで割と良くされる。紙束を浮かせようなんてスクイブスレスレの僕にできるはずがないだろう。

「僕のモットーでね」

「ほう」

「僕の故郷じゃ体を動かさなきゃ凍りつく」

「ふ」

 笑い方まで気取っているこの男は何度か魔法省で見たことがある。確か純血の名家の当主だ。

「君は確かアンブリッジ女史の秘書だったね」

「ええ」

「彼女はいま」

「裁判中です。例の」

「ほう。彼女は知っているのか?ダンブルドアがついさっき魔法省に来た」

「…なんですって?」

「どうやらどこからか時間の変更を聞いたらしいな」

「参ったな」

 アンブリッジのヒステリーを想像すると気が滅入る。ダンブルドアにかかればあの裁判のおかしさを覆うヴェールなんて一吹きだ。彼女にとってさぞかし不愉快な裁判になっているだろう。

「プロップ君、今回の一連の出来事は君がお膳立てしたそうだね」

「ええ。責任を感じます」

「いやいや、いい働きだったと思う。あのダンブルドアが上手だったというだけだ」

 なぜだか僕の名前を知ってる彼は懐から名刺を取り出すと僕に渡した。

「実を言うと個人的に君に一役買ってもらいたくてね。どうだろう?まずはそこの喫茶店で君の生い立ちからじっくり話すというのは…」

 

 

 

……

 

 マグルと魔法使いの決定的違いは当然魔力の有無だ。それ以外に何が違うか。強いて言うならばそれは心だ。何、観念的な話をしようってわけじゃない。

例えば家猫と野良猫。彼らは同じ猫だけど家猫は警戒心が薄く、野良猫は警戒心が強い。家猫は餌を食べかけでほっといても誰かに取られたりしないが、野良猫はそうじゃない。能力、環境により同じ種の猫にすら性質に大きな差が生まれる。

 魔法使いはマグルよりはるかにイージーに火をともし糧を得る。故にマグルのように集団で集まり生命の安全を保証し合う必要が少なかった。魔法使い同士ならばまだしも、マグルやその他自然の脅威に屈することはまず無かった。要するに彼らはマグルよりつるむ必要がない自律した精神を持つ。というのが彼らの意見。

 彼らは火をおこすにしてもものを片付けるにしろ杖をひとふりするだけだ。それはいい。便利だ。羨ましい。だがそのイージーさ、つまり言い換えれば物事の因果関係の単純さは必ずしもすべてが善しと言い切れない。

魔法はマグルが手順を踏み組み立てた論理を杖のひとふりで解決する。つまり彼らは過程への想像力に欠ける。行動がすぐに結果に結びつくということが当然だと思っている。だから彼らはいまいち…深みがないのだ。風が吹けば桶屋が儲かる理屈を理解してくれないというのが僕の私見。あくまで個人の感想です。

 

「ルシウス・マルフォイ氏。よく存じ上げております。先程は失礼しました、とっさにお名前が浮かばなくて。先日は聖マンゴに多額の寄付を」

「なに、気にしないでいいよ。君と直接話すのは初めてだからね」

 

 マルフォイ氏は間違いなく純血の聖28一族の筆頭で資産運用により富を得ている。よほどうまく行ってるのか寄付は年々増えている。

 彼はヴォルデモート卿の腹心(死喰い人とか名乗っている)だったと言われているが現魔法省内でも彼の言う事に逆らうやつはめったにいない。金、生まれ、育ちに恵まれているというわけだ。実に羨ましい。確か彼は一人息子がホグワーツに通っている。きっとこの男同様温室で栽培された野菜みたいな面をしているのだろう。

 

「それで」

 

 マルフォイ氏は話を続ける。

「ホグワーツの教員不足については君もよくご存知だろう。闇の魔術に対する防衛術の教員は一年ごとにやむを得ない事情で変わっている」

「ええ。一身上の都合ですね」

「任命権は校長にあるが、流石のダンブルドアも今回ばかりは後任を探すのに苦労していてね。あと2日で決まらない場合今回は我々理事から推薦された人物を就任させることになる」

 我々理事会、というが要するに彼の意向に沿っているのだろう。ルシウス・マルフォイが魔法省、死喰い人どちらの立場からそれを進めているかはわからないが、僕はどうやら彼の目に止まってしまったらしい。

「我々は君を推薦しようと考えている」

「一役人にすぎない僕には身に余る職務です。愚かしい質問ですがなぜ僕を?」

「初めはドローレス・アンブリッジをと考えていた。彼女は愚直なまでにファッジに忠実だからね。しかし、ファッジにしか忠実でしかない」

「仰っしゃりたいことはよくわかります」

 マルフォイ氏はさて、とひと呼吸おきカバンから茶封筒を取り出した。書類が山ほど入る大きな封筒だ。それを僕に手渡す。

 僕はさして動揺を見せずにそれを受け取り紐解いた。

 

「…これは…」

「覚えがあるんじゃないかと思って」

僕は黙ってマルフォイ氏の顔を見た。彼は僕のリアクションを見ている。

「混乱に乗じて上手くやったな。プロップ君」

「…」

 

つまり彼は、僕の秘密を調べ上げた。そういう事だ。

 

