【完結】フーディーニの魔法   作:ようぐそうとほうとふ

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ーКак волка ни корми, он все в лес смотрит.ー

 抜け穴は彼が以前話していたとおりゾンコの悪戯専門店に通じていた。誰が作ったのかわからないがこういう抜け穴は他にもいくつかあるようで脱出も侵入も容易だ。他にいくつあるかは知らないが、仮に学校を完全な檻に仕立て上げたいのならこれらを塞ぐためにかなりの労力を割かねばならないだろう。床板を外すと、もう閉店した店内が見えた。人の気配はない。

 僕がまず抜け出し、ポッターに手を貸す。そして店内を見回し暖炉を発見する。煙突粉もちゃんとぶらさがっていた。僕がそれをひとつかみするとポッターがおや?という顔をした。

「姿あらわしでは?」

「残念ながら魔法省は午後6時以降は姿あらわしは原則禁止なんだ。守衛に捕まって入場手続きに時間をかけたくないだろう」

「わかりました」

「いいかい。行き先は魔法省MM347V暖炉だ」

「はい」

 彼を先に行かせて僕は残ってもよかった。しかし彼は生還する筋書きだ。禍根を残す別れは良くない。きりきりと頭のネジを回して回して最善策を見つけ出そうとする。そうすぐには見つからなかった。

「君は試験中に慌てて飛び出してきたんだよな。少し落ち着いて友達に知らせるなりなんなりはしなかったのか?」

「ハーマイオニーならきっと僕に何が起こったかを理解してマクゴナガルに報告してくれているはずです」

「なるほどね…」

 僕が一番嫌いな瞬間はこのように自分の制御下にないものが悪化していくことであり、それは同時に僕がまだ何かを成し遂げようとする理由でもある。思い通りに行かないことが人生だなんてカビの生えた言葉を使うつもりはないが、仮に全てが僕の頭の中のとおりに行く世界があったら僕は即座に己の矛盾に捩じ切られて死ぬだろう。偶然性がなければゲームが成立しないように、僕の人生も君の人生も、誰も彼もが偶然により支配され、たまたま死なないでいるだけだ。

 ポッターがついさっきまで生還を約束されていたのも、最悪死んでも仕方がないかと判断を変えられたのも、全ては偶然の賜物だ。うん。ひょっとしたら妹もたまたま死んだだけで、男の下に組み敷かれるのは兄だったかもしれないし僕だったかもしれない。男の頭をシャベルで叩き割るのは僕だったかもしれないし、父を枕で窒息させるのは兄の役目になっていたかもしれない。

 この偶然性は誰にも彼にも適応可能で、ヴォルデモートにしつこく命を付け狙われるのがポッターである必然性は無い。闇の帝王様がポッターを殺さねばならない理由は様々な因果の組み合わせであり、おそらくそこには密接に予言が関わるのだろう。しかしながらその予言自体がナンセンスだ。ヴォルデモート卿は予言の存在する世界観を打破できぬまま愚かな手下と力への欲望に狂わされているにすぎない。

 彼のような強い人間でさえ己の身に降りかかるものをコントロールできない。ひょっとしたら予言とはその偶然性の理不尽さを方向づける力なのかもしれない。残念ながら僕には予言が出てない。仮に出ていて、死と敗北が明記されているのならば僕は安心してその日までの毎日を安寧と過ごせるのに。僕と僕の周辺は予言なんかよりもっと混沌とした静寂に沈んでしまった。

 

 さて、僕の語りなんて聞いてて飽き飽きしておいでだろうが、僕の独白抜きにして単純に起きる出来事を書き出せば、事態は三行で収束してしまう。しかしなんとか"物語り"の体裁を整えるべく、不自然なまでに人気の少ない魔法省の様子をお伝えしていこう。

 僕がポッターに伝えた暖炉はアンブリッジに割り当てられた執務室のものだった。胃がムカつくほどのピンクに先についたポッターが圧倒されていた。猫の描かれた皿が壁にかかっているが、今日はすべての猫達が不在だった。カーペットや部屋や単純な飾り以外何も書かれてない皿しかないピンクの部屋はなんの説明もなかったら狂人のそれに見えるかもしれない。

「大丈夫。僕の上司の部屋だよ」

「最悪の上司ですね」

「まあね」

 その上司は今服従の呪文でいくらかマシになっているよ。魔法って素晴らしい。

「穏便に侵入できたろう。じゃあ行こうか」

 僕の言葉にポッターは頷き、駆け足でエレベーターに乗り込む。行く手を遮るものはいない。

 神秘部についた途端、彼はまるで何度も訪れた場所のようにまっすぐ廊下を進んでいく。ボードから入手した神秘部の内部構造をお披露目する機会は失われた。壁中にメモの貼られた廊下やどこまでも本棚の続く部屋を経由して前へ進んでゆく。

 円形の中央にアーチが建っている広場に出ればあと少し。しかし、等間隔に設置された7つの扉にポッターは見向きもせずアーチの方をぼんやりと見つめていた。

「ここが目的地?」

「いえ…あの、あのアーチは一体なんでしょう」

「さあね。気になるならくぐればいい。時間の無駄だが辛抱しよう」

「いえ。先を急ぎましょう」

 あのアーチは神秘部の中で最も深遠なものだが、かと言って価値があるわけでもない。『死』なんてありふれている。

 

 扉をまたいくつか通り過ぎるとついに目的地だった。予言の保管庫。天井と地平線が霞むほどの空間にぎっちりと水晶玉が詰められた棚が並べられている。ポッターはそのある種幻想的な風景に圧倒され息を呑んだ。

 冷えた空気が上から積もってくる。呼吸をすると肺から身体が冷えてゆく。ポッターの心も冷静になり始めるだろうか?気になってちらりと見ると、まだ頬を紅潮させ焦りを拭えてない瞳でこちらを見ていた。

「先生、これは…」

「予言だね」

 僕は時計を確認する。もうとっくに試験は終わってて、グレンジャーがポッターの異変と不在を騎士団の人間に報告しているだろう。BDが外部からの侵入手段は制限しているとはいえ相手は優秀な闇祓いたちだ。時間的猶予はない。

「で、どこにシリウス・ブラックが?」

「多分この先です。先に進もう」

 彼は杖先に明かりを灯した。僕は手ぶらでポケットに手を突っ込んで、周囲を見回しながら彼のあとに続いた。彼の焦りが背中から伝わってくる。杞憂に終わったら彼はホッとするだろうか、怒るだろうか。彼の自然な感情の行き先を少し知りたかったが恐らく無理だ。残念。

 通路をまっすぐ。クラゲのようなぼんやりとした明かりを数万と通り抜けた先で、ポッターは叫んだ。

「そんな…!」

 ポッターは鬼気迫った表情でシミ一つない床に座り込み、手のひらで何かを感じようと必死に這いずる。

「確かにここに、シリウスがいたんだ」

「奇妙だな。ここで間違いないのか?周りをよく見て」

 ポッターはぐるりと周りを見回し、床から天井までを何度も見返し、自らの記憶と照らし合わせる。そして間違いなくここが目的地であることを思い知り、どこか違う点がないかと必死に探し始めた。

 そしてようやく見つけてほしいものを見つけてくれた。

 

「これ…僕の名前が書いてある」

 

 誘導完了。任務達成。さらば、ルシウス。僕は歓声を上げたくなったがポッターがおずおずと予言に手を伸ばすのをじっと見守った。

「…先生、なぜ水し」

 ポッターの言葉は途中でかき消された。彼が予言を握った瞬間、ポートキーが作動した。

 

「………はあ」

 

 僕はため息をつく。

 予言をポートキーにできるかどうか半信半疑だったが無事に成功して何よりだった。なんせポートキーにしたとしても、予言に触れてそこから動かせるのはポッターだけなので確かめようがなかった。

 やはりグリンデルバルド、良きヒッポグリフは馬にはならぬだ。

 ただ問題は僕だ。騎士団がやってくる魔法省から無能の僕は帰る手段がない。最も避けたかったことだが、ここで騎士団と刃を交えるつもりの死喰い人と交渉するしかない。

 

 早速通路の向こうから靴音がした。杖明かりが狐の嫁入りのように頼りなくこちらへ向かってきた。

 

「おや」

「やあどうも」

「おや、おや、おや。あんたはここに来る予定じゃないはずだ。ガキはどうした?」

 粗い口調で人を小馬鹿にした態度。斜視の目が上下左右に揺れる奇妙な男はラバスタン・レストレンジだ。続いて現れたのは浅黒い顔をした巨漢のアントニン・ドロホフ、そしてアバタの酷いオーガスタス・ルクウッドを始めとした冬にアズカバンを脱獄した面々だった。

「彼と一緒に来るハメになってね。時間がずれた。まあでも成功は見届けたよ」

「チッ…あんなむちゃが成功するとはね」

「まあね。僕も今までルシウスは頭がイカれたと思ってた」

 この作戦はすべてルシウスが計画し僕が実行したということになっている。見栄っ張りのブロンド野郎め。まあ僕もグリンデルバルドの存在を隠して自分の手柄にしているわけだから人のことは言えないか。

「あいつはいかれちゃいないさ。プライドのせいでだいぶ頭は悪くなってきているが」

 彼らはルシウスたちに対して冷笑的だった。アズカバン経験の有無は死喰い人内での関係に大きく響いているらしい。脱獄囚は当然自分たちを売って14年もぬくぬくと暮らしてきた奴らを恨んでいる。

 僕は彼らと何度か顔を合わせてはいるものの完全にお客さん扱いであり、さらにはルシウスの客であるがゆえに好かれていない。

 そんな相手に逃してくれと頭を下げるのは気乗りしないが、魔法の使えない僕が徒歩で帰って騎士団と会わずにすむはずもないし、グリンデルバルドに迎えを頼むこともできないわけで、是非もなし。

「プランB、あんたも参加してくか?」

 半ばからかうようにラバスタンは誘ってくるが、そんなノリで命をかける気にはなれなかった。

「遠慮するよ。それより誰か送ってくれないか?」

「ふざけるなよ。ここで騎士団の連中のうち誰かをとっ捕まえなきゃメンツが立たない」

 暗い声で反論するのはドロホフだった。彼は古参ということもあり意地でもルシウスの上に立ちたい人間の一人で、僕のようなすちゃらかを憎んでいた。

 

「俺が送ってやってもいい」

 

 と、手を挙げたのはエイブリーだった。彼はアズカバン脱獄組ではないが懲罰も兼ねてこの作戦に参加していた。神秘部に関する情報をルシウスより優位な立場を得ようと流したはいいものの、その情報は過ちだったのだ。罰として彼は権力闘争の場から蹴り出された。彼が僕に手を貸すのはこの場から逃げられるばかりか、ルシウスに恩を売ることにも繋がるわけだ。もちろん脱獄組がそれを許すわけもなかった。

「お前が?エイブリー。悪いがイワンの命よりお前の罰のほうが我々にとって重要だよ。…ヤックスリー。お前が行け」

 

 極めて合理的な人選だった。アズカバン脱獄組ではないものの、ルシウスと対立して脱獄囚を庇護している筆頭がこのヤックスリーだった。先頭指揮(戦闘とかけている)は彼でなくてもできる。可能な限り無傷であるべき人物。そして僕を懐柔できるかもしれない人物の2つを兼ねている。怪我の功名と言ってもいいのかもしれない。簡単な魔法を使えれば抜け出せるのに迎えを頼むなんて不自然だったが、その不自然さがまるで何か交渉を望んでいるように見えたらしい。

 ヤックスリーは僕に一声かけると足早に来た方向とは逆へ歩いていく。僕は彼を見失わないようにかけていった。

 やつは神経質そうな顔をさらにこわばらせ、出口という出口のノブを杖でガチャガチャやった。騎士団の手が回っているのならば姿あらわしにより脱出することはほぼ不可能だ。唯一外に繋がっているのはアトリウムの暖炉と職員用玄関で、僕たちは職員用玄関に通じる階段を登った。

 ここは各階に鍵がかけられており、アロホモラが使えない僕には脱出不可能だった。

 

「本当にルシウスがポートキーなんて思いついたのか?」

「さあね」

 ヤックスリーは僕を軽視するのを早々にやめ、味方に引き入れようとしていた。なので僕は杖をふるよう催促されることもない。二人で話す機会ができてこれ幸いと暗がりの中どんどん話を弾ませていった。

「なぜポッターはお前と来た」

「彼は僕を信じてるから」

「そう簡単に信じさせられるのか?惚れ薬でも使ったのか」

「魔法なんて使わなくてもそう難しいことじゃない」

 僕の言葉はよくある『人と仲良くなる方法』みたいな本に書かれている。それらを相づちを打つタイミングのルールに沿って吐き出すと、不思議なことにみるみる人は自分の内面を吐露しだす。言葉に価値を見出すのは聞き手だ。僕はこれをある種のゲームとみなし、暴露された秘密の数を記録し先月の自分と勝負していたことがある。そこそこ拮抗していて楽しかった。『秘密』の基準が明確ではなかったので未だ雌雄は決してない。

「ただここまで信頼されてるのは予想外でね。付いてくる羽目になるとは思ってなくて、準備してなかった」

「災難だったな。それにしても、まさかルシウスがこんなルーキーを見つけてこれるとは思わんかったよ。流石にここ10年以上、死喰い人に新人は現れてない。今回の働きを思えば、私は君を迎えるに値する人物と思うが」

 彼は魔法省の執行部に属しているので、当然仕事で何度か顔を合わせている。僕は魔法省で目立たないようにしていたとはいえ、流石に覚えられていた。ただしどうしても僕が具体的にどんな仕事をしているかは思い出せなかったようだが、今回の副業でようやっとまともに僕を審査してくれたようだ。(ありがた迷惑なことに)

「お誘いをありがとう。でも駄目なんだ。うちはエホバだから」

「はあ?」

「…このジョークは通じたためしがない」

「それはつまり面白くないってことだ」

 確かにそうかもしれない。勧誘をのらりくらりとかわしていくうちに、ようやくアトリウムまで辿り着く。職員用玄関はアトリウムの隅にあるスタッフオンリーの扉を抜け、狭苦しい廊下を抜けてからマグルのデパートのトイレにでる。もちろん百貨店がしまっている時間しか使えないし、何より不便なことから清掃員のスクイブくらいしか使っていない通路だった。

 それ故にアナログキーのみのセキュリティなので、魔法使いは見張ろうとすら思わず(もしかしたらそれを出入り口とみなしていないのかもしれない)暖炉を使うよりかはよっぽど安全に抜けられるわけだ。

 外に出て襟をただし、僕はヤックスリーに尋ねた。

「貴方は戦場に戻るのか」

「まさか」

 予想通り。抜け目ない狡猾な蛇というのはルシウスの専売特許ではない。彼は彼でルシウスのように欠点を持っているのだろうが、下草根性というかやや世間擦れしているせいかまだ親しみやすいとさえ思った。

 ルシウスとヤックスリー。秘密さえ握られてなかったら選択肢が増えたのに。グリンデルバルドがうっかり殺してくれたらいいのに。それも高望みか。

 

 さて、僕の行き先は普通にすればホグワーツだ。だが成功を祝ってレナオルドを訪ねるのも悪くないかもしれない。

 ハリー・ポッターには可哀想なことをしてしまっているが、彼の苦しみはむしろ今の僕にはいい酒の肴だった。

 顔を見られないように気をつけながら、夜のロンドンの街を歩く。商売女を買うのはやりすぎか。自制心を奮い起こし、猥雑な通りを一歩進んだ。


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