【完結】フーディーニの魔法   作:ようぐそうとほうとふ

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03.ドラコ・マルフォイ

 ポッターに殴られた時、本当に怖かったのは眼前に迫りくる拳でも、それに伴う痛みでもなく、自分を殴りつけるポッターの目だった。

 

 ドラコはクリスマスパーティーを終えて自室でゆっくりと両親からプレゼントされたネクタイピンを眺めていた。

 凍える硝子越しに屋敷へ何人か入って来たのがわかった。父上の“仕事”の仲間だろう。長い夜の真ん中に集う死喰い人たち。その中にあいつもいるのだろうか?

 

 ウラジーミル・プロップ。

 

 ポッターの目をあそこまで怖いと思ったのはプロップのせいだ。

 ポッターの見開かれた白目の中に浮かぶ緑の瞳は太陽に浮かぶ黒点のようだった。血走って浮き出た毛細血管。生き物の動の色と対照的に完全に静まった濁った目。プロップの普段の目。

 天文学でちらと触れた宇宙にあるというブラックホールの図を思い出した。マグルが知恵を絞って作った、遥か彼方を見るためのバカでかい望遠鏡で撮った動かない写真。鮮やかな星雲の中央に鎮座する穿孔。どこまでも黒く何もかもを吸い込むという星の残骸。

 何もないんだ、と。

 今のポッターには僕を殴りつけるということ以外何もないのだと思った途端、恐怖が全身を支配して動けなくなった。情けなさや恥ずかしさを感じる暇もなかった。(それは殴られて数時間たち、一人になってから訪れた)人間が力のすべてをある一つの行為に注いだらどうなるか。そのヒントがポッターの食らわした最初の一撃だった。

 拳が直撃し、目の前が真っ暗になる。そして遅れてきた痛みと脊柱への衝撃。あいつの血走った目。鮮烈な記憶は二ヶ月たっても色褪せない。消えたはずの傷まで痛む。

 

 そのポッターと同じ目をしたプロップ。彼が杖を使えない無能であるという致命的情報を握った僕を殴らせるなどとしたあの男には、怒りと同じくらいの不気味さを感じた。

 僕の命を危険に晒せば父上に殺されるに決まってる。または僕がちょっとでも気まぐれを起こせばやつが無能だとバラされる。そういうリスクを抱えているくせにあいつは躊躇も反省もしてなかった。僕が脅したあとだって父上に叱られたあとだってケロッとして反論までする始末だ。

 それは無謀なバカとか命知らずだとかそういう事でなく、単に僕たちの安全に全く興味がないのだと言うことは明らかだった。

 

 父上は一体何を思って彼を使おうと思ったのか。あんな不気味なやつ、できればもう二度と関わり合いたくない。僕はそれとなく何度もその旨を伝えた。けれども父上はそれをお許しにならなかった。

 勿論父上もあいつの異常さには気づいているのだろう。僕の怪我は明らかに彼が仕組んだものなのだから。それをわかっていてなお僕をプロップに協力させなければならない。それはつまり、プロップが単なる魔法省の犬ではなく例のあの人側の犬である可能性を意味する。

 はじめは単に、「私の重要な駒だから」と言われたプロップ。僕は魔法省がホグワーツを支配するための駒だと思っていた。だが父上のプロップの話をするときの緊張した表情を見るに、駒どころか生命線なんじゃないかと思う。

 

1/3の夜

屋敷にやってきたプロップ

盗み聞きしようと近付いた時、応接室のドアが開いた

 

「…おや」

 プロップと目があった。いつもどおりの平凡なつまらない顔をした男。暗い目をした男。

 その声のあと、父上が部屋から出てきて僕を見た。父上の顔面は蒼白で、ひと目で何かが起きたんだとわかった。けれどもそれを必死に隠すように父上は上品を取り繕って僕に声をかけた。

「ああ。どうしたドラコ」

「えっと…少し気になって。プロップ先生がいらしてたから」

「ドラコ・マルフォイ。用があるなら話そうか?二人きりで」

 プロップの言葉に父上の肩が僅かに跳ねる。

「…父上、大丈夫ですか?」

「いや。何でもない。大丈夫だ。…ドラコ、悪いが外してくれ。新学期になってから聞きなさい」

 

 父上はプロップを送ったあと、一人で酒を開けた。上物のオーク酒だった。機嫌がいいときには絶対に飲まない、舌の上を逆立てるような味のもの。グラスを持つ父上はとても真剣な顔で机の上をじっと見ていた。

 

「あいつがなにかしたんですか?」

 僕が勝手に部屋に入ってきても父上は何も言わなかった。僕の質問にも答えず、そのまま翌日にはキングスクロス駅で別れた。

 プロップへの恐怖が宙ぶらりんのままで休暇が終わってしまった。

 

 

 

魔法界の抱える病

寄稿 チャリティー・バーベッジ

   ホグワーツ魔法魔術学校 マグル学 教師

 

