【完結】フーディーニの魔法   作:ようぐそうとほうとふ

3 / 51
02.内通者の心得

 さて、連続殺人は資本主義が産む病理であり、社会主義国家の人間にその様な精神的欠落は起こり得ないというのは(祖国において)常識であった。平等で幸福で平和な国民がなぜそのような凶行に走るのか甚だ理解できない。そのような幻想はかの有名な同志アンドレイ・チカティロの地道な啓蒙活動により粉々に打ち砕かれた。

 僕は彼同様、社会に認められなかった人間だ。

 魔法社会、とりわけ純血家族においてマグルの嫁より認め難いのがスクイブだ。たとえ一匹悪い種がまじろうとも強く気高き純血の幹から悪い実が結ぶはずがないと盲信的に彼らは信じているが、残念ながら悪い種は悪い実を結ぶ。確か神の子もそう言ってなかったっけ?

 両親は優しかった。僕を魔法族扱いしてくれた。けれども魔法使いとしての出生届を出さなかったのもまた事実である。それを恨んだことは、ないといえば嘘になる。けれどもわかった頃には僕はもう大人になってたし、それなりに酸いも甘いも噛み分けてきたのでなんとか飲み込めたさ。

 

 9月1日を翌日に控えた夏の最後に僕はアンブリッジの部屋で引き継ぎ用の書類を整理していた。

「まさかあなたが抜擢されるとはね」

「貴方のおかげです。貴方がいなければマルフォイ氏のお目に止まることもなかったでしょうし」

 アンブリッジは低い背を高い柱にもたげて僕を睨んでいる。彼女はホグワーツに行きたかったのだろうか?とても学校大好き!というふうには見えないが。

「いいかしらウラジーミル。貴方は魔法省の役人としてホグワーツを監視し、管理するために派遣されるのです。くれぐれもお忘れなきよう」

「大臣の、そして貴方の望むように。わかっていますとも」

 アンブリッジは僕の言葉に特大の獲物を飲み込んだ蛙のような笑みを浮かべた。彼女は強欲で、殊更自分に有益なものに関しての嗅覚は尋常ならざる勘を発揮する。ホグワーツへの出向は彼女の嗅覚にかかったのだろう。いい匂いのするそれを僕に取られて少し不機嫌だったのだろうが、その果実を僕が彼女に分け与えると告げたとたん上機嫌。わかりやすくて好きだよ。

 アンブリッジは陰謀や血と暴力の匂いには鈍感でまるきり不感症なのだ。彼女は僕の香りがわからない。だからこそ、僕は彼女の下にいる。それも今日でしばらくおさらばだ。

 

「いいですか、大臣はホグワーツの生徒が杖を持ち備えることを危惧しておいでです」

「大臣の憂慮は重々承知しています」

 大臣はホグワーツを兵士養成所だと勘違いしていて、ダンブルドアのアジテーションをちびるほど怖がっている。だから僕は魔法省役人としてファッジの夜が少しでも快適になるようにあそこを快適な牢獄に(若しくは鳥籠に)なるよう管理しなければならない。

「選定教科書には目を通したかしら」

「もちろんです」

 教科書は著しく退屈な一冊で、これを一年かけて薄く伸ばして生徒たちに教えなければいけない。それは今まで与えられたどの仕事より退屈そうだった。ルシウス・マルフォイの要請とは別に形だけの教職までこなさなければいけないと思うと少しだけ憂鬱だ。

 だがほんの少しだけ楽しみな点もある。アンブリッジの不愉快なピンクのオフィスとしばらくは、うまく行けば永遠におさらばできるからだ。

 皿の中の白猫がにゃあと鳴いた。

 

 

……

 

 

 ホグワーツ、というか学校自体行ったことのない僕にとってホグワーツ急行は新鮮だった。

 今まで見たことのない大勢の子供がぎゃあぎゃあと姦しい。子供は好きでも嫌いでもない。けどうるさいのは嫌いだ。僕はとりあえず荷物を積んでコンパートメントを占領しさっき売店で買った本を広げた。

 なるべく僕に近寄るなよ、というオーラを発して。そのおかげか、(あるいは単に僕が老けてるから)生徒は空いてる僕のコンパートメントを見ても素通りしていった。中には不思議そうな目でこちらを見てくる生徒もいたが無視した。

 順調に本を読み進めているうちに列車は発進し景色はどんどん都会から田舎へ移り変わっていく。車窓を流れる風景が平原から沼地へ変わる頃、遠慮がちなノックの音が聞こえた。

 

「あの」

 

