【完結】フーディーニの魔法   作:ようぐそうとほうとふ

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02.パーシー・ウィーズリー

 僕は学校を卒業するまでは家族のことを本当に大切に思っていたし誇らしく思っていた。

 

 パーシーはモリーから届いたクリスマスカードとセーターを見て、胸の奥がぎゅっと締め付けられたように苦しくなった。すぐに包み直し、リボンを付け直し、フクロウに押し付けて返送した。

 

 たしかにうちは貧乏だったけど両親は立派に全ての子供達を学校に通わせ、教科書も制服も古本やお下がりでも必ず揃えてくれた。クリスマスには毎年プレゼントを贈ってくれていたし、年に6回ある誕生日は欠かさず祝ってくれた。

 それはたしかに慎ましやかで善良な家庭であるに違いない。しかしながら、入省試験で僕は思い知ったのだ。いや、目が覚めたと言ってもいい。

 素朴さは、善良さは、清貧さは多くの人にとってはちんけで、騙されやすくて、貧乏くさい。そういう意味だった。

 

「あのウィーズリーの?」

 

 と、面接で言ったのは誤報局のロウル係長で、四角い箱に無理やりスーツを着せたような男だった。

 誤報局は魔法省の中で一二を争う忙しい部署であり、面接の時間すら本来なら取れないはずだ。だがロウルはどこか余裕を感じさせる立ち振舞いでパーシーを上から下までじっくりと眺めた。そして次にパーシーの履歴書と成績証明書を見て鼻で笑った。

 

「ここじゃ無理だ。別の部署を探したほうがいい」

「何故ですか?僕は首席をとりました。監督生として寮生を監督し、成績もこの通り必須科目はすべて優です。適性については何ら問題ないはずですが」

「いいや、適性はない。この部署ははっきり2つの層に分かれてる。目の前のタスクを処理するだけの者と、それを眺める者。そして両者は決して交わることはない。ウィーズリー君。君はどちらも相応しくない」

 

 魔法省内のいくつかの部署、魔法運輸部や誤報局、魔法事故惨事部は現場で働く者と管理者とで職務内容がはっきり分かれていて、管理者は純血が占めていた。パーシーはイモリ試験での水準も満たしているため管理職を希望していたが、純血のコミュニティがそのまま職場に反映されているため、どこでも「適性がない」の烙印を押された。

 

「そうだな…国際魔法協力部あたりに行くといい。あそこならまだ出世のチャンスはある」

 

 面接の終わり際にロウルは苦笑しながら言った。

 

「裏切りの代償はでかいな」

 

 全く持ってくだらない話だが、僕は差別されているらしい。ウィーズリー。血を裏切る者。

 誰かが半世紀以上前に勝手に決めた聖28一族なんかに載せられたばっかりに他の魔法使いよりも過度にマグル好きが強調されて、さらに父アーサーの日々の言動がそれに拍車をかけていた。

 パーシーの描く理想のキャリアは本人とまったく関係ないところからくしゃりと潰れてしまった。そして家族への深い愛も同時にあさっての方向へねじ曲がってしまった。

 現状が悪くなると回想する過去も悪くなる。

 学校でも同じ監督生同士、つまりライバルを見比べていると劣等感で頭がどうにかなりそうだった。ほつれ一つないローブ。いつ見てもピカピカの革靴。実家から届いたとかいう高級菓子を下級生に配り、人望を撒き散らす。監督生同士の勉強会と言う名のお茶会を開いてマウンティングをし合うとき、パーシーはいつも自分には誰かを押しのけて一番を取れるような武器がない事で苦しんだ。

 

「あなたはとっても真面目で素敵よ。the、監督生様ね」

 

 ペネロピは僕をそう評した。規律を遵守する監督生が彼女の望む恋人像なのだと思い、僕は必死にそうなろうとして、現にそうなった。

 

「彼ってクソ真面目だったの。校則違反だからって人前で手を握る事すらしなかったのよ!」

 

 入省後別れた彼女が新しい恋人に言った言葉。僕はそれを魔法運輸部へはいったマーカス・フリントからエレベーターの中で聞いた。

 