 魔法界は病んでいます。理由は、今あなたの開いている新聞にあります。

 三大魔法学校対抗試合から続く混乱はもはや泥沼化しており、ありとあらゆる種類の罵詈雑言、流言飛語がメディアを行き交いました。大変悲しいことに、そういった心無い言葉はある特定の人物に向けられています。

 一度杖を置いて、深呼吸してから新聞を見てください。

 真実が何か、私には判断できません。しかしながらこのような見るに耐えない言葉たちが未成年の魔法使いへ向けられているという事実がいかに歪かはわかります。

 皆さん、これが私達のあるべき姿でしょうか。私には今の魔法界は病んでいるとしか捉えようがありません。本来の理知的な思考に戻りましょう。何が真実かを考えるよりも、人の気持ちを考えましょう。子どもにもできることです。勿論、マグルにだって。

 

 

 

ーリップ音ー

 

 

 

 

「その文章を載せたやつがどんな目にあったか知ってるか?」

 

 プロップが僕の広げた日刊予言新聞越しに僕を見ていた。

 

「服従させられた。君の父親によってね」

「…何が言いたい?」

 僕は新学期早々プロップに呼び出された。理由は冬期特別課題の出来について。この大嘘吐き。

「魔法は便利だ」

 プロップは魔法が使えない。使えないはずなのに何故こんなに気味悪く感じるんだろう。

「僻みか?」

 僕の軽口に笑う。こいつは僕のことなんてちっとも怖がっていない。ポケットにある杖を強く意識する。

「どちらかというとやっかみかな」

「何が違う」

「語感」

 プロップの仕草は、言葉遣いは、全てがうんざりするぐらい計算されている。何もかも見透かした上で行動されると心を素手で触られたみたいに嫌な気分になる。

 杖でこいつをやっつけられたら、服従させられたら、若しくは失神でもなんでもいい。一発食らわせられたらどれほどスッキリすることか。だが理性はそれを許さない。

 

 父上はこの男を使わざるを得ない危険な任務を与えられている。自らリスクを背負わざるを得ない仕事を。

 こいつは父上に命運を握られているが、同時に父上の命運を握っている。そうでなければ生かしておく理由はない。

 

「ドラコ、君に怪我させたお詫びにいいものをあげよう」

 要らない。と答える前にプロップは僕の襟ぐりを掴んだ。僕は暴れだす恐怖感を抑えながらも身じろぎした。殺されるかと思ったがプロップはそのまま胸の部分になにかをつけた。彼が手を離すと深紫のリボンに魔法省のエンブレムが描かれたバッジが監督生バッジの横で揺れていた。

 

「君は今日から尋問官親衛隊だ」

「親衛隊…?あんたの?」

「そう。うちのおせっかいな上司がこの役職に箔をつけたいらしくてね」

「馬鹿らしい…名前だけ飾ったってあんたは何もしてないじゃないか」

「まあね。でも女性からのプレゼントは無下にできない」

「馬鹿いえ」

 プロップはクックッと笑った。

「そのバッジをつけてれば監督生同士でも減点できる。持ってて損はないよ」

「あんたの唆しには懲りてるんだ」

 僕は胸から親衛隊バッジを毟り取った。こいつの思い通りになるなんて僕のプライドが許さない。たとえ父上からよくよく言われていたとしても、だ。プロップは僕の反抗を見て困ったような顔をした。

「断る。また殴られるのはゴメンだ」

「そうか。まあ欲しくなったら取りに来てくれ」

「来るものか。僕はあんたの手助けをしろとは言われた。だがあんたに使われる気は毛頭ない」

「そうかい」

 プロップのなんでもない態度に思わず頭に血が昇る。ぶん殴ってやりたい衝動をぐっと抑えて、僕は何も言わずに研究室から出ていった。

 

 いらいらがどんどん募っていく。歳を重ねるごとにその解消は難しくなっていく。

 欲求が複雑に絡まり合って、どれかを解消してもまだどこかが解れない。そうやってくうちに放置していた小さなダマがいつの間にか大きく固い塊になっている。例のあの人が復活してから、プロップが来てから事態はどんどん悪化している。いや、加速度的に悪化している。

 フラストレーションがどんどん募っていく。ふくろう試験も控えているのに、勉強に手がつかない。ああグレンジャーのすまし顔が過ぎった。余計に腹立つ。

 

 

「では今日はゴールドスタインの提出したレポートを添削しようか。とても良くできていたので参考になるだろう。ラパポート法について…知らない人がいないことを願うが念の為に解説をしようか」

 

 これまで僕が考えてきたことを総括すると、様々な事実が浮かび上がってくる。

 例のあの人は父上をお許しになっていない。

 

「これはマグルと魔法族を徹底的に分離する北アメリカの法律で、1790年に起きた重大な国際機密保持法の違反によりやむなく制定されたものだ」

 

 父上は隠してはいるが、焦っている。何を命じられたかわからないが、どうやら遂行にはプロップが必要だ。

 

「このレポートではアメリカ魔法議会とイギリス魔法省の違いについて比較検討されている。比較部分については完璧だが一つ足りない要素がある。国際機密保持法とはなんぞや?説明できるものは?」

 