 僕はノックの主に微笑んだ。

「いいですか?この子のマウスが逃げてしまったらしくって」

 ノックの主は赤毛でのっぽの少年で、後ろにこぢんまりした小さな男の子がおどおどしながらこちらを覗っていた。

「ネズミかい?悪いがここでは見てないよ」

「そうですか…」

 赤毛は男の子を横目に見て眉をくんとあげた。男の子はしゅんとした顔をして立ち去ってしまう。

「もし見かけたら捕まえておいてくれませんか」

「ああもちろん」

 僕はそう言ってすぐ本にもどろうとするが赤毛は出ていこうとしない。何を言いたいんだいという意図をこめて僕は赤毛をもう一度見た。彼は促されるように口を開いた。

「もしかして、新しい先生?闇の魔術の防衛術の…」

「鋭いね。まだ内緒だよ。僕はプロップ。君は?」

 赤毛はそれを聞いてまた僕を頭からつま先までジロジロ見た。遠慮のない子だ。僕の態度を気に入ったらしく赤毛は答えた。

「ロナルド・ウィーズリー。グリフィンドールの監督生です」

「そうか。ウィーズリー、よろしく」

 あの獅子のエンブレムの寮の生徒か。やたら警戒心がなく軽薄な態度は監督生には見えないが、彼が誇らしげに張った胸のうえにはしっかりときらりと監督生のバッジが輝いていた。ウィーズリー、確か四人在籍していてそのうち一人がハリー・ポッターの友人だったはずだ。背格好から見るに彼だろうか。

「授業が楽しみだな、毎年先生が…」

 ウィーズリーが雑談を始めようとしたとき、後ろから新たに女子生徒がやってきた。

「もう。ロン、何サボってるの?」

「サボってなんかないよ。先生の前でサボれると思う?」

「先生?」

 訝しげな声がしたあと、栗色の髪の女の子がこちらに顔を覗かせた。

「あっやだ。…すみませんお邪魔して」

「気にしないで。ウィーズリーは下級生のネズミを探してやっていたんだ」

 僕の言葉にウィーズリーはほらな?という顔をして女の子を見た。女の子はじろっとウィーズリーを睨んだあと僕の前だと言うことを思い出して慌てて普段通りの顔を作ろうとする。仲が良くて羨ましいことだ。

「ハーマイオニー・グレンジャーです。ロンと同じグリフィンドールの監督生です」

「僕はウラジーミル・プロップだ。早くも仕事熱心な生徒にあえて嬉しいよ」

「ウラジーミル?ロシア出身ですか」

「ああ。尤も僕が生まれたときはソヴィエトだったけどね」

「じゃああちらの魔法学校から?」

 グレンジャーは随分ハキハキした子だ。どこか抜けてるウィーズリーといいコンビなんだろう。目つきに知性を感じる。こういうタイプとお近づきになりたくないと思ってしまうのは僕が脛に傷持つものだからだろうか。僕の上っ面を貫通しそうな洞察力。

「いいや。あっちにはホグワーツほどの規模の学校はないよ。学びたかったらダームストラングへ行く。僕はそうしなかった」

 ダームストラングと聞いてウィーズリーは渋い顔をした。三大魔法学校対抗試合でカマでも掘られたのか?

「そうなんですか。でもよかった!優しそうな人で」

 グレンジャーの認識はすぐ覆るだろうなと思いながら僕は曖昧に微笑む。残念ながら僕は悪い種を蒔きにきたのだから。

「君たちはなにか仕事の途中だったのかな?」

 僕の言葉にグレンジャーはハッとする。

「そうよロン!私達見回りの途中なのよ。早く引き継ぎしてハリーたちを探しましょう」

「あ、いっけね!でもさあ、次スリザリンだろ。マルフォイが捕まるかな」

 驚いた。ハリー・ポッターともドラコ・マルフォイとも知り合いらしい。まあ同じ学校で同じ学年なら不思議じゃないけど、僕にとっては新鮮だ。同い年の友達なんて生まれてこの方できたことが無い。

「そういうきまりなの。ほら、行きましょう。先生、お邪魔しました。またホグワーツで!」

「失礼します」

 二人は嵐のように通路を歩き去っていった。僕はやれやれとため息をついてから読みかけの本を開く。そしてつい昨日ルシウス氏の応接間で話した仕事の詳細をゆっくり思い出した。

 

 

 

……

 

 高い高い天井は富の象徴。硬い硬い床は傲りの象徴。なんて韻を踏んでみようとしても僕の些末な語彙力では滑稽なだけだ。しかしそんななけなしのいたずら心をくすぐる程マルフォイ邸は豪壮な屋敷だった。