 いや、もっと前から。11歳の頃から…もっと言うなら子供の頃から、パーシー・ウィーズリーの人生は劣等感で固められていたように思う。優秀な兄、自由な兄。平凡な僕。いたずら好きの双子の弟とそれにくっついてる末の弟。可愛い妹。親の目は成績表に向いているときだけ僕に向けられていた。一番になれる唯一の機会は結果を残すこと。

 

 いくら足掻いて何かを得ても充足しない。どこか違う。なにか違う。僕はそういう気持ちでいっぱいになると衝動に任せてなにかしでかしたくなる。けれどもそれは僕を構成する真面目、模範的、優等生といった看板たちを損ねる。僕からそれらを奪ったら一体どうなってしまうんだろうか。

 山積していく鬱憤を破戒してくれたのは君だった。ウラジーミル・プロップ。

 

1994年

クィディッチワールドカップ

喧騒の中に溶け込む無個性な男

僕と同じその他大勢の中の塵の一つ

 

 

 魔法使いらしくはないがどの国の人間にも受け入れられそうなフォーマルスーツにローブを被っただけのやる気のない服装。枯れ草色の髪が夜風で靡き、その下の青い目がゆらゆら揺れる松明の光を反射していた。

 

「はじめましてウラジーミル・プロップさん。クラウチ氏から聞きました。とても優秀だったそうで」

 

 といって片手を差し出す僕を、彼はいかにも興味なさげに見つめ返した。冷たくて大きな手はいかにも文官のような外見と反して節くれだっていた。

 

「とんでもない」

「ご謙遜なさらずに。なんて言ったってあのドローレス・アンブリッジの秘書になった人だ。それも魔法運輸部から。大出世ですよ」

「運が良かったんです。パーシー・ウィーズリー…貴方のようなエリート街道を歩むほうがよほど凄い」

 

 僕はこの時、彼の無関心さに大いにムカついたし、少なからず嫉妬していた。彼はなんの後ろ盾もないのに、次期重要ポスト間違い無しのアンブリッジの懐刀になった男だった。僕に適性のなかった現場と、その上層である管理職両方を経験している。僕なんか眼中にないのだと思うと対抗心がメラメラと燃え上がってきた。

 ウラジーミルは超然とした男だった。僕の中に渦巻く腥い感情と対照的に、ひどく乾いた男だと思った。彼とテント群を眺めながら何も感じてないのかと思うほど無味乾燥な会話を交わしていたが、彼はやはり何に対しても特に感想を持ち合わせてないようだった。

 その一方で魔法界に対してとても厳しい見解を持っているようだった。

 

「世の中には自分がどんどん劣化していくことに気づかないやつが大勢いる。悪を悪だと気づけないやつが蔓延ってる」

 

 偶然にも彼の言葉は二年前の僕が思っていて、今は心の奥底にしまいこんでたものだった。

 僕に渦巻く嫉妬が親近感に変わるのがわかった。彼との会話はそこからすべてが有意義になっていく。僕の中身を注ぎ足していってくれる。

 

「パーシー。君は誰よりも努力しているよ」

 

 僕の夢を聞いて笑わなかったのは君が初めてだ。

 勿論大臣職は血筋で全てが判断されるわけではない。大人になるにつれ、判断材料の割合は変わる。家柄と能力と実績。だが、実績を上げるために必要な環境は家柄で決まる。ウラジーミルはその不自由な枷から自力で這い登った。

 

ーウラジーミル、君こそ努力してる。

 

「パーシー。君は誰よりも報われるべきだ」

 

 彼は何気ない会話の中で言葉にし難い心の澱をバッサリと切り捨てていってくれた。未成熟の言葉たちをすくい上げ、形にして、叩き潰す。そうしていくうちに、まるでウラジーミルの手の中に体がすっぽり収まるような安心感を得られるようになる。

 

ーウラジーミル。君だってそうだ。

 

「パーシー。君は誰よりも高潔だ」

 

 彼と知り合ってたった1年で僕はすっかり彼の事を信頼していた。だから彼が僕を尋問官助手に指名してくれたとき思わず小躍りしたくなった。

 彼の期待に沿いたい。だからクリスマス休暇に彼からだされた宿題にどう答えればよいのか途方に暮れていた。

 

ーウラジーミル。君こそが高潔だ!

 

 

 

 

「どこに行ったか答えられない?」

「ああ…気ままな旅だったもんでなあ」

「気ままな旅で教職に空白を、ね」

 

 ハグリッドはクリスマス休暇の直前にひっそりと戻ってきていた。休暇明け一発目の授業で復帰するとの事だったので、高等尋問官として面談を設けた。

 2メートルをこす巨大に合わせた縮尺のおかしい小屋の中、むせ返る獣の匂いに顔を顰めながら手元のクリップボードに彼の発言、態度を記録していく。はじめは見知った顔だと安心していたハグリッドは僕の冷たい態度に怯え、質問を重ねるにつれどんどん不安になっていって笑える。

 

「それで、新学期はどのような授業計画を?」

「あー、そうだな…ちぃと考えてるのはニフラーの繁殖だ。グランプリー=プランク先生が途中らしいから」

 

 事前にグレンジャーあたりからの入れ知恵があったらしく、授業予定に関しては問題はなかった。今のところ。

 面白くない。

「今やホグワーツの教員の人事はプロップ尋問官が掌握している。彼の期待を裏切らないように。…僕も見知った人の解雇通知を書きたくはないからね」

「…おかしな話だ。ここに通ったわけでもねえ役人が教師をやって、しかも俺たちを審査するなんて…」

「制度に文句でも?」

「もちろんあるに決まっちょる!この学校にはダンブルドアがいる。それだけで充分だ」

「ほーぅ?ハグリッド、我々はダンブルドアにとって邪魔者だと、そう言いたいんだね?」

「そうは言ってねえ!」

 僕はわざとらしく羽ペンを大きく動かしてクリップボードの下に『反社会的な言動あり』と書き足した。ハグリッドはびくつき、巨体が一回り小さくなった。

 ウラジーミルは喜ぶはずだ。彼の上司、アンブリッジはハグリッドをまっさきにこの学校から消したがっている。彼のアンブリッジに対する貢献はすなわちファッジへの貢献だ。この横の繋がりが重要な泥縄の人事を乗り切るには上への取り入りが不可欠。彼と僕の出世への足がかり。

 

「明日の授業も楽しみだ。君がふさわしい振る舞いをすることを願うよ」

 

 僕は捨て台詞を残し、城へ戻った。

 ちょうど休暇から帰ってきた生徒たちとかち合ったせいで廊下はとても賑やかだった。私服の生徒たちがお土産や家から持ってきたおもちゃをぶん回して遊んでいる。

 その中で花火を投げてるバカを見つけてしかり、持ってるぶんを没収した。他にも様々規則に反する品ー主にフレッド、ジョージのくだらない発明品だーを持っている生徒を摘発しどんどん没収した。

 ウラジーミルの研究室につく頃には両手いっぱいにカラフルないたずらグッズ、花火、お菓子をかかえていた。

 

「わ、なんだい。クリスマスプレゼントには遅すぎないか?」

「ウラジーミル。そんなわけないよ。没収した」

 

 ウラジーミルはちょっと笑って僕が持ち帰った“戦利品”を手に取り眺めた。

 

「いいね。僕の子供時代、こういうものはなかった」

「ソ連には魔法使い向けの店とかはなかったんだ?」

「ああ。それにあっちはマグルの子ども向けのおもちゃさえ少なかったからね。こっちに来たときは驚いたよ」

 ウラジーミルの節くれだった手がフレッド、ジョージの作った蛍光色の菓子のパッケージを撫でる。まるで苦労せず、なんとなくそこに辿り着いたような見かけをしているのに手だけは違う。彼の人生の苦労がそこだけ隠しきれていない。

 ウラジーミルの過去について、本人から聞いた情報はごく僅かだった。だが僕のちょっとした貧乏なんて鼻で笑えるような苦労をしてきたことはなんとなく分かる。彼の目は時折羨望に眩んでるように見えた。

 

「ハグリッドの尋問はどうだった?」

 

 僕はクリップボードを渡す。彼は上から下まで目を通した。僕が大きく書きつけた『反社会的な言動あり』もきちんと目に入ったはずだった。

 

「旅の目的については話すつもりは毛頭ないようだった。必要なら手続きを踏んで尋問にかけるが…」

「ああ…そんなことで揉めてもしょうがないよ。放っておいても彼は問題を起こすさ」

「だが、ダンブルドアの命令でなにか特別な任務をこなしていた可能性がある。いや、絶対にそうだ」

「特別な任務って例えばなんだい」

「魔法省を揺るがすようななにかだ」

「憶測で決めつけた議論は無意味だ」

 プロップはクリップボードを僕に突き返した。

「ファッジのせん妄に付き合うのはもうやめよう。パーシー、本気でダンブルドアがファッジごときに構うと思うか?」

「それは…」

 ファッジの紡ぐダンブルドア陰謀論について、僕は思考をあえて麻痺させていた。上からの命令を噛み砕いていくだけの、ディティールを見ているだけのほうが出世向きの生き方だ。上からの命令に疑問を持つこと自体を、もう一年前からやっていない。

「……パーシー。君は本当はもっと思慮深いはずだ。可哀想に。魔法省で生き抜くために、君は牙を折る他なかったんだね」

「違う。牙はちゃんとあるさ!」

「そうか。ならわかるだろう。ファッジは嫉妬に狂った老いぼれで、注目依存症だ。ダンブルドアが本気で相手にするはずがない。ではここで質問だ。ダンブルドアが本気になる相手は誰だ?」

 

 質問の前提は真になる。

 ウラジーミルはファッジはイカれてると定義した。ウラジーミルの切り取る仮定は即ち僕にとっての真実だった。

 

「……あの人だ」

「そう、あの人だよ」

「ウラジーミル…君は、彼が復活したと…つまり、ハリー・ポッターの言ってることが真実だと思っているのか?」

「ああ。ポッターは事実を述べている」

「まさか、アンブリッジの腹心の君がそんなことを言うなんて…」

「僕が証拠を握りつぶしたんだ。だから知ってて当然だろ」

「なんだって?」

 僕は一瞬彼が冗談を言っているのだと期待した。だが彼は落ち着いた表情で僕をじっと見つめていた。取り乱しては失望される。僕は深呼吸をしてゆっくり尋ねた。

 

「なぜそんなことを?」

「魔法運輸部は古巣だ。遠巻きに指示があってね」

 

 僕は魔法運輸部の実質的支配者、ゴツゴツの岩を更にめちゃくちゃに叩き割ったような顔をしたエイブリーの心底バカにした表情を思い出す。ウィーズリーの名前を見て、赤毛を見て嘲笑ったあのクソ野郎。

 

「いいか。僕は誰かの味方をするつもりもない、単に見て聞いたことを言ってるだけだ。起きてる事だけを知ってるだけだ」

 

 ウラジーミルは、彼の側にだけ光の指す場所に座っている。彼の構築した研究室。椅子と本棚と照明器具しかないだだっ広い箱は彼の切り出す世界に似てる。その部屋は彼の手の中にすっぽり収まるような居心地の良さすら感じる。

 

「ヴォルデモートは復活した。ダンブルドアは備えている。それだけの事だ」

「そ…それじゃあ今ここでこうしている場合じゃないだろう?!なんでそれを知ってて、わかってて教師ごっこなんか…」

「そんなの、どうでも良かったんだ。誰が上に立とうと、僕は本当にどうでもいいんだよ」

 ウラジーミルの口調に偽りはなさそうだった。しかしどこか逼迫したものを感じる。まるで椅子の上でつま先立ちになった自殺志願者。彼の首に見えないロープが巻き付いているような気がして、僕は思わず自分の喉元を確かめてしまった。

 

「……何故、君は今それを話した?」

「仲間がほしいんだよ」

 

 僕は彼の子羊。香の焚かれたセラピールーム。マグルナイズされたシンプルでモダンな空間。彼が以前口にした喩えはなんだっけ。

 

「僕の出した宿題の答え合わせをしようか。あるいはこれは君と僕が袂を分かつ瞬間」

 

 彼は告解するかのように目を閉じた。これは彼と僕とのサクラメントだ。彼はエピタラヒリを着てはないけれども。

 

われは罪を犯したり。
主よ、われは罪を犯したり。

 

 だが彼が乞うのは赦しではない。

 

「思うに、これは単なるスクラップ・アンド・ビルド。それ以上の意味はない」

 

わが不義のゆえにわれを滅ぼし給え。
とこしえにわれを怒りて、わがために災いを貯え給え。

 

「僕は僕なりの冴えた方法を思いついたんだ」

 

さあ行って、神の激しい怒りの七つの鉢を地に傾けよ。

 

「僕と生きやすい世界を作ろう。きっと君も気に入るからさ」


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