 この男は本当に父上の任務遂行の役に立っているのだろうか?甚だ疑問だ。最近じゃそれなりに授業もこなしているし、なんならどの寮生からも割と好かれている。

 

「国際機密保持法とは、魔法族とマグルが平和に暮らすために設けられた防壁だ。ラパポート法はこれのもとに制定されたのだから少しでもいいから触れるべきだった。そうすればゴールドスタインのレポートは一歩完璧に近づく」

 

 こいつはもしかしたら父上の命令をこなす、とか授業を適当にこなす、とかそんな目先のものを目指していないのかもしれない。この45分の退屈な授業は、4ヶ月の教師生活は、遠い目標の道程に過ぎないのかもしれない。

 

「更に言うならセーレム魔女裁判から見受けられるマグルの魔法への憎しみについて触れると、もう少し深みが出るだろうね。マグルが吊るした“魔女”にどんな仕打ちをしたと思う?」

 

 首元に食い込んだロープを外し、汚れた衣服を剥ぎ取る。脱力し、ありとあらゆる液体が零れ落ちる膣に指を突っ込み、処女でないことを宣言する。裸にひん剥いた死体は家畜よりも乱暴に荷車に積まれ、食べ残しと同じ場所に棄てられる。あるいはその場で、二度と復活できないように鋤や鍬で四肢をめちゃくちゃに耕したあとに燃やす。

 

「どれほどの行いをすればマグルの恨みをそこまで買えるのだろうね?確かに黒幕はいた。だがスカウラー達は種を撒いただけだ。けれどもそれだけでここまで人は人に残酷になれるのだろうか」

 

 バーソロミューとその仲間たちが撃った銃弾。弾頭に祈りを込めた人体を効率よく破壊するダムダム弾は誰一人として殺せなかったが結果的に世界の見えない部分を大きく変えた。

 

「マグルが魔法を知らないことは、果たして本当に善い事なのだろうか?」

 

 僕は、すべてを知りたい。知っていたい。自分の周りにどういう種類の暴力と陰謀が渦巻いているのか。僕は子どもでいたくない。僕は、父上を助けたい。

 

 

「ドラコ、見てくれよ」

 

 セオドール・ノットの胸に輝いてたのは尋問官親衛隊バッジだった。他にも官僚狙いの生徒たちは寮に関わらずバッジをつけている。人目を偲んで呪文の特訓をしているアーニー・マクミランまでつけていた。

 プロップは黙認しているとはいえ、マクミランの放課後自主教室を咎める立場だ。パーシー・ウィーズリーから反対が出なかったのか?

 プロップとウィーズリーは最近ピリピリしているように見える。少なくとも、授業中は。ウィーズリーによるプロップの授業視察は最悪の雰囲気だったらしい。なんせポッターのいるクラスでの授業だ。魔法省批判込のレポートが毎回出されているだろう。

 又聞きだが内容はこうだ。魔法省批判めいたレポートの質問にプロップは丁寧に答えた。いわく、「魔法省は古典的なカビの生えたマグルのまがい物政府」パーシー・ウィーズリーは顔を真っ赤にして怒る。「魔法省の役人たるものがそのような暴言を言うとは」プロップはひょうひょうと答える「真実を言うことが人を的確に怒らせる方法だ」。始まる口論、最終的にウィーズリーはクリップボードを投げつけて退席したらしい。

 それが生徒たちにプロップムーブメントを齎した。ガミガミ、パーシー・ウィーズリーをキレさせた男。反逆者ウラジーミル・プロップ。下級生の間ではファンクラブができたとか…。馬鹿げている!

 あの男のことだ、すべてが計算づく。いや、ウィーズリーと共謀して仕組んでいるに違いない。

 本来上司のプロップにウィーズリーが公の場で楯突くわけがない。あの愚直な男に限ってそれだけはあり得ない。加えてウィーズリーはプロップに心酔している。

 

 ではなぜここに来て魔法省へ逆らうような真似をするのだろうか?

 父上の任務を遂行するため…だとしたら父上の目的はハリー・ポッターの援護?それはありえない。例のあの人の復活は可能な限り伏せておくべきだ。

 魔法省の信用をガタ落ちにすること?信用を落としたところで死喰い人が得する事など何一つない。最高の隠れ蓑である魔法省はなるべくこのままの状態で置いておきたいはずだ。

 ハリー・ポッターを庇って一体どうなるというんだ?

 プロップはかなりの負けず嫌いだ。僕の封筒の盗み見への反論や普段の態度から言ってそれは間違いない。だがそれと同時に父上に命を握られているため、裏切りは考えにくい。だとしたらこれも任務の一環なのだろうか?

 考えれば考えるほど、プロップのポッター庇いは意味不明だ。

 

 

 その意味不明さはドラコの頭の片隅にずっと渦巻いて気分を悪くさせた。数日後には、さらなる混乱へと変化した。

 

 

【ウラジーミル・プロップ、降格】

 

 

 日刊予言者新聞にプロップのいけ好かない顔がでかでかと載っていた。

 紙面と同じ涼しい顔で、彼は朝食のキャロットジュースを飲んでいた。

 

 

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