 暗く沈んだ悩ましい色合いの壁にくっきりとしたパールホワイトの柱。メリハリのついたマホガニーの家具。部屋の主もトータルコーディネートの一環とばかりにやたらといい布地のローブを着ていて、あのごみごみした魔法省の建物で見るより遥かに余裕そうに僕に微笑んだ。

「仕事を受けてくれて嬉しいよ」

「書類を」

 ルシウス氏は例の分厚い封筒を渡した。僕は中身をチラと覗き、それをそのまま火の灯ってない暖炉に突っ込みマッチを取り出した。

「いいのかい?君の家族の写真が…」

「構いませんよ」

 僕はマッチを擦る。僕はこの音が好きだ。リンと松ヤニが擦れる音。焦げ付く匂いも大好きだ。封筒の端からメラメラとオレンジの炎が封筒を焦がしていく。

「さて。部屋が暑くならないうちに話を終わらせましょうか」

「…そうだな」

 ルシウスは僕がマッチをしまってからようやく話し始めた。

 

「さて、闇の帝王がようやくお戻りになられたわけだが魔法省はそれを認めようとしない。現状我々にとって好ましい展開だ」

「不思議ですねえ」

「それも私の努力の賜物なのだよ」

 その言い方からして察しはつく。何故ファッジが頑なにヴォルデモート卿の復活を否定するか。それは彼がダンブルドアが自分を陥れようとしているという妄想から抜け出せずにいるからだ。

「彼は二年前のシリウス・ブラックの二度に渡る逃走からダンブルドアへの疑念をつのらせていた。その不安に私はうまくつけ込んだわけだ」

「毒を吹き込み続けたと」

「その通り。でなくても彼は元々ダンブルドアに劣等感を抱いていてね。そもそも今の職もダンブルドアが辞退したからありつけたおこぼれだ」

「彼は大変気の毒ですね。よりにもよってこの時期に大臣になんてなってしまうなんてついてない」

「運も実力のうちだ。…君はアンブリッジからファッジの意向を聞いているね?」

「ええ。学ばせず、振らせず」

「我々にもそのほうが好都合だ。君は学内を統制する必要がある。君の祖国のお家芸だろう」

「僕は祖国を誇っていませんよ。確かに故郷は指導者の名を冠していますがね。魔法使いにとってマグルの政治機構など流行りの歌手よりどうでもいいことです」

 ルシウス氏は僕の言葉に笑う。どういう意味の笑みだろうか。

「そうだったね、すまない。だがしかし、実際問題計画上それは不可避なのだ。我々はハリー・ポッターを孤立させてほしい」

「ハリー・ポッターを孤立させる?」

「孤立でなくてもいい。とにかく、彼をなるべく冷静でなくさせてほしい。そうすれば我々の仕事がうまく運ぶ」

「…貴方がたの仕事については聞きませんよ。わかりました」

「えらく物分りがいいようだが理解しているのか?」

「どうせ貴方はいずれ僕に細かい指示をだす。貴方がたのやりたいことは長期的なものなのでしょう。ならば僕がまず邁進すべきはハリー・ポッターの籠絡と学内統制です。僕は目の前に見えるものから片付けていくのが得意ですから」

「ふ、君に声をかけてよかったよ。詮索好きは嫌いだから」

「僕もです」

 封筒は燃え尽きた。炎に舐められた僕の罪状は跡形もなく天へ召された。もしルシウス氏を殺せばまた何事もなく無垢な羊のふりをして生きていけるのならばどんなにいいか。しかし毒を食らわば皿まで。毒はまだまだ僕の喉に引っかかり、とても皿まで食い終えられない。

「お互い相手の領分には踏み込まないまま仕事を終えられるように祈っています」

「私もだよ。プロップ君…」

 ルシウス氏はそう言って僕に金貨の詰まった袋を渡した。

「これは?」

「前金だよ」

「お金まで頂けるとはね。受けてよかったですよ本当に」

「君のイカサマにはそれが必要だろう」

「ええ。金こそ最大の魔法かもしれませんね」

 目も眩むし夢は叶うし。こういった価値観は今マグルの間でも魔法使いの間でも廃れつつある。金があっても解決しないサバサバとした血の通わない問題が多すぎるからだ。まあ、僕の場合人生すべてがうまく噛み合ってないせいもあって金という潤滑油は必需品だ。僕はそれをありがたく受け取り懐にしまった。

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。