「ウラジーミル・プロップ。君には魔力がないね」

「…ええその通り。この資料に書かれているように、僕の戸籍は亡命時に急遽でっち上げた偽物です。傍系とはいえ純血の家にスクイブが出るなんて恥さらしだ」

 僕は封筒から落ちた僕の家族写真を見る。そこには僕の両親と兄と妹しか写っていない。

「マグルでの登記とあちらの魔法政府での登記は揃えるべきだったね」

「なんせ急な夜逃げでしたからね」

 写真をわざわざ手で拾い上げる僕を、ルシウス氏はどう思いながら見ているんだろうか。侮蔑でも軽蔑でも差別でもなんでもいい。もし彼が僕が出来損ないであるという事実を口外しないのであれば彼の口が何を奏そうが食そうが僕の知る事じゃない。

 僕は写真をテーブルに置く。そして胸に抱えた一キロあまりの鉄の塊を意識する。もちろん現実じゃ魔法使いに銀の弾丸は効かない。弾にいくら魔除けの言葉を書こうとも。

 錐は袋に隠せないというが今までうまくやってきてここに来てすべてが露呈するとは思わなかった。人の家に鼻を突っ込む愚か者が出るような地位ではないと思ったが、神はどこから見ているかわからないものだ。僕に目をかけたのが悪魔であったことを呪うしかない。

「そう殺気立つな。何も私は君を今の地位から引きずり落とそうってんじゃない」

 傷持つものほどよく語る。

「そうでしょうか?これは明らかに僕にとっての脅威です」

「ああ、確かに君の生殺与奪権を握っているのは私なのだろうね。けれども殺そうなんて思いもしなかった。そっちのほうが良かったかい」

「場合によっては」

「私は君を買っているよ。スクイブであり亡命者。根っからのアウトローの君が魔法省の喉元に食い込んでいるのだから」

「アンブリッジ女史を喉元とは、買いかぶり過ぎでは?」

 僕の冗談にルシウス氏はふ、と嘲笑う。

「君の世渡りの才能を私たちのために活かしてほしい。それが、君が平穏に生きるために一番ベストな選択だと思うがね」

 要するにルシウス氏は僕を強請っている。いや取引を持ちかけている。

「それがホグワーツの教員とは…才能の活かしどころが見つかりませんが」

「それがあるのさ。…君の今まで持った部下は何人いる?」

「それは直属の?」

「いや、パートタイマーも含めて」

「さあ。どうでもいい人の名前を覚えるのはどうも苦手で」

「ざっと3桁を超える。3桁だよ?これは尋常じゃない」

「数を数えられないやつがいたのかもしれませんね」

 ルシウス氏は笑わなかった。

「いいかい…君の周りに転がる死体を公にするほうが、よっぽど公共の利益であると私は考えている。しかし我々は今まさに公共の敵なのだ。革命には時として君のように汚れた手が必要なのだ」

 本音が出た。ここまで本音が出たならばもう変に煽る必要もなく喋ってくれるだろう。だいたい僕に断るという選択肢がない以上あとはいかに好条件を獲得するかということのみに意識をさくべきだろう。

「まず言っておきましょう。僕の手は汚れてない。…さて、詳しい条件は?」

「この書類は、君にあげよう」

「それは当然です。もう一つ、僕は魔法がほとんど使えない。この点はどうするのです?」

「息子が協力する。例えば君が窮地でしてきたように影で魔法をかけたりね」

「お子さんはお幾つですか?無言呪文はそれなりに高度です」

「案ずるな。純血の子息だ」

 恐れ多いね。耳が痛いや。

「それで、ただ教師ごっこをさせたいからといって僕を送り込むわけではありませんよね」

「勿論だ。君にしてもらいたいのは…ハリー・ポッター。例の子供をどうにかして学校から逃し、神秘部へ連れて行くこと」

「…まったく脈絡がないように思えますが」

魔法使いの悪い癖、ではないのだろうがあまりにも飛躍していやしないだろうか?

「奇妙に思うだろうな。それも致し方ない。私のすること、君のすること、役割分担だ。君が我々の計画すべてを知ることはないし、我々は君の取る手段を知り得ない」

「……あなたはその無茶な仕事を僕に、未成年の魔法使いの手助けのみで任せたいと?」

「ああ。というのもダンブルドアと魔法省は今最も警戒心を強めている。別々の方向にね。我々はどちらにもつかない人間の手助けが必要なのだよ。君のような」

「…今一度確認しますが、僕は出来損ないですよ。貴方方の言う理想の純血社会から真っ先に排除される存在だ」

 純血一族から出たスクイブ。彼らの光り輝く謳い文句の濃い影。

「ああ。でもそれは君がこの書類を持ち帰ればなかったことになる。前と同じように」

「…成功した場合は?」

「成功した場合、すなわち我々の理想の実現に際してはー」

ルシウス氏は紅茶を飲み終え、音も立てずにカップを置いた。

「君をアンブリッジより無能で鈍感で偉い人間の部下にしよう」

「いいでしょう」

 

 僕はルシウスの手を握った。そしてかちゃんと陶器の美しい音を立て、最後の一滴まで紅茶を飲み干した。

 

 

 恐怖は幾度も訪れるが、どうせ死は一度きりだ